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【731 あなたの心を ④】
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ダニエル達と狩りに行ってから一か月が経った。
この村には未練も情もない。そう思っていた。
しかしずっとこの家で過ごしているからか、この家には情が入ってしまったようだ。
レイラは俺より早く起きる。
俺は七時には目を覚ますのだが、レイラは俺より一時間は早いようだ。
「おはようございます。お食事できてますよ」
目を覚ました俺に、レイラはいつも決まった言葉をかけてくれる。
テーブルに並べられた温かい食事を見ると、いつも少し胸が痛む。
【ウィッカー様、おはようございます!ご飯できてますよ!】
レイラとメアリーは、性格は真逆だ。
だが似ているところが多かった。
朝は必ず一番に起きて、俺が起きる前に食事の準備をしてくれる。
かけてくれる言葉までそっくりだ。
だからこんなにも胸が苦しい。
「・・・ああ、おはようレイラ」
けれど、このなつかしさに縋りつきたい気持ちもあるんだ。
俺はレイラを通してメアリーを見ているのかもしれない。
「今日は狩りの日でしたね?」
「ああ、猪でも鹿でも、なんでもいいから肉が食べたいらしい。この村の年寄りは逞しいな」
先週狩りで猪を獲って、村長を通して村人達に配ってもらったが、また肉が食べたいと言われて、今日また狩りに行く事になった。
肉を要求しているのが、60歳以上の年配が多いというから驚きだ。
そのくらいの歳になれば、肉よりは魚、油の少ない物を好むと思っていたのだが、そうでもないのだろうか?
「バリオスさんは強いですけれど・・気を付けてください。あの人達、またなにかしてくるかもしれませんから・・・」
朝食を食べ終えると、お茶を出したレイラが俺を心配するように話しだした。
前に一度狩りでもめたから、気にしているようだ。
俺が一人で猪を狩って帰れる事が知られてから、俺が山に一人で入っても誰も何も言わなくなった。
今回も当然一人で狩りに行くが、レイラは俺がなにかされるかもしれないと思っているようだ。
「・・・ああ、注意するよ」
「はい・・・」
小さい声で返事をするレイラの瞳は、やはり不安げに揺れていた。
「・・・鹿と猪、一頭づつでいいか」
いつものように風魔法で獲物の首を飛ばすと、手ごろな太い樹に逆さに吊るして血が抜けるのを待つ。
午後の日差しは強かったが、樹々の葉が天然のカーテンになって防いでくれる。
腰をかけるのに丁度良い大きさの岩に座り、俺は二頭の獲物の首から垂れ落ちる、赤い流動体をじっと眺めていた。
一人きりの山は静かだった。
耳に届くのは、風に揺れる樹の葉のざわめきと、鳥のさえずりだけ。
静寂に包まれていると、この世界に俺一人だけになってしまったような、そんな錯覚さえ起こしそうだった。
俺がレイラの家に住むようになって七か月が経っている。
相変わらず光魔法の研究は足踏みをしている。理論は正しいはずだが、どうしても完成には至らない。
一体なにがダメなのか、俺は完全に行き詰まっていた。
「師匠・・・ジャニス・・・・・」
もう答えてはくれない二人の名前を口にする。
物思いにふけってしまった一瞬、背後からの風切り音が耳に届き、俺は音の軌道と反対方向に首を動かした。
その直後、当たるかどうかのギリギリの間隔で、俺の首をかすめるように通り抜けて、ナイフが地面に突き刺さった。
「・・・ダニエルか・・・出て来いよ」
「チッ、ビビリもしねぇのか?ムカツク野郎だな」
生い茂る草を掻き分けて、190cm以上の巨体が現れた。
迷彩柄のパンツに、黒いTシャツ。樹々に隠れて動くための服装だろう。
