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【752 時の牢獄 ⑰ 静かな風】
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「アン、ナ・・・アンナ・・・・・アンナァァァァァー----ッツ!」
目の前で妹が倒れ伏している。
その現実が信じられなかった・・・信じたくなかった。
自分も妹も覚悟を決めて戦いに臨んだ。
だが・・・自分をかばって命を散らすなんて・・・
アンナの胸の下からにじみ出て広がる赤い流動体は、溶け込むように大地に滲み入り黒く染めていく。
背中に、腕に、足に・・・何本もの長物が突き刺さっている。
アンナはピクリとも動かない。
出血を見れば、確認するまでもなく息絶えている事は分かる。
「・・・・・・・・」
テリーは立ち上がる事もできず、ただ動かなくなった妹の前で頭を下げて、体を震わせていた。
「ほっほー!いやぁ、まさかアンナが体張るとはなぁ~、美しい兄妹愛じゃねぇか。でも、どうせすぐ兄貴も死ぬ事になるんだからよぉ、無駄死にだったなぁー--!あーはっはっはっは!」
砂利を踏み鳴らしながら、カシレロはテリーの背後に立った。
可愛い妹の死を前に、どんな情けない顔をしているのか見てやろう。
そんな醜い感情が顔に浮かんでいるが、テリーはカシレロが後ろに立ってもまるで反応する事がなかった。
「・・・チッ、おい、もう心が折れちまったのかよ?・・・あ~あ、つまんねぇな。まぁ、しょうがねぇか、もうここで殺しちまおう。皇帝、いいッスよね?」
そこで初めてカシレロは振り返り、皇帝に顔を向けた。
「・・・ああ・・・カシレロ・・・お前に任せる」
死に直面したからだろうか。
目が落ちくぼみ、頬がコケ、この僅かな時間で、ずいぶん消耗したように見える。
さっきまであった威厳はどこに消えたのか、言葉にも力が無く、かろうじて声を出している印象だった。
「・・・はい。じゃあ、殺っときますね」
・・・こりゃあ、もう長くはねぇな。
返事をするカシレロの目は、獲物がどこまで弱ったかを観察するような、肌にまとわりつくものだった。
明らかに皇帝は弱っていた。
軍事大国ブロートン帝国の皇帝は、何よりも強さが求められる。
衰えたと言っても、それでも皇帝は帝国で最強の黒魔法使いに変わりはなかったが、今の皇帝はどうだろうか?
ファーマー兄妹は気に入らないが、皇帝をここまで追い詰めた事は、感情を抜きにして称賛に値すると認めざるをえなかった。
「テリーよぉ、お前らはすげぇよ。皇帝をこんなにしちまうんだから。けど最後に勝てなきゃ意味ねぇよな?」
左手で小石を掴むと、それを瞬時に大振りのナイフへと変えて逆手に握る。
先に投げた砂利をナイフや薙刀に変えているのは、青魔法兵団団長、ジャリエール・カシレロのオリジナル魔法にして奥義、物体変換である。
小さく細かい砂利を、何十倍もあるナイフに変えれる事から、どれほど並外れた魔法かは分かり得よう。
「さて、それじゃあ・・・お別れだテリーーーーッツ!」
カシレロはナイフを振り被ると、大きく声を上げてテリーの脳天目掛けて振り下ろした!
「・・・・・は?」
確かに叩きつけたと思った。
脳天にナイフを突き立てた衝撃が来るはずだった。
だが、カシレロの手には全く手応えが無く、それどころか今自分が目にしているものが、まるで理解できなかった。
「え・・・?手は・・・・?俺の手・・・俺の・・・俺の手ぇぇぇぇぇーーーーーッツ!」
左腕の肘から先が無い。無くなっている。
何か鋭利な刃物で切り取られたかのうように、綺麗に無くなっていた。
あまりに見事な切られ方だったのか、痛みを感じるまでに一瞬の間ができる。
そしてカシレロが、己の腕が切断された事を意識すると同時に、大量の血液が噴き出した。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーッツ!」
カシレロの絶叫が天に響き渡る。
噴き出す大量の血に、焼けた鉄でも押し付けられるような耐え難い痛み。
パニックになりながらも、右手に持つ赤ん坊を投げ出さなかったのは、この赤ん坊が生命線だと理解しているからこそだった。
「はぁッ!はぁッ!うがぁッ!ぐうぅぅぅ・・・テ、テリィィィ!き、貴様ぁぁぁッ!何しやがったぁぁぁーーーッツ!」
額から粘り気のある汗を流し、ギリギリを歯を食いしばりながら、憎悪のこもった目でテリーを睨み付ける。
「・・・・・風よ・・・」
テリーは振り返らなかった。
ただ、ゆっくりと立ち上がると、少しだけ頭を上げて呟いた。
それは静かな・・・とても静かな風だった。
音も立てず、テリーの体を中心に緑色の風が渦巻き出す。
静かで、そしてとても悲しい風だった・・・・・
アンナ・・・・・すまない・・・・・
皇帝を倒す事はできなかった
そして俺のこの最後を力を、息子のために使う事を許してくれ
振り返ったテリーの顔を見て、カシレロは恐怖した。
「な・・・な、なんだよ?お、おいテリー、やる気かよ?いいのか、てめぇのガキが・・・」
うわずった声で、かろうじて言葉を発する。
な・・・なんだコイツ・・・
なんだこの顔は?
