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【743 時の牢獄 ⑧】

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次の日、俺達はクインズベリー城へと足を運んだ。
城の入り口に立つ門番に、ジョージから用件を伝えてもらったが、ここで予想外の事態がおきた。

まずジョセフは生きていた。
計算すると80歳の高齢だが、現役で王宮にいるらしい。

予想外だった事は、予想外に上の役に着いていた事だ。
官僚達のまとめ役を務めているようで、日々忙しい業務をこなしているらしい。
今日突然訪問して、面会できるわけがないのだ。

ジョージはだいぶ粘っていたが、門前払いをされてしまい、申し訳なさそうに俺に伺いを立ててきた。

「ウィッカーさん、お役に立てずすみません。せめて婆さんの名前だけでも伝えてくれって交渉したんですが、全然聞いてもらえなくて。まぁ国の重要人物らしいですから当然なんでしょうけど、私達のような庶民が普通に面会の取り付けを頼んでも、とても叶いそうにないです。どうしますか?」

「いや、頭を上げてくれ。無理言ってここまで来てもらって、こんなに頑張ってもらってるんだ。それだけで感謝している。だが、せっかくスージーが俺のために考えてくれた事だし、ジャニスの息子だから一度会っておきたい。なにか良い手はないかな・・・」

スージーの名前を伝える事もしてくれないのなら、手紙を渡しても捨てられかねない。
面会の取り付けもできそうにないとなると、正攻法ではジョセフに会う事はできないだろう。

「あ!いきなりジョセフさんだから駄目なんじゃないですかね?例えばもっと下に取り次いでもらって、その人からジョセフさんに話しを通してもらうってのはどうですか?」

俺達が頭を悩ませていると、アレンが思いついたと両手を叩き合わせた。

「なるほど、それはいい考えだ」

俺がアレンのアイディアに感心すると、父親のジョージも大きく頷いた。

「それならいけるかもしれないな。手の空いてる官僚を、誰でもいいから呼んできてもらおう。あ、でも俺は今かなり粘って交渉したから、俺が行くのは止めた方がいいな。印象が悪いだろうから」

「あ~、そうだな。また親父が行ったら、面倒くさく思われるだけかもしれない。じゃあ俺が行って・・・」
「あ、アレン君、私が行ってくるよ!」

アレンの言葉にかぶせて、ミーナが元気良く手を挙げた。

「え、ミーナ・・・大丈夫か?」

アレンが心配そうにミーナに目を向ける。
門番との交渉なんて、ミーナにできるのかと思っているのだろう。

「う~ん、思ったんだけど、ジョージさんもアレン君も厳(いか)ついと思うの。だから門番の人も警戒してるんじゃないかな?」

「え?」

ミーナの直球にジョージとアレンの目が点になる。
門番も鍛えた兵士には違いないだろうが、身長180cm以上で見慣れぬ筋肉質な男が二人いたら、警戒されて当然だろう。

「だから私にまかせて。多分、無害そうな女が相手なら、そんなに厳しい事も言わないと思うんだよね」

ジョージとアレンは顔を見合わせる。心配しているのだろうが、他に妙案も思いつかず、結局ミーナに任せる事にした。


そしてあっさり話しは通った。

「オッケーだって!」

「・・・お、おう」

満面の笑顔で親指を立てるミーナに、ジョージとアレンは引きつった笑顔で返事をする事しかできなかった。
そして結果から言えば、アレンの考えた通りに事はうまく進んだ。

来てくれた官僚が、運よく庶民にも親切だった事が大きいが、スージーの名前を伝えてもらうと、ジョセフはすぐに時間を割いて俺達と会ってくれた。





「ジョセフ・コルバートです。随分前ですが、一度お会いしましたね」

執務室に通された俺達の前に現れたのは、白いものも多いが、母親譲りの明るい栗色の長い髪を、後ろで一本に結んだ老人だった。

背丈は俺より少し低いくらいで、体付きを見れば魔法使いという事は分かる。
80歳のはずだが10は若く見える。立場的に気を張った毎日を送っているからだろう。
身なりに気を遣っているようで、ダークブラウンのスーツを着て、白いシャツにスーツと同色のネクタイを締めている。

机の前に立ち、俺達に向ける視線は、柔らかく敵意も見えないが油断が無い。
二十数年も経って、突然会いに来た男に隙を見せないようにしている事が分かる。

「あ、覚えていただいてたみたいで、えっとジョージ・ベルチェルトです。こっちは息子のアレンと、スージー婆さんのひ孫のミーナ。そしてこちらがウィッカー・バリオスさんです。あの、カエストゥス国の・・・黒魔法使いの・・・」

ジョージが代表してそれぞれを紹介するが、俺の事は普通に説明するには無理があると思っているようだ。俺に手を向けて話しているが、声がどんどん小さくなって、気を使った話し方になっている。まぁ、信じろと言う方が無理な話しだからな。

ジョセフは俺の名、ウィッカーという言葉を耳にした時、わずかに眉が動いた。

「・・・キミがスージーさんのお孫さんか。お婆さんはお変わりないかな?」

ジョセフはまずミーナに目を向けた。

「はい。今年で90になりましたが、元気にしております」

「うん、それはなによりだ。さて・・・」

そこで言葉を区切ると、ジョセフは一歩前に出て俺と正面から向き合う。


「あなたが、ウィッカー・バリオス、と紹介されたように聞こえましたが・・・お間違いないですか?」

一切の嘘を見逃さない。その茶色の瞳から発せられる鋭い光がそう告げていた。


「・・・気の強さ、真っすぐな所は母親譲りだな」

ジョセフにジャニスが重なり、思った事がそのまま口を突いて出ていた。
突然母親について話され、ジョセフは虚(きよ)を衝かれたように目を瞬かせた。
俺の口ぶりで、育ての親のシャーロットではなく、産みの親のジャニスの事を言っていると気づいたのだろう。すぐに表情を引き締め直したが、眉を寄せ不快感が顔に出ている。

