上 下
731 / 1,263

【730 あなたの心を ③】

しおりを挟む
「チッ、今日は全然ダメだな!兎一匹いやしねぇ」

村長の息子ダニエルは、獲物の取れないイラ立ちを吐き捨てながら、乱暴にナタを振るい草木を薙ぎ払う。
上背があり俺より20㎝は背が高い。常に誰かを威嚇するようなギラリとした目つきは、性格をよく表しているように思える。丸刈りでいかつい体付きも相まって、村でのダニエルの評判は、分かりやすく言うと怖がられている。

そして俺から聞いたわけではなく、ダニエルが勝手に話し出して得た情報だと、クインズベリー城で兵士をしていた事があるそうだ。首都から離れた小さな田舎村だと、城で兵士をしていたというだけで自慢になるらしい。それを武勇伝としてよく仲間内に語っていた。

ダニエルを先頭にして、とりまきの男4人が後ろに続き、最後尾に俺という6人で山道を歩き進んでいた。

5月中旬だったが曇り空が太陽を隠し、薄暗く肌寒い日だった。


「バリオスさんよぉ、あんた魔法使いなんだろ?得意の魔法でなんとかならねぇのかい?」

歩きながら探す事に飽いたのか、ダニエルは立ち止まって振り返ると、ニヤニヤと笑いながら俺に声をかけてきた。どうせなにもできないのだろうと思っているようだ。
取り巻き連中も同じように、口の端を持ち上げながら、小馬鹿にしたような顔で俺を見ている。

こいつらは全員が体力型だった。
山に入るというのだから、もしものために白魔法使い、遠くの獲物を捕るために黒魔法使い、そして獲物を探すための青魔法使いを用意するのが普通だと思うが、そういう頭は無いらしい。

いや、俺はレイラに、自分が黒魔法使いだと伝えていた。
秘密にしろとは言っていないし、秘密にする事でもない。おそらくダニエル達は俺が黒魔法使いだと聞いているからこそ、あえてこうやって無茶な要求をしているのかもしれない。

探索魔法のサーチが使える青魔法使いでなければ、獲物なんて探せるはずがないのだ。
黒魔法使いがサーチを使えなくても恥でもなんでもないが、こいつらは俺をけなす事が目的なのだろうから、理由はなんでもいいんだ。

大方俺が、サーチを使えないから獲物は探せないと告げれば、それをネタに役に立たないだのなんだのと言うつもりなのだろう。
そして俺が怒ってこいつらともめれば、それを理由に村から追い出す事もできる。

なるほど、それなりに悪知恵は働くじゃないか。

確かに俺は黒魔法使いだ。だが今は青魔法使いでもあり、白魔法使いでもある。
別にいつ出て行ってもいいのだが、お前らの思い通りに出て行くのはいささか気に入らないな。

「・・・このまま真っすぐ進むと分かれ道がある。そこを右に行けば獲物がいる。おそらく猪だろう」

探索魔法のサーチは調べ方が複数ある。
例えば花を調べる場合、花で調べれば全ての花を対象にサーチをかける。
だがヒマワリと調べれば、ヒマワリだけを見つけるのだ。

俺は今回、動物でサーチをかけた。
すると大きな反応がいくつ見つかったので、一番近い場所の獲物をダニエルに教えた。
なぜ猪だと思ったかは、この村で捕れる獲物は猪が一番多かったからだ。


「あ?なんでそんな事が分かるんだよ?あんた黒魔法使いじゃなかったのか?」

平然と答えた俺が癪に障ったのだろう。
ダニエルは眉間にシワを寄せながら俺に近づいてくると、露骨なまでに低い声を出して凄んでくる。

「おかしな事を言うな。俺が調べられると思ったから、なんとかならないか聞いたんだろ?できるわけがないと思っていたのなら、なぜ俺に聞いた?」


俺のこの返答に、それまでニヤニヤと笑いながら、高見の見物を決めていた取り巻き達も顔色を変えた。
ダニエルの表情は見る間に冷え切り、完全に一線を越えたと分かる。
取り巻き連中は、反対に焦りだした。どうやらこれから起こる事を、例えば俺が殺される姿でも想像したのだろう。
まぁ、殺されるのは大げさだとしても、それに近い状態までは痛めつけられるのだろう。
取り巻き連中の焦り方を見ると、これが初めてでもないのだろうと分かる。


「・・・てめぇ、あんま調子こいてんじゃねぇぞ」

ダニエルは左手で俺の胸倉を掴むと、右拳を振りかぶった。


さて、どうしてやろうか・・・

俺の中に薄ら黒い感情が湧き上がってくる。

本当の戦いを知らず、小さな村で暴力を傘にイキがっているだけのクズが、本気で俺をどうにかできるとでも思ってるのか?


