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781 心の影

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「ケイト、頼む」

「オッケー、こうやって・・・こう!」

俺が後ろ手に組み伏せた男を、ケイトが拘束用の魔道具で縛り上げる。

この魔道具は30cm程度の短い縄で、両手首を一周させると、縄の切り口同士が同化し一つの輪になるのだ。そしてそのまま急速に縮み、対象の両手を締めつけるというわけだ。

「・・・まったく、俺が協会に連れて行かれた時に付けられた魔道具を、まさか今度は使う側になるなんてな」

もう一年も前の事だが、あの時は本当に大変だった。苦笑い交じりに話すと、ケイトも気の毒そうに俺を見て笑った。

「あはははは、本当だよね。アタシはその時いなかったけど、あんたもこれで縛られたんでしょ?アラタってけっこう苦労人だよね?」

「うん、自分でもそう思うよ。こっちに来てまだ一年なのに、戦いに巻き込まれまくりだよ。そしてそれに、すっかり慣れた自分もいるんだよね。なんだか複雑だ・・・さてと、この人もあっちに置いておくよ」

俺は拘束した暴徒の両脇に手を入れて立たせると、そのまま後ろから引きずって建物の壁際に寄せた。

「ふぅ・・・悪いけど、我慢してくださいね」

喚き声も耳に痛いし、住民を怯えさせるので、暴徒には声が出せないようにさるぐつわもさせている。
暴徒は身をよじってもがいているが、両手は背中に回して縛られ、両足も同様に縛られているので、地べたで転がる程度がせいぜいだった。


「アラタさん、あっちでも騒ぎが起きてるようです」

俺とケイトが暴徒を押さえている間、周囲の警戒をしていたエルウィンが、住宅街の方を指さした。

「分かった、この辺りは今ので最後だから、そっちに行こう。ケイト、周りの人へ・・・」

「あー、大丈夫だよ。もう言っておいた。そのうち治安部隊が来るから、縛っておいた暴徒を引き渡してくれでいいんでしょ?あとは家から出ないようにだよね?」

「あ、うん・・・すごいな。めっちゃ気が利くね」

俺が頼もうとした事を、先回りしてすでに済ませていた事に感心すると、ケイトはトレードマークの、黒の鍔付き帽子を指で弾いてニカっと笑った。

「そのくらい分かって当然じゃん?ほら、今度はあっちに行くんでしょ?アラタが押さえて、アタシがフォロー、エルウィンは周囲の警戒と町の人の警護ね」

行くよ!
そう言ってケイトは、俺とエルウィンに付いて来いと言うように、親指をクイっと向けた。




「・・・これは!?」

大通りから住宅街へと走り出る。
時刻はまだ午前10時を過ぎたところで、いつもなら散歩をしている人や、おしゃべりを楽しんでいる主婦を見かけるが、今俺の目の前には、そんな穏やかな光景はどこにも無く、暴徒から逃げまわる沢山の人で溢れていた。

「アラタ、これはちょっと数が多いね。計画変更だ。さっきみたく手加減して押さえる余裕はないから、それぞれで倒して縛りつけよう」

ぱっと見ただけでも暴徒は10人以上いる。しかもそれなりに力が強いのだ。
町の被害を考えれば、ケイトの言う通り無傷で押さえる余裕はない。

「分かった。でも、ケイトは青魔法使いだろ?戦えるのか?」

俺が疑問の目を向けると、ケイトはニヤリと得意気な笑みを浮かべて、俺に両手の爪を見せた。
右手はの爪は白く、左手の爪は黒いマニキュアで塗られている。
これを俺に見せてどうするのだと、つい首を傾げてしまう。

「大丈夫だって!これがアタシの魔道具なんだけど、まぁ見てなよ。アタシ、これでもけっこう強いんだよ!」

そう言うと、ケイトは子供を追いかけている暴徒に向かって走り出した。

「あ、ケイト!」

何の躊躇もなく突っ込んでいくケイトに、思わず手を伸ばしそうになったが、俺はすぐにケイトの言葉がハッタリでは無い事を知った。

「ほらほら!そこのおじさん!子供をいじめちゃー--ダメでしょ!」


左手の黒い爪に魔力を込めて、目の前の大柄な中年の男に向けて撃ち放つ!

