上 下
775 / 1,263

774 お揃い

しおりを挟む
「アゲハさん、だいぶ慣れてきたみたいだね」

カゴに入れた小瓶を棚に並べながら、カチュアがアラタに話しかける。

「うん、たった一週間ですっかり馴染んじゃったよね」

アラタも隣で品出しを手伝いながら、メインレジに立つ黒髪の女性を見つめる。

慣れた手つきでレジを打ち、客と談笑しながら買い取りを行う。
加えて元々持っていた知識が生かされ、武器と防具に関しての質問には完璧だった。

あの日、アゲハが俺達に一緒に帝国と戦おうと言ってくれて、レイチェルはアゲハを店に置くことに決めた。
アゲハを信じる理由は風の精霊、そしてこれまでの話しに、疑うべきところが無いと判断したからだった。それでも元帝国軍の幹部だったアゲハを、店に入れる事はリスクが大きいという話しもでたが、最終的には店長判断で決まった。

アゲハと出会った翌日、店に来た店長はアゲハを見て、しばらくの間言葉を失ったように立ちすくんでいた。

無理もない。
以前俺は店長に、弥生さんを知っているかと聞いた事があるが、その答えは、知っている、だった。
目の前に弥生さんそっくりの人が現れたのだから、その衝撃はすさまじかっただろう。

店長はレイチェルから経緯を聞くと、そうだったのか、と頷いてアゲハに顔を向け、好きなだけいていい、と優しく言葉を告げた。
懐かしさと寂しさ、そして喜びを感じる表情だった。

店長も心の整理に時間が必要だったのだろう。
アゲハを従業員として採用する事を決めると、その日はそのまま城へ戻ってしまったのだ。
めずらしく訓練が中止になり、ミゼルさんは拳を強く握りしめて喜んでいた。
ミゼルさんは能力はあるのだから、もっとやる気を出せばいいのにといつも思う。




「あの様子なら、私が抜けても大丈夫だな」

「わ、レイチェル!」

いつの間にか後ろに立っていたレイチェルが、二人の間に入る。
カチュアがややびっくりして声を出すと、レイチェルはごめんごめんと笑って謝った。

「え、レイチェル、今抜けるとか言わなかった?どういう意味?」
「え!?レイチェル辞めちゃうの!?」

アラタが焦った声を出してレイチェルに詰め寄ると、カチュアも慌ててレイチェルの手を掴む。

「・・・ぷっ、あはははは!おいおい、そんなわけないだろ?いや、私の言い方が悪かったな。抜けると言っても店を辞めるのではない。今回の一件で、また城も慌ただしくなってきたし、アラルコン商会との連携もあるだろ?あまりレイジェスにいられなくなってきたから、どうしようか考えていたんだ」

笑いながら否定するレイチェルの言葉を聞いて、アラタとカチュアもホッと息を着いて、顔を見合わせた。

「じゃあ、落ち着くまで武器担当を、アゲハとリカルドに任せるって事か?」

「そういう事だ。アゲハも弓は専門外らしいが、そっちはリカルドがいるしな。苦手なところは二人で補っていけるだろう」

「そう言えば、店長も訓練に来る以外は、ずっとお城にいるもんね。レイチェルもいなくなったら寂しくなるな・・・」

下を向いて呟くカチュアの肩に、レイチェルが優しく手を乗せる。

「おいおい、そう俯かないでくれ。辞めるとは言ってないじゃないか。なるべく顔も出すさ。私がいない時は店を頼むぞ」

「・・・うん、レイチェルもあんまり無理しないでね」

分かってる、そう言ってレイチェルは優しく微笑んだ。





メインレジ交代の時間になり、俺が引き継いで入ると、アゲハは買い取った武器類をまとめていた。

「アゲハ、交代の時間だよ」

その背中に声をかけると、はいはーい、と軽い調子で返事をしながらアゲハが振り返る。
腰まである黒く長い髪は、普段はそのまま下ろしているのだが、仕事中はポーニテールにしている。

黒のタンクトップにデニムのホットパンツなんて穿いているから、露出の多さに目のやり場に困る。
本人は暑いからという単純な理由らしいが、店に来る男性客の何割かは、すでにアゲハを見る目が怪しい。

「ん、どうしたのさ?・・・あ~、なんだアラタ、お前もか?まったくこの店の男連中は、免疫が無さすぎるんじゃないのか?ミゼルもリカルドもジーンも、みんなお前と同じ反応だったぞ」

あまり見ないように、足元に目を落とすと、アゲハはからかい半分、呆れ半分というような声で話し出した。

「い、いや、けどさ、やっぱり仕事中はそういう恰好はやめたらどうだ?男の客もじろじろ見る人いたでしょ?トラブルになったら面倒だろ?」

「そんな客は相手にしないさ。ジャレットは堂々としていたぞ。むしろ似合っていると褒めてくれたしな。そう言えばあいつ、やたらと私にタンクトップを押してたな。古着のタンクトップも色々見せてきたし・・・・・あいつタンクトップ好きなのか?」

「・・・ジャレットさん、もうアゲハにタンクトップ勧めてたんだ?」

夏になり、ジャレットさんは年中タンクトップになった。
黒、白、ヒョウ柄に、スカルの毒々しい感じのイラストが入った物など、毎日毎日違うタンクトップだ。

その熱量は、恋人のシルヴィアさんでさえ、ジャレットさんがタンクトップを着すぎるから、自分は着れなくなったと言う程だ。

俺にも相変わらずそろそろタンクトップをと言ってくるが、その都度なにかしら理由をつけて躱しているが、だんだん言い訳が厳しくなってきたところだった。

「私にも?なんだあいつ、もしかして手当たり次第にタンクトップを勧めてるのか?馬鹿なのか?」

「え!?いやいや、ジャレットさんは馬鹿なんかじゃないよ、ただタンクトップ愛が強いだけで」

「じゃあ、マニアってやつか?そう言えば私が雇ってもらって一週間だが、あいつはいつ見てもタンクトップだったな・・・そうなると私はあいつとお揃いなわけだ・・・・・ペアルック?」

アゲハは急に真顔になると、何かを考えるように少し黙り込む。

「・・・アゲハ?」

呼びかけても何も答えず、やがて黙ったままメインレジを出て行くアゲハを、俺は首を傾げながら見送った。



「なぁアラヤン、アゲハのヤツ、急に上にシャツ着てんだけどよ、もったいなくね?あんなにタンクトップ似合ってたのによ?風邪でも引いたのか?」

アゲハがメインレジを出て10分程経った頃、ジャレットさんが後ろでに頭を掻いて、不思議そうに口を曲げながら話しかけてきた時には、どう答えていいか分からなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

処理中です...