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【754 移ろい流れる時の中で】
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帝国の酒場宿で一人、ウィッカー・バリオスは静かに酒を飲んでいた。
調べられる限りは調べた。この地でテリーとアンナがどんな最期をおくったのか、数十年も前の事だから、実際に見たという人は探し出せなかったし、いないと考えるべきなのだろう。
歴史書には簡潔にしか書いてなかったし、誰に聞いても大雑把な答えしか返ってこなかった。
そこから導き出した答えは、帝国にとって都合の悪い結末だったという事だ。
テリーとアンナは皇帝と戦い、おそらく善戦したのだろう。
皇帝が右腕を失ったという話しを聞いた時、俺はテリーとアンナによって負わされた傷だと察した。
あの皇帝を相手にそこまでやれたのだ。あの二人がそれほどまでに力を付けた事を誇りに思う。
目を閉じて考えを整理する。
ブロートン帝国を圧倒的な力で完全に掌握していた、絶対の存在、皇帝ローランド・ライアン。
その晩年がどんな状態だったかを知って、正直驚いた。
あの男がそこまで心を病んでいたとはな。
俺達は皇帝に勝てなかった。
テリーとアンナも敗れはしたが、そこまで追い詰めたのならば、仇を討ってくれたようなものだ。
「・・・ケビン、か」
キャラという女性がテリーの子を産んだ。
幸いにも当時のキャラを知る老人から話しを聞く事ができて、そこまではなんとか調べる事ができた。
だがそこまでだ。その後ケビンがどうなったかまでは分からない。
だが、血は続いている可能性はある。
パトリックさんとヤヨイさんの血が、今も続いている可能性が・・・・・
それから俺は、旅をしながらケビンの子孫を探した。
手がかりという手がかりは無い。
ヤヨイさんの血を継いでいるのだから、黒髪という可能性はある。
ファーマーの姓を名乗っていれば探しやすいが、帝国から身を隠すのであれば、その可能性は低いだろう。つまり普通にやっては探しようがないのだ。
けれど俺には、風の精霊がついている。
精霊はヤヨイさんの風を覚えている。可能性は低いが、ヤヨイさんと同じ風を纏っていれば、探し出せるかもしれない。
だが結局見つける事はできなかった。
そもそもいるかどうかも分からないのだ。風を頼りにしても、厳しい事は分かっていた。
100年以上、大陸を旅して歩いたが見つからないのだ。
やはり血は途切れたと、考えるべきなのかもしれない。
しかしスージーの血は、200年経っても続いていた。
スージーのひ孫のミーナも、結婚をして子を産み育てた。
ミーナは約束を守り、自分の子供には俺の話しを聞かせて育て、俺がいつ来てもいいように居場所を作ってくれていたのだ。
その子もまた命を作り、血は続いて行った。
俺の話しもまた、代々語り継いでいってくれたのだ。
そうして続いた命の一人が、アコスタという男と結ばれた。
産まれた双子の姉妹は、姉をリーザ、妹はローザと名付けられた。
リーザとローザには才能があった。
俺の話しを聞いて育った二人は、10歳を迎えた日に、俺に弟子入りを志願してきた。
リーザには生まれ持った格闘のセンスがあり、ローザにも生まれ持った大きな魔力があった。
トロワとキャロルの子孫は、戦いとは無縁の生き方をしていたし、村には二人の相手になりそうな人間はいなかった。
俺は二人の才能を埋もれさす事は惜しいと感じ、稽古を付ける事にした。
二人の意志は固かったし、幸いにも両親が子供の気持ちを尊重してくれたからだ。
リーザとローザを弟子入りさせたある日、
俺はクインズベリー国王妃、アンリエール様の呼び出しに応じて城へと出向いた。
ジョセフもまた俺との約束を守ってくれた。
俺という存在を子孫に語り継いでくれたのだ。
しかし、まさかジョセフの子孫が王妃になるとは思わなかった。
アンリエール様は幼少の頃から知っているが、聡明で気持ちが強く、思いやりもあった。
人の上に立てる才覚を確かに持っていたし、コルバート一族が代々国を支えてきたのだから、可能性はあったが、本当に王妃になるとは・・・・・自分の子孫が王妃だなんて、ジャニスがいたらきっと驚いただろう。
アンリエール様が俺を呼び出した理由は、信頼できる専属の護衛が欲しいというものだった。
テラスでお茶をしながら、自分の感じている不安と懸念を俺に伝えてきた。
結婚して十数年経つが、ここ最近の国王はどうも様子がおかしいと言うのだ。
まるで人が変ったように感じるとも言っていた。