思い上がるな


漏れ出たのは僅かな殺気だった、

だが、俺にとっては僅かな殺気でも、この兵士くずれの小悪党にとっては、背筋が凍り付き呼吸さえできなくなる程の強烈なプレッシャーだった。


「ッ・・・!」

まるで心臓を鷲掴みにでもされたかと錯覚するほどの衝撃に、ダニエルは息を飲んだ。


な、なんだ!?
これは・・・この恐ろしいまでの殺気を、目の前の優男が発しているというのか!?


恵まれた体格、そして村長の息子という立場もあり、村でダニエルに逆らえる者は誰もいなかった。
今回も適当な言いがかりをつけてバリオスを痛めつけ、村から追い出すつもりだった。
自分の考えた計画が狂うなどこれまで一度もなかった。だから今回も計画通りに行くはずだった。

いや、計画通りにいかなければならないのだ!


ダニエルの不幸は、自分より強い者と戦った事がないという事だ。
クインズベリー城の兵士を辞めた理由も、上下関係に我慢ができなかったからという、堪え性の無さである。

嫌な事からは逃げ出して、自分が一番になれる世界で生きて来た。
それゆえに、危機察知能力が欠如していた。

多少なりとも修羅場を経験していれば、バリオスの殺気を浴びた瞬間、どうやっても勝てない事を悟り、なんとか生き残れるように取り繕ったはずである。
だが挫折を知らず、お山の大将として生きてきたため、バリオスの力を肌で感じても、ただのコケ脅しと自分に都合よく言い聞かせ、再び食ってかかったのである。


「ふ、ふざけんじゃねぇぞぉぉぉー--!」
「待って!」

振りかぶった右拳を、バリオスの顔面に向かって振り下ろしたその時、悲鳴にも似た叫び声が割って入った。

声の方に二人が振り返ると、息を切らせながら山道を駆け上がって来たのはレイラだった。
肌寒い日なのに白いシャツが汗で濡れている事から、どれだけ急いで来たのかが見て取れる。

「あ?レイラじゃねぇか、なんでお前がここにいるんだよ?」

「はぁ・・・はぁ・・・ダニエルさん、手を離してください」

胸に手を当て呼吸を整えながら、レイラは俺の胸ぐらを掴むダニエルの手に目を移した。

「獲物を狩りに来たのでしょう?喧嘩をする必要なんてないはずです」

レイラが冷たい視線をダニエルに向けると、ダニエルは舌を打ち、突き飛ばすようにして俺を離した。


「チッ・・・しらけちまったぜ。おい、お前ら行くぞ」

唾を吐き、ダニエルが山道を戻り始めると、4人の取り巻きは慌ててダニエルの後を追って行った。

レイラは一人残されたバリオスに近づいた。
そっと首元に手を伸ばすと、ダニエルに掴まれて寄れたシャツの襟を、つまんで整える。

「・・・大丈夫でしたか?」

「・・・・・ああ、心配ない」

レイラが止めに入らなければ、バリオスはダニエルの右腕を破壊していた。
魔法使いだが、ジョルジュとリンダに鍛えられたバリオスは、帝国の師団長とも渡り合える程の体術を会得していた。並々ならぬ努力を必要としたが、そこまでの領域に達したバリオスにとって、ダニエルの拳など止まって見えていた。

だが、それをここで言う必要はない。
自分を心配して駆けつけてくれたレイラの気持ちを、軽んじるような言葉を口にする程、腐ってはいないつもりだった。

「・・・お怪我は無いようですね。安心しました」

「俺を心配して走って来たのか?」

「・・・余計なお世話だったかもしれませんが、あの人達は普段から素行があまり良くないので・・・なんだか気になって追いかけてしまいました」

「・・・いや、おかげで助かった」

怪我がない事を確認して、レイラが安堵の息をつくと、バリオスはポケットからハンカチを取り出した。

「あ・・・・・」

「汗がすごいぞ」

額に張り付いた栗色の髪をつまみ、ポンポンと当てながらレイラの汗を拭く。

「す、すみません・・・」

「レイラが今朝持たせたハンカチだろ?」

「そうですが・・・男性に汗を拭いていただくなんて、なんだか恥ずかしいですね」

「・・・・・他に気になるところは自分で拭きなよ」

少し頬を赤く染めるレイラの手を取り、俺はハンカチを握らせた。

「はい。ありがとうございます」

「・・・あっちに猪がいるんだが、狩って帰るか?」

本当はこのまま帰ろうかと思ったが、こうして山まで来たのだし、手ぶらで帰るよりは獲物の一匹でも捕った方がいいだろう。
そう思いレイラに提案してみると、意外そうに目を丸くして、黒い瞳で俺をじっと見つめてきた。

「あの・・・狩ると言っても、お一人で大丈夫ですか?恥ずかしながら私も含めて、村には初級魔法程度しか使える者がおりません。私は黒魔法使いですが、火球や刺氷弾が精いっぱいです。威力も低いので、あまりお役には立てないと思います」

申し訳無さそうに俯くレイラだったが、俺は首を横に振って、心配するなと告げた。

「俺は新しい属性の魔法を作ろうとしているくらいには、魔法に精通しているんだ。心配しないで付いて来い」

「・・・分かりました」

物怖じせずに堂々として見せたからか、レイラは少し考えた後に頷いた。



ウインドカッターで猪の首を飛ばし、血抜きをしてから風魔法で浮かせて村まで運んでみせると、レイラの俺を見る目が少し変わったようだった。

「バリオスさんは、強いんですね」

「猪を狩れるくらいはな」

俺の受け入れに反対していた村人達も、一人で猪を狩って来れる人材は欲しかったようだ。
みんなで分けてくれと言って、肉をそのまま村に納めると、俺に対する態度が一変した。

これからも獲物を狩って来てくれないか?
鳥や魚も同じように捕れるだろうか?
他には何ができるんだ?

欲望を隠すことなく押し出してくる村人達に囲まれ、俺は心の中で深いため息をついた。


・・・面倒だな


多少手伝うくらいはいい。
住んでいる以上手伝えと言う、ダニエルの言い分も理解はできる。
だが、これでは毎日連れだされるのではないか?
魔法の研究に支障が出るようなら、さっさとこの村から出て行くか。


そう思った時、少し離れた樹の下に立って、こちらを見つめるレイラが目に入った。

微笑んでいるが、その瞳には諦めにも似た悲しみの色が宿っている。
まるで俺が何を考えているのか、分かっているようだ。


・・・おいおい、なんでそんな目で見るんだよ?
・・・分かったよ・・・・・新しい屋根を探すのも面倒だしな。


一つ息を吐いて、俺は村人達に毎日は手伝えないが、なるべく時間を作るようにすると話した。
少し不満そうにされたが、とりあえずは納得してくれたようだ。

やっと解放された俺は、木陰の下に立っているレイラのところへ歩いた。


「・・・あれでいいか?」

「・・・あなたがしたいようにしていいんですよ」

決定権は俺にある。
レイラはそう話しているが、俺がここに残ると決めて、どこか表情が和らいでいるように見える。

俺でも話し相手くらいには、なれているという事か。
そうだな・・・似た者同士、もう少し一緒にいるとするか。


「・・・じゃあ、もうしばらく住まわせてもらうよ」

「・・・はい」


そう一言返事をして、レイラは目を細めて微笑んだ。
それは半年一緒に生活して初めて見る、悲しみの無い本当の笑顔だった。


・・・なんだ、そんな風に笑えるんだな?
・・・バリオスさんも、いつもより優しい顔をしてますよ?


そう言われて自分の頬に手を当てる。
自分では気づかなかったが、どうやら俺も少しだけ笑みを浮かべていたようだ。


・・・帰りましょう
・・・そうだな

自然と並んで歩いていた。
レイラの家に着くまで一言も話す事はなかったが、沈黙が苦に感じない穏やかな空気が流れていた。


そしてそんな俺達を、建物の影に隠れてたダニエルが、じっと睨みつけていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...