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768 帝国を倒す風

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手応えがないわけではなかった。

申し分のないタイミングで入った右のアッパーカット。
同階級での試合なら間違いなくKOパンチだった。入った瞬間、顎の骨を砕く衝撃が拳から伝わってくるだろうという予感さえあった。
だが拳を通じて俺の脳が感じたものは、巨木でも殴ったかのような、ズシリと重く大きな反発だった。
なんとか撃ち抜けたが、あまりの硬さに自分の拳が撥ね返されそうな程だった。


「・・・いい、パンチだ・・・だが」

顎を撥ね上げる事はできたが、手応えからダメージがないだろうと予想はしていた。
そして予想の的中を告げるように、巨躯の男は顔を戻すと、上から俺を見下ろし睨み付けた。

「俺には通用しないッツ!」

両手を組み合わせて、頭上から叩きつけるように振り下ろす!
アッパーで口内を切ったのだろう。叫びを上げるアルバレスの口から、血が飛び散らかされる。

「やはりな!」

反撃は予想していた!
大きく後ろに飛び退いて、アルバレスの振り下ろしを回避する。

着地と同時に左拳を前に、右の拳は顔の横に上げて左半身を前に構える。

すぐに追撃が来ると警戒したが、アルバレスは一度だけ俺に視線を向けると、霧の中に消えて行った。


「アルバレスは用心深いんだ。想定にない事態が起きると見(けん)を選び、状況を整理して対策を立てる」

いつの間にか隣に立っていた黒マントの女が、前を向いたまま呟くような声で話しかけてきた。

「・・・・・あなたは、いったい・・・」

「私の事はいい。あんたらが少なくとも追手でない事は分かった。帝国と敵対しているのもね。だったら手を貸せ。敵はアルバレスだけじゃない。この霧もおそらく帝国軍、あのクソ女の魔道具だろう」

「・・・霧、魔道具?」

そこまで話しを聞いて、俺の頭には一つ引っかかりができた。聞き覚えのある単語だ。

「・・・知っているのか?」

俺の反応を見て、黒マントの女が確認してくる。

「ああ、思い出した。帝国軍で霧の魔道具を使う女には、一人心当たりが・・・!」

そこまで口にした時、霧を貫いて幾つもの氷の槍が飛んでくる!

「チッ!」

目の前の氷を左フックで粉砕し、腹を刺し貫きそうな氷を、右の打ち下ろしで砕き散らす。
次々に迫り来る氷の槍を躱して叩く!

「刺氷弾か!霧の魔道具を使う黒魔法使いと言ったら・・・」

向かって来る刺氷弾を迎撃しながら、氷が放たれた方に駆ける!
霧を掻き分けた先に立っていたのは、やはり思った通りの女だった。



肩口で揃えられた金色の髪。
前髪は左から右へと少しづつ長くなっていて、右目の半分は髪に隠れるくらいだった。
帝国軍の幹部である事を現す深紅のローブを身に纏ったその女は、俺を見るなり敵意を剥き出しにして、吐き捨てるように言葉を発した。

「また会ったわね。あの時の借り、返させてもらうわ」

ロンズデールでリンジー達を脅していた帝国の軍人、ミリアム・ベルグフルトは、言うや否や右手を向けると氷の魔力を撃ち放った。





やはりミリアムか・・・あの黒髪の男もミリアムに心辺りがありそうだった。
本当は私の方がミリアムとは相性がいいのだが、こうなったらミリアムは任せるしかないか。


「考え事か」

後方で始まった戦闘に一瞬だが意識を向けると、その瞬間にアルバレスの拳が霧に隠れて飛んでくる。
ギリギリで薙刀を盾にして受けるが、師団長でも屈指のパワーを誇るアルバレスの一撃に、体が浮かされる。


「チッ」

足がもつれるが、辛うじて着地をする。
追撃に備え構えるが、やはりアルバレスは慎重だった。
さっきまでの攻防で、このまま攻めても持久戦になると考えたのだろう。
霧に隠れ私の隙をつく戦法に変えたらしい。

私は全方向に神経を集中させなければならないが、アルバレスには私の姿が丸見えらしい。
ミリアムの霧は、仲間であるアルバレスには影響を及ぼさないようになっているのだろう。
実にやっかいな魔道具だ。

だが・・・・・


「ハッ!」

背後からの蹴りを前方に飛んで躱す。
体を前回りに回転させ、薙刀の柄で地面を捕えてから両足で着地する。

微かな空気の動き。
アルバレスがいかに気配を消そうとしても、攻撃に入る瞬間にはどうしても動くものがある。

「アルバレス、無駄だ。私は視覚だけに頼ってはいない。目を塞がれても私にはお前の動きが手に取るように分かる」

私には視界が塞がれても、目の代わりになるものがある。
それは全身で感じる事のできる私だけの風。


「・・・なんだと?」


霧の中から僅かに動揺したアルバレスの声が聞こえる。

あまり手の内は見せたくなかったがしかたない。

私は心の中で風の精霊に呼びかける
足元から緑色の風が立ち昇る

「お前・・・それは、その風はまさか!?」

これはカエストゥスに行って手に入れた力
アルバレスが知るはずもない

緑色の風を纏った私には、風の流れが全て分かる


「そこだアルバレス」


一歩で距離を詰める

正確に自分の場所を捕えられ、意表を突かれたアルバレスは防御が間に合わなかった

「し、しまっ・・・!」

「もらった!」

上段から振り下ろした私の刃は、アルバレスの左肩から右脇腹へと袈裟懸けに斬り裂いた


「アルバレス、帝国を倒す風はまだ生きている」


そう、私は帝国を倒す
そのために心を殺して今日まで生きてきたんだ



風が女のフードを払い取る

サラリとした長く黒い髪が風に舞って広がる
その切れ長の黒い瞳は、哀しみと憎しみ、二つの意思を宿していた
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