739 / 1,370
【738 時の牢獄 ③】
しおりを挟む
自分の人生を振り返ってみると、俺が人生の岐路に立った時は、俺を支えてくれる存在があった。
メアリーとティナを失い、自暴自棄になっていた俺を救ってくれたのはレイラだった。
最後の瞬間までレイラは俺を想ってくれた。
レイラの温かさが、俺に人の心を取り戻させてくれた。
レイラと出会えていなければ、俺は闇に呑まれていただろう。
人の嫌な面も沢山見てきたが、それでも人間に絶望していないのは、レイラの温もりがあったからだ。
そしてスージーは、俺に生きるという事を教えてくれた。
俺はあの日から戦う事だけを考えて生きてきた。自分にはそれしか残されていないと思っていた。
そんな俺とは違い、スージーの生き方は輝いていた。
幼い身で故郷を失い、沢山の傷を心に負っただろう。
けれど希望を失わず強く生きた。
教会を建て、故郷のみんなの冥福を祈り続けた。
新しい命を育み、立派に育てた。
スージーは誰からも慕われるおばあちゃんになった。
スージーは自分の生きた足跡で、俺に道を示してくれた。
スージーに再会できた事は、俺の人生の大きな分岐点になった。
スージーと再会した日の夜、俺とスージーは長い、とても長い話しをした。
最初に俺は、スージーの疑問に答えなければならなかった。
まず、なぜ俺が生きているかだ。
スージーは90歳だ。
108歳の俺が生きているはずがないとまでは言えないが、年齢と見た目があまりにも釣り合っていなかった。
ある理由で俺は歳をとらなくなったのだが、これは口外してはならない。
口外すれば止まっている俺の時が動き出してしまうからだ。
それでは俺の目的を遂げる事ができない。
黒渦を消し去り、王子の魂を開放するには、どれだけの時がかかるか分からない。
目的を達するまではこのままでいるしかないんだ。
代償として俺は自分という存在を差し出した。
存在とは、俺がウィッカー・バリオスであるという事を告げてはならない。
ウィッカー・バリオスとしての人生を捨て、ただ一人、時の牢獄に囚われた男として生きる。
ウィッカー・バリオスとして掴めた未来を諦め、ただ一人、目的のために無限の時を歩く。
それが俺の差し出した代償だった。
ただこれは、偶然から知りえた事だが、いくつか抜け道があった。
まず、相手から俺の正体に気付いた場合。
これはレイラが最後の瞬間に、俺をウィッカーと呼んだ事で分かった。
俺はレイラに、バリオスとしか告げていなかった。
一緒に生活をする中で、俺がウィッカーであると気づいたのだろう。
だが俺が自分から話さないので、何か理由があると察し、気づかないふりをしていてくれたのだと思う。
そしてレイラにウィッカーと呼ばれても、時が動き出さなかった。
だがこれは、レイラが息を引き取る瞬間だった事が理由なのかもしれない。
特殊な状況下だった事が、俺の時を動かすに至らなかった可能性を無視はできない。
だから核心を持つには少し足りない。
もう一つは、すでに俺を知っている人だ。
あの日より以前から俺を知っている人とは、変わりない会話をしても問題がなかった。
だからスージーとは、何も隠す事なく話しをする事ができた。
正直、これではかなり制約が緩いと、最初は思った。
だが結局は時間の問題なのだ。
俺の時間が動かないうえに、俺が正体を明かせないのであれば、いずれ俺を知る人間はいなくなる。
永遠の時の中では、数十年程度はほんの一瞬に過ぎないのだ。
相手から俺を知るという事も、それは同じ時代を生きたからこそ知りえる事だ。
80年も経って、俺がウィッカーだと察する事ができる人間などいるわけがない。
そもそも生きていると思え無いほど時間も経っている。
スージーが俺に気付き、その孫に俺を紹介できたのは、奇跡と言っていいくらいの話しなのだ。
そう、そして俺を知るスージーから、俺を紹介されたスージーの孫のミーナとも、秘密を無くして話す事ができた。
これには驚いたが、この抜け道のおかげで、俺は200年の時が経っても、ごく限られた人間とだけだが、ウィッカーのままで繋がりを持ち続ける事ができた。
そして名前だが、大陸一の黒魔法使いという称号のおかげで、ウィッカーという名前は知れ渡っていた。
だが、バリオスという姓から、ウィッカーという名前を結びつける人はほとんどいない。
だから俺は誰かに名前を名乗る時は、バリオスという姓だけを告げるようになった。
偽名を名乗った方が簡単なのは言うまでもないが、俺は偽名を使う事にすさまじい抵抗があった。
偽名を考えた事はある。