今も護衛はついているが、それは国王が用意した護衛だった。
アンリエール様は、自分の専属として一から鍛えられた護衛を欲していた。
そこで俺はリーザとローザが適任だと考えた。
ものになるには年単位で時間がかかるが、あの二人ならば将来有望だ。
それまでは俺ができるだけ気にかけるとしよう。
俺はアンリエール様にリーザとローザの事を話し、将来的に護衛が務まるように育てると約束した。
そしてアンリエール様は、俺にもう一つ話したい事があると口にした。
「バリオス様のご事情は十分に承知しておりますが、リーザとローザが育つまでクインズベリーにいらっしゃるのでしたら、なにかされてみてはいかがでしょうか?例えば趣味とか、なにかお好きな事はありませんか?」
唐突な話しで驚いたが、今思えば俺を気遣ってくれたのだろう。
数年に一度立ち寄る程度で、あとは大陸中を旅して歩いていたのだから、ここで少しでも心を休める事ができればとお考えだったと思う。
リーザとローザを連れて旅に出ようとも考えていたが、育つまではクインズベリーを離れられなくなった。そう考えると、アンリエール様が俺にやりたい事はないかと尋ねる気持ちも分かる。
だが、趣味なんてものはもう考える気にもならない。
しかし、何かやってみるのもいいかという気持ちも少し出てきた。
俺が悩む素振りを見せると、アンリエール様は言葉を続けた。
「では、お仕事はいかがですか?バリオス様は以前は孤児院で働かれてたんですよね?子供の扱いに慣れてらっしゃるのでしたら、そういうお仕事もございますよ。仕事が生きがいという方もおりますし、興味がありましたらご用意いたします」
仕事か・・・・・
「・・・・・アンリエール様、では店をやろうと思います」
俺の言葉が意外だったようだ。
アンリエール様は、テーブルに少し身を乗り出してきた。
「あら、お店ですか?何のお店かもう決まっているのですか?」
そっと目を閉じると、あの懐かしい日々が昨日の事のように思い出せる
誰しも戻りたいと願う時があり、誰しも忘れられない時がある
しかし人はそこに戻る事はできない
思い出は思い出として記憶に残るだけだ
けれど時の流れから外れた俺は、もう一度始める事ができる
これは未練なのだろう
失ったあの日の残像を追いかけているだけかもしれない
ただ、もう一度あの時を感じる事ができるのならば・・・・・
この永遠に続く時の中で、追い求めたもの、取り戻したかった忘れられないあの場所
「はい・・・リサイクルショップを始めようと思います」
調べられる限りは調べた。この地でテリーとアンナがどんな最期をおくったのか、数十年も前の事だから、実際に見たという人は探し出せなかったし、いないと考えるべきなのだろう。
歴史書には簡潔にしか書いてなかったし、誰に聞いても大雑把な答えしか返ってこなかった。
そこから導き出した答えは、帝国にとって都合の悪い結末だったという事だ。
テリーとアンナは皇帝と戦い、おそらく善戦したのだろう。
皇帝が右腕を失ったという話しを聞いた時、俺はテリーとアンナによって負わされた傷だと察した。
あの皇帝を相手にそこまでやれたのだ。あの二人がそれほどまでに力を付けた事を誇りに思う。
目を閉じて考えを整理する。
ブロートン帝国を圧倒的な力で完全に掌握していた、絶対の存在、皇帝ローランド・ライアン。
その晩年がどんな状態だったかを知って、正直驚いた。
あの男がそこまで心を病んでいたとはな。
俺達は皇帝に勝てなかった。
テリーとアンナも敗れはしたが、そこまで追い詰めたのならば、仇を討ってくれたようなものだ。
「・・・ケビン、か」
キャラという女性がテリーの子を産んだ。
幸いにも当時のキャラを知る老人から話しを聞く事ができて、そこまではなんとか調べる事ができた。
だがそこまでだ。その後ケビンがどうなったかまでは分からない。
だが、血は続いている可能性はある。
パトリックさんとヤヨイさんの血が、今も続いている可能性が・・・・・
それから俺は、旅をしながらケビンの子孫を探した。
手がかりという手がかりは無い。
ヤヨイさんの血を継いでいるのだから、黒髪という可能性はある。
ファーマーの姓を名乗っていれば探しやすいが、帝国から身を隠すのであれば、その可能性は低いだろう。つまり普通にやっては探しようがないのだ。
けれど俺には、風の精霊がついている。
精霊はヤヨイさんの風を覚えている。可能性は低いが、ヤヨイさんと同じ風を纏っていれば、探し出せるかもしれない。
だが結局見つける事はできなかった。
そもそもいるかどうかも分からないのだ。風を頼りにしても、厳しい事は分かっていた。
