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【730 あなたの心を ③】

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「チッ、今日は全然ダメだな!兎一匹いやしねぇ」

村長の息子ダニエルは、獲物の取れないイラ立ちを吐き捨てながら、乱暴にナタを振るい草木を薙ぎ払う。
上背があり俺より20㎝は背が高い。常に誰かを威嚇するようなギラリとした目つきは、性格をよく表しているように思える。丸刈りでいかつい体付きも相まって、村でのダニエルの評判は、分かりやすく言うと怖がられている。

そして俺から聞いたわけではなく、ダニエルが勝手に話し出して得た情報だと、クインズベリー城で兵士をしていた事があるそうだ。首都から離れた小さな田舎村だと、城で兵士をしていたというだけで自慢になるらしい。それを武勇伝としてよく仲間内に語っていた。

ダニエルを先頭にして、とりまきの男4人が後ろに続き、最後尾に俺という6人で山道を歩き進んでいた。

5月中旬だったが曇り空が太陽を隠し、薄暗く肌寒い日だった。


「バリオスさんよぉ、あんた魔法使いなんだろ?得意の魔法でなんとかならねぇのかい?」

歩きながら探す事に飽いたのか、ダニエルは立ち止まって振り返ると、ニヤニヤと笑いながら俺に声をかけてきた。どうせなにもできないのだろうと思っているようだ。
取り巻き連中も同じように、口の端を持ち上げながら、小馬鹿にしたような顔で俺を見ている。

こいつらは全員が体力型だった。
山に入るというのだから、もしものために白魔法使い、遠くの獲物を捕るために黒魔法使い、そして獲物を探すための青魔法使いを用意するのが普通だと思うが、そういう頭は無いらしい。

いや、俺はレイラに、自分が黒魔法使いだと伝えていた。
秘密にしろとは言っていないし、秘密にする事でもない。おそらくダニエル達は俺が黒魔法使いだと聞いているからこそ、あえてこうやって無茶な要求をしているのかもしれない。

探索魔法のサーチが使える青魔法使いでなければ、獲物なんて探せるはずがないのだ。
黒魔法使いがサーチを使えなくても恥でもなんでもないが、こいつらは俺をけなす事が目的なのだろうから、理由はなんでもいいんだ。

大方俺が、サーチを使えないから獲物は探せないと告げれば、それをネタに役に立たないだのなんだのと言うつもりなのだろう。
そして俺が怒ってこいつらともめれば、それを理由に村から追い出す事もできる。

なるほど、それなりに悪知恵は働くじゃないか。

確かに俺は黒魔法使いだ。だが今は青魔法使いでもあり、白魔法使いでもある。
別にいつ出て行ってもいいのだが、お前らの思い通りに出て行くのはいささか気に入らないな。

「・・・このまま真っすぐ進むと分かれ道がある。そこを右に行けば獲物がいる。おそらく猪だろう」

探索魔法のサーチは調べ方が複数ある。
例えば花を調べる場合、花で調べれば全ての花を対象にサーチをかける。
だがヒマワリと調べれば、ヒマワリだけを見つけるのだ。

俺は今回、動物でサーチをかけた。
すると大きな反応がいくつ見つかったので、一番近い場所の獲物をダニエルに教えた。
なぜ猪だと思ったかは、この村で捕れる獲物は猪が一番多かったからだ。


「あ?なんでそんな事が分かるんだよ?あんた黒魔法使いじゃなかったのか?」

平然と答えた俺が癪に障ったのだろう。
ダニエルは眉間にシワを寄せながら俺に近づいてくると、露骨なまでに低い声を出して凄んでくる。

「おかしな事を言うな。俺が調べられると思ったから、なんとかならないか聞いたんだろ?できるわけがないと思っていたのなら、なぜ俺に聞いた?」


俺のこの返答に、それまでニヤニヤと笑いながら、高見の見物を決めていた取り巻き達も顔色を変えた。
ダニエルの表情は見る間に冷え切り、完全に一線を越えたと分かる。
取り巻き連中は、反対に焦りだした。どうやらこれから起こる事を、例えば俺が殺される姿でも想像したのだろう。
まぁ、殺されるのは大げさだとしても、それに近い状態までは痛めつけられるのだろう。
取り巻き連中の焦り方を見ると、これが初めてでもないのだろうと分かる。


「・・・てめぇ、あんま調子こいてんじゃねぇぞ」

ダニエルは左手で俺の胸倉を掴むと、右拳を振りかぶった。


さて、どうしてやろうか・・・

俺の中に薄ら黒い感情が湧き上がってくる。

本当の戦いを知らず、小さな村で暴力を傘にイキがっているだけのクズが、本気で俺をどうにかできるとでも思ってるのか?


思い上がるな


漏れ出たのは僅かな殺気だった、

だが、俺にとっては僅かな殺気でも、この兵士くずれの小悪党にとっては、背筋が凍り付き呼吸さえできなくなる程の強烈なプレッシャーだった。


「ッ・・・!」

まるで心臓を鷲掴みにでもされたかと錯覚するほどの衝撃に、ダニエルは息を飲んだ。


な、なんだ!?
これは・・・この恐ろしいまでの殺気を、目の前の優男が発しているというのか!?


恵まれた体格、そして村長の息子という立場もあり、村でダニエルに逆らえる者は誰もいなかった。
今回も適当な言いがかりをつけてバリオスを痛めつけ、村から追い出すつもりだった。
自分の考えた計画が狂うなどこれまで一度もなかった。だから今回も計画通りに行くはずだった。

いや、計画通りにいかなければならないのだ!


ダニエルの不幸は、自分より強い者と戦った事がないという事だ。
クインズベリー城の兵士を辞めた理由も、上下関係に我慢ができなかったからという、堪え性の無さである。

嫌な事からは逃げ出して、自分が一番になれる世界で生きて来た。
それゆえに、危機察知能力が欠如していた。

多少なりとも修羅場を経験していれば、バリオスの殺気を浴びた瞬間、どうやっても勝てない事を悟り、なんとか生き残れるように取り繕ったはずである。
だが挫折を知らず、お山の大将として生きてきたため、バリオスの力を肌で感じても、ただのコケ脅しと自分に都合よく言い聞かせ、再び食ってかかったのである。


「ふ、ふざけんじゃねぇぞぉぉぉー--!」
「待って!」

振りかぶった右拳を、バリオスの顔面に向かって振り下ろしたその時、悲鳴にも似た叫び声が割って入った。

声の方に二人が振り返ると、息を切らせながら山道を駆け上がって来たのはレイラだった。
肌寒い日なのに白いシャツが汗で濡れている事から、どれだけ急いで来たのかが見て取れる。

「あ?レイラじゃねぇか、なんでお前がここにいるんだよ?」

「はぁ・・・はぁ・・・ダニエルさん、手を離してください」

胸に手を当て呼吸を整えながら、レイラは俺の胸ぐらを掴むダニエルの手に目を移した。

「獲物を狩りに来たのでしょう?喧嘩をする必要なんてないはずです」

レイラが冷たい視線をダニエルに向けると、ダニエルは舌を打ち、突き飛ばすようにして俺を離した。


「チッ・・・しらけちまったぜ。おい、お前ら行くぞ」

唾を吐き、ダニエルが山道を戻り始めると、4人の取り巻きは慌ててダニエルの後を追って行った。

レイラは一人残されたバリオスに近づいた。
そっと首元に手を伸ばすと、ダニエルに掴まれて寄れたシャツの襟を、つまんで整える。

「・・・大丈夫でしたか?」

「・・・・・ああ、心配ない」

レイラが止めに入らなければ、バリオスはダニエルの右腕を破壊していた。
魔法使いだが、ジョルジュとリンダに鍛えられたバリオスは、帝国の師団長とも渡り合える程の体術を会得していた。並々ならぬ努力を必要としたが、そこまでの領域に達したバリオスにとって、ダニエルの拳など止まって見えていた。

