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【738 時の牢獄 ③】

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自分の人生を振り返ってみると、俺が人生の岐路に立った時は、俺を支えてくれる存在があった。


メアリーとティナを失い、自暴自棄になっていた俺を救ってくれたのはレイラだった。

最後の瞬間までレイラは俺を想ってくれた。
レイラの温かさが、俺に人の心を取り戻させてくれた。

レイラと出会えていなければ、俺は闇に呑まれていただろう。
人の嫌な面も沢山見てきたが、それでも人間に絶望していないのは、レイラの温もりがあったからだ。



そしてスージーは、俺に生きるという事を教えてくれた。
俺はあの日から戦う事だけを考えて生きてきた。自分にはそれしか残されていないと思っていた。

そんな俺とは違い、スージーの生き方は輝いていた。
幼い身で故郷を失い、沢山の傷を心に負っただろう。

けれど希望を失わず強く生きた。

教会を建て、故郷のみんなの冥福を祈り続けた。
新しい命を育み、立派に育てた。

スージーは誰からも慕われるおばあちゃんになった。
スージーは自分の生きた足跡で、俺に道を示してくれた。

スージーに再会できた事は、俺の人生の大きな分岐点になった。




スージーと再会した日の夜、俺とスージーは長い、とても長い話しをした。

最初に俺は、スージーの疑問に答えなければならなかった。

まず、なぜ俺が生きているかだ。

スージーは90歳だ。
108歳の俺が生きているはずがないとまでは言えないが、年齢と見た目があまりにも釣り合っていなかった。

ある理由で俺は歳をとらなくなったのだが、これは口外してはならない。
口外すれば止まっている俺の時が動き出してしまうからだ。

それでは俺の目的を遂げる事ができない。
黒渦を消し去り、王子の魂を開放するには、どれだけの時がかかるか分からない。
目的を達するまではこのままでいるしかないんだ。


代償として俺は自分という存在を差し出した。
存在とは、俺がウィッカー・バリオスであるという事を告げてはならない。

ウィッカー・バリオスとしての人生を捨て、ただ一人、時の牢獄に囚われた男として生きる。

ウィッカー・バリオスとして掴めた未来を諦め、ただ一人、目的のために無限の時を歩く。

それが俺の差し出した代償だった。



ただこれは、偶然から知りえた事だが、いくつか抜け道があった。

まず、相手から俺の正体に気付いた場合。

これはレイラが最後の瞬間に、俺をウィッカーと呼んだ事で分かった。
俺はレイラに、バリオスとしか告げていなかった。
一緒に生活をする中で、俺がウィッカーであると気づいたのだろう。
だが俺が自分から話さないので、何か理由があると察し、気づかないふりをしていてくれたのだと思う。

そしてレイラにウィッカーと呼ばれても、時が動き出さなかった。

だがこれは、レイラが息を引き取る瞬間だった事が理由なのかもしれない。
特殊な状況下だった事が、俺の時を動かすに至らなかった可能性を無視はできない。
だから核心を持つには少し足りない。


もう一つは、すでに俺を知っている人だ。

あの日より以前から俺を知っている人とは、変わりない会話をしても問題がなかった。
だからスージーとは、何も隠す事なく話しをする事ができた。

正直、これではかなり制約が緩いと、最初は思った。

だが結局は時間の問題なのだ。

俺の時間が動かないうえに、俺が正体を明かせないのであれば、いずれ俺を知る人間はいなくなる。
永遠の時の中では、数十年程度はほんの一瞬に過ぎないのだ。

相手から俺を知るという事も、それは同じ時代を生きたからこそ知りえる事だ。
80年も経って、俺がウィッカーだと察する事ができる人間などいるわけがない。
そもそも生きていると思え無いほど時間も経っている。

スージーが俺に気付き、その孫に俺を紹介できたのは、奇跡と言っていいくらいの話しなのだ。


そう、そして俺を知るスージーから、俺を紹介されたスージーの孫のミーナとも、秘密を無くして話す事ができた。

これには驚いたが、この抜け道のおかげで、俺は200年の時が経っても、ごく限られた人間とだけだが、ウィッカーのままで繋がりを持ち続ける事ができた。



そして名前だが、大陸一の黒魔法使いという称号のおかげで、ウィッカーという名前は知れ渡っていた。
だが、バリオスという姓から、ウィッカーという名前を結びつける人はほとんどいない。

だから俺は誰かに名前を名乗る時は、バリオスという姓だけを告げるようになった。


偽名を名乗った方が簡単なのは言うまでもないが、俺は偽名を使う事にすさまじい抵抗があった。

偽名を考えた事はある。
だが、いざ実行しようとすると声が出なくなるのだ。

俺の名前を呼ぶメアリーの声が思い出されて、どうしても偽名を使う事ができない。
偽名を使ってしまうと、もうメアリーの声が思い出せなくなってしまうような、そんな不安から俺はどうしても偽名を使う事はできなかった。

不便だし、不信感を持たれてしまう事も分かってはいる。
だが、そうする事しかできなかった。


スージーは俺の話しを黙って最後まで聞いてくれた。


しかし、あの戦争の最後に俺の身に起きた事・・・俺が青魔法と白魔法を使えるようになった理由を話すと、両手で顔を覆って涙を流し続けた。



「う、うぅ・・・兄さん、そんな、そんなに重い物を背負って、今まで・・・一人で・・・うぅぅ・・・ぐすっ・・・」

俺は向かいのイスに座るスージの隣に腰を下ろすと、スージーが泣き止むまでその背中を撫でた。

痩せていて小さな背中だった。
こんな小さな体で今日まで頑張ってきたんだな・・・・・

幼い頃は手がかかってしかたないと思っていた。
俺がスージーの面倒を見ていたのに、本当に・・・俺が誇りに思うくらい立派になった。

「・・・いいんだ・・・俺の事はもういい・・・俺がやるしかないんだ・・・さぁ、そろそろスージー達の話しも聞かせてくれ。俺が救えた命がどう生きたのか・・・幸せであったのなら、それが俺の支えになるから」


「・・・うん、兄さん・・・あのね・・・・・」
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