左手に握られてるナイフは、刃渡り20センチはありそうに見える。どうやら、本気でここで俺を殺す気らしい。
「運良くナイフを躱せたからって、調子こいてんじゃねぇぞ」
「運・・・か。俺が偶然ナイフを避けたように見えたらしいな」
俺は足元に刺さっているナイフを、掴んで引き抜いた。
ダニエルが手にしているナイフと同じ物だ。ずしりとした重さに、殺傷力の高さを感じる。
「はぁ~?後ろから飛んできたナイフを、振り返らないで躱したって言いてぇのか?魔法使いのてめぇにそんな事できんのかよ?ちょっと獣に有効な魔法が使えるからって、デマこいてんじゃねぇぞ!」
「なぜ魔法使いの身体能力が体力型に劣ると決めつける?魔法使いでも体を鍛える事はできるんだ。伸びしろはいくらでもあると思わないか?」
「はぁ~?そんなのたかが知れてんだろうが?魔法使いがちょっと鍛えたくらいでどうにかなると思ってんのか!?馬鹿じゃねぇのか?」
唾を飛ばしながら声を荒げるダニエルを見て、俺はこれ以上の話しは無駄だと悟った。
まぁ、話してもしかたの無いことだし、理解してもらう必要もない。
ダニエルは俺の前まで近づくと、左手に持ったナイフを見せつけるように、右手の平にポンポンと当てた。
「おう、いつまで座ってんだよ?得意の魔法で戦おうって気はねぇのか?力に自信があるんなら、そのナイフでかかってきてもいいんだぜ?」
前回、俺の殺気に震えた事も忘れて、自分が圧倒的強者の立場だと思い込んでいる態度に、俺は内心溜息をついた。やはりコイツはこれまで、何でも自分の都合で決めて生きてきたんだろう。
自分の意見が通らない時は、強引にでも力で押し通してきた。
だから前回俺の殺気に気圧された事も、コイツの中では何かの間違いで済まされているんだ。
だから力の差に気が付くチャンスだったにも関わらず、それさえも取りこぼしている。
正真正銘の馬鹿だ。
「・・・一つ聞いておきたい。俺はよそ者だから、追い出したいというお前の気持ちは理解できる。だが、命を狙う程に邪魔に思う理由はなんだ?まさか前回、俺が獲物の場所を当てた事が気に入らないってだけで、ここまでするわけじゃないんだろ?」
岩に座ったまま、俺は目の前の巨体を見上げて問いかけた。
長身のダニエルは、樹々の隙間から差し込まれる光を遮り、俺の体を覆い隠すように影を落とす。
「あぁ?別に理由なんかねぇよ、ただてめぇがムカつくから・・・」
「レイラか?」
一緒に住んでいる栗色の髪の女性の名前を出すと、ダニエルの顔色が変わった。
それまでの薄ら笑いが消えて、目がギラリと光る。
「・・・・・」
「どうした?だんまりか?お前、俺が初めて猪を持って帰った日、俺とレイラを物陰からずっと見てたよな?あの日からお前の視線は度々感じてたんだよ。こうなると、よそ者という理由以外でお前が俺を憎む理由なんて、一つしか考えられないだろ?お前はレイラに気があるんだ。だから一緒に住んでいる俺が目障りなんだよ」
持って回った言い方などせずに、核心を突いた言葉をそのまま口にして告げる。
ダニエルは顔に出やすい。青筋が額に浮かび、ギリギリと音が鳴るほどに歯を噛み締めて俺を睨みつける。
「てめぇ、そこまで言ったんだ・・・無事に帰れると思ってねぇだろうな?」
「本当におかしなヤツだな。背後からナイフを投げておいて、今更無事に帰れると思うなだと?自分の行動と言葉の矛盾を考えてから話せ」
ダニエルが理性を保てたのはここまでだった。
激情にかられてナイフを持った左手を振り上げると、怒声とともに、そのままバリオスの脳天目掛けて斬りかかった。
「ガァァァァー--ッツ!ぶっ殺してやルァァァァァー--ッツ!」
喉が張り裂けんばかりの怒声をぶつけたダニエルだったが、ナイフがバリオスを切り裂いたと思った次の瞬間、190センチを超える巨体が宙を舞って、背中から地面に叩き落されていた。
「カッ・・・・・ぁぁ・・・ぁ!」
