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797 命を繋ぐ行為

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「レイチェルさん!」

エルウィンはレイチェルの元に駆け寄ると、腰に下げたポーチから傷薬を取り出した。

右脇腹と右腕の刺し傷に、手早く薬を塗っていく。
レイジェスで売られている傷薬は非常に効果が高い。止血効果はすぐに表れ、出血が止まると、エルウィンは回復薬を取り出した。

レイチェルの上半身を起こして、首と肩の間に左腕を入れて支える。
ぐったりとしてまるで力を感じない。生気の無い青白い顔を見ると、動揺して手が震えて回復薬のビンを落としそうになった。

微かに胸が上下している事から、まだ生きている事は分かる。
だが、このままではいつ死んでもおかしくない。
一刻を争う危険な状態だと分かり、緊張と焦燥で鼓動が速いなって、全身から汗が噴き出る。

「レイチェルさん、飲んでください・・・」

回復薬のビンをしっかりと握り、口元に持っていく。

しかし口の中に薬を流しても、力なく零れ落ちてしまう。意識は完全に無く、飲みこむ力も残っていないのだ。

「そ、そんな・・・レ、レイチェルさん!飲んでください!」


エルウィンは声を大きくして呼びかけるが、レイチェルの瞼は開かれない。
腕はだらりと下がり、力の無い体はもはや死を待つだけにしか見えなかった。


「エルウィン!・・・それ・・・貸しな」

ふいに背中にかけられた声に振り返ると、息を切らせたケイトが険しい顔をして立っていた。

「え、ケイトさ・・・!」

睨むような鋭い目を向けてくるケイトに、気圧されて反応が遅れると、ケイトはエルウィンの手から回復薬を奪うように掴み取った。

「どいて!」

そのまま自分の口に回復薬を含むと、ケイトはエルウィンを押しのけてレイチェルの体を掴み、そのままレイチェルの口に自分の唇を重ねて薬を流し込んだ。

「ケ、ケイトさん!?」

目の前の光景に、エルウィンが驚き戸惑いの声を上げる。
ケイトはレイチェルから唇を離すと、そんなエルウィンを厳しい目で見た。

「・・・エルウィン、状況分かってる?こんな事で照れてる場合?」

「あ・・・いえ・・・」

普段とは全く違うケイトの厳しい口調に、エルウィンの目が泳ぐ。

「・・・エルウィン、こっち来て」

ケイトがエルウィンに向ける視線は、有無を言わさぬ迫力があった。
エルウィンが戸惑いがちに近づいて来ると、ケイトは抱きかかえているレイチェルを、そのままエルウィンに手渡した。


「え?あ、あの、ケイトさん?」

「よく聞いて。お腹と腕の出血は止まってるし、回復薬を飲ませたから少しは体力を戻せた。けど、やっぱりこのままじゃレイチェルは死ぬわ。こんなに顔が青白いし、体も冷たい。呼吸もすごく弱い。血が流れ過ぎてるのよ」

「そ、そんな!レ、レイチェルさんが・・・」

ケイトから突きつけられた現実に、エルウィンは悲痛に顔を歪ませた。

「黙って最後まで聞いて!いい、まだ助かる!助けられるの!失った血を補う事ができる薬があるの。充血剤(じゅうけつざい)って言って、10センチ程度の細い筒に入っている赤い液体よ。レイジェスの事務所の戸棚にあるから、そこまでレイチェルを連れて行って飲ませて。店の鍵はジャレットが持ってるけど、緊急事態だから壊して入っていいから。戸棚の鍵はキッチンの横ね」

動揺を隠せず落ち着かないエルウィンを一喝すると、ケイトはこれからすべき事を指示した。

「た、助かるん、ですか?」

「そう。急げば助けられる。ただ、アタシは魔法使いだから、レイチェルを背負って走る力はないの。でもエルウィンならできるでしょ?あんたがレイチェルを助けるの。さぁ、速く行って!レイチェルを助けるんだよ!」

目をしっかりと合わせ、肩を掴んで強く言葉を発すると、エルウィンは今自分が何をすべきなのかを理解し、しっかりと頷いた。

「分かりました!俺が絶対にレイチェルさんを助けて見せます!」

まだ意識の戻らないレイチェルを背負うと、エルウィンは一度ケイトに顔を向けて目を合わせる。

「頼んだよ、エルウィン」

「はい!」

短く、けれど力強く返事をすると、エルウィンは走り出した。




「・・・エルウィン、あんたレイチェルが好きなら、恥ずかしいとか言ってられないからね」

あっという間に金色の髪の少年の姿が見えなくなると、ケイトは軽くため息をついた。
回復薬を飲ませたが、それでもまず意識は戻らない。ならば充血剤を飲ませる時も、エルウィンはケイトと同じ方法で飲ませるしかないだろう。


「さて、アタシは・・・」

ケイトは少し離れた場所で、息を飲む程に激しい戦いを繰り広げている男達に顔を向けた。

戦っているのは、アラタと大柄な男だった。
大人と子供程に体格差があるが、圧倒しているのはアラタだった。
左右の拳を息を持つかせぬ程に撃ち続け、巨躯の男を完全に封じていた。


「アラタ・・・あんた、なにがあったの?」

普段の穏やかなアラタからは想像もできない、鬼気迫る顔だった。
怒りと憎しみに染まったアラタの顔を見て、ケイトは怖さよりも不安を感じていた。


ねぇアラタ、あんた今自分がどんな顔してるか分かってる?
あんたがそんな顔をするくらい、その男に恨みでもあるの?

アラタ、駄目だよ・・・
そんな感情で力を使ったらダメだ。


「闇に呑まれたらダメだ!」


荒々しく拳を振るうアラタを止めるため、アタシは左手の魔道具、引斥の爪を向けた。
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