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【751 時の牢獄 ⑯ 妹の微笑み】

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「ねぇ、そこのお兄さん、一杯奢ってくれない?」

「・・・俺に話しかけるな」

酒場で一人飲んでいた俺に、なれなれしく声をかけてきた女だった。
酔わせて金でも盗るつもりかと思い、冷たく突き放した。

「お兄さんさ、よくここで一人で飲んでるよね?世の中全部敵って顔してるけど、何かあった?」

「・・・話しかけるなと言ってるのが分からないのか?女でも叩き出すぞ」

俺の言葉を全く聞かずに隣に座った女に苛立ち、俺は殺気をこめて睨み付けた。

「あ、私はキャラって言うの。お兄さんは?」

全く人の話しを聞かないその金髪碧眼の女は、ニッコリと大きな笑顔を見せた。

これが俺とキャラの出会いだった。



・・・あ、テリー、今日も飲みに来たの?

・・・テリー、最近毎日来てるよね?ひょっとして私に会いに来てる?

・・・テリー、明日遅れないで来てよ?私楽しみにしてるんだから

・・・へー、テリーも笑うんだ?



・・・最初はね、ただの好奇心だったんだ。なんでこの人はいっつも不幸な顔してんのかなって


皇帝の側近だった俺は、そう自由な時間があるわけではない。
だが少しでも時間ができると、俺は自然とキャラに会いに行くようになった。



・・・あのね、テリー・・・子供ができたみたい


キャラと出会って一年目の事だった

俺は父親にはなれない
子供が嫌いなわけではない
子供を作っておいて無責任だが・・・俺は皇帝と戦うと決めている

生きては帰れないだろう


・・・大丈夫だよ、私一人でも立派に育ててみせるから
・・・でも、たまにでいいから・・・会いに来てくれたら嬉しいな


そして男の子が産まれた


・・・ケビン、いい名前ね・・・私とあなたの子供だよ

・・・テリー、忘れないでね・・・あなたは命を残したんだよ



あなただって、人の親になれるんだよ








「あーはっはっはっは!こんな弱点作ってどうすんだよ!?自分も妹も死ぬ覚悟決めてるくせによぉぉぉぉ!これで全部無駄になっちまったなぁぁぁぁ!」

カシレロの笑い声は、光源爆裂弾によって未だ轟轟と燃え上がる炎よりも、やけにハッキリと耳に付いた。

襟を立てた白いシャツ、金でできた太いチェーンを首から下げる。
チャラついたその恰好からは想像もつかないが、この男は現帝国軍、青魔法兵団団長の、ジャリエール・カシレロである。


「な、なぜだ・・・なぜ貴様が俺の子を、ケビンを知っている!?」

今すぐにでもカシレロを貫いてやりたい。
だがそれでは、無垢な瞳を自分に向ける我が子すら巻き込んでしまう。

テリーは歯を食いしばり、薙刀を握る手をギリギリで押し留めていた。

「あぁ~、敵の弱点を調べるのなんざぁ、初歩だろ初歩?俺はお前を味方だなんて思ったこたぁ一度もねぇんだよ。まぁ、どうやったか知らねぇが、よくここまで準備したよな?誰にも気づかれねぇでよ」

「・・・キャラはどうした?」

「あぁ?あ~、このガキの母親か?大人しく渡さねぇから、眠ってもらったよ。まぁお前はもう会えねぇだろうがな・・・さてと・・・」

それまでヘラヘラと笑っていたカシレロだが、そこで突然雰囲気が変わった。
ギロリとテリーを睨みつけ、赤ん坊の襟を掴む腕に力が入る。
首が締まり、テリーの血を分けた赤ん坊、ケビンが大声で泣き始めた。

「や、やめろカシレロ!ケビンを離せ!」

思わず薙刀を下ろし、カシレロから赤ん坊を取り返そうと手を伸ばすと、カシレロの前蹴りがテリーの腹を強く打ち付けた。

「ぐあっ!」

「ばぁぁぁか!離せと言われて離すかよ!前々からテメェは気に入らなかったんだよ!誰も信じねぇってツラしやがって、いつか裏切ると思ってたぜ。てめぇは所詮カエストゥスの人間だからな」

