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「・・・・・う・・・ん・・・・・・・・」

微かに耳に届く音に、意識が呼び起こされる。
ゆっくりと目を開けると、石造りの天井が目に入った。等間隔で置かれた発光石が目に入り、この明るさが魔道具による物だと理解する。

上半身を起こす。胸からズレ落ちた薄いブランケットを見て、どうやら自分がマットに寝かされていたと分かったところで、前から声がかけられた。


「あ、気が付いたんですね!良かったー」

サックスブルーのワンピースを着た、オレンジ色の髪をした女性だった。
椅子から立ち、人なつっこい笑顔で私の隣に座ると、手にしていた水差しからコップに水を注ぎ、私に手渡してくる。

「はい、お水です。飲んでください。お腹の怪我は治せましたけど、出血がひどかったからしばらく休んでください。あ、私はカチュアと言います。カチュア・サカキです」

普段の私なら、見も知らぬ相手から渡された物など口にしない。
だが、私にコップを差し出すこのカチュアという女性の微笑みを見ると、不思議と警戒心が湧かなかった。


「・・・・・ありがとう・・・いただくよ」


コップを受け取り一口含むと、自分がどれだけ乾いていたのか分かる。
冷たい水を喉に流した瞬間、二口三口と続けて流し込み、そのまま飲み干してしまった。

がっつくようなみっともない姿を晒してしまったが、カチュアはそんな私を笑いもせず、やさしそうな目で私を見つめていた。

「お腹も空いてませんか?もう夜の七時ですし、実は私もまだなんです。簡単なものですけど、一緒に食べましょう」

そう言ってカチュアは椅子から腰を上げると、脇のテーブルに置いてあるトレーを持ってきた。

「自宅だともう少しちゃんとした料理ができるんですが、お店だと簡単な物しか作れなくて。サンドイッチですが、良かったら食べてください」

「お店?」

トレーに並べられた、ハムやトマトのサンドイッチを私に勧めるカチュアに聞き返すと、カチュアは説明不足だったと言うように言葉を付け加えた。

「あ、ごめんなさい。最初に話しておく事でしたね。ここはレイジェスって言うリサイクルショップです。あなたはお店の前で帝国の軍人と戦って倒れたんです。お腹が抉られてて危険な状態でした。私とユーリ、あ、ユーリも白魔法使いなんですが、その子と二人でヒールをかけて、お腹の怪我は治したんです。でもすぐには意識が戻らなかったので、ここまで運んで寝かせていたんです」

そう説明を受けて、あらためて辺りを見回してみる。

ここが店の中のどの辺りかは分からないが、辺りには木製の平台や、縦長のガラスケースなどが沢山並んでいて、透明の液体の入ったビンや、何かの魔道具らしい石など、様々な物が置かれていた。

そして私が寝かされている周りだけ、綺麗に何も置かれていない事から、このスペースは私のために作られたのだと分かった。


「・・・どうやら私は、大変な迷惑をかけてしまったようだな。本当にすまない。そして助けてくれた事に心から感謝する。ありがとう」

感謝と謝罪の気持ちを告げて頭を下げると、カチュアは優しく言葉をかけてくれた。

「私達は大丈夫ですよ。気にしないでください。その時一緒に戦ったアラタ君も、なにか事情があったんだろうって言ってましたから。えっと・・・」

そこでカチュアが少し困ったように口よどんだので、私は自分が名前も告げていない事に気が付いた。


 「ああ、すまない。アゲハだ・・・・・私の事はアゲハと呼んでくれ」






レイジェスの事務所では、夕食を終えたアラタ達が今日起こった事に対しての話し合いを行っていた。

「・・・ふむ、なるほど、おおよそは分かった」

シャクール・バルデスは食後のコーヒーを飲みながら、状況を理解したと頷いた。
隣に座るサリーも話しを聞きながら、そんな事が、と呟いた。


レイジェスの前で帝国軍と戦闘になった事は、アラタが説明をした。
巨躯の男アルバレスは初めて会ったため、アラタがその男を師団長とは認識できなかったが、もう一人の霧の魔道具使いミリアムとは、ロンズデールでも一度戦闘をしたため覚えていた。


「ああ、アルバレスって呼ばれたでかい男は、ロンズデールで戦ったダリル・パープルズみたいな硬いヤツだった。生身じゃダメージを与えられないと思う。あそこで追う事もできたけど、深追いする事は危険だって感じて・・・そのまま逃がしてしまった」

理由はどうあれ、追えるものを逃がした点はバツが悪く、アラタがすこし言葉を濁すと、一緒に戦ったリカルドは大きな声で口を挟んだ。

「兄ちゃん兄ちゃん、あれはしかたねぇって!あいつ絶対やべぇよ!死にかけかと思ったら、なんだよあのヤベェ気はよ!?あいつなんか奥の手隠してるって、あそこはあれでいいんだよ。手負いの獣を深追いするのは危険なんだぞ」

「リカルド・・・」

「兄ちゃんはいっつも考え過ぎなんだよ。なんでも完璧にできると思ってんのか?あの女もとりあえず助けられたんだから、そんでよくね?」

「そうだな、リカルドの言う通りだ。私も今回はそれでいいと思うぞ。全員が無事である事が第一だ。アラタ、別に気にする事ではない」


リカルドに同意して、レイチェルもアラタに言葉をかけた。
レイジェスの情報を持って行かれた事は気にかかる。ミリアムはアラタと二度戦闘した事で、アラタの戦闘力も十分に把握しただろう。これで帝国に目を付けられる事になるはずだ。

新婚のアラタとカチュアの生活は壊されてはだめだ。

「・・・まぁ、私が護ってやるさ」

「ん、レイチェル、何か言ったか?」

「いや、なんでもない。それより、あの女の事だが・・・」

レイチェルの呟きにアラタが反応すると、レイチェルは首を横に振って、黒マントの女を話題に出すと、事務所のドアがノックされて開いた。


「お、カッちゃん、ご苦労様。起きたのか?」

顔を見せたカチュアに、ジャレットが声をかける。
黒マントの女、アゲハが意識を失っている間、カチュアが傍で様子を見る事になった。
目が覚めた時、あまり大人数で見ているのも驚かせるだろうし、同性の方が安心するだろうという事だった。

「はい、食事もできましたし、もう大丈夫ですよ」

事務所の全員に伝えるように話すと、カチュアは後ろに立つ黒髪の女性に、中に入るように言葉をかけた。



「・・・・・」

事務所に足を入れた女性から、アラタは目を離す事ができなかった。

腰まで伸びたサラリとした長く黒い髪。
確かな意志の強さを持った切れ長の瞳。
凛とした、という言葉がぴったり当てはまる佇まい。

店に運んだ時にも思ったが、こうして顔を見てあらためて思った。


やはり新庄弥生にそっくりだと・・・・・


「倒れている私を助けてくれたと聞いた。世話になった・・・・・私の名はアゲハ、元帝国軍第二師団長だ」


黒髪の女性アゲハは、静かに口を開いた。
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