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813 ルナの話し ②

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石造りの冷たく暗い部屋。私とイリーナは何年も二人でこの部屋にいた。

15歳になったある日、闇の巫女として見出された私は、半ば強制的に城に連れて行かれ、この部屋に押し込められたのだ。

父と母が何を言っても、まともに取り合ってもらえなかった。
暴力こそふるわれなかったが、まともに働いていてはとても目にできないような、多額のお金を渡されて、もしおかしな噂が広まったらどうなるか・・・と耳打ちされた父と母の凍り付いた表情は今も忘れられない。

私はこの時初めて、自分の住んでいるこのブロートン帝国が怖いと感じた。


帝国は平民への手当がとても厚く、他国と違って浮浪孤児もいない。
正確には親を早くに亡くすなど、やむを得ない理由での孤児はいるけれど、受け入れ先の孤児院はちゃんとあるし、とても評判が良いのだ。
孤児院出身で、城へ士官できた人もいるし、飲食店の経営者になった人もいる。
孤児だからといって将来が閉ざされる事もないのだ。

なんらかの理由で浮浪者になった人も、国がすぐに仕事を斡旋して社会復帰の手助けをしてくれる。
ブロートン帝国は国民の事を考えている、とても良い国だ。

私はずっとそんなふうに思っていた。


この暗く冷たい部屋に連れて来られるまでは・・・・・





私が連れて来られた日は、今にも大降りの雨が降りそうな、真っ黒い雲が空を覆うとても寒い日だった。
薄いセーターから少しでも暖を逃がさないように、両腕で体を抱きしめながら部屋に入る。
逃げようなんて考えられなかった。私の後ろには、体の大きな兵士が威圧するように立っていたからだ。
逃げるよりもこの兵士から少しでも早く離れたい。
それができるのなら、この冷たく暗い部屋にも喜んで入る。それだけで頭がいっぱいだった。


「あ、新入りさん?私はイリーナ。イリーナ・ナイトレイ。16歳よ。あなたのお名前は?」

私が部屋に入ると、こんな牢屋のような部屋には場違いなくらい、明るい声をかけられた。
何か根拠があったわけではないけれど、なんとなく私一人だけかと思っていた。

「・・・あ、えっと・・・私は、ルナ・オリベラス、15歳です」

突然の事で驚いたけれど、とりあえず私も自分の名前を口にした。
私より先に部屋にいた女の子は、落ち込んだ様子もなく、それどころか明るく笑って話しかけてきた。

「じゃあ、ルナって呼ばせてもらうね。私の方が一つお姉さんだけど、私の事もイリーナって呼んでいいよ」


暗い部屋に一つだけ付けられている窓から、ふいに陽の光が差し込んだ。

明るい光に照らされて、初めてイリーナの姿がハッキリと見えた。
ずいぶん長くこの部屋にいたのだろう。白いカーディガンはところどころ解れているし、ボタンも取れかかっている。紺色のチェックのスカートも、シワと汚れが目立つ。

けれど、着ている物がどれだけ痛んでいても、イリーナの持つ魅力は何一つ損なわれていなかった。

腰まで伸びた絹糸のように細く艶のある金色の髪、人懐っこそうな丸みのある碧い瞳。
形のよい桜色の小さな唇は微笑みを浮かべて、私に優しく言葉をかけてくれた。

「ルナ、これからよろしくね」

差し伸べられたイリーナの手を、私は迷わず掴んだ。

「イリーナ、私こそよろしくね」


これが私とイリーナの出会いだった。

私の不安はいつの間にか無くなっていた。イリーナの笑顔が消してくれたんだ。

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