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【742 時の牢獄 ⑦】

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「ミーナ、本当にキミも来てよかったのか?教会の仕事はいいのか?」

主都に向かう馬車の中で、俺は隣に座るミーナの様子を見た。

「はい、お婆ちゃんの許しは得ましたから大丈夫です。それに私、首都には一度も行った事がないんです。だから、実はちょっと楽しみにしてるところもあって」

窓から見える景色に顔を輝かせ、楽しそうに笑うミーナ。
そんな姿を見ると、これ以上の言葉は続けられなくなる。

俺は、分かった。とだけ返して、反対側の窓へ目を向けた。

前のイスに座るジョージとその息子アレンも、ぼんやりと窓の外を眺めている。
かれこれ三時間は馬車の中にいるのだ。話すことも尽きてしまい、無言になるのも無理はないだろう。
未だにキラキラと目を輝かせて、景色を見ているミーナが特別なのだ。


「あの・・・ウィッカーさんは、ジョセフさんに会ってどうするんですか?婆ちゃんは会えばいいからって感じグイグイ話しを進めてきたから、俺も聞きそびれてたんスけど・・・」

正面に座るアレンが遠慮がちに声をかけてきた。
今日会ったばかりだし、こんな形で急に同行させられたのだから、お互いの距離感を探る感じになるのはしかたない事だろう。


「・・・それは、会ってみないと分からない。俺もスージーが会ってみるべきだと言うから、こうして向かう事にしたんだ。お前達には強引に付き合わせてしまって、すまないと思っている」


村を出る直前に、スージーはジョセフに会えたら渡してほしいと言って、俺に手紙を預けた。
よろしく伝えて欲しいと言ったあの表情を見て、スージーの気持ちはなんとなくだが察られた。
俺達はジョセフの事をジャニスの息子として見ている。
そこにはジャニスを通しての親しみがあるが、ジョセフからしたら他人でしかない。
スージーとジョージが一度会っていると言っても、そこから二十数年も空けば、やはり感情は薄いだろう。
昨夜、スージーがジョセフの名を口にするのを躊躇ったのは、巻き込む事への抵抗があったのだろう。
俺と関われば、ジョセフの今の生活に少なからず影響を与えるはずだ。
今の俺達とジョセフの間柄で、頼っていいのかという葛藤があったんだ。

ジョージ達へ謝罪を口にしながら、俺はジョセフにも迷惑をかけるかもしれないと思った。
俺が頭を下げると、アレンは少し驚いたように目を開いて、顔の前で手を振った。

「い、いえいえ!そんな大丈夫ですよ。婆ちゃんの言う事ですから、できる事は力になります。俺も親父も、婆ちゃんには世話になってばっかだから。でも・・・意外でした。婆ちゃんの兄さんなら、もっと怖い人かと思ってましたけど・・・けっこう普通なんですね?」

「おい、アレン!失礼だぞ」

「いや、いいんだ。気にしないでくれ・・・・・そうか、普通か・・・」

ジョージが息子の言葉を咎める。
だが普通という言葉は、思いのほか気分よく耳に入った。

こんな体になったんだ。
自分はすでに人ならざる者だと、思っているからこそだろうな。

「あれ、ウィッカーさん・・・喜んでます?」

いつの間にかミーナが俺の横顔をじっと見つめていた。

「ん・・・?そう、か?」

「はい。ちょっと笑ってますもん。ね?アレン君もそう見えない?」

「え!?い、いや、どうかな~?そんなじろじろ見るのもアレだし・・・」

突然意見を求められたアレンだが、ミーナのように俺の顔を凝視するわけにもいかず、しどろもどろになっている。

「・・・分かった分かった。分かったから、少し顔を離せ・・・お前達との話しがちょっと面白かっただけだよ。俺だって笑わないわけじゃないんだ」

ミーナの顔の前に手を向けると、ミーナは、はーい!と返事をして大人しくイスに座り直した。
昨日と今日とで、俺に対する接し方がずいぶん楽になったと思う。
老人の姿ではないからだろうか?



ミーナが俺に軽い調子で話しかけるからか、馬車の中の空気もあまり固くならず、俺達はそれなりに良い雰囲気で、数日に及ぶ首都までの旅路を終える事ができた。

そして首都についた頃には、ジョージもアレンも、俺に対して構える事もなく普通に話しかけるようになっていた。話していて思ったが、ジョージよりもアレンの方がトロワに似ている。
性格は全く違うのだが、見た目とちょっとした仕草、雰囲気が近い。
ツンツンと上に立てた髪型なんかもそっくりで、俺はアレンと話していると、よくトロワの事を思い出していた。

まさかトロワのひ孫と話す時が来るなんて思いもしなかった。
こうして自分の弟や妹の子孫達と、話しができる喜びはあった。

だがそれと同時に、自分だけがいつまでも同じ場所に取り残される。
そんな寂しさを感じてしまう自分の心から、俺は目をそらした。





首都についたその日、俺達はジョージの案内で入った宿の食堂で、夕食を取りながら今後の予定を話して合っていた。

「そう言えば聞こうと思っていたんだが、スージーは二十数年前に偶然ジョセフに会ったと言っていた。それはどういう状況でだったんだ?」

「ああ、それはですね。村の娘が首都に住む男の元に嫁ぐ事になりましてね、荷物持ちやらなんやら・・・まぁ、色々手伝う事もあったので、私と婆さんが付き添ったんですよ」

ジョージは肉を切りながら、記憶を辿るように天井に目を向けながら答えた。

「うん、なるほど・・・それでバッタリ会ったというわけか?」

俺も一口サイズに切った肉を口に入れ、ジョージに肝心の部分を確認する。

「えっと、まぁそんな感じですね。実は首都に付いて早々、道に迷っちゃったんですよ。その時に声をかけてくれたのがジョセフさんだったんです。外から転居してきたら、役所に行って登録する必要があるんですが、ジョセフさんが道案内してくれましてね」