背中から胸を突き抜け全身を駆け巡る衝撃は、ダニエルの脳天を痺れさせて、呼吸する事さえ困難な程のダメージを与えた。
バリオスは自分に向かって振り下ろされたダニエルの左手首を掴むと、力の流れを利用して手首を捻り、ダニエルの体をひっくり返したのだが、ダニエルは自分が何をされたのかさえ理解できていなかった。
「寝そべって見る景色はどうだ?その恰好なら空がよく見えるだろ?」
岩に腰をかけたまま、バリオスは足元で倒れたままのダニエルに声をかける。
挨拶を交わすような気安い口調が、今のこの状況は、それだけ取るに足らない事だと物語っていた。
「・・・まぁ、無理に返事をしなくてもいいぞ。まだしばらくは動けないだろうからな。さて・・・本題に入ろうか。俺がお前に付き合ってここまで相手をしたのはな、俺とお前の立場をハッキリさせるためだ」
バリオスは右手に持つナイフをダニエルの額に突き付けた。
体はまだ痺れて動かないが、頭は正常に回り始めていたため、ダニエルの目が驚きと恐怖で大きく開かれる。
「ぐ、うぅ・・・や、やめ、ろっ・・・!」
「俺はお前には何の興味も無いんだ。お前が俺に近づかなければ俺もお前には近づかない。馬鹿なお前でも実力差は理解できただろ?俺にとってお前は脅威でもなんでもない。いいか、警告は一度だけだ・・・・・」
ダニエルの額に当てたナイフに少し力を入れると、刃先が皮膚を切り裂き一筋の血が流れる。
「・・・分かったな?」
「ぐ、て、てめぇ・・・・・」
呂律が回るようになってきたが、ダニエルは何も言い返す事ができなかった。
自分のナイフを突きつけるこの金髪の男が、自分よりもはるかに強いという事を、さすがに理解したからである。
そして自分に向けるその感情の籠らない瞳を見て、この男が自分に対して本当になんの関心も持っていない事も分かった。つまりダニエルの命を奪う事に躊躇いもない。
精神的な圧迫によるベタリとした汗で全身を濡らし、青ざめた顔で震えるダニエルを見て、バリオスはナイフを放り捨て立ち上がった。
「理解できたようだな。それならもう俺に近づくな」
そして吊るしておいた、頭の無い猪と鹿を風魔法で浮かばせると、まだ体が痺れて動けないダニエルを残して歩き出した。
だが、数歩進んだところで足を止めると、バリオスは振り返って最後にもう一言だけ口にした。
「・・・・・レイラにも近づくな」
射殺すような鋭い視線と、氷のように冷たい声だった。
この村には未練も情もない。そう思っていた。
しかしずっとこの家で過ごしているからか、この家には情が入ってしまったようだ。
レイラは俺より早く起きる。
俺は七時には目を覚ますのだが、レイラは俺より一時間は早いようだ。
「おはようございます。お食事できてますよ」
目を覚ました俺に、レイラはいつも決まった言葉をかけてくれる。
テーブルに並べられた温かい食事を見ると、いつも少し胸が痛む。
【ウィッカー様、おはようございます!ご飯できてますよ!】
レイラとメアリーは、性格は真逆だ。
だが似ているところが多かった。
朝は必ず一番に起きて、俺が起きる前に食事の準備をしてくれる。
かけてくれる言葉までそっくりだ。
だからこんなにも胸が苦しい。
「・・・ああ、おはようレイラ」
けれど、このなつかしさに縋りつきたい気持ちもあるんだ。
俺はレイラを通してメアリーを見ているのかもしれない。
「今日は狩りの日でしたね?」
「ああ、猪でも鹿でも、なんでもいいから肉が食べたいらしい。この村の年寄りは逞しいな」
先週狩りで猪を獲って、村長を通して村人達に配ってもらったが、また肉が食べたいと言われて、今日また狩りに行く事になった。
肉を要求しているのが、60歳以上の年配が多いというから驚きだ。
そのくらいの歳になれば、肉よりは魚、油の少ない物を好むと思っていたのだが、そうでもないのだろうか?
「バリオスさんは強いですけれど・・気を付けてください。あの人達、またなにかしてくるかもしれませんから・・・」
朝食を食べ終えると、お茶を出したレイラが俺を心配するように話しだした。
前に一度狩りでもめたから、気にしているようだ。
俺が一人で猪を狩って帰れる事が知られてから、俺が山に一人で入っても誰も何も言わなくなった。
今回も当然一人で狩りに行くが、レイラは俺がなにかされるかもしれないと思っているようだ。
「・・・ああ、注意するよ」
「はい・・・」
小さい声で返事をするレイラの瞳は、やはり不安げに揺れていた。
「・・・鹿と猪、一頭づつでいいか」
いつものように風魔法で獲物の首を飛ばすと、手ごろな太い樹に逆さに吊るして血が抜けるのを待つ。
午後の日差しは強かったが、樹々の葉が天然のカーテンになって防いでくれる。
腰をかけるのに丁度良い大きさの岩に座り、俺は二頭の獲物の首から垂れ落ちる、赤い流動体をじっと眺めていた。
一人きりの山は静かだった。
耳に届くのは、風に揺れる樹の葉のざわめきと、鳥のさえずりだけ。
静寂に包まれていると、この世界に俺一人だけになってしまったような、そんな錯覚さえ起こしそうだった。
俺がレイラの家に住むようになって七か月が経っている。
相変わらず光魔法の研究は足踏みをしている。理論は正しいはずだが、どうしても完成には至らない。
一体なにがダメなのか、俺は完全に行き詰まっていた。
「師匠・・・ジャニス・・・・・」
もう答えてはくれない二人の名前を口にする。
物思いにふけってしまった一瞬、背後からの風切り音が耳に届き、俺は音の軌道と反対方向に首を動かした。
その直後、当たるかどうかのギリギリの間隔で、俺の首をかすめるように通り抜けて、ナイフが地面に突き刺さった。
「・・・ダニエルか・・・出て来いよ」
「チッ、ビビリもしねぇのか?ムカツク野郎だな」
生い茂る草を掻き分けて、190cm以上の巨体が現れた。
迷彩柄のパンツに、黒いTシャツ。樹々に隠れて動くための服装だろう。
左手に握られてるナイフは、刃渡り20センチはありそうに見える。どうやら、本気でここで俺を殺す気らしい。
「運良くナイフを躱せたからって、調子こいてんじゃねぇぞ」
「運・・・か。俺が偶然ナイフを避けたように見えたらしいな」
俺は足元に刺さっているナイフを、掴んで引き抜いた。
ダニエルが手にしているナイフと同じ物だ。ずしりとした重さに、殺傷力の高さを感じる。
「はぁ~?後ろから飛んできたナイフを、振り返らないで躱したって言いてぇのか?魔法使いのてめぇにそんな事できんのかよ?ちょっと獣に有効な魔法が使えるからって、デマこいてんじゃねぇぞ!」
「なぜ魔法使いの身体能力が体力型に劣ると決めつける?魔法使いでも体を鍛える事はできるんだ。伸びしろはいくらでもあると思わないか?」
「はぁ~?そんなのたかが知れてんだろうが?魔法使いがちょっと鍛えたくらいでどうにかなると思ってんのか!?馬鹿じゃねぇのか?」
唾を飛ばしながら声を荒げるダニエルを見て、俺はこれ以上の話しは無駄だと悟った。
まぁ、話してもしかたの無いことだし、理解してもらう必要もない。
ダニエルは俺の前まで近づくと、左手に持ったナイフを見せつけるように、右手の平にポンポンと当てた。
「おう、いつまで座ってんだよ?得意の魔法で戦おうって気はねぇのか?力に自信があるんなら、そのナイフでかかってきてもいいんだぜ?」
前回、俺の殺気に震えた事も忘れて、自分が圧倒的強者の立場だと思い込んでいる態度に、俺は内心溜息をついた。やはりコイツはこれまで、何でも自分の都合で決めて生きてきたんだろう。
自分の意見が通らない時は、強引にでも力で押し通してきた。
だから前回俺の殺気に気圧された事も、コイツの中では何かの間違いで済まされているんだ。
だから力の差に気が付くチャンスだったにも関わらず、それさえも取りこぼしている。
正真正銘の馬鹿だ。
「・・・一つ聞いておきたい。俺はよそ者だから、追い出したいというお前の気持ちは理解できる。だが、命を狙う程に邪魔に思う理由はなんだ?まさか前回、俺が獲物の場所を当てた事が気に入らないってだけで、ここまでするわけじゃないんだろ?」
岩に座ったまま、俺は目の前の巨体を見上げて問いかけた。