「・・・まるで母の事を知っているような口ぶりですが、私の母ですよ?あなたが生まれるよりずっと前に亡くなっております。スージーさんのお名前を聞いたので時間を作りましたが、こういう冗談はあまり面白くありませんね」


次に母親の話しを口にするなら、ここで終わりだ。

言葉には出さずとも、そう言外に滲み出る圧力があった。
親を馬鹿にされたと感じているのかと思ったが、顔を見るとどうやらそれだけではない。
親の話し自体、あまりしたくないらしい。

「すまないな。気を悪くさせるつもりはないんだ。だがジョージが紹介した通り、俺がウィッカー・バリオスだ。カエスゥス国の黒魔法使い、帝国と戦ったウィッカー・バリオスだ。そこに嘘は無い」


「・・・・・計算が合わないでしょう?帝国と戦ったあのウィッカー・バリオスならば、生きていたとして何歳だと思います?こんな荒唐無稽な話しを信じろと言うのであれば、証明して見せてください。あなたがウィッカー・バリオスだという事を」


ジョセフの視線が一段鋭くなった。
冗談で済ませる一線を越えた事を、その目が告げていた。
今この場でウィッカー・バリオスだと自分に信じさせる事ができなければ、これ以上話す事はないと。


「・・・お前の父、ジョルジュ・ワーリントンが、風の精霊と繋がっていた事は知っているか?」

「ええ、母から聞いてそれは知ってます。史上最強の弓使い、風の精霊の力を借りて、矢を自在に操ったそうですね。遠く離れた相手に声を届ける事もできたとか」


「それなら、これで信じるか?」


突如、部屋中を埋め尽くすほどの緑色の炎が出現する。
そしてその一つはジョセフの体を包み込んだ。

「な!?こ、これはッ!?」

突然自分の体が燃え出した事で、ジョセフは取り乱し両手を大きく振り回した。

「ジョ、ジョセフさん!?」
「な、なんだこれ!?」
「ちょ、ちょっと!ウィッカーさん!これなんですか!?」

ミーナ達三人も、突然出現した正体不明の緑色の炎に、激しく動揺し声を上げている。

「安心しろ、その火は風の精霊だ。体を焼く事は無い。心を落ち着けて精霊の声に耳を傾けろ」

ジョセフの両肩に手を置いて、ゆっくり、そしてハッキリと声をかける。

「ジョセフ・・・俺を見ろ。呼吸を整えるんだ・・・そうだ、ゆっくりな」

「はぁっ!はぁっ!・・・はぁ・・・はぁ・・・・・か、風の精霊?これ、が?」

激しいショックを受け、ジョセフの額を汗が濡らす。
ウィッカーに言葉をかけられ、ジョセフは深く息を吐いて、ようやく落ち着きを取り戻した。


「どうだ?お前の父、ジョルジュの風が感じられないか?」


「・・・こ、これは!・・・・・ま、まさか本当に!?」

風の精霊に包まれたジョセフ。
それは言葉ではなく、全身に、心に直接流れ込む精霊の想い。
ウィッカー達を見守ってきた精霊が、ジョセフに真実を伝えた。

「信じてくれたようだな。ジョセフ・・・あんな小さな赤ん坊だったのに・・・立派になったな」


「・・・あ・・・あぁぁ・・・・・う、うぁぁぁ・・・」

ジョセフの目に溢れんばかりの涙が浮かんだ

今自分が見ているこの光景は、かつてあった父と母の1ページ

自分と同じ明るい栗色の髪を一本に結び、肩から流している女性は母ジャニス
腕に抱かれているのは、赤ん坊だった自分だと理解できる

そして母を気遣うように腰に手を添え、赤ん坊の自分の頭を撫でているのは父ジョルジュ

家族三人が幸せそうに笑っている


覚えてはいない

だが、確かにあった家族三人の幸せな時間


「あ・・・あぁぁぁぁ・・・父、さん・・・か、母さん・・・・う、ぐぅぅぅ・・・」

立っている事ができず、ジョセフは大粒の涙を零しながら、膝から崩れ落ちる。

「ジョセフ、お前の母はシャーロットさんだ。だが、ジョルジュとジャニスがお前を愛していた事も、忘れないでくれ」


ずっと・・・ずっと聞かされていた

顔も知らない父と母の話しを

だが俺は、いつも聞き流していた
母がたった一人で俺を育てるために、どれほどの苦労をしてきたのか分かるから
そんな母がよく口にした、本当のお母さんはね・・・この言葉が俺は嫌いだった

俺の母は一人だけだ
シャーロット・ワーリントンだけが俺の母だ
そう思って生きてきた


だが・・・俺は分かっていなかった
分かろうとしなかった

俺には二人の母親がいたんだ

本当の父と母も、俺に惜しみない愛情を注いでくれていたんだ


「・・・父と、母の事を・・・教えて、ください・・・ウィッカーさん」

「ああ、もちろんだ」


ほら、立て・・・


涙でぐしゃぐしゃになった顔を押さえながら、ジョセフはウィッカーの手を握りゆっくりと立ち上がった


かつてこの手に抱かれた事もあったのだろう


瞼に映る父と母と赤ん坊の自分・・・

その周りには三人を祝福するように、沢山の人達が集まって笑っていたから
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