だが、いざ実行しようとすると声が出なくなるのだ。
俺の名前を呼ぶメアリーの声が思い出されて、どうしても偽名を使う事ができない。
偽名を使ってしまうと、もうメアリーの声が思い出せなくなってしまうような、そんな不安から俺はどうしても偽名を使う事はできなかった。
不便だし、不信感を持たれてしまう事も分かってはいる。
だが、そうする事しかできなかった。
スージーは俺の話しを黙って最後まで聞いてくれた。
しかし、あの戦争の最後に俺の身に起きた事・・・俺が青魔法と白魔法を使えるようになった理由を話すと、両手で顔を覆って涙を流し続けた。
「う、うぅ・・・兄さん、そんな、そんなに重い物を背負って、今まで・・・一人で・・・うぅぅ・・・ぐすっ・・・」
俺は向かいのイスに座るスージの隣に腰を下ろすと、スージーが泣き止むまでその背中を撫でた。
痩せていて小さな背中だった。
こんな小さな体で今日まで頑張ってきたんだな・・・・・
幼い頃は手がかかってしかたないと思っていた。
俺がスージーの面倒を見ていたのに、本当に・・・俺が誇りに思うくらい立派になった。
「・・・いいんだ・・・俺の事はもういい・・・俺がやるしかないんだ・・・さぁ、そろそろスージー達の話しも聞かせてくれ。俺が救えた命がどう生きたのか・・・幸せであったのなら、それが俺の支えになるから」
「・・・うん、兄さん・・・あのね・・・・・」
メアリーとティナを失い、自暴自棄になっていた俺を救ってくれたのはレイラだった。
最後の瞬間までレイラは俺を想ってくれた。
レイラの温かさが、俺に人の心を取り戻させてくれた。
レイラと出会えていなければ、俺は闇に呑まれていただろう。
人の嫌な面も沢山見てきたが、それでも人間に絶望していないのは、レイラの温もりがあったからだ。
そしてスージーは、俺に生きるという事を教えてくれた。
俺はあの日から戦う事だけを考えて生きてきた。自分にはそれしか残されていないと思っていた。
そんな俺とは違い、スージーの生き方は輝いていた。
幼い身で故郷を失い、沢山の傷を心に負っただろう。
けれど希望を失わず強く生きた。
教会を建て、故郷のみんなの冥福を祈り続けた。
新しい命を育み、立派に育てた。
スージーは誰からも慕われるおばあちゃんになった。
スージーは自分の生きた足跡で、俺に道を示してくれた。
スージーに再会できた事は、俺の人生の大きな分岐点になった。
スージーと再会した日の夜、俺とスージーは長い、とても長い話しをした。
最初に俺は、スージーの疑問に答えなければならなかった。
まず、なぜ俺が生きているかだ。
スージーは90歳だ。
108歳の俺が生きているはずがないとまでは言えないが、年齢と見た目があまりにも釣り合っていなかった。
ある理由で俺は歳をとらなくなったのだが、これは口外してはならない。
口外すれば止まっている俺の時が動き出してしまうからだ。
それでは俺の目的を遂げる事ができない。
黒渦を消し去り、王子の魂を開放するには、どれだけの時がかかるか分からない。
目的を達するまではこのままでいるしかないんだ。
代償として俺は自分という存在を差し出した。
存在とは、俺がウィッカー・バリオスであるという事を告げてはならない。
ウィッカー・バリオスとしての人生を捨て、ただ一人、時の牢獄に囚われた男として生きる。
ウィッカー・バリオスとして掴めた未来を諦め、ただ一人、目的のために無限の時を歩く。
それが俺の差し出した代償だった。
ただこれは、偶然から知りえた事だが、いくつか抜け道があった。
まず、相手から俺の正体に気付いた場合。
これはレイラが最後の瞬間に、俺をウィッカーと呼んだ事で分かった。
俺はレイラに、バリオスとしか告げていなかった。
一緒に生活をする中で、俺がウィッカーであると気づいたのだろう。
だが俺が自分から話さないので、何か理由があると察し、気づかないふりをしていてくれたのだと思う。
そしてレイラにウィッカーと呼ばれても、時が動き出さなかった。
だがこれは、レイラが息を引き取る瞬間だった事が理由なのかもしれない。
特殊な状況下だった事が、俺の時を動かすに至らなかった可能性を無視はできない。
だから核心を持つには少し足りない。
もう一つは、すでに俺を知っている人だ。
あの日より以前から俺を知っている人とは、変わりない会話をしても問題がなかった。
だからスージーとは、何も隠す事なく話しをする事ができた。
正直、これではかなり制約が緩いと、最初は思った。
だが結局は時間の問題なのだ。
