上 下
757 / 1,253

756 騒がしい日常

しおりを挟む
「なぁレイチェルよぉ~、あの二人なんとかしろよぉ~、朝からずっとイチャイチャしやがって、気が散って仕事が手につかねぇぞ」

リカルドの苦情に私も苦笑いを浮かべる。
リカルドに指摘されるまでもなく、私も朝から頭を悩ませていたからだ。

「リカルド、分かってる。私も分かってるんだ。でも、あの二人はまだ新婚なんだよ。そのうち落ち着くだろうし、もう少し我慢してくれ」

「そう言うけどよ~、名前呼びあって顔赤くしてんだぜ?朝からイチャイチャイチャイチャしてよぉ~、ユーリは虫歯ねぇくせに歯が痛いなんて言って、飲めもしねぇブラックコーヒー飲んで、俺に苦いって文句言ってくんだぞ?どうしろっつーんだよ?レイチェルは副店長なんだからよぉ、ビシっと言ってやってくれよ」

首を横に振って、大きな溜息をつく。
リカルドもほとほと困っているようだ。

「私が言ってもいいが、リカルドが直接言えばいいんじゃないか?キミは誰にでも物怖じせずにズバズバ言うだろ?別にアラタとカチュアは怖くはないだろ?」

「・・・いやよぉ、それがな、俺今回は無理だわ。なんつうか、文句言おうと思ったんだけど、二人だけの世界っての?あの空間ってすげぇ声かけづれぇ・・・あそこだけピンク色の景色に見えるわ」

「・・・あ~、確かに。それは私も感じていたが・・・分かった。私から言っておこう」


なるべくならそっとしておいてやりたかったが、ここまで言われてはしかたない。
確かに仕事に支障とまではいかないが、目立つのは目立つ。

私が注意すると言うと、リカルドはほっとしたように表情を緩めて、なるはやで頼むぞ!と言って武器コーナーに引き上げて行った。


「・・・はぁ~~~~~」

リカルドがいなくなると、私は事務所で大きく息を吐き出した。

アラタとカチュアの結婚式から三日経った。
二人はすぐに新婚旅行という考えはしていなかったようだから、式の翌日とその次の日、二日間の休みを取らせた。そして今日が結婚式の後の初出勤なのだが、朝からおかしかった。

カチュアはアラタの事をいつも「アラタ君」と呼ぶが、なんでか今日に限って「アラタさん」なんて呼ぶし。アラタもアラタで、いつもなら「なに?」とか「うん」とか優しい感じなのに、今日に限って「おう」と、男らしく返事をするのだ。

それでお互い目が合うと、恥ずかしくなったのか顔を赤くして目をそらすのだ。

なんだこれ?

それに距離がいつもよりずっと近かった。
売り場にいる時はさすがに控えているが、二人が休憩中の事務所なんかは、私も入るのを躊躇ってしまう程だった。


「まぁ・・・リカルドに言われなくても、私もこれは駄目だと思ってたところだ」

私は二人を事務所に呼び出した。




「キミ達さ、なんで呼ばれたか分かるかい?」

私の前にはテーブルを挟んで、アラタとカチュアが座らされている。
二人ともこの空気を感じ取ったのか、少し緊張気味の表情だ。

事務所のドアには、立ち入り禁止の札を下げておいた。
これで誰にも邪魔をされる事はない。私の説教を止められるのは私だけだ。

「えっと・・・俺達なにかしたかな?」

アラタは何も分かっていないようだ。

「レイチェル、ごめんなさい。私も何で呼ばれたのかちょっと・・・怒ってるの?」

カチュアも駄目だ。

まぁ、分かっていたなら、最初からもう少し節度をわきまえるだろう。
ジャレットとシルヴィアを見習ってほしい。あの二人は時と場所をよく理解している。


「・・・単刀直入に言おう。朝からイチャつき過ぎだ。即刻止めてほしい」

私がズバリ言葉を突きつけると、二人は目を丸くして、え?と呟いた。

「・・・いや、え?って・・・キミ達、私の言ってる事分かってる?」

「いや・・・分かるけど、別に普通じゃ・・・」
「普通じゃない!」

反論しようとしたアラタに、私は強めに言葉を被せた。

「いいかい?キミ達にとっての普通が、私達にとっても普通だと思わない事だ」

「あ、はい・・・」

アラタは肩を縮こまらせて、うなだれてしまった。
そこをカチュアが、大丈夫?と声をかけながら背中をさするので、もう何とも言えない。
まるで私が二人の仲を引き裂く、悪女になった錯覚さえ覚える。