俺は黙ってジョージの話しの続きを待った。
全くの偶然だったわけか・・・だがその偶然がスージーとジョセフを繋ぎ、今度は俺とジョセフを繋ごうとしている。

ジョセフ・・・・・運命ってのがあるのなら、これはその導きなのかもしれないな・・・・・


「その時ですね。道すがら自己紹介をして、婆さんがジョセフさんの名前を聞いて気付いたんです。向こうは婆さんの事は知らなかったようですが、両親の事や、孤児院の話しすると目を丸くして驚いてましたね」

「そうか、ちなみにジョセフはどうやってここまで来て、誰に育てられたかは聞いているか?戦争の時、ジョセフはまだ一歳にもなっていなかった。ジョルジュの両親か?」

ジョルジュとジャニスは共に帝国と戦った。
ジョセフを連れて逃げたとしたら、ジョルジュの両親、エディさんとナタリーさんくらいしか考えられなかった。

「えっと・・・ああ、そうだそうだ、確か父親の姉って言ってましたね。だから、ジョルジュさんのお姉さんになりますね。ジョルジュさんのご両親の事は聞いてません。さすがに初対面であまりつっこんだ事も聞けなくて・・・スージー婆さんもそうだったと思います」

「ジョルジュの姉・・・?そう言えば、二人の結婚式で一度だけ会った事がある。外見はジョルジュに似ていたが、性格はずいぶん明るかったな。名前は確か・・・シャーロットだったか?」

「あ!そうですそうです!シャーロットって言ってました。シャーロット・ワーリントンですね。でも、そのお姉さんの判断で、ワーリントンではなく、コルバートの姓を名乗らせていたようですよ。確かに、ワーリントンって言ったら、真っ先にジョルジュ・ワーリントンの名前が浮かびますもんね」

ジョージの説明は、スージーから聞いていた情報と一致した。
スージーも、ワーリントンの姓は有名過ぎると言っていた。なるほど、確かにコルバートの方が目立たないだろう。ジャニスも白魔法使いとして名をはせていたが、俺もジャニスも姓より名で覚えられていた。
コルバートと聞いて、真っ先にジャニスを浮かべる人は少ないだろう。これは単純に運が良かったという事か。

「・・・あの、それではそのシャーロットさんが、ここでジョセフさんの親代わりとして育てたって事でしょうか?」

ミーナがスープに付けたスプーンを置くと、ジョージに顔を向けた。

「そういう事だね。聞いた限り、シャーロットって人以外の話しは無かったし、母って表現してたから。でもジョセフさんは、自分の事情は全部知ってる感じだったよ。産みの親ではなくても、そんな小さい時から育ててもらったら、そりゃあシャーロットさんが母親だよ」

しみじみと話すジョージの言葉には、ジョセフへの共感があるように感じた。
きっと自分の祖父のトロワが、子供達だけで逃げ延びて来たという境遇を知っているゆえなのだろう。
ミーナもアレンも同様に、深く頷いている。


「・・・それじゃあ、明日は頼むぞ」

「はい。まぁ二十年も前の事ですから、俺なんか忘れてるんじゃないかって思いますけど、俺の事は忘れてても婆さんの事は覚えてるでしょ。なんとかなりますよ」

婆さん押しが強いからな!と言ってジョージとアレンは顔を見合わせて笑った。

確かにジョージを脅すように説得したスージーは、長生きした人間が持つ、特有の圧力みたいな迫力があった。しかしジョージやアレンの態度を見ると、決して気分を害しておらず、それも含めてスージーの魅力、愛され方のようになっていると感じられた。

孫のミーナも笑って聞いているところ見ると、スージーが築いてきたものが見えるようだ。


「ミーナはスージーの事・・・お婆ちゃんが好きか?」

「はい!ちょっと口やかましいですけどね。あ、私がこう言ったって内緒ですよ?」

そう言って笑うミーナを見て、なんだか心が温かくなった。


誰かとこうして旅をして、宿に泊まり食事を共にする。
それは特別な事ではないと思う。

だが80年もの間一人で生きてきた俺にとっては、また一つ胸に温かいものが広がる特別な時間になった。


「あれ、ウィッカーさん、また笑ってますね?機嫌いいんですか?」

「・・・まるで俺がいつも機嫌が悪いみたいな言い方だな?」

チラリと睨むように目を向けるが、このくらいの言葉なら、もうミーナも冗談として受けるくらいには、俺に気を許しているようだ。笑って顔の前で手を振る。

「いえいえ、そんな事は言ってませんよ。ただ、最初に比べて、壁みたいなものが無くなってきたなとは思ってます」


壁か・・・・・

「それはきっと・・・ご飯が温かいからだな」

目の前にある料理は、特別手の込んだものではない。
どこでも食べられるステーキにスープ、だが不思議と今まで食べたものより美味しく感じられた。


「・・・ウィッカーさん・・・これからだって、もっと、もっと沢山食べられますよ!みんなでいっぱい美味しいもの食べましょうね!」

「ああ・・・そうだな・・・・・」


束の間かもしれない

だが、俺が俺でいられる事

ウィッカー・バリオスとして見てくれる人がいる事

それがとても嬉しかった
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