テリーは表情の無い顔でカシレロを見ていた
そこには恨みも憎しみも無い。いや、正確には目だけは静かに悲しみを称えていた。
静かな風がテリーからカシレロに向け放たれる
「ぐっ、うわぁぁぁぁぁーーーーーっ!」
まるで台風の直撃でも受けたかのように、カシレロは風に呑まれ吹き飛ばされた。
上も下もなく体をねじり回される。掴んでいる事ができず、宙を舞うカシレロの右手から、赤ん坊が離された。
「ケビン・・・!?」
落下する息子を受け止めようと、駆けだすテリーの目が開かれる。
「おっと、危ない危ない。可愛い赤ちゃんが地面にぶつかるとこだったぜ」
空から落ちるケビンを受け止めたのは、テリーにとって最悪の相手と言えた。
後ろに撫でつけた赤茶色の髪、一件穏やかで優しそうな顔をしているが、その目には計算高さが見える。黒いシャツがはち切れそうな程に、筋肉が盛り上がっていた。
「・・・・・アルバレス」
空中でテリーの息子、ケビンを受け止めたアルバレスは、その巨体には似合わない身軽さで、音も立てずに着地した。
「テリー、こいつがお前の子か?カシレロが嬉々としていたよ。お前の弱点を見つけたってな。まさか今日使う事になるとは思わなかったがな。しかし・・・」
そこで言葉を区切ると、アルバレスは状況を確認するように、辺りを見回した。
「派手にやったものだ。せっかく皇帝と俺達を分断したのに、これでは居場所を教えているようなものだぞ。それに時間をかけすぎたな、俺達が追いつく前にケリをつけられなかった事が敗因だ。まぁ、このカシレロの移動手段は反則みたいなもんだが、他の師団長もあと数分で来るだろう。テリー、もう諦めろ」
「アルバレス・・・お前の・・・いう通り、かもな・・・」
テリーは静かに目を閉じた。
あと一歩で皇帝に勝てた。だが、寸前でカシレロに追いつかれた。
息子を楯にとられ、妹を死に追いやった。
妹は俺のせいで死んだ・・・・・
俺が子供を作らなければ、弱点を持たなければ・・・・・勝てただろう
ここまで積み重ねてきたものを、自分の手で壊してしまった
認めるしかない・・・・・復讐はもう成すことができないと
「テリー、俺がどれだけ惨めか分かるか?皇帝から師団長を任命されたお前が固辞したおかげで、俺が師団長を続けているんだ。それがどれだけ屈辱か分かるか?・・・・・お前が反逆を起こしたと聞いて、俺がどれほど嬉しかったか分かるか?これで堂々とお前を殺す事ができる。俺が最強だと証明できる。そう思っていたのに・・・・・もう放っておいても死にそうじゃねぇか?」
アルバレスが太い指でテリーを指す。
そう・・・即死こそ免れたが、カシレロが降らせたナイフの雨を全身に浴びたテリーは、すでに出血多量である。顔は血の気が引いて白くなり、今も体に突き刺さっているいくつものナイフを見れば、なぜ立っていられるのか不思議な程だった。
白魔法使いのいないこの状況では、手を下さずともテリーの死は時間の問題だった。
「・・・だが、お前との因縁にケリをつけるためにも、ここはやはり俺が引導を渡してやろう。覚悟はできているな?テリー」
左手で赤ん坊を抱き、右の拳を鳴らしながら、アルバレスが一歩一歩近づいてくる。
この時、多量の出血で、すでにテリーの意識は朦朧とし始めていた。
アルバレスの言葉も耳に入ってはいるが、頭での理解はほとんどできていない。
ただ、アルバレスが抱いている我が子ケビンだけは、ずっと目で追っていた。
「お、おい!アルバレス!そ、そいつは俺がぶっ殺してやる!手ぇ出すんじゃねぇ!」
テリーの前に立ったアルバレスの背中に向けて、カシレロが怒声を放った。
