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763 乗合馬車の中で

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「いやぁ~、兄ちゃんと合流できてよかったわ!やっぱよ、パンはおやつってイメージなんだよな。しっかり食わねぇと力でねぇよ」

薄茶色の紙でくるんだ鮫のフライを食べながら、リカルドはご機嫌に笑った。


アラルコン商会はクインズベリー首都にあるが、大型店という事で、地元の商店に配慮をして、首都でも外れの方に建てられていた。
主都の中心部にあるレイジェスからは、馬車で30分程度の距離があるため、アラタとカチュアは乗合馬車(のりあいばしゃ)の列に並んだのだが、目の前の見慣れた緑の髪にもしやと思い声をかけてみると、やはりリカルドだったのだ。
そしてリカルドの隣にはユーリもいたため、二人が一緒に行動していた事が分かった。

「リカルド、文句を言うならアタシのベーグル返して。あんたが一時間も待ってたら死ぬって言うから、レストラン諦めて帰る事にしたんでしょ?そのくせお腹空いて動けないって言うから、ベーグルあげたのに失礼過ぎる」

リカルドの隣に座るユーリが、ギロリと睨みつける。

「え、どうやって?もう食っちっまったぞ?吐けって言うの?」

真顔で聞き返すリカルドに、ユーリは額を押さえて大きな溜息をつく。

「・・・もういい。それよりあんた食べ過ぎ。それ、元々アラタとカチュアのでしょ?普通遠慮して一つでやめない?」

「え?、なんで?食べていいって言ったんだぞ?個数制限なんて聞いてねぇぞ?」

本当にユーリの言っている事が理解できない。
リカルドは目を瞬かせて、じっとユーリを見る。

「・・・・・もういい」

目を閉じて首を二度三度横に振ると、ユーリはリカルドから顔を背けて黙ってしまった。

「おい、なんで怒ってんだよ?・・・おい?・・・んだよ、無視かよ?」

リカルドはしきりに首をかしげながら、アラタ達からもらった鮫のフライを食べている。



「ユーリ、大丈夫だよ。はい、こっちはユーリの分ね。リカルド君に渡す前に、私とユーリの分で、二つ取っておいたの。アラタ君はしばらく鮫は食べたくないって言うからさ」

今、リカルドが食べている鮫のフライは、レストランでバルデスが、アラタとカチュアにお土産として渡した物だった。10本の鮫フライをお持ち帰り用として用意してもらい、レストランを出たところで受け取っていたのだ。

レストランの食事代を出してもらい、更にお土産まではとカチュアは遠慮するが、バルデスにいつもの調子で、いいから持って帰って食え、と言われては受け取るしかない。

しかし、乗合馬車でリカルドと会った時、待つのが嫌で昼食を食べ損ねたと、虚ろな目で話すリカルドを見て、アラタとカチュアは鮫のフライをリカルドに食べさせたのだった。

「カチュア・・・私の分もあったんだ。ありがとう」

「うん!ユーリも食べた事なかったでしょ?帰ったら一緒に食べようね!」

カチュアが手提げからパックに入った鮫のフライを見せると、ユーリは少しだけ驚いたように目を開いた後、カチュアと目を合わせてニコリと笑った。

「やっぱり、カチュアはアタシの一番の友達」

アラタと結婚しても変わらない。
アタシがいないところで、アタシを考えてくれているのがすごく嬉しい。


「ん?なんだよカチュア、鮫のフライまだあんじゃねぇか?ケチケチしないでそれも俺にグハァッ!」

「ぶっとばすよリカルド?」

ユーリの拳が腹に突き刺さり、リカルドは白目を剥いて倒れた。




「・・・さっきからうるさいね」

リカルドの声が大きく、ユーリもリカルドを殴るなりしたため、耐えかねた乗客の一人が冷たい声を発した。

今アラタ達が乗っているのは、乗合馬車である。
アラルコン商会から、首都の中心部まで一度に20人は運べる大きさの馬車だった。
当然家族連れやカップルも乗っており、馬車の中はそれなりに賑やかだったのだが、どうやらリカルドの声やユーリの行動は、声を上げた乗客の許容を越えてしまったようだ。

「あ、すみません」
「ごめんなさい。気を付けます」

ユーリが顔を向けて謝り、カチュアが倒れているリカルドの代わりに、その乗客に向かって頭を下げる。

黒いマントのフードを、目深に被っているので顔は見えないが、その声は女性のものだった。
傍らには馬車の天井に届く程の長物を立て掛けている。
形状から見ると槍のように思えるが、やや赤黒く汚れた包帯のような布で、刃の部分がグルグルと巻かれていて、どこか威圧的な雰囲気を漂わせている。

二人の謝罪を受け入れたのか、フードを被った女性は少しだけ顔を向けて視線を送って来る。
すぐに目を逸らし、返事をする事はなかったが、それ以上何かを言ってくる事もなかった。


「・・・え?」

突然アラタが驚いたような声を出した。

「ん、アラタ君、どうかしたの?」

フードを被った女性に顔を向けて、信じられないものを見たような顔をしているアラタに、カチュアが声をかける。


「・・・い、いや・・・なんでも、ないよ・・・」

短く言葉を返すが、動揺は隠しきれなかった。

フードから覗いた黒い髪、一瞬だけ合ったが確かに黒目だった。

この世界では少ないが、黒髪、黒目は自分以外にもいる。
だから珍しいとは思っても、驚く程の事ではない。

だが、今の人は・・・・・

ありえない。
そう思いながらもアラタは、乗り合い馬車が目的地に着くまで、フードを被った女性から目を離す事ができなかった。
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