だが、それをここで言う必要はない。
自分を心配して駆けつけてくれたレイラの気持ちを、軽んじるような言葉を口にする程、腐ってはいないつもりだった。

「・・・お怪我は無いようですね。安心しました」

「俺を心配して走って来たのか?」

「・・・余計なお世話だったかもしれませんが、あの人達は普段から素行があまり良くないので・・・なんだか気になって追いかけてしまいました」

「・・・いや、おかげで助かった」

怪我がない事を確認して、レイラが安堵の息をつくと、バリオスはポケットからハンカチを取り出した。

「あ・・・・・」

「汗がすごいぞ」

額に張り付いた栗色の髪をつまみ、ポンポンと当てながらレイラの汗を拭く。

「す、すみません・・・」

「レイラが今朝持たせたハンカチだろ?」

「そうですが・・・男性に汗を拭いていただくなんて、なんだか恥ずかしいですね」

「・・・・・他に気になるところは自分で拭きなよ」

少し頬を赤く染めるレイラの手を取り、俺はハンカチを握らせた。

「はい。ありがとうございます」

「・・・あっちに猪がいるんだが、狩って帰るか?」

本当はこのまま帰ろうかと思ったが、こうして山まで来たのだし、手ぶらで帰るよりは獲物の一匹でも捕った方がいいだろう。
そう思いレイラに提案してみると、意外そうに目を丸くして、黒い瞳で俺をじっと見つめてきた。

「あの・・・狩ると言っても、お一人で大丈夫ですか?恥ずかしながら私も含めて、村には初級魔法程度しか使える者がおりません。私は黒魔法使いですが、火球や刺氷弾が精いっぱいです。威力も低いので、あまりお役には立てないと思います」

申し訳無さそうに俯くレイラだったが、俺は首を横に振って、心配するなと告げた。

「俺は新しい属性の魔法を作ろうとしているくらいには、魔法に精通しているんだ。心配しないで付いて来い」

「・・・分かりました」

物怖じせずに堂々として見せたからか、レイラは少し考えた後に頷いた。



ウインドカッターで猪の首を飛ばし、血抜きをしてから風魔法で浮かせて村まで運んでみせると、レイラの俺を見る目が少し変わったようだった。

「バリオスさんは、強いんですね」

「猪を狩れるくらいはな」

俺の受け入れに反対していた村人達も、一人で猪を狩って来れる人材は欲しかったようだ。
みんなで分けてくれと言って、肉をそのまま村に納めると、俺に対する態度が一変した。

これからも獲物を狩って来てくれないか?
鳥や魚も同じように捕れるだろうか?
他には何ができるんだ?

欲望を隠すことなく押し出してくる村人達に囲まれ、俺は心の中で深いため息をついた。


・・・面倒だな


多少手伝うくらいはいい。
住んでいる以上手伝えと言う、ダニエルの言い分も理解はできる。
だが、これでは毎日連れだされるのではないか?
魔法の研究に支障が出るようなら、さっさとこの村から出て行くか。


そう思った時、少し離れた樹の下に立って、こちらを見つめるレイラが目に入った。

微笑んでいるが、その瞳には諦めにも似た悲しみの色が宿っている。
まるで俺が何を考えているのか、分かっているようだ。


・・・おいおい、なんでそんな目で見るんだよ?
・・・分かったよ・・・・・新しい屋根を探すのも面倒だしな。


一つ息を吐いて、俺は村人達に毎日は手伝えないが、なるべく時間を作るようにすると話した。
少し不満そうにされたが、とりあえずは納得してくれたようだ。

やっと解放された俺は、木陰の下に立っているレイラのところへ歩いた。


「・・・あれでいいか?」

「・・・あなたがしたいようにしていいんですよ」

決定権は俺にある。
レイラはそう話しているが、俺がここに残ると決めて、どこか表情が和らいでいるように見える。

俺でも話し相手くらいには、なれているという事か。
そうだな・・・似た者同士、もう少し一緒にいるとするか。


「・・・じゃあ、もうしばらく住まわせてもらうよ」

「・・・はい」


そう一言返事をして、レイラは目を細めて微笑んだ。
それは半年一緒に生活して初めて見る、悲しみの無い本当の笑顔だった。


・・・なんだ、そんな風に笑えるんだな?
・・・バリオスさんも、いつもより優しい顔をしてますよ?


そう言われて自分の頬に手を当てる。
自分では気づかなかったが、どうやら俺も少しだけ笑みを浮かべていたようだ。


・・・帰りましょう
・・・そうだな

自然と並んで歩いていた。
レイラの家に着くまで一言も話す事はなかったが、沈黙が苦に感じない穏やかな空気が流れていた。


そしてそんな俺達を、建物の影に隠れてたダニエルが、じっと睨みつけていた。
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