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772 風の精霊の導き
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「元帝国軍の師団長だと?」
アゲハの言葉に最初に反応したのはミゼルだった。
警戒からか眉を寄せて表情が厳しくなる。アゲハの言葉の真意を探るように、鋭い目を向けた。
「そうだ。今はただの裏切り者だ。信じるのは難しいかもしれないが帝国の間者ではない」
ミゼルだけではない。
ジャレットやケイト、何人かは同様に警戒色を見せたが、黒髪の女アゲハは堂々とミゼル達の目を見て言葉を返した。
「・・・とりあえずここに座ってくれ。見上げて話すのは疲れる。みんなもそう警戒する事はないだろう?彼女は元と言ったんだ。実際に帝国と戦ったのもアラタとリカルドが見ているんだ」
立ったまま話すアゲハに顔を向けた後、レイチェルは同じテーブルに着くミゼル達を、たしなめるように言葉を発した。
アゲハに対して身構えたミゼル達だが、レイチェルの一言で浮かせた腰を下ろし椅子に座り直す。
「ふーん・・・あんたがここのリーダーみたいだね?」
「本当のリーダーは今日は不在でな。そういう時は私が預かっている。レイジェス副店長のレイチェル・エリオットだ」
アゲハがレイチェルの隣に腰を下ろすと、レイチェルは自己紹介をしながら、スッと右手を差し出した。
「・・・ああ、よろしく。レイチェルと呼ばせてもらうよ」
アゲハは差し出された手をしっかりと握ると、レイチェルに笑いかけた。
「えっと、アゲハさんでいいかしら?私はこの店で黒魔法関係を担当してる、シルヴィア・メルウィーです。実はね、今日は私達もこの国の事や帝国との事で、みんなで話し合う日だったの。そこに帝国の幹部だったあなたが現れて、アラタ君達も一緒に戦ったって話しで驚いたわ。色々聞かせてもらいたいのだけれど、いいかしら?」
落ち着いた声で話しかけたのはシルヴィアだった。
白に近いウェーブがかった金色の髪は、一本に結って肩から流している。
柔らかそうな白いニットのTシャツを着て、紅茶を一口含む様子はとてもリラックスして見える。
「ああ、アゲハと呼び捨ててくれてかまわない。私は帝国に未練も何もない。あんたらは命の恩人だし、帝国と敵対してるのも聞いた。だから、知ってる事はなんでも話すよ」
口調は少し荒っぽそうなところがあるが、裏表が無く気安い感じを覚える。
シルヴィアもその態度に気を許したのか、言葉使いが柔らかくなった。
「そう、じゃあ私の事もシルヴィアと呼び捨ててちょうだい。あのね、みんなが一番気にしている事は、なんであなたがここに来たのかって事なの。リカルドがあなたを見つけたんだけど、あなたはここを目標に歩いていたって言ってたわ。レイジェスに何の用があったのかしら?」
シルヴィアの言う通り、それは全員が知りたかった事だ。
アゲハを寝かせている間も、その疑問は話題に上がったが、結局誰もそれらしい推測ができず、やはり本人に聞いてみるしかないという結論に至った。
自然と全員の視線がアゲハに集まるが、アゲハは気後れする事もなく、軽く息を付くと口を開いた。
「・・・そうだな、それは話しておかなきゃならないが・・・」
そこで言葉を区切ると、アゲハは一度目を伏せて小さく笑った。
「どうかしたのか?」
レイチェルが怪訝な顔をして見せると、アゲハは目を伏せたまま首を横に振った。
「いや、なんでもない。信じるか信じないかは、あんたらが決めてくれ・・・私の体には、どうやらカエストゥスの血が入っているみたいなんだ。それが分かったのは去年の10月末頃だった」
自分という存在を強調するように、アゲハは胸に手を当てて話しだした。
そしてカエストゥスという単語に、レイチェル達の表情も一気に真剣味を帯びた。
200年前の戦争の中心だった国の名だ。ここで出てくるとは思いもよらない言葉だった。
「私は帝国の端の田舎村の生まれだが、代々が帝国だったわけではない。祖先を遡れば、クインズベリーにも、ロンズデールにもいた事があるようだ。そして200年程昔には、カエストゥス生まれの祖先もいたらしい。そんな事は今まで気にもした事がなかった。自分の親や祖父母くらいは気にしても、それ以前は普通考えても調べようとまでは思わないものだろ?だが、私は調べた。なぜなら去年の10月の終わりに、突然風のささやきが聞こえるようになったからだ」
そう話しながら、アゲハは右手人差し指を立てる。指先から緑色の風が立ち昇ると、ケイトが驚きながらも興味深そうに言葉を口にした。
「・・・え!そ、それって風の精霊だよね!?」
「あれ?あんた分かるの?」
意外そうにアゲハがケイトに目を向けると、ケイトは二度三度強く頷いた。
「アタシ、去年セインソルボ山に登ったんだよ。店長と二人で登ったんだけど、東のカエストゥス側まで行って、その時風の精霊の加護をもらったんだ。だから分かるよ。その風は、カエストゥスの風の精霊だよ。すごいね・・・」
風を自在に操れるわけではないが、風の加護によって闇に対しての精神的な体制が付いている。
ケイトにはアゲハの風がどれ程のものか、十分に理解できた。
「セインソルボ山?まさかあそこに登ったって・・・いや、でも私が行った時には・・・ねぇ、あんたが登ったのっていつ?」
何か思い当たる事があったのか、アゲハは指先を顎に当てケイトに目を向けた。
「ん?えっと・・・去年の5月頃から登り始めて、真実の花を探してたんだよね。それで結局10月頃までかかったかな。アタシはそのまま帰って来たけど、店長はやる事があるって言って、カエストゥスに行ったんだよね」
「10月にカエストゥスに!?・・・それじゃあもしかして・・・・・カエストゥスの闇があそこまで薄くなっていたのは・・・その人が何かしたからなのか?」
一人ごとのように、だがケイトに確認するようにも聞こえる。
アゲハの言葉にケイトは少し迷いを見せた。
ケイトも店長から全てを聞いたわけではないが、あの日店長のバリオスは、風の精霊を助けるためにカエストゥスに行くと言っていた。
バリオスに関する事は、最大の注意を払わなければならない。
「・・・カエストゥスで具体的に何をしたのかは聞いてないけど、店長は闇から風の精霊を助けると言っていたよ。自分がやるしかないって・・・」
悩んだが、ここは話してもいいだろう。
そう判断し、ケイトはアゲハにバリオスの行動を教えた。
「・・・そうか・・・風の精霊を・・・だからか」
「アゲハ」
納得したように小さく言葉を口にしているアゲハに、レイチェルが引き戻すように声をかける。
「・・・ああ、悪い。ちょっと整理していたんだ。おかげでスッキリしたよ。私が風の精霊の力を手にできたのは、どうやらここの店長のおかげみたいだね・・・」
なぜ急に風の精霊の声が聞こえるようになったのか、なぜカエストゥスの闇のあれほど薄くなっていたのか、全てに説明がついて胸のつかえが取れた気分だった。
カエストゥスでレイジェスの店長が風の精霊を助けたから、あれほど闇が薄くなり、風の精霊が力を取り戻す事ができたのだ。
「話しを続けようか・・・私がここに来たのは、風の精霊の導きがあったからだ」
アゲハの言葉に最初に反応したのはミゼルだった。
警戒からか眉を寄せて表情が厳しくなる。アゲハの言葉の真意を探るように、鋭い目を向けた。
「そうだ。今はただの裏切り者だ。信じるのは難しいかもしれないが帝国の間者ではない」
ミゼルだけではない。
ジャレットやケイト、何人かは同様に警戒色を見せたが、黒髪の女アゲハは堂々とミゼル達の目を見て言葉を返した。
「・・・とりあえずここに座ってくれ。見上げて話すのは疲れる。みんなもそう警戒する事はないだろう?彼女は元と言ったんだ。実際に帝国と戦ったのもアラタとリカルドが見ているんだ」
立ったまま話すアゲハに顔を向けた後、レイチェルは同じテーブルに着くミゼル達を、たしなめるように言葉を発した。
アゲハに対して身構えたミゼル達だが、レイチェルの一言で浮かせた腰を下ろし椅子に座り直す。
「ふーん・・・あんたがここのリーダーみたいだね?」
「本当のリーダーは今日は不在でな。そういう時は私が預かっている。レイジェス副店長のレイチェル・エリオットだ」
アゲハがレイチェルの隣に腰を下ろすと、レイチェルは自己紹介をしながら、スッと右手を差し出した。
「・・・ああ、よろしく。レイチェルと呼ばせてもらうよ」
アゲハは差し出された手をしっかりと握ると、レイチェルに笑いかけた。
「えっと、アゲハさんでいいかしら?私はこの店で黒魔法関係を担当してる、シルヴィア・メルウィーです。実はね、今日は私達もこの国の事や帝国との事で、みんなで話し合う日だったの。そこに帝国の幹部だったあなたが現れて、アラタ君達も一緒に戦ったって話しで驚いたわ。色々聞かせてもらいたいのだけれど、いいかしら?」
落ち着いた声で話しかけたのはシルヴィアだった。
白に近いウェーブがかった金色の髪は、一本に結って肩から流している。
柔らかそうな白いニットのTシャツを着て、紅茶を一口含む様子はとてもリラックスして見える。
「ああ、アゲハと呼び捨ててくれてかまわない。私は帝国に未練も何もない。あんたらは命の恩人だし、帝国と敵対してるのも聞いた。だから、知ってる事はなんでも話すよ」
口調は少し荒っぽそうなところがあるが、裏表が無く気安い感じを覚える。
シルヴィアもその態度に気を許したのか、言葉使いが柔らかくなった。
「そう、じゃあ私の事もシルヴィアと呼び捨ててちょうだい。あのね、みんなが一番気にしている事は、なんであなたがここに来たのかって事なの。リカルドがあなたを見つけたんだけど、あなたはここを目標に歩いていたって言ってたわ。レイジェスに何の用があったのかしら?」
シルヴィアの言う通り、それは全員が知りたかった事だ。
アゲハを寝かせている間も、その疑問は話題に上がったが、結局誰もそれらしい推測ができず、やはり本人に聞いてみるしかないという結論に至った。
自然と全員の視線がアゲハに集まるが、アゲハは気後れする事もなく、軽く息を付くと口を開いた。
「・・・そうだな、それは話しておかなきゃならないが・・・」
そこで言葉を区切ると、アゲハは一度目を伏せて小さく笑った。
「どうかしたのか?」
レイチェルが怪訝な顔をして見せると、アゲハは目を伏せたまま首を横に振った。
「いや、なんでもない。信じるか信じないかは、あんたらが決めてくれ・・・私の体には、どうやらカエストゥスの血が入っているみたいなんだ。それが分かったのは去年の10月末頃だった」
自分という存在を強調するように、アゲハは胸に手を当てて話しだした。
そしてカエストゥスという単語に、レイチェル達の表情も一気に真剣味を帯びた。
200年前の戦争の中心だった国の名だ。ここで出てくるとは思いもよらない言葉だった。
「私は帝国の端の田舎村の生まれだが、代々が帝国だったわけではない。祖先を遡れば、クインズベリーにも、ロンズデールにもいた事があるようだ。そして200年程昔には、カエストゥス生まれの祖先もいたらしい。そんな事は今まで気にもした事がなかった。自分の親や祖父母くらいは気にしても、それ以前は普通考えても調べようとまでは思わないものだろ?だが、私は調べた。なぜなら去年の10月の終わりに、突然風のささやきが聞こえるようになったからだ」
そう話しながら、アゲハは右手人差し指を立てる。指先から緑色の風が立ち昇ると、ケイトが驚きながらも興味深そうに言葉を口にした。
「・・・え!そ、それって風の精霊だよね!?」
「あれ?あんた分かるの?」
意外そうにアゲハがケイトに目を向けると、ケイトは二度三度強く頷いた。
「アタシ、去年セインソルボ山に登ったんだよ。店長と二人で登ったんだけど、東のカエストゥス側まで行って、その時風の精霊の加護をもらったんだ。だから分かるよ。その風は、カエストゥスの風の精霊だよ。すごいね・・・」
風を自在に操れるわけではないが、風の加護によって闇に対しての精神的な体制が付いている。
ケイトにはアゲハの風がどれ程のものか、十分に理解できた。
「セインソルボ山?まさかあそこに登ったって・・・いや、でも私が行った時には・・・ねぇ、あんたが登ったのっていつ?」
何か思い当たる事があったのか、アゲハは指先を顎に当てケイトに目を向けた。
「ん?えっと・・・去年の5月頃から登り始めて、真実の花を探してたんだよね。それで結局10月頃までかかったかな。アタシはそのまま帰って来たけど、店長はやる事があるって言って、カエストゥスに行ったんだよね」
「10月にカエストゥスに!?・・・それじゃあもしかして・・・・・カエストゥスの闇があそこまで薄くなっていたのは・・・その人が何かしたからなのか?」
一人ごとのように、だがケイトに確認するようにも聞こえる。
アゲハの言葉にケイトは少し迷いを見せた。
ケイトも店長から全てを聞いたわけではないが、あの日店長のバリオスは、風の精霊を助けるためにカエストゥスに行くと言っていた。
バリオスに関する事は、最大の注意を払わなければならない。
「・・・カエストゥスで具体的に何をしたのかは聞いてないけど、店長は闇から風の精霊を助けると言っていたよ。自分がやるしかないって・・・」
悩んだが、ここは話してもいいだろう。
そう判断し、ケイトはアゲハにバリオスの行動を教えた。
「・・・そうか・・・風の精霊を・・・だからか」
「アゲハ」
納得したように小さく言葉を口にしているアゲハに、レイチェルが引き戻すように声をかける。
「・・・ああ、悪い。ちょっと整理していたんだ。おかげでスッキリしたよ。私が風の精霊の力を手にできたのは、どうやらここの店長のおかげみたいだね・・・」
なぜ急に風の精霊の声が聞こえるようになったのか、なぜカエストゥスの闇のあれほど薄くなっていたのか、全てに説明がついて胸のつかえが取れた気分だった。
カエストゥスでレイジェスの店長が風の精霊を助けたから、あれほど闇が薄くなり、風の精霊が力を取り戻す事ができたのだ。
「話しを続けようか・・・私がここに来たのは、風の精霊の導きがあったからだ」
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