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756 騒がしい日常

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「なぁレイチェルよぉ~、あの二人なんとかしろよぉ~、朝からずっとイチャイチャしやがって、気が散って仕事が手につかねぇぞ」

リカルドの苦情に私も苦笑いを浮かべる。
リカルドに指摘されるまでもなく、私も朝から頭を悩ませていたからだ。

「リカルド、分かってる。私も分かってるんだ。でも、あの二人はまだ新婚なんだよ。そのうち落ち着くだろうし、もう少し我慢してくれ」

「そう言うけどよ~、名前呼びあって顔赤くしてんだぜ?朝からイチャイチャイチャイチャしてよぉ~、ユーリは虫歯ねぇくせに歯が痛いなんて言って、飲めもしねぇブラックコーヒー飲んで、俺に苦いって文句言ってくんだぞ?どうしろっつーんだよ?レイチェルは副店長なんだからよぉ、ビシっと言ってやってくれよ」

首を横に振って、大きな溜息をつく。
リカルドもほとほと困っているようだ。

「私が言ってもいいが、リカルドが直接言えばいいんじゃないか?キミは誰にでも物怖じせずにズバズバ言うだろ?別にアラタとカチュアは怖くはないだろ?」

「・・・いやよぉ、それがな、俺今回は無理だわ。なんつうか、文句言おうと思ったんだけど、二人だけの世界っての?あの空間ってすげぇ声かけづれぇ・・・あそこだけピンク色の景色に見えるわ」

「・・・あ~、確かに。それは私も感じていたが・・・分かった。私から言っておこう」


なるべくならそっとしておいてやりたかったが、ここまで言われてはしかたない。
確かに仕事に支障とまではいかないが、目立つのは目立つ。

私が注意すると言うと、リカルドはほっとしたように表情を緩めて、なるはやで頼むぞ!と言って武器コーナーに引き上げて行った。


「・・・はぁ~~~~~」

リカルドがいなくなると、私は事務所で大きく息を吐き出した。

アラタとカチュアの結婚式から三日経った。
二人はすぐに新婚旅行という考えはしていなかったようだから、式の翌日とその次の日、二日間の休みを取らせた。そして今日が結婚式の後の初出勤なのだが、朝からおかしかった。

カチュアはアラタの事をいつも「アラタ君」と呼ぶが、なんでか今日に限って「アラタさん」なんて呼ぶし。アラタもアラタで、いつもなら「なに?」とか「うん」とか優しい感じなのに、今日に限って「おう」と、男らしく返事をするのだ。

それでお互い目が合うと、恥ずかしくなったのか顔を赤くして目をそらすのだ。

なんだこれ?

それに距離がいつもよりずっと近かった。
売り場にいる時はさすがに控えているが、二人が休憩中の事務所なんかは、私も入るのを躊躇ってしまう程だった。


「まぁ・・・リカルドに言われなくても、私もこれは駄目だと思ってたところだ」

私は二人を事務所に呼び出した。




「キミ達さ、なんで呼ばれたか分かるかい?」

私の前にはテーブルを挟んで、アラタとカチュアが座らされている。
二人ともこの空気を感じ取ったのか、少し緊張気味の表情だ。

事務所のドアには、立ち入り禁止の札を下げておいた。
これで誰にも邪魔をされる事はない。私の説教を止められるのは私だけだ。

「えっと・・・俺達なにかしたかな?」

アラタは何も分かっていないようだ。

「レイチェル、ごめんなさい。私も何で呼ばれたのかちょっと・・・怒ってるの?」

カチュアも駄目だ。

まぁ、分かっていたなら、最初からもう少し節度をわきまえるだろう。
ジャレットとシルヴィアを見習ってほしい。あの二人は時と場所をよく理解している。


「・・・単刀直入に言おう。朝からイチャつき過ぎだ。即刻止めてほしい」

私がズバリ言葉を突きつけると、二人は目を丸くして、え?と呟いた。

「・・・いや、え?って・・・キミ達、私の言ってる事分かってる?」

「いや・・・分かるけど、別に普通じゃ・・・」
「普通じゃない!」

反論しようとしたアラタに、私は強めに言葉を被せた。

「いいかい?キミ達にとっての普通が、私達にとっても普通だと思わない事だ」

「あ、はい・・・」

アラタは肩を縮こまらせて、うなだれてしまった。
そこをカチュアが、大丈夫?と声をかけながら背中をさするので、もう何とも言えない。
まるで私が二人の仲を引き裂く、悪女になった錯覚さえ覚える。