長身のダニエルは、樹々の隙間から差し込まれる光を遮り、俺の体を覆い隠すように影を落とす。
「あぁ?別に理由なんかねぇよ、ただてめぇがムカつくから・・・」
「レイラか?」
一緒に住んでいる栗色の髪の女性の名前を出すと、ダニエルの顔色が変わった。
それまでの薄ら笑いが消えて、目がギラリと光る。
「・・・・・」
「どうした?だんまりか?お前、俺が初めて猪を持って帰った日、俺とレイラを物陰からずっと見てたよな?あの日からお前の視線は度々感じてたんだよ。こうなると、よそ者という理由以外でお前が俺を憎む理由なんて、一つしか考えられないだろ?お前はレイラに気があるんだ。だから一緒に住んでいる俺が目障りなんだよ」
持って回った言い方などせずに、核心を突いた言葉をそのまま口にして告げる。
ダニエルは顔に出やすい。青筋が額に浮かび、ギリギリと音が鳴るほどに歯を噛み締めて俺を睨みつける。
「てめぇ、そこまで言ったんだ・・・無事に帰れると思ってねぇだろうな?」
「本当におかしなヤツだな。背後からナイフを投げておいて、今更無事に帰れると思うなだと?自分の行動と言葉の矛盾を考えてから話せ」
ダニエルが理性を保てたのはここまでだった。
激情にかられてナイフを持った左手を振り上げると、怒声とともに、そのままバリオスの脳天目掛けて斬りかかった。
「ガァァァァー--ッツ!ぶっ殺してやルァァァァァー--ッツ!」
喉が張り裂けんばかりの怒声をぶつけたダニエルだったが、ナイフがバリオスを切り裂いたと思った次の瞬間、190センチを超える巨体が宙を舞って、背中から地面に叩き落されていた。
「カッ・・・・・ぁぁ・・・ぁ!」
背中から胸を突き抜け全身を駆け巡る衝撃は、ダニエルの脳天を痺れさせて、呼吸する事さえ困難な程のダメージを与えた。
バリオスは自分に向かって振り下ろされたダニエルの左手首を掴むと、力の流れを利用して手首を捻り、ダニエルの体をひっくり返したのだが、ダニエルは自分が何をされたのかさえ理解できていなかった。
「寝そべって見る景色はどうだ?その恰好なら空がよく見えるだろ?」
岩に腰をかけたまま、バリオスは足元で倒れたままのダニエルに声をかける。
挨拶を交わすような気安い口調が、今のこの状況は、それだけ取るに足らない事だと物語っていた。
「・・・まぁ、無理に返事をしなくてもいいぞ。まだしばらくは動けないだろうからな。さて・・・本題に入ろうか。俺がお前に付き合ってここまで相手をしたのはな、俺とお前の立場をハッキリさせるためだ」
バリオスは右手に持つナイフをダニエルの額に突き付けた。
体はまだ痺れて動かないが、頭は正常に回り始めていたため、ダニエルの目が驚きと恐怖で大きく開かれる。
「ぐ、うぅ・・・や、やめ、ろっ・・・!」
「俺はお前には何の興味も無いんだ。お前が俺に近づかなければ俺もお前には近づかない。馬鹿なお前でも実力差は理解できただろ?俺にとってお前は脅威でもなんでもない。いいか、警告は一度だけだ・・・・・」
ダニエルの額に当てたナイフに少し力を入れると、刃先が皮膚を切り裂き一筋の血が流れる。
「・・・分かったな?」
「ぐ、て、てめぇ・・・・・」
呂律が回るようになってきたが、ダニエルは何も言い返す事ができなかった。
自分のナイフを突きつけるこの金髪の男が、自分よりもはるかに強いという事を、さすがに理解したからである。
そして自分に向けるその感情の籠らない瞳を見て、この男が自分に対して本当になんの関心も持っていない事も分かった。つまりダニエルの命を奪う事に躊躇いもない。
精神的な圧迫によるベタリとした汗で全身を濡らし、青ざめた顔で震えるダニエルを見て、バリオスはナイフを放り捨て立ち上がった。
「理解できたようだな。それならもう俺に近づくな」
そして吊るしておいた、頭の無い猪と鹿を風魔法で浮かばせると、まだ体が痺れて動けないダニエルを残して歩き出した。
だが、数歩進んだところで足を止めると、バリオスは振り返って最後にもう一言だけ口にした。
「・・・・・レイラにも近づくな」
射殺すような鋭い視線と、氷のように冷たい声だった。
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