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720 夜更け

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「よぉ、眠れないのか?」

パーティーが終わり誰もがが寝静まった夜更けに、アラタが寝室のある二階から下りると、一階のカウンター席にジェロムが一人で座っていた。
薄茶色の液体が入ったグラスを片手にしているところを見ると、どうやら一人で酒を飲んでいたようだ。

足音で誰かが降りて来ると気づいていたのだろう。アラタが姿を見せると、軽い調子で声をかけてきた。


「ん、まぁな・・・なんだか寝付けなくて。あ、勝手に下りて来たけどまずかったか?」

宿泊しているとはいえ、厨房やジェロム達の自室にも繋がる一階に、勝手に下りてきた事は問題だったかと思いアラタが謝ると、ジェロムはフッと笑い軽く首を横に振った。

「そんな事は気にするな。勝手に下りられる造りになってるんだ。防犯の面はしっかりしてるんだぜ?鍵もそう簡単には開けられないようになってるし、これでも俺は軍に引き抜きをかけられるくらいの黒魔法使いだ。そこらのヤツには負けねぇよ」

こっちで飲まないか?そう誘われて、アラタはジェロムの隣の席に着いた。

「あんまり酒は強くないんだ。一杯くらいしか付き合えないが」

水割りを作ってアラタの前にグラスを置くと、遠慮がちにアラタが受け取る。

「そう言えばお前、前回も今日もほとんど飲んでなかったよな?えっと、ジャレットさんにミゼルさんだったか?あの二人はすげぇ飲んでたけど」

「あの二人は強いんだ。あ、でもミゼルさんは久しぶりに飲んだって言ってたな。彼女と結婚するために禁酒してるんだよ。今日は特別な日だからって、許可をもらったみたいだけど」

今後一生飲まないというのは不可能だろうし、ストレスも溜まるだろうという事で、ミゼルの彼女のクリスは、特別な日だけは飲酒を許可する事にしたらしい。

「ははは、それは酒飲みには辛い話しだな。しかし、あれからまだ2~3ヶ月だが、お前もずいぶんな事してたんだな?偽国王に、ロンズデールの戦いか・・・お前体は大丈夫なのか?」

「ああ、なんとかな。正直ヒールをかけて休んでも、体の芯に残るようなダメージはあったんだ。けど、これのおかげで今はもう大丈夫なんだ」

アラタが首から下げた樹木の欠片を取り、ジェロムに見せた。

「・・・ちょっと不思議な感じがするな。なんだそれ?」

「新緑の欠片、これは・・・お前には風姫って言った方が伝わるかな?風姫が使ってた武器の欠片だ」

風姫、新庄弥生がカエストゥスで付けられた二つ名だ。
風の精霊の力を使い、美しくも勇ましい戦いかたする事から、カエストゥスの兵士達がそう呼ぶようになった。
弥生との関係を告げても混乱するだろうと思ったアラタは、ジェロムも知っている風姫という、弥生のもう一つの名前を使った。
アラタの口から風姫の名前が出た事に、ジェロムの顔色が変わった。

「風姫だって?なんでここで風姫が出てくんだ?それに風姫の武器の欠片をなんでお前が持ってるんだ?」

「うちの店長からもらったんだ。風姫が使ってた武器の欠片だって。これには風の精霊が宿っていて、ロンズデールでも力を貸してくれたんだ。不思議と体も軽くなって、蓄積してたダメージも消えたんだよ」

最低限の説明だが、嘘はついていない。
弥生の事を説明するには、店長の正体にも触れなければならない。
今現在、店長の正体に気付いているのはアラタとレイチェルの二人である。
だが、店長にその名前を直接問いかける事だけはしていない。それだけは超えてはならない最後の一線として、アラタもレイチェルも認識していた。


「へぇ・・・お前のとこの店長ってすごいよな。バリオスさんの噂は俺も聞いた事があるけど、城にも出入りしてて、王家にも縁があるとかさ。バリオスさん魔法使いだろ?俺も少しは腕に自信があるから分かるけどさ、ただ者じゃねぇよ。魔力の底が見えない。あの人とんでもなく強いだろ?」