倒れるテリーに、カシレロは赤ん坊を右に左に振って見せる。
少しでも力加減を間違えれば・・・カシレロがその気になれば・・・赤ん坊はテリーの後ろで今も燃え続ける、光源爆裂弾の炎に投げ込まれかねない。

「カ、カシレロ、赤ん坊は関係ない・・・お前が憎いのは、俺だろ・・・赤ん坊を、離せ」

「だからよぉ、離せと言われて離す馬鹿はいねぇってんだろ?もちろんムカつくお前をこのまま生かす気もねぇけどな・・・」

体を起こそうとするテリーを睨みしながら、カシレロは体を曲げて、左手で足元の砂利を無造作に一掴みした。


それを見たテリーは、これからカシレロがやろうとする事を察した。
しかし立ち上がろうとするテリーに、カシレロは右手に持つ赤ん坊を、突きつけるように前に出した。

「動くんじゃねぇ!テリーよぉ、びっくりしてガキを火の中に投げちまうかもしれねぇぞ?そのまま大人しくしてんだよ、風を使う事も許さねぇ、分かったな!」

そう言い放つと、カシレロは左手に握った砂利をテリーの頭上に放り投げた。

「くっ!」

「可愛い息子のためだ。親なら耐えられるよなぁ?頭から降ってくるナイフくらいよぉー!あーはっはっはっはっは!」

カシレロの放り投げた砂利は、テリーの頭上で何百本ものナイフへと変わり、そして雨あられのように降り注いだ。

「くそッ!」

この体制では躱しきれない!
風を使えば防げるが、カシレロの警告を無視すればケビンが殺されかねない!




「・・・おお~、さすがテリーだな!普通死んでるぜ。だが、そうでなきゃ面白くねぇよなぁぁぁ!そんじゃもういっちょいこうかぁぁぁぁーーーー!」

舌を出して歓喜の声を上げるカシレロ。
少しでも長くテリーを痛ぶりたいと言う、歪んだ感情が満面に現れていた。

「ぐっ・・・うぅ・・・」

体をまるめ、両腕で頭を庇ったテリーだが、腕、肩、背中、足・・・いくつものナイフが突き刺さり、テリーを切り刻んでいた。



・・・次はもたない



「アルバレスもお前を始末できるチャンスだって言ってたけどよぉ、早い者勝ちだよなぁーーーッ!」

カシレロは掴んだ砂利を再びテリーの頭上へと放り投げた。

テリーへ死をもたらす最後の一投、それは頭上で刃の付いた長物へと変化を遂げる。

「なにッ!?・・・カシレロ!貴様ァァァー--ッ!」

突き刺さったナイフ、全身を切り刻まれ、血にまみれながらテリーは怒りをあらわに叫んだ。

「ナギナタって言ったか?最後はテメェの好きな武器でぶっ殺してやるよ!」


母の思い出

母との絆を感じられる唯一の物

それが薙刀だった

テリーにとってかけがえのない武器が今、自分の命を絶とうと降り注いでくる


「ぐ、おぉぉぉぉぉぉぉぉー-----ッ!」


テリーは叫んだ。
もちろんこれはカシレロの作り出した心ない鉄の塊にすぎない。
だが、薙刀は母と自分を繋ぐ唯一の物。

その薙刀が自分に刃を向けてくる事に、心が壊されそうだった。



「兄さんー----ッ!」


覚悟を決めて強く目をつむった瞬間、耳に届いたのは妹の声・・・・・

「アン・・・ナ・・・」

その声に目を開けた瞬間、テリーの体が強く押し飛ばされた


そこから先は時間にして、ほんの一秒にも満たない時間だった
だが、兄妹の視線は確かに交わりあった



・・・・・兄さん


黒い瞳は穏やかで優しいものだった


・・・・・今までありがとう


そしてテリーに笑いかけたあと、無数の鉄の刃がアンナを貫いた
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