「はぁ~~~、二人とも、話そうじゃないか。今日は私とよく話し合おう」

頭が痛くなってきたが、頑張るしかないだろう。
私は大きく息をつくと、アラタとカチュアに、時と場所を考えるという事をよく言って聞かせた。




「・・・レイチェル、ごめんなさい」

アラタとカチュアはだいぶ気まずそうな顔をしながら、私に頭を下げている。

「正気に戻ったようで嬉しいよ」

私の休憩時間を丸々使ってしまったが、やっと理解してくれたようだ。
新婚という事で浮かれてしまっていたのだろう。相当ハメを外していたようだが・・・

額の汗を拭い、冷めた茶を一気に飲み干す。
からからに乾いた喉には、冷めた茶の方が染み入った。

「誤解はしないで欲しいんだがね、キミ達が仲睦まじいのは私も嬉しいんだ。イチャつくのもいいんだよ。ただ、くどいようだが、時と場所は選んでくれ。いいね?」

「うん・・・ここまで言われたら、さすがに俺も分かったよ」

「わ、私も・・・ちょっと浮かれ過ぎてたみたい。気をつけるね」

アラタとカチュアの表情を見て、私もやっと胸を撫で下ろす。
自分達の行動を客観的に見たら、どう思われるか分かって恥ずかしくなってきたのだろう。
そうだ。分かってくれればいい。
まぁ、この二人の事だから、完全にやめる事はないだろうが、せめて結婚前のイチャつきくらいに戻ればリカルドも文句は言わないだろう。


話しの区切りがついたところで、ドアをノックする音に顔を向けると、返事を待たずにリカルドが入って来た。なにやらイライラしたように険しい顔をしている。

「なぁレイチェル?兄ちゃんとカチュアは正気に戻ったか?なんか今日めっちゃ込んでっから、早く売り場に戻ってほしいんだけどよー」

「ああ、すまないなリカルド。今やっと正気に戻ったところだ。すぐに戻るよ」

たっぷり一時間も事務所に籠っていたから、迷惑をかけてしまったようだ。

「あの、レイチェル、そんなに正気正気って、頭おかしくなってたみたいな・・・」

「ん?なにか言ったかアラタ?私は食事も満足にとれなかったんだが?」

「なんでもないです・・・」

恐縮するアラタを睨みながら、出入口を指さすと、アラタは慌てて売り場に走っていた。

「レ、レイチェル、ごめんね。今度キッチン・モロニーのクッキー買ってくるから」

顔の前で両手を合わせるカチュア。
カチュアもだいぶ反省しているようだ。

「・・・まぁ、あれだよ。私もキツく言ってしまったかもしれないが、キミ達が仲良くしてるのを嬉しく思ってるのは本当なんだぞ?」

「レイチェル・・・うん、ありがとう」

「おーい、売り場忙しいって言ってんだろ?ユーリは歯が痛ぇって言って、ずっとほっぺた押さえてるし早く戻れよ」

私の言葉にカチュアが嬉しそうに笑ったところで、リカルドが空気を読まずに口を曲げる。
思った事をそのまま口にするのは本当にリカルドだ。

「わー、ご、ごめんねリカルド君!レイチェル、じゃあ私も売り場に戻るね!」

「早くしろよ!あと今日の夜はハンバーグな!」

「うん!・・・え!?今日来るの!?」

「ほら、急げって!ユーリが歯溶けて死んじまうぞ!イチャイチャの呪い解いてこいよ!」

「え?の、呪い?なにそれーーー!?」



・・・まったく騒がしい。


リカルドに背中を押されながら、事務所を出て行くカチュアを見送り、私は今日何度目かの溜息をついた。
あんなに大声出しながら売り場に出て、お客さんに丸聞こえじゃないか。

つい苦笑いしてしまうが、実は内心少し楽しさも感じていた。

最近忙しかったから忘れていたが、レイジェスは、私達の店はこういう雰囲気だった。

「・・・なんだか、久しぶりだな」


「レイチー!ナイフの買取りだぞー!」

物思いにふけっていると、ジャレットの呼ぶ声に現実に戻される。

本当に騒がしい。
あんなに大声出して呼ばなくても、ちょっとこっちに来て話せばいいのに。


私も、今行くー!と大声で返してみた。

するとすぐに、分かったー!と大声が返ってくる。
なんだかちょっと面白くて、つい笑ってしまった。

さて、それじゃあ行ってみようか!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

処理中です...