「最近毎日手合わせしてるんだけど、体力型の俺が魔法使いの店長に、体術で手も足も出ない。とんでもなく強いよ」

グラスに口をつけて少しだけ喉に流し込むと、意外に飲みやすくて少し驚いた。
酒は苦手だと伝えたからか、ジェロムはずいぶん薄めて作ったようだ。

「へぇ、マルコスに勝ったお前が手も足もねぇ・・・そこまで強い人が味方なら、帝国にも勝てるんじゃないかって思えてくるな」

ジェロムはグイっと一気にグラスの中身を飲み干すと、次の一杯をグラスに注いで話題を変えた。

「ま、重い話しはこれくらいにしようぜ。それより、お前と彼女の事聞かせろよ。結婚は考えてんのか?」

「ああ、四月頃で話してるんだ。雪が溶けて温かくなってからがいいだろうなって。式にはジェロムも来てくれよ」

「招待してくれんなら喜んで行くぜ。しかし、ジーンとケイトもあの様子なら結婚が早そうだし、しばらくは忙しい日が続きそうだな?」

ジェロムの予想通り、ケイトはすぐにでも結婚式を挙げたがっている。
ただアラタとカチュアの事もあり、時期を考えないと、お呼ばれする人達にも負担が大きいと言う事で、少なくとも来年の夏以降で話しているそうだ。

「そうだな。色々考えて見ると、来年は忙しくなると思う。ところで、そういうジェロムはどうなんだ?あの、ミレーユさんって人、すごく良い雰囲気だったじゃないか?」

幼馴染というだけあって、気心が知れて遠慮のない会話は、知らない人が聞けば恋人や夫婦にしか見えないだろう。

「ミレーユか、あいつ俺より一つ下なんだけど、家が近所で親同士が仲良くてさ。俺もあいつも、お互いの家に勝手に入っても何も言われないくらいなんだ。今回俺がミレーユを誘って働いてもらっただろ?あいつの両親から、娘をよろしく頼むよって言われたんだ。これって、そういう事なのかな?」

「あー、それはそういう事だろ?えっと、ジェロムって何歳?」

「俺?先月で27になったけど、それがどうかしたのか?」

なんでここで年齢を聞かれるのか、ジェロムが不思議そうに片眉を上げる。

「それじゃあ一つ下のミレーユさんは26歳か。うん、それで夜は当然帰れないから、ここに泊ってんでしょ?ジェロムのお父さんがいるって言ってもさ」

「そりゃそうだろ。閉店まで働いてもらってんだからさ。夜中に家に帰るなんて、トバリに食われて死ぬだけだぞ」

「いや、つまり俺が言いたいのは、年頃の娘さんに住み込みで働いてもらってるわけじゃん?しかも幼馴染のジェロムの店でさ。両家の関係から考えても、ミレーユさんの親からしたら、このまま結婚を考えて当然じゃないかって話しだよ」

アラタがズバリ言って聞かせると、ジェロムはグラスの中身を飲み込んで、深く息をはいた。

「ふぅ・・・・・そうだよな。いや、実は俺もそうだろうなって思ってはいたんだよ。ただな、いざそれが現実になってくると、ちょっと心配になってな。俺で大丈夫かなって・・・」

「・・・第三者の俺から見ても、お前とミレーユさんの空気はそういう空気だったぞ。お前が心配になるのも理解はできるけど、多分ミレーユさん待ってるぞ」

アラタの言葉に、ジェロムは自分に言い聞かせるかのように何度か頷いた。

「・・・そうだな。うん、お前の言う通りだ。後は俺が気持ちを固めるだけだな・・・ありがとな」

目を閉じてお礼の言葉を口にすると、ジェロムはイスから立ち上がった。
空になった自分とアラタのグラスを持つと、アラタに背を向けて厨房へと歩いて行く。


「それじゃあ、お前もそろそろ寝ろよ。明日の朝食は七時だからな」

最後に一度だけアラタに顔を向ける。
スッキリとしたその表情は、迷いがなくなったかのようだった。
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