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【753 時の牢獄 ⑱ 思い出の日々】
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風の精霊よ・・・・・
ケビンを母親の元へ・・・キャラのところへ送ってくれ
テリーの腕の中の赤ん坊が、緑色の風に包まれ空へと浮かび上がる。
カシレロを倒された事で動揺したアルバレスは、それに気が付かない。
泣き叫ぶケビンの声も、風に塞がれて地上には届かない。
ケビンは今日この日の事を覚えてはいないだろう。
だが、父テリーは最後の瞬間に息子を抱きしめた。
ケビンは父の愛情を確かに受けた。
そこに親子の愛は確かにあった。
そして・・・・・
緑の風に運ばれ、遠くの空に消えていく息子を見送って、テリーの意識はこの世を去った
帝国領内の古びた一軒家で、ケビンの母であるキャラは目を覚ました。
床の上に倒れていたと気が付き体を起こすと、ズキンと頭が痛んだ。
思わず手で押さえると、赤い血がベタリとつく。そこで自分の身に起きた事を思い出した。
「ケビン!」
飛び起きて部屋を見回す。
愛する息子の名を呼ぶが、返って来るのは耳の痛い静寂だけだった。
「ああ・・・そんな・・・ケビン・・・ケビン・・・・・」
なぜこんな事になったのか?
そうだ・・・あの時、突然窓を割って男が入ってきたんだ。
短い金髪でヘラヘラと笑う、軽薄そうな男だった。
突然ケビンを渡せと言ってきて、抵抗したら・・・・・そう、何か固い物で頭を殴られた。
そして私からケビンを奪うと、まるで消えるようにその姿を消したんだ。
そこで私の意識は途切れた・・・・・
息子がさらわれ、いても立ってもいられなくなったキャラは家を飛び出した。
どこを探せばいいかなんて分からない。だが、じっとしてはいられない。
外は夜が明けていた。
眩しい朝の陽射しが、キャラの金色の髪を明るく照らす。
本当ならば、一日の英気を養うような温かさを感じられるのだろうが、今のキャラの胸の内は絶望しか無かった。
「・・・ケビン・・・お願い、ママを一人にしないで・・・・」
行き交う人々の声も足音も、何も聞こえない。
キャラは両手を顔に当て、涙を流し願った。
お願い・・・テリー・・・あの子を、どうか私達のケビンを助けて!
「お、おい、なんだあれ!?」
「浮いてるぞ!こっちに来る!」
「子供?・・・赤ちゃん!?赤ちゃんだ!」
周囲のざわめきにキャラは顔を上げた。
空に目を向けると、緑色の風に包まれた赤ん坊が、ゆっくりとキャラの元に流れて来る。
「・・・ケ、ビン?・・・ケビン!」
キャラが手を伸ばすと、赤ん坊は自分の居場所に帰って来た事が分かったように泣き止み、そして笑って母親の腕の中に飛び込んだ。
「ああ・・・ケビン!私の・・・赤ちゃん」
愛する息子を抱きしめ、キャラは人目もはばからず泣き崩れた。
ケビンを運んだ風の残り香が、キャラを優しく包み込む。
「・・・・・テリー」
キャラは全てを理解した。
愛する男が、愛する息子を護って散ったと・・・
「本当に・・・不器用な、男だね・・・テリー・・・・う、うぅ・・・・・」
ありがとう・・・・・
安心して、あなたと私の子供は、私がちゃんと育ててみせるから
あなたが私達を愛してくれた事は、絶対に忘れないから
テリー・・・ありがとう・・・・・
その日のうちに、キャラは帝国を出た
ケビンが目をを付けられた事を知り、ここにいては危険だと感じたためである
幸いにもキャラは、親子二人で暮らすには十分過ぎる貯えを持っていた
妊娠が分かった時に、テリーが全財産を渡していたからである
自分が持っていても使わない金だ
子供との生活に役立ててほしい
そう言われては、受け取らないわけにはいかなかった
その後、追っ手を警戒したキャラは、一か所に留まらず放浪生活を送る事を選んだ
風の噂で皇帝が崩御した事を耳にした時には、帝国を出てから実に10年目の歳月が流れていた
皇帝は右腕を無くした事が原因で、ここ10年は体調が悪かったようだ
短時間の公務でも体に負担だったため、代理に立てた息子が帝国の舵を取るようになり、皇帝は政治にほとんど関わる事が無くなっていった
晩年は寝たきりだったと言う
そして瘦せ衰え、ある朝ひっそりと息を引き取った
皇帝の最後を聞いても私の心は晴れなかった
ただ、今も自分の胸に生きる男を思い出し、懐かしさと寂しさに目を閉じた
そして私はあの酒場での出会いをもう一度始める
この世の全てが敵だと言う顔をした彼に、私は声をかける
・・・ねぇ、そこのお兄さん、一杯奢ってくれない?