すると男の体は、まるで強風にでも吹き飛ばされたかのように、垂直に真後ろに飛ばされて建物の壁にぶち当たり、やっと動きを止めた。

「これがアタシの魔道具、引斥(いんせき)の爪。左の黒は相手をふっと飛ばせるのさ。どうよ?」

顔にかかった明るいベージュの髪を後ろに払い、振り返ったケイトは、どんなもんだと得意気に笑った。


「・・・お、おう。すげぇ威力だな」

「・・・人って垂直に飛ぶんですね・・・」

呆気にとられた俺とエルウィンを満足そうに眺めたあと、ケイトは俺達を置き去りにして、そのまま残りの暴徒の鎮圧に乗り出した。




「ふぅ・・・負けてられないな。アラタさん、レイジェスを出た時にも言いましたが、僕もヴァン隊長に鍛えてもらってるんです。この一年で成長したってところ、見てください」

そう言ってエルウィンは右手にナイフを持ち、順手に構えた。

「いや、待て!ナイフは・・・?」

暴徒とはいえ、数日間拘束しておけば元に戻ると分かっているのだ。
ナイフを使うなんて駄目だと言おうした時、エルウィンの手元を見て気が付いた。

ナイフは鞘に納められたままだった。

「ハッ!」

奇声を上げて、ところかまわずに手を振り回している暴徒に向かって、エルウィンは駆けた。
レイチェルやリカルドとは比べられないが、それでもなかなかの速さだった。
年齢を考えれば、まだまだいくらでも伸びるだろう。

「がぁぁぁぁぁー----!」

エルウィンの接近に気付いた暴徒が、頭から叩きつけるように右手を振り下ろす!

「大人しく・・・寝ててください!」

エルウィンの目は暴徒の一撃を完全に見切っていた。
くるりと体を右に一回転させ、暴徒の懐に入り込むと、ナイフの柄を突き上げるようにして、暴徒の顎にたたき込んだ!

その一撃で制圧だった。

暴徒は膝から崩れ落ちるように倒れると、それきり動かなくなった。

「ふぅー・・・アラタさん!どうです?俺もちょっとはやるでしょ?」

そう言って俺に顔を向けたエルウィンは、自信に満ちた目をしていた。


「・・・そうだな・・・あれ?エルウィン・・・お前、背伸びた?」

近づいて、なんとなく思った。
エルウィンとの目線の高さが前と違っている。

「あ、そうかもしれないですね。ほら、最後にアラタさんと会ったのって、結婚式の時じゃないですか?あれから忙しくなって、俺もレイジェスに行けてなかったし。そりゃ、三か月も会わなきゃ俺だって変わりますよ!すぐにアラタさんの事も、追い抜いたりするかもしれませんよ?」


「・・・・・うん、そうだよな。エルウィン・・・楽しみにしてる」

「あはは、そんな頭撫でないでくださいよ、子供じゃない・・・あれ、アラタさん?ど、どうしたんですか?なんか、泣きそうに・・・なってません?」


「・・・・・ごめん。なんでも、ないんだ・・・エルウィンの成長が、嬉しかっただけだ・・・」

「アラタさん・・・・・」



まっすぐに俺を見て笑うエルウィンに、日本に残した弟の・・・健太が重なって見えた

大きくなってからは、顔を合わせてもあまり話しはしなくなったけど、健太が中学に入るくらいまでは、仲良く遊んでいたんだ。


兄ちゃん、俺また背が伸びたんだよ!兄ちゃんの事もすぐに追い抜いてやるからな!



「・・・さぁ、早く暴徒を・・・押さえないとな。エルウィン、いくぞ」

目元を袖で拭う。
エルウィンの顔をが見られず、俺は目を反らした。
なんとか言葉を出すが、声の震えは隠せなかった。


「・・・はい、アラタさん・・・」


俺はなんで家族と向き合ってこなかった

ウイニングでやっと居場所を見つけてからも、いつまでも引け目を感じて、ずっと家族を避けてきた。

今までごめんとなんで謝れなかった?

これからは頑張るからとなんで話せなかった?


最近はあまり考えないようになっていた。
けれどやはり日本の家族の事は、俺の心に深い影を落としていた
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