100年以上、大陸を旅して歩いたが見つからないのだ。
やはり血は途切れたと、考えるべきなのかもしれない。
しかしスージーの血は、200年経っても続いていた。
スージーのひ孫のミーナも、結婚をして子を産み育てた。
ミーナは約束を守り、自分の子供には俺の話しを聞かせて育て、俺がいつ来てもいいように居場所を作ってくれていたのだ。
その子もまた命を作り、血は続いて行った。
俺の話しもまた、代々語り継いでいってくれたのだ。
そうして続いた命の一人が、アコスタという男と結ばれた。
産まれた双子の姉妹は、姉をリーザ、妹はローザと名付けられた。
リーザとローザには才能があった。
俺の話しを聞いて育った二人は、10歳を迎えた日に、俺に弟子入りを志願してきた。
リーザには生まれ持った格闘のセンスがあり、ローザにも生まれ持った大きな魔力があった。
トロワとキャロルの子孫は、戦いとは無縁の生き方をしていたし、村には二人の相手になりそうな人間はいなかった。
俺は二人の才能を埋もれさす事は惜しいと感じ、稽古を付ける事にした。
二人の意志は固かったし、幸いにも両親が子供の気持ちを尊重してくれたからだ。
リーザとローザを弟子入りさせたある日、
俺はクインズベリー国王妃、アンリエール様の呼び出しに応じて城へと出向いた。
ジョセフもまた俺との約束を守ってくれた。
俺という存在を子孫に語り継いでくれたのだ。
しかし、まさかジョセフの子孫が王妃になるとは思わなかった。
アンリエール様は幼少の頃から知っているが、聡明で気持ちが強く、思いやりもあった。
人の上に立てる才覚を確かに持っていたし、コルバート一族が代々国を支えてきたのだから、可能性はあったが、本当に王妃になるとは・・・・・自分の子孫が王妃だなんて、ジャニスがいたらきっと驚いただろう。
アンリエール様が俺を呼び出した理由は、信頼できる専属の護衛が欲しいというものだった。
テラスでお茶をしながら、自分の感じている不安と懸念を俺に伝えてきた。
結婚して十数年経つが、ここ最近の国王はどうも様子がおかしいと言うのだ。
まるで人が変ったように感じるとも言っていた。
今も護衛はついているが、それは国王が用意した護衛だった。
アンリエール様は、自分の専属として一から鍛えられた護衛を欲していた。
そこで俺はリーザとローザが適任だと考えた。
ものになるには年単位で時間がかかるが、あの二人ならば将来有望だ。
それまでは俺ができるだけ気にかけるとしよう。
俺はアンリエール様にリーザとローザの事を話し、将来的に護衛が務まるように育てると約束した。
そしてアンリエール様は、俺にもう一つ話したい事があると口にした。
「バリオス様のご事情は十分に承知しておりますが、リーザとローザが育つまでクインズベリーにいらっしゃるのでしたら、なにかされてみてはいかがでしょうか?例えば趣味とか、なにかお好きな事はありませんか?」
唐突な話しで驚いたが、今思えば俺を気遣ってくれたのだろう。
数年に一度立ち寄る程度で、あとは大陸中を旅して歩いていたのだから、ここで少しでも心を休める事ができればとお考えだったと思う。
リーザとローザを連れて旅に出ようとも考えていたが、育つまではクインズベリーを離れられなくなった。そう考えると、アンリエール様が俺にやりたい事はないかと尋ねる気持ちも分かる。
だが、趣味なんてものはもう考える気にもならない。
しかし、何かやってみるのもいいかという気持ちも少し出てきた。
俺が悩む素振りを見せると、アンリエール様は言葉を続けた。
「では、お仕事はいかがですか?バリオス様は以前は孤児院で働かれてたんですよね?子供の扱いに慣れてらっしゃるのでしたら、そういうお仕事もございますよ。仕事が生きがいという方もおりますし、興味がありましたらご用意いたします」
仕事か・・・・・
「・・・・・アンリエール様、では店をやろうと思います」
俺の言葉が意外だったようだ。
アンリエール様は、テーブルに少し身を乗り出してきた。
「あら、お店ですか?何のお店かもう決まっているのですか?」
そっと目を閉じると、あの懐かしい日々が昨日の事のように思い出せる
誰しも戻りたいと願う時があり、誰しも忘れられない時がある
しかし人はそこに戻る事はできない
思い出は思い出として記憶に残るだけだ
けれど時の流れから外れた俺は、もう一度始める事ができる
これは未練なのだろう
失ったあの日の残像を追いかけているだけかもしれない
ただ、もう一度あの時を感じる事ができるのならば・・・・・
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