すると彼はめんどくさそうに私を睨む
・・・俺に話しかけるな
寂しい時、辛い時、私はいつも、思い出の彼に出会う
そして何度も繰り返す、彼と愛し合ったあの日々を
そう、私は何度でも彼に会えるのだ
私が彼を忘れない限り、彼は私の中でずっと一緒に生きているのだから
・・・・・遠くから私を呼ぶ息子の声が聞こえて、私は目を開けた
今日はここまでか・・・
テリー、また会いに行くからね
私は自分を呼ぶ息子の声に、大きく返事をして答えた
さあ、今日も一日頑張ろう
明日も笑って過ごせるために
ケビンを母親の元へ・・・キャラのところへ送ってくれ
テリーの腕の中の赤ん坊が、緑色の風に包まれ空へと浮かび上がる。
カシレロを倒された事で動揺したアルバレスは、それに気が付かない。
泣き叫ぶケビンの声も、風に塞がれて地上には届かない。
ケビンは今日この日の事を覚えてはいないだろう。
だが、父テリーは最後の瞬間に息子を抱きしめた。
ケビンは父の愛情を確かに受けた。
そこに親子の愛は確かにあった。
そして・・・・・
緑の風に運ばれ、遠くの空に消えていく息子を見送って、テリーの意識はこの世を去った
帝国領内の古びた一軒家で、ケビンの母であるキャラは目を覚ました。
床の上に倒れていたと気が付き体を起こすと、ズキンと頭が痛んだ。
思わず手で押さえると、赤い血がベタリとつく。そこで自分の身に起きた事を思い出した。
「ケビン!」
飛び起きて部屋を見回す。
愛する息子の名を呼ぶが、返って来るのは耳の痛い静寂だけだった。
「ああ・・・そんな・・・ケビン・・・ケビン・・・・・」
なぜこんな事になったのか?
そうだ・・・あの時、突然窓を割って男が入ってきたんだ。
短い金髪でヘラヘラと笑う、軽薄そうな男だった。
突然ケビンを渡せと言ってきて、抵抗したら・・・・・そう、何か固い物で頭を殴られた。
そして私からケビンを奪うと、まるで消えるようにその姿を消したんだ。
そこで私の意識は途切れた・・・・・
息子がさらわれ、いても立ってもいられなくなったキャラは家を飛び出した。
どこを探せばいいかなんて分からない。だが、じっとしてはいられない。
外は夜が明けていた。
眩しい朝の陽射しが、キャラの金色の髪を明るく照らす。
本当ならば、一日の英気を養うような温かさを感じられるのだろうが、今のキャラの胸の内は絶望しか無かった。
「・・・ケビン・・・お願い、ママを一人にしないで・・・・」
行き交う人々の声も足音も、何も聞こえない。
キャラは両手を顔に当て、涙を流し願った。
お願い・・・テリー・・・あの子を、どうか私達のケビンを助けて!
「お、おい、なんだあれ!?」
「浮いてるぞ!こっちに来る!」
「子供?・・・赤ちゃん!?赤ちゃんだ!」
周囲のざわめきにキャラは顔を上げた。
空に目を向けると、緑色の風に包まれた赤ん坊が、ゆっくりとキャラの元に流れて来る。
「・・・ケ、ビン?・・・ケビン!」
キャラが手を伸ばすと、赤ん坊は自分の居場所に帰って来た事が分かったように泣き止み、そして笑って母親の腕の中に飛び込んだ。
「ああ・・・ケビン!私の・・・赤ちゃん」
愛する息子を抱きしめ、キャラは人目もはばからず泣き崩れた。
ケビンを運んだ風の残り香が、キャラを優しく包み込む。
「・・・・・テリー」
キャラは全てを理解した。
愛する男が、愛する息子を護って散ったと・・・
「本当に・・・不器用な、男だね・・・テリー・・・・う、うぅ・・・・・」
ありがとう・・・・・
安心して、あなたと私の子供は、私がちゃんと育ててみせるから
あなたが私達を愛してくれた事は、絶対に忘れないから
テリー・・・ありがとう・・・・・
その日のうちに、キャラは帝国を出た
ケビンが目をを付けられた事を知り、ここにいては危険だと感じたためである
幸いにもキャラは、親子二人で暮らすには十分過ぎる貯えを持っていた
妊娠が分かった時に、テリーが全財産を渡していたからである
自分が持っていても使わない金だ
子供との生活に役立ててほしい
そう言われては、受け取らないわけにはいかなかった
その後、追っ手を警戒したキャラは、一か所に留まらず放浪生活を送る事を選んだ
風の噂で皇帝が崩御した事を耳にした時には、帝国を出てから実に10年目の歳月が流れていた
皇帝は右腕を無くした事が原因で、ここ10年は体調が悪かったようだ
短時間の公務でも体に負担だったため、代理に立てた息子が帝国の舵を取るようになり、皇帝は政治にほとんど関わる事が無くなっていった
晩年は寝たきりだったと言う
そして瘦せ衰え、ある朝ひっそりと息を引き取った
皇帝の最後を聞いても私の心は晴れなかった
ただ、今も自分の胸に生きる男を思い出し、懐かしさと寂しさに目を閉じた
そして私はあの酒場での出会いをもう一度始める
この世の全てが敵だと言う顔をした彼に、私は声をかける
・・・ねぇ、そこのお兄さん、一杯奢ってくれない?
すると彼はめんどくさそうに私を睨む
・・・俺に話しかけるな
寂しい時、辛い時、私はいつも、思い出の彼に出会う
そして何度も繰り返す、彼と愛し合ったあの日々を
そう、私は何度でも彼に会えるのだ
私が彼を忘れない限り、彼は私の中でずっと一緒に生きているのだから
・・・・・遠くから私を呼ぶ息子の声が聞こえて、私は目を開けた
今日はここまでか・・・
テリー、また会いに行くからね
私は自分を呼ぶ息子の声に、大きく返事をして答えた
さあ、今日も一日頑張ろう
明日も笑って過ごせるために
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