「ふん、そのざまでよく吠える。その左腕、見事な斬り口だがテリーの風だろ?俺がこなければ、お前は今頃とどめを刺されていたんじゃないのか?黙って俺にゆずれ」
「うるせぇー--ッ!俺がぶっ殺すんだよ!ガキもろとも串刺しにしてやらぁぁぁぁぁー--ッツ!」
残った右手で砂利を掴むと、アルバレスがいる事さえかまわずに、カシレロは勢いよく投げつけた。
砂利は無数のナイフへと変化すると、アルバレスもろともテリーを刺し貫く狂刃となって襲い掛かった。
激高のカシレロ。
目は血走り、口の端からは唾液さえこぼれている。
「なっ!くそが、キレやがった!」
アルバレスは舌を打つと、赤ん坊をテリーに投げつけて飛び上がった。
まともな精神状態ではないカシレロに、これ以上標的にされないようにするためである。
そして、生かしておいてもしかたのない赤ん坊を、ここでテリーと一緒に葬ろうという考えも頭にあった。
テリーは僅かな意識で確かに掴んだ。
胸にあたった小さな存在に、愛おしい温もりを感じる。
「・・・ケビン」
大泣きをしているケビンを、息子をテリーはそっと抱きしめた。
「・・・育てて、やれ、なくて・・・ごめんな」
風の精霊よ・・・・・
最後に一度だけ・・もう一度だけ力を貸してくれ・・・・・
願いが力となる。
緑の風がテリーを中心に放たれる。それは天まで貫く程に大きく、嵐を思わせる程にすさまじい力だった。
「な、な、なにぃぃぃー--ー----ッツ!?」
カシレロは大きく目を開き絶叫した。
撃ち放ったナイフはあっけなく弾き飛ばされ、まるで無力だった。
「ば、馬鹿な!なんだその力は!し、死にぞこないのくせに!死にぞこないのくせにぃぃぃぃー--ッツ!」
カシレロ・・・・・
「消えろ」
短く言葉を口にした
そして次の瞬間、テリーの振るった薙刀から放たれた風の刃が、カシレロの首から下を消失させた。
「な、なんだあの技は!?カ、カシレロ・・・」
宙に飛んでいたアルバレスは、かろうじてテリーの一撃を避ける事ができた。
一瞬、耳に届いた鋭い風切り音。
その後はなにも見えなかった。ただ上空から見て分かったのは、テリーからカシレロまでの直線上は、大きく地面が抉られ、カシレロの首から下が消えてしまったという事だけだった。
「くっ、皇帝は、皇帝はどこだ・・・・・あそこか!皇帝ー--っ!」
カシメロの生死など確認するまでもない。最優先は皇帝である。
アルバレスは着地と同時にあたりを見回して、皇帝の姿を探した。
そして地面に倒れている皇帝を見つけて、急ぎ駆け寄った。
「皇帝、ご無事で・・・・・!?」
地面に倒れている皇帝を目にし、アルバレスは絶句した。
皇帝もまた無事ではなかった。
直撃こそ避けられたが、テリーの風の刃の射程内にいた皇帝は、その一撃で右腕を肩から失っていた。
意識を失い、おびただしい量の血が流れ落ちている。
「こ、皇帝・・・・・ぐ、ぐう・・・うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー----ッツ!」
咆哮!
大型の猛獣を彷彿させるほどのアルバレスの叫びが、大地を震わせ響き渡った。
「テリィィィィィィー----ッツ!貴様よくも!」
アルバレスは直前まで、皇帝を連れて逃げようと考えていた。
テリーの未知の力は危険過ぎる。このまま戦闘を続ければ、自分も皇帝も危ないと本能的に察したのである。
だが、瀕死の皇帝を目にして保身よりも怒りが勝った。
やはりコイツはここで殺しておかねばならない!
確実に息の根を止めてやる!
アルバレスは拳を握り締めると、怒りの声を上げてテリーへと突っ込んだ!
「粉々にしてやる!死ね!テリィィィィィー----・・・・・!?」
振りかぶった拳をテリーの頭に撃ち放った
・・・だが、アルバレスはその拳がテリーの頭を砕く寸前で止めた
「・・・テリー・・・貴様・・・・・」
もう死んでいる
目の前で妹が倒れ伏している。
その現実が信じられなかった・・・信じたくなかった。
自分も妹も覚悟を決めて戦いに臨んだ。
だが・・・自分をかばって命を散らすなんて・・・
アンナの胸の下からにじみ出て広がる赤い流動体は、溶け込むように大地に滲み入り黒く染めていく。
背中に、腕に、足に・・・何本もの長物が突き刺さっている。
アンナはピクリとも動かない。
出血を見れば、確認するまでもなく息絶えている事は分かる。
「・・・・・・・・」
テリーは立ち上がる事もできず、ただ動かなくなった妹の前で頭を下げて、体を震わせていた。
「ほっほー!いやぁ、まさかアンナが体張るとはなぁ~、美しい兄妹愛じゃねぇか。でも、どうせすぐ兄貴も死ぬ事になるんだからよぉ、無駄死にだったなぁー--!あーはっはっはっは!」
砂利を踏み鳴らしながら、カシレロはテリーの背後に立った。
可愛い妹の死を前に、どんな情けない顔をしているのか見てやろう。
そんな醜い感情が顔に浮かんでいるが、テリーはカシレロが後ろに立ってもまるで反応する事がなかった。
「・・・チッ、おい、もう心が折れちまったのかよ?・・・あ~あ、つまんねぇな。まぁ、しょうがねぇか、もうここで殺しちまおう。皇帝、いいッスよね?」
そこで初めてカシレロは振り返り、皇帝に顔を向けた。
「・・・ああ・・・カシレロ・・・お前に任せる」
死に直面したからだろうか。
目が落ちくぼみ、頬がコケ、この僅かな時間で、ずいぶん消耗したように見える。
さっきまであった威厳はどこに消えたのか、言葉にも力が無く、かろうじて声を出している印象だった。
「・・・はい。じゃあ、殺っときますね」
・・・こりゃあ、もう長くはねぇな。
返事をするカシレロの目は、獲物がどこまで弱ったかを観察するような、肌にまとわりつくものだった。
明らかに皇帝は弱っていた。
軍事大国ブロートン帝国の皇帝は、何よりも強さが求められる。
衰えたと言っても、それでも皇帝は帝国で最強の黒魔法使いに変わりはなかったが、今の皇帝はどうだろうか?
ファーマー兄妹は気に入らないが、皇帝をここまで追い詰めた事は、感情を抜きにして称賛に値すると認めざるをえなかった。
「テリーよぉ、お前らはすげぇよ。皇帝をこんなにしちまうんだから。けど最後に勝てなきゃ意味ねぇよな?」
左手で小石を掴むと、それを瞬時に大振りのナイフへと変えて逆手に握る。
先に投げた砂利をナイフや薙刀に変えているのは、青魔法兵団団長、ジャリエール・カシレロのオリジナル魔法にして奥義、物体変換である。
小さく細かい砂利を、何十倍もあるナイフに変えれる事から、どれほど並外れた魔法かは分かり得よう。
「さて、それじゃあ・・・お別れだテリーーーーッツ!」
カシレロはナイフを振り被ると、大きく声を上げてテリーの脳天目掛けて振り下ろした!
「・・・・・は?」
確かに叩きつけたと思った。
脳天にナイフを突き立てた衝撃が来るはずだった。
だが、カシレロの手には全く手応えが無く、それどころか今自分が目にしているものが、まるで理解できなかった。
「え・・・?手は・・・・?俺の手・・・俺の・・・俺の手ぇぇぇぇぇーーーーーッツ!」
左腕の肘から先が無い。無くなっている。
何か鋭利な刃物で切り取られたかのうように、綺麗に無くなっていた。
あまりに見事な切られ方だったのか、痛みを感じるまでに一瞬の間ができる。
そしてカシレロが、己の腕が切断された事を意識すると同時に、大量の血液が噴き出した。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーッツ!」
カシレロの絶叫が天に響き渡る。
噴き出す大量の血に、焼けた鉄でも押し付けられるような耐え難い痛み。
パニックになりながらも、右手に持つ赤ん坊を投げ出さなかったのは、この赤ん坊が生命線だと理解しているからこそだった。
「はぁッ!はぁッ!うがぁッ!ぐうぅぅぅ・・・テ、テリィィィ!き、貴様ぁぁぁッ!何しやがったぁぁぁーーーッツ!」
額から粘り気のある汗を流し、ギリギリを歯を食いしばりながら、憎悪のこもった目でテリーを睨み付ける。
「・・・・・風よ・・・」
テリーは振り返らなかった。
ただ、ゆっくりと立ち上がると、少しだけ頭を上げて呟いた。
それは静かな・・・とても静かな風だった。
音も立てず、テリーの体を中心に緑色の風が渦巻き出す。
静かで、そしてとても悲しい風だった・・・・・
アンナ・・・・・すまない・・・・・
皇帝を倒す事はできなかった
そして俺のこの最後を力を、息子のために使う事を許してくれ
振り返ったテリーの顔を見て、カシレロは恐怖した。
「な・・・な、なんだよ?お、おいテリー、やる気かよ?いいのか、てめぇのガキが・・・」
うわずった声で、かろうじて言葉を発する。
な・・・なんだコイツ・・・
なんだこの顔は?