俺の時間が動かないうえに、俺が正体を明かせないのであれば、いずれ俺を知る人間はいなくなる。
永遠の時の中では、数十年程度はほんの一瞬に過ぎないのだ。
相手から俺を知るという事も、それは同じ時代を生きたからこそ知りえる事だ。
80年も経って、俺がウィッカーだと察する事ができる人間などいるわけがない。
そもそも生きていると思え無いほど時間も経っている。
スージーが俺に気付き、その孫に俺を紹介できたのは、奇跡と言っていいくらいの話しなのだ。
そう、そして俺を知るスージーから、俺を紹介されたスージーの孫のミーナとも、秘密を無くして話す事ができた。
これには驚いたが、この抜け道のおかげで、俺は200年の時が経っても、ごく限られた人間とだけだが、ウィッカーのままで繋がりを持ち続ける事ができた。
そして名前だが、大陸一の黒魔法使いという称号のおかげで、ウィッカーという名前は知れ渡っていた。
だが、バリオスという姓から、ウィッカーという名前を結びつける人はほとんどいない。
だから俺は誰かに名前を名乗る時は、バリオスという姓だけを告げるようになった。
偽名を名乗った方が簡単なのは言うまでもないが、俺は偽名を使う事にすさまじい抵抗があった。
偽名を考えた事はある。
だが、いざ実行しようとすると声が出なくなるのだ。
俺の名前を呼ぶメアリーの声が思い出されて、どうしても偽名を使う事ができない。
偽名を使ってしまうと、もうメアリーの声が思い出せなくなってしまうような、そんな不安から俺はどうしても偽名を使う事はできなかった。
不便だし、不信感を持たれてしまう事も分かってはいる。
だが、そうする事しかできなかった。
スージーは俺の話しを黙って最後まで聞いてくれた。
しかし、あの戦争の最後に俺の身に起きた事・・・俺が青魔法と白魔法を使えるようになった理由を話すと、両手で顔を覆って涙を流し続けた。
「う、うぅ・・・兄さん、そんな、そんなに重い物を背負って、今まで・・・一人で・・・うぅぅ・・・ぐすっ・・・」
俺は向かいのイスに座るスージの隣に腰を下ろすと、スージーが泣き止むまでその背中を撫でた。
痩せていて小さな背中だった。
こんな小さな体で今日まで頑張ってきたんだな・・・・・
幼い頃は手がかかってしかたないと思っていた。
俺がスージーの面倒を見ていたのに、本当に・・・俺が誇りに思うくらい立派になった。
「・・・いいんだ・・・俺の事はもういい・・・俺がやるしかないんだ・・・さぁ、そろそろスージー達の話しも聞かせてくれ。俺が救えた命がどう生きたのか・・・幸せであったのなら、それが俺の支えになるから」
「・・・うん、兄さん・・・あのね・・・・・」
0
お気に入りに追加
220
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

ペット(老猫)と異世界転生
童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。

転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました
おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。
※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。
※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・)
更新はめっちゃ不定期です。
※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。

王太子に転生したけど、国王になりたくないので全力で抗ってみた
こばやん2号
ファンタジー
とある財閥の当主だった神宮寺貞光(じんぐうじさだみつ)は、急病によりこの世を去ってしまう。
気が付くと、ある国の王太子として前世の記憶を持ったまま生まれ変わってしまうのだが、前世で自由な人生に憧れを抱いていた彼は、王太子になりたくないということでいろいろと画策を開始する。
しかし、圧倒的な才能によって周囲の人からは「次期国王はこの人しかない」と思われてしまい、ますますスローライフから遠のいてしまう。
そんな彼の自由を手に入れるための戦いが今始まる……。
※この作品はアルファポリス・小説家になろう・カクヨムで同時投稿されています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる