723 / 1,298
722 巡る季節
しおりを挟む
この国は日本と違って初売りという習慣はないようだ。
1月5日から年明けの営業が始まったが、仕事内容はいつもと変わらない。
一週間近く店を閉めていたから、1月5日はかなりの客入りだった。
しかしレイジェスは福袋も作らないし、年明けだからといって何かイベントをやるわけでもない。
必要な人に必要な物を売る。買い取りはできるだけキャンセルを無くす。他に必要としている人がいるかもしれないから。これが店長の営業方針である。
派手な事や変わった事はやらないが、いつも誠実で堅実な営業をしているため、レイジェスの信用は高く固定客が多い。
そして買い取りが驚くくらい多かった、来る客の半分は買い取りだったと思う。
ジャレットさん曰く、どこも大掃除で出てきた不要品を持ってきているとの事だった。
一日の売り上げよりも、買い取りによる支出が多い日もあり、各部門のコーナーに買い取った商品が山のように積まれたりもしたからよっぽどだ。
「福袋ねぇ、アラやんのいたニホンってのは面白い事考えるな。否定はしねぇ、良いアイディアだと思うぜ。けどレイジェスには合わないやり方だな。それってつまり不要品の詰め合わせだろ?その場のノリで買ってもよ、家に帰って冷静になったら、やっぱりいらねってなったりするんじゃねぇのか?そんでまたうちに買い取りで持ち込まれたら馬鹿らしいだろ?お客も内心不満には思うはずだぜ」
地域に根を張って営業しているレイジェスは、常に一人一人のお客の事を考えて商売をしている。
だからこそ、売れれば良いという販売のしかたはできない。
文化の違いもあるだろうが、レイジェスはこのやり方で信頼を築いてきた。
俺は日本でのやり方の違い、価値観の違いをあらためて実感した。
1月10日、俺とカチュアはモロニー・スタイルを訪れた。
カチュアのウェディングドレスの採寸のためだ。
店主のジャック・モロニーさんには、俺もスーツを作ってもらった事がある。
カチュアも普段からここで服を買っているから、すっかり顔馴染みだ。
ジャックさんは、海の糸を見て驚いていた。
海の糸自体が希少な素材だが、質がとても良かったらしい。
この繊維を使える事は、専門家として腕が鳴るようだ。
「最高のドレスをご用意させていただきますね」
ジャックさんは満面の笑顔で、カチュアにそう話した。
すでに出来上がった反物と違い、今回は糸から生地を織っていくため、少し時間を欲しいと言われた。
最高のドレスにするため、ジャックさんが一から全て仕上げるというのだ。
カチュアもとても喜んでいた。
最初に海の糸を見せた時は、これがドレスになるんだと驚いていたし、それに俺がドレスの事を考えていた事が嬉しかったとも言っていた。
今回は専門家のジャックさんが、仕上がりのイメージイラストを描いて見せた事で、具体的に想像できたのが大きかったようだ。
カチュアは、これを私が着るんだ。と言っていつまでもイラストを離さないでいた。
本当にカチュアは喜んでいた。とびきりの笑顔を見せてくれるカチュアに、俺も胸が温かくなった。
2月になると、ジャレットさんとシルヴィアさんがロンズデールに旅行に行った。
交際を始めた頃から計画はしていたようだ。ロンズデールに行った俺とレイチェルの話しも聞いて、アラルコン商会系列の宿に泊まり、温泉を堪能してきたようだ。
すぐに結婚は考えず、自分達のペースでのんびり付き合っていくという二人は、自分達の人生を楽しんでいるように見える。
まだまだ雪が残っているため、アラルコン商会のクインズベリー進出は時間がかかっているが、すでに立地は決まっていて、現地で職人も雇い着工は始まった。夏前には開店できる見込みだ。
月日は流れる。
3月になり、正式にクインズベリーとロンズデールの同盟が結ばれた。
それと同時にロンズデール第一王女ファビアナと、クインズベリー国ビリージョーの婚約が発表された。
ビリージョーは新興貴族であり子爵位と、王女の婚約者としてはどうしても見劣りしてしまうが、ファビアナが王位継承権を放棄し、今後のロンズデールの政治に一切の口出しをしない事を条件に認められた。これは国王であり父リゴベルトの命令であったが、ファビアナにとっては父の優しさを感じる処遇だった。
国王リゴベルトは、ファビアナを正式に子として国民に紹介したが、それはファビアナにとって望んでいない結果を生んだ。
元々妾の子として、平民と変わらぬ生活を送って来たファビアナにとって、突然王女としての振る舞いを求められても、それは苦痛なだけであった。
そして毎日申し込まれる縁談にも頭を悩ませていた。
上級貴族からの手紙に、どう返事を書けばいいのかと、連日机の前で頭を抱えるファビアナを見て、リゴベルトはファビアナを紹介した事は早計だったかと、胸を痛めていた。
そんなある日、クリンズベリー国女王、アンリエールから写しの鏡で連絡が入ったのだ。
内容は同盟の承諾と、王女ファビアナとビリージョーの婚約の提案だった。
ビリージョーの事はファビアナから聞いてはいた。
しかし身分の差があり過ぎるため承諾できないでいたが、聞けばこの婚約のために子爵位を与え、女王が後ろ盾になると言うのだ。
今後の活躍にもよるが、将来的には伯爵も見込めるだろう。なによりファビアナ本人が望んでいるのだ。
表向きは他国へ嫁ぐためという名目で王位継承権を剥奪したが、本心はファビアナへの干渉を避けるためである。
それがファビアナにも分かっているため、親子の絆に溝ができる事はなかった。
結婚はまだ先の話しではある。ビリージョーとファビアナもあの日以来再会はしていない。
だが、定期的に届く手紙には、お互いがお互いを思いやる温かい文で満たされていた。
そして4月、雪も溶けて温かい陽差しが体に心地よい春の日。
アラタとカチュアは結婚式を迎えた。
1月5日から年明けの営業が始まったが、仕事内容はいつもと変わらない。
一週間近く店を閉めていたから、1月5日はかなりの客入りだった。
しかしレイジェスは福袋も作らないし、年明けだからといって何かイベントをやるわけでもない。
必要な人に必要な物を売る。買い取りはできるだけキャンセルを無くす。他に必要としている人がいるかもしれないから。これが店長の営業方針である。
派手な事や変わった事はやらないが、いつも誠実で堅実な営業をしているため、レイジェスの信用は高く固定客が多い。
そして買い取りが驚くくらい多かった、来る客の半分は買い取りだったと思う。
ジャレットさん曰く、どこも大掃除で出てきた不要品を持ってきているとの事だった。
一日の売り上げよりも、買い取りによる支出が多い日もあり、各部門のコーナーに買い取った商品が山のように積まれたりもしたからよっぽどだ。
「福袋ねぇ、アラやんのいたニホンってのは面白い事考えるな。否定はしねぇ、良いアイディアだと思うぜ。けどレイジェスには合わないやり方だな。それってつまり不要品の詰め合わせだろ?その場のノリで買ってもよ、家に帰って冷静になったら、やっぱりいらねってなったりするんじゃねぇのか?そんでまたうちに買い取りで持ち込まれたら馬鹿らしいだろ?お客も内心不満には思うはずだぜ」
地域に根を張って営業しているレイジェスは、常に一人一人のお客の事を考えて商売をしている。
だからこそ、売れれば良いという販売のしかたはできない。
文化の違いもあるだろうが、レイジェスはこのやり方で信頼を築いてきた。
俺は日本でのやり方の違い、価値観の違いをあらためて実感した。
1月10日、俺とカチュアはモロニー・スタイルを訪れた。
カチュアのウェディングドレスの採寸のためだ。
店主のジャック・モロニーさんには、俺もスーツを作ってもらった事がある。
カチュアも普段からここで服を買っているから、すっかり顔馴染みだ。
ジャックさんは、海の糸を見て驚いていた。
海の糸自体が希少な素材だが、質がとても良かったらしい。
この繊維を使える事は、専門家として腕が鳴るようだ。
「最高のドレスをご用意させていただきますね」
ジャックさんは満面の笑顔で、カチュアにそう話した。
すでに出来上がった反物と違い、今回は糸から生地を織っていくため、少し時間を欲しいと言われた。
最高のドレスにするため、ジャックさんが一から全て仕上げるというのだ。
カチュアもとても喜んでいた。
最初に海の糸を見せた時は、これがドレスになるんだと驚いていたし、それに俺がドレスの事を考えていた事が嬉しかったとも言っていた。
今回は専門家のジャックさんが、仕上がりのイメージイラストを描いて見せた事で、具体的に想像できたのが大きかったようだ。
カチュアは、これを私が着るんだ。と言っていつまでもイラストを離さないでいた。
本当にカチュアは喜んでいた。とびきりの笑顔を見せてくれるカチュアに、俺も胸が温かくなった。
2月になると、ジャレットさんとシルヴィアさんがロンズデールに旅行に行った。
交際を始めた頃から計画はしていたようだ。ロンズデールに行った俺とレイチェルの話しも聞いて、アラルコン商会系列の宿に泊まり、温泉を堪能してきたようだ。
すぐに結婚は考えず、自分達のペースでのんびり付き合っていくという二人は、自分達の人生を楽しんでいるように見える。
まだまだ雪が残っているため、アラルコン商会のクインズベリー進出は時間がかかっているが、すでに立地は決まっていて、現地で職人も雇い着工は始まった。夏前には開店できる見込みだ。
月日は流れる。
3月になり、正式にクインズベリーとロンズデールの同盟が結ばれた。
それと同時にロンズデール第一王女ファビアナと、クインズベリー国ビリージョーの婚約が発表された。
ビリージョーは新興貴族であり子爵位と、王女の婚約者としてはどうしても見劣りしてしまうが、ファビアナが王位継承権を放棄し、今後のロンズデールの政治に一切の口出しをしない事を条件に認められた。これは国王であり父リゴベルトの命令であったが、ファビアナにとっては父の優しさを感じる処遇だった。
国王リゴベルトは、ファビアナを正式に子として国民に紹介したが、それはファビアナにとって望んでいない結果を生んだ。
元々妾の子として、平民と変わらぬ生活を送って来たファビアナにとって、突然王女としての振る舞いを求められても、それは苦痛なだけであった。
そして毎日申し込まれる縁談にも頭を悩ませていた。
上級貴族からの手紙に、どう返事を書けばいいのかと、連日机の前で頭を抱えるファビアナを見て、リゴベルトはファビアナを紹介した事は早計だったかと、胸を痛めていた。