テリーは表情の無い顔でカシレロを見ていた
そこには恨みも憎しみも無い。いや、正確には目だけは静かに悲しみを称えていた。
静かな風がテリーからカシレロに向け放たれる
「ぐっ、うわぁぁぁぁぁーーーーーっ!」
まるで台風の直撃でも受けたかのように、カシレロは風に呑まれ吹き飛ばされた。
上も下もなく体をねじり回される。掴んでいる事ができず、宙を舞うカシレロの右手から、赤ん坊が離された。
「ケビン・・・!?」
落下する息子を受け止めようと、駆けだすテリーの目が開かれる。
「おっと、危ない危ない。可愛い赤ちゃんが地面にぶつかるとこだったぜ」
空から落ちるケビンを受け止めたのは、テリーにとって最悪の相手と言えた。
後ろに撫でつけた赤茶色の髪、一件穏やかで優しそうな顔をしているが、その目には計算高さが見える。黒いシャツがはち切れそうな程に、筋肉が盛り上がっていた。
「・・・・・アルバレス」
空中でテリーの息子、ケビンを受け止めたアルバレスは、その巨体には似合わない身軽さで、音も立てずに着地した。
「テリー、こいつがお前の子か?カシレロが嬉々としていたよ。お前の弱点を見つけたってな。まさか今日使う事になるとは思わなかったがな。しかし・・・」
そこで言葉を区切ると、アルバレスは状況を確認するように、辺りを見回した。
「派手にやったものだ。せっかく皇帝と俺達を分断したのに、これでは居場所を教えているようなものだぞ。それに時間をかけすぎたな、俺達が追いつく前にケリをつけられなかった事が敗因だ。まぁ、このカシレロの移動手段は反則みたいなもんだが、他の師団長もあと数分で来るだろう。テリー、もう諦めろ」
「アルバレス・・・お前の・・・いう通り、かもな・・・」
テリーは静かに目を閉じた。
あと一歩で皇帝に勝てた。だが、寸前でカシレロに追いつかれた。
息子を楯にとられ、妹を死に追いやった。
妹は俺のせいで死んだ・・・・・
俺が子供を作らなければ、弱点を持たなければ・・・・・勝てただろう
ここまで積み重ねてきたものを、自分の手で壊してしまった
認めるしかない・・・・・復讐はもう成すことができないと
「テリー、俺がどれだけ惨めか分かるか?皇帝から師団長を任命されたお前が固辞したおかげで、俺が師団長を続けているんだ。それがどれだけ屈辱か分かるか?・・・・・お前が反逆を起こしたと聞いて、俺がどれほど嬉しかったか分かるか?これで堂々とお前を殺す事ができる。俺が最強だと証明できる。そう思っていたのに・・・・・もう放っておいても死にそうじゃねぇか?」
アルバレスが太い指でテリーを指す。
そう・・・即死こそ免れたが、カシレロが降らせたナイフの雨を全身に浴びたテリーは、すでに出血多量である。顔は血の気が引いて白くなり、今も体に突き刺さっているいくつものナイフを見れば、なぜ立っていられるのか不思議な程だった。
白魔法使いのいないこの状況では、手を下さずともテリーの死は時間の問題だった。
「・・・だが、お前との因縁にケリをつけるためにも、ここはやはり俺が引導を渡してやろう。覚悟はできているな?テリー」
左手で赤ん坊を抱き、右の拳を鳴らしながら、アルバレスが一歩一歩近づいてくる。
この時、多量の出血で、すでにテリーの意識は朦朧とし始めていた。
アルバレスの言葉も耳に入ってはいるが、頭での理解はほとんどできていない。
ただ、アルバレスが抱いている我が子ケビンだけは、ずっと目で追っていた。
「お、おい!アルバレス!そ、そいつは俺がぶっ殺してやる!手ぇ出すんじゃねぇ!」
テリーの前に立ったアルバレスの背中に向けて、カシレロが怒声を放った。
「ふん、そのざまでよく吠える。その左腕、見事な斬り口だがテリーの風だろ?俺がこなければ、お前は今頃とどめを刺されていたんじゃないのか?黙って俺にゆずれ」
「うるせぇー--ッ!俺がぶっ殺すんだよ!ガキもろとも串刺しにしてやらぁぁぁぁぁー--ッツ!」
残った右手で砂利を掴むと、アルバレスがいる事さえかまわずに、カシレロは勢いよく投げつけた。
砂利は無数のナイフへと変化すると、アルバレスもろともテリーを刺し貫く狂刃となって襲い掛かった。
激高のカシレロ。
目は血走り、口の端からは唾液さえこぼれている。
「なっ!くそが、キレやがった!」
アルバレスは舌を打つと、赤ん坊をテリーに投げつけて飛び上がった。
まともな精神状態ではないカシレロに、これ以上標的にされないようにするためである。
そして、生かしておいてもしかたのない赤ん坊を、ここでテリーと一緒に葬ろうという考えも頭にあった。
テリーは僅かな意識で確かに掴んだ。
胸にあたった小さな存在に、愛おしい温もりを感じる。
「・・・ケビン」
大泣きをしているケビンを、息子をテリーはそっと抱きしめた。
「・・・育てて、やれ、なくて・・・ごめんな」
風の精霊よ・・・・・
最後に一度だけ・・もう一度だけ力を貸してくれ・・・・・
願いが力となる。
緑の風がテリーを中心に放たれる。それは天まで貫く程に大きく、嵐を思わせる程にすさまじい力だった。
「な、な、なにぃぃぃー--ー----ッツ!?」
カシレロは大きく目を開き絶叫した。
撃ち放ったナイフはあっけなく弾き飛ばされ、まるで無力だった。
「ば、馬鹿な!なんだその力は!し、死にぞこないのくせに!死にぞこないのくせにぃぃぃぃー--ッツ!」
カシレロ・・・・・
「消えろ」
短く言葉を口にした
そして次の瞬間、テリーの振るった薙刀から放たれた風の刃が、カシレロの首から下を消失させた。
「な、なんだあの技は!?カ、カシレロ・・・」
宙に飛んでいたアルバレスは、かろうじてテリーの一撃を避ける事ができた。
一瞬、耳に届いた鋭い風切り音。
その後はなにも見えなかった。ただ上空から見て分かったのは、テリーからカシレロまでの直線上は、大きく地面が抉られ、カシレロの首から下が消えてしまったという事だけだった。
「くっ、皇帝は、皇帝はどこだ・・・・・あそこか!皇帝ー--っ!」
カシメロの生死など確認するまでもない。最優先は皇帝である。
アルバレスは着地と同時にあたりを見回して、皇帝の姿を探した。
そして地面に倒れている皇帝を見つけて、急ぎ駆け寄った。
「皇帝、ご無事で・・・・・!?」
地面に倒れている皇帝を目にし、アルバレスは絶句した。
皇帝もまた無事ではなかった。
直撃こそ避けられたが、テリーの風の刃の射程内にいた皇帝は、その一撃で右腕を肩から失っていた。
意識を失い、おびただしい量の血が流れ落ちている。
「こ、皇帝・・・・・ぐ、ぐう・・・うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー----ッツ!」
咆哮!
大型の猛獣を彷彿させるほどのアルバレスの叫びが、大地を震わせ響き渡った。
「テリィィィィィィー----ッツ!貴様よくも!」
アルバレスは直前まで、皇帝を連れて逃げようと考えていた。
テリーの未知の力は危険過ぎる。このまま戦闘を続ければ、自分も皇帝も危ないと本能的に察したのである。
だが、瀕死の皇帝を目にして保身よりも怒りが勝った。
やはりコイツはここで殺しておかねばならない!
確実に息の根を止めてやる!
アルバレスは拳を握り締めると、怒りの声を上げてテリーへと突っ込んだ!
「粉々にしてやる!死ね!テリィィィィィー----・・・・・!?」
振りかぶった拳をテリーの頭に撃ち放った
・・・だが、アルバレスはその拳がテリーの頭を砕く寸前で止めた
「・・・テリー・・・貴様・・・・・」
もう死んでいる
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嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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