「はぁ~~~、二人とも、話そうじゃないか。今日は私とよく話し合おう」

頭が痛くなってきたが、頑張るしかないだろう。
私は大きく息をつくと、アラタとカチュアに、時と場所を考えるという事をよく言って聞かせた。




「・・・レイチェル、ごめんなさい」

アラタとカチュアはだいぶ気まずそうな顔をしながら、私に頭を下げている。

「正気に戻ったようで嬉しいよ」

私の休憩時間を丸々使ってしまったが、やっと理解してくれたようだ。
新婚という事で浮かれてしまっていたのだろう。相当ハメを外していたようだが・・・

額の汗を拭い、冷めた茶を一気に飲み干す。
からからに乾いた喉には、冷めた茶の方が染み入った。

「誤解はしないで欲しいんだがね、キミ達が仲睦まじいのは私も嬉しいんだ。イチャつくのもいいんだよ。ただ、くどいようだが、時と場所は選んでくれ。いいね?」

「うん・・・ここまで言われたら、さすがに俺も分かったよ」

「わ、私も・・・ちょっと浮かれ過ぎてたみたい。気をつけるね」

アラタとカチュアの表情を見て、私もやっと胸を撫で下ろす。
自分達の行動を客観的に見たら、どう思われるか分かって恥ずかしくなってきたのだろう。
そうだ。分かってくれればいい。
まぁ、この二人の事だから、完全にやめる事はないだろうが、せめて結婚前のイチャつきくらいに戻ればリカルドも文句は言わないだろう。


話しの区切りがついたところで、ドアをノックする音に顔を向けると、返事を待たずにリカルドが入って来た。なにやらイライラしたように険しい顔をしている。

「なぁレイチェル?兄ちゃんとカチュアは正気に戻ったか?なんか今日めっちゃ込んでっから、早く売り場に戻ってほしいんだけどよー」

「ああ、すまないなリカルド。今やっと正気に戻ったところだ。すぐに戻るよ」

たっぷり一時間も事務所に籠っていたから、迷惑をかけてしまったようだ。

「あの、レイチェル、そんなに正気正気って、頭おかしくなってたみたいな・・・」

「ん?なにか言ったかアラタ?私は食事も満足にとれなかったんだが?」

「なんでもないです・・・」

恐縮するアラタを睨みながら、出入口を指さすと、アラタは慌てて売り場に走っていた。

「レ、レイチェル、ごめんね。今度キッチン・モロニーのクッキー買ってくるから」

顔の前で両手を合わせるカチュア。
カチュアもだいぶ反省しているようだ。

「・・・まぁ、あれだよ。私もキツく言ってしまったかもしれないが、キミ達が仲良くしてるのを嬉しく思ってるのは本当なんだぞ?」

「レイチェル・・・うん、ありがとう」

「おーい、売り場忙しいって言ってんだろ?ユーリは歯が痛ぇって言って、ずっとほっぺた押さえてるし早く戻れよ」

私の言葉にカチュアが嬉しそうに笑ったところで、リカルドが空気を読まずに口を曲げる。
思った事をそのまま口にするのは本当にリカルドだ。

「わー、ご、ごめんねリカルド君!レイチェル、じゃあ私も売り場に戻るね!」

「早くしろよ!あと今日の夜はハンバーグな!」

「うん!・・・え!?今日来るの!?」

「ほら、急げって!ユーリが歯溶けて死んじまうぞ!イチャイチャの呪い解いてこいよ!」

「え?の、呪い?なにそれーーー!?」



・・・まったく騒がしい。


リカルドに背中を押されながら、事務所を出て行くカチュアを見送り、私は今日何度目かの溜息をついた。
あんなに大声出しながら売り場に出て、お客さんに丸聞こえじゃないか。

つい苦笑いしてしまうが、実は内心少し楽しさも感じていた。

最近忙しかったから忘れていたが、レイジェスは、私達の店はこういう雰囲気だった。

「・・・なんだか、久しぶりだな」


「レイチー!ナイフの買取りだぞー!」

物思いにふけっていると、ジャレットの呼ぶ声に現実に戻される。

本当に騒がしい。
あんなに大声出して呼ばなくても、ちょっとこっちに来て話せばいいのに。


私も、今行くー!と大声で返してみた。

するとすぐに、分かったー!と大声が返ってくる。
なんだかちょっと面白くて、つい笑ってしまった。

さて、それじゃあ行ってみようか!
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