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811 アゲハの覚悟

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その黒い修道服に身を包んだ女性は、年齢は二十歳前後に見えるが、どこか幼さの残る顔立ちをしていた。
黒い瞳とは対照的に、まるで雪のように白い肌、長く白い髪は両耳の脇で束を作り、水色のリボンで結んで胸まで下げている。

玉座の間で闇の巫女ルナは、ゴールド騎士フェリックスと並び、中央の赤い絨毯の脇に立っていた。
少し肘を曲げれば触れられる距離、その立ち位置に信頼関係が見える。


「え・・・アゲハさん?どうして・・・?」

玉座の間に通されたアラタ達三人、見覚えのある長い黒髪の女性を目にして、ルナは思わず言葉を漏らした。ひとり言のように小さな呟きだったが、隣に立つフェリックスはルナの言葉を耳で拾っていた。


「ルナ・・・本当に保護してもらったんだな」

ルナの声が聞こえたわけではないが、アゲハは少し離れた場所に立つルナに気付き、無事な姿を確認して安心したように呟いた。
ルナの変化は一目で分かった。帝国にいた時はいつも俯き加減で、感情を殺して言われたままに黙って動くだけだった。だが昨日保護されて、たった一日しか経っていないのに目が違う。
そう、これは生きる力・・・希望を持った目だ。ルナはこの国で希望を見つけたんだ。


「闇の巫女ルナとは、お知り合いですか?」

ふいに数段上から声がかけられる。
ルナに目を向けていたアゲハは、自分への質問だと察し、顔を上げて玉座のアンリエールに言葉を返した。

「あ、はい。女王陛下、ご存じの通り私は帝国にいましたので、ルナとは面識があります。こちらで保護されたと聞いてましたが・・・帝国にいた時より元気そうでしたので、つい見てしまいました」

アゲハが屈託のない笑顔でそう告げると、アンリエールの表情も心なしか少し和らいだように見えた。

アゲハの事はバリオスから報告を受けていた。
元帝国軍第二師団長だった女で、風の精霊に導かれてクインズベリーに来たと。

実際に帝国の追ってと戦ったというのだから、帝国を抜けた事は事実なのだろう。
しかし、普通に考えれば、帝国の間者という可能性は十分にある。少なくともレイジェスで雇って、何の制約も無しに行動させるなどありえない事である。

そのありえない事を実現させたのは、一重にバリオスの嘆願だった。

このアゲハという女性が、バリオスにとってどういう存在なのかは分からない。

だが、アゲハの行動によってともなう責任は全て自分が持つ。だから、クインズベリーで受け入れて欲しい。そう頭を下げるバリオスに、アンリエールは否とは言えなかった。

バリオスがこのクインズベリーのために、いや・・・この世界のためにどれだけの事をしてきたのか。それを知っているからこそ、難しい要求だが無下にはできないし、したくなかった。
そしてバリオスの人間性を知っているからこそ、信用してもいい人物なのだろうと判断した。


それでも自分の目で見るまでは、一抹の懸念は胸に残っていた。
しかし今この目で見た黒髪の女性の笑顔には、人に安心感を与える温かみがあった。
少なくとも、裏でなにかを企てるような、悪人が持てる表情ではない。

「・・・バリオス様の見る目は確かですね」

「はい?」

アンリエールの呟きに、アゲハがきょとんとして声を出すと、アンリエールは口に手を当てて優しく目を細めた。

「ふふ、なんでもありません。帝国の師団長だったという聞いてましたが、このようにお綺麗な方だとは思わなかったもので。いけませんね、先入観でした」

「あはは、そう言われると照れますね。ありがとうございます」

初対面の女王に対しても、まったく臆することなく、むしろ親し気に会話をするアゲハに、赤い絨毯の両脇に並ぶ兵士達も驚きが顔に浮かんでいた。

堅苦しい話し方は、アンリエールもあまり好いてはいない。
だから多少くずれた話し方も大目に見られているが、これはいくらなんでも慣れ慣れしいのではないか?周囲からそう目でうったえられるが、アゲハの魅力、いや人間力というものなのだろう。
アンリエールはまるで不快には感じていなかった。



「・・・・・なるほど、あなたという人が少し分かりました。アゲハさん、正直あなたを警戒してましたが、レイジェスの皆さんが認めるのも分かります。今日あなたに来ていただいたのは、一つ確認したい事があったからです」

いくつかの言葉を交わした後、アンリエールはそれまでの笑顔から一転して、厳しく表情を引き締めた。

「アゲハさん、どんな理由であれ、あなたは生まれ育った国と敵対する事になりますが、覚悟はありますか?」

帝国と戦うという事は、アンリエールの言う通り、自分の故郷に刃を向けるという事である。
クインズベリーに来て、すでにアルバレスや、かつての部下レジスとも戦闘しているが、攻め入られて戦う事と、攻め入って戦う場合はまるで違う。

アンリエールは、アゲハが帝国に攻め込み、故郷を焼く覚悟があるかと訪ねていた。


「・・・帝国はあまり好きではありませんでしたが、私が育った国ですから・・・思うところが無いわけではありません・・・」

心の整理をするように、アゲハは目を瞑る。
少しの沈黙の後、気持ちを言葉に変えて静かに紡ぎ出した。

「けれど、このまま帝国の好きにさせては平和はおとずれません。私には風の精霊がついています。精霊が教えてくれるんです。かつて人々は夜を恐れなかった。闇と共存して生きていた。私はこの世界を、みんなが夜の闇を恐れない世界を取り戻したい。そう思って今ここに立っています」

真っすぐにアンリエールを見つめるアゲハ。その言葉の真意を受け取るように、アンリエールは静かに目を瞑り、一度だけ小さく首を縦に振った。

「・・・はい。あなたの覚悟、受け取りました。アゲハさん、世界の平和のために、共に戦いましょう」

アンリエールに認められ、アゲハは感謝の言葉を述べて一礼をした。
普段はやや粗い言葉使いをしているが、元々は帝国の師団長という立場にあっただけに、時と場所をわきまえた立ち振る舞いは問題なくできていた。


「さて、それでは今後についてですが、まず最初に、今回なぜここまで帝国軍が簡単に侵入できたか・・・それをお話ししましょう」

昨年の暴徒の一件、そして偽国王の事もあってから、クインズベリーは入国審査が非常に厳しくなっていた。そうした中で、どうやって帝国軍が侵入できたのか?
それはアラタ達も気になっているところだった。


「結論から言いますと、内通者がいました」


その言葉にアラタ達が反応を見せると、アンリエールは段下に控えている、金色に輝く鎧を身に纏う騎士に視線を送った。

視線を配られたそのゴールド騎士は、透明感のある青く長い髪を搔き上げながら一歩前に出て、アラタ達に顔を向けた。


「よぅ、久しぶりだな。俺の事分かるか?」

「・・・あ!偽国王と戦った時、レミューと一緒に・・・」


どこか見覚えのある顔に記憶をたどると、直接話したわけではないが、一度だけ共闘した事のある人物に思い当たった。
アラタが偽国王マウリシオと戦った時、シルバー騎士のレミューと共に加勢に入ったその男は、アラタが自分を思い出した事にフッと笑って見せた。


「レイマート・ハイランドだ。あの時はシルバーだったが、今はゴールド騎士だ。俺が内通者を捕まえた」
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