そんなある日、クリンズベリー国女王、アンリエールから写しの鏡で連絡が入ったのだ。
内容は同盟の承諾と、王女ファビアナとビリージョーの婚約の提案だった。
ビリージョーの事はファビアナから聞いてはいた。
しかし身分の差があり過ぎるため承諾できないでいたが、聞けばこの婚約のために子爵位を与え、女王が後ろ盾になると言うのだ。
今後の活躍にもよるが、将来的には伯爵も見込めるだろう。なによりファビアナ本人が望んでいるのだ。
表向きは他国へ嫁ぐためという名目で王位継承権を剥奪したが、本心はファビアナへの干渉を避けるためである。
それがファビアナにも分かっているため、親子の絆に溝ができる事はなかった。
結婚はまだ先の話しではある。ビリージョーとファビアナもあの日以来再会はしていない。
だが、定期的に届く手紙には、お互いがお互いを思いやる温かい文で満たされていた。
そして4月、雪も溶けて温かい陽差しが体に心地よい春の日。
アラタとカチュアは結婚式を迎えた。
0
お気に入りに追加
152
あなたにおすすめの小説
異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。
ファンタスティック小説家
ファンタジー
科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。
実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。
無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。
辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。
幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~
月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。
「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。
そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。
『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。
その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。
スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。
※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。)
※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。
【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜
ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。
社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。
せめて「男」になって死にたかった……
そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった!
もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) ~今日から地獄生物の飼育員ってマジっすか!?~
白那 又太
ファンタジー
とあるアパートの一室に住む安楽 喜一郎は仕事に忙殺されるあまり、癒しを求めてペットを購入した。ところがそのペットの様子がどうもおかしい。
日々成長していくペットに少し違和感を感じながらも(比較的)平和な毎日を過ごしていた喜一郎。
ところがある日その平和は地獄からの使者、魔王デボラ様によって粉々に打ち砕かれるのであった。
目指すは地獄の楽園ってなんじゃそりゃ!
大したスキルも無い! チートも無い! あるのは理不尽と不条理だけ!
箱庭から始まる俺の地獄(ヘル)どうぞお楽しみください。
【本作は小説家になろう様、カクヨム様でも同時更新中です】
異世界で『魔法使い』になった私は一人自由気ままに生きていきたい
哀村圭一
ファンタジー
人や社会のしがらみが嫌になって命を絶ったOL、天音美亜(25歳)。薄れゆく意識の中で、謎の声の問いかけに答える。
「魔法使いになりたい」と。
そして目を覚ますと、そこは異世界。美亜は、13歳くらいの少女になっていた。
魔法があれば、なんでもできる! だから、今度の人生は誰にもかかわらず一人で生きていく!!
異世界で一人自由気ままに生きていくことを決意する美亜。だけど、そんな美亜をこの世界はなかなか一人にしてくれない。そして、美亜の魔法はこの世界にあるまじき、とんでもなく無茶苦茶なものであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる