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718 毎日の稽古

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「アラタ、お前に今から戦い方を変えろとは言わない。だが、お前は下半身への攻撃にもっと備えなければならない。前にも言ったが、お前は上半身に意識が集中しがちだ。もっと足元にも目を向けろ」

バリオスは足元で倒れるアラタを見下ろしながら、淡々とした口調で改善点を口にした。
アラタ達が帰って来た日から、バリオスは毎日店を訪れては、レイジェスのメンバーに稽古を付けていた。

体力型は実践を中心に行うため、毎日へとへとになるまで倒される。
そして何をやってもただの一発も当てられない事で、アラタは自信を無くしそうになっていた。

「はぁ・・・はぁ・・・て、店長、聞きたいんですけど」

「なんだ?」

店の裏で雪の上に倒れながら、アラタはバリオスを見上げた。
自分は今日も足を払われ、膝を蹴られ、足裏で腰を押されて、何十回と倒された。
もはや下半身は痛みしかなく、立ち上がる事も困難だった。
自分はこれだけ疲労根倍なのに対して、バリオスは呼吸が乱れるどころか、汗の一つもかいていない。

「・・・店長がいれば、俺達が帝国と戦う必要なんてないんじゃないんですか?店長一人で勝てそうですよ?」

半分は本心だった。

自分はクインズベリー最強と言われた、マルコス・ゴンサレスに一応は勝った。
だが、このバリオスには赤子同然の扱いである。

帝国を相手に、たった一人で勝てるなんて本気で思っているわけではない。

だが、これほどの戦闘力を持っているのならば、帝国に忍び込んで皇帝の首をとって来るくらいの事はできるのではないか?そう思ってしまう程、バリオスは底が見えなかった。


「何を言うかと思えば・・・一人で勝てる程、戦争はあまくないぞ。お前はお前の最善を尽くす事だけを考えろ。カチュアはお前が護るんだぞ」

呆れたと言うより諭すように話すバリオスに、アラタは一度目を閉じて息を着く。
手を着いて痛む体をゆっくりと起こすと、右肩に左手を置いて、鳴らすようにぐるりと回した。

「気合が入ったか?」

「はい。もう一戦、お願いします」


「・・・分かりやすいな」

疲れ切った体を気持ちで起こし、拳を構えるアラタを見て、バリオスは小さく笑った。






「アラタ君、今日もお疲れ様」

「あ、カチュア・・・ありがとう」

バリオスの稽古を終えて事務所に戻ると、カチュアがタオルを手渡して来た。
タオルで顔を拭いながら、イスに腰をかけると、カチュアが隣に座ってヒールをかけ始めた。

「毎日大変だね。大丈夫?」

「うん、なんとかね。カチュアもこの後、魔法見てもらうんでしょ?」

「うん。私は白魔法だから、体力的な厳しさはアラタ君よりは少ないよ。魔力の操作で気疲れはするけど、魔力が切れるまではやらないから」

黒魔法使いと青魔法使いは実践も行うが、白魔法使いは実践がほとんどない。攻撃系の魔道具をもった時に行うくらいで、それもバリオスが体力を考慮してやるので、体力型程に追い込む事はない。

「あ、でもユーリはアラタ君に教えてもらったボクシングで、店長に勝負を挑んでたよ。全然勝てなかったって言ってたけど、店長に挑むだけでもすごいよね」

「へぇ、そう言えばユーリの魔道具って、魔力を筋力に変換できるって言ってたな。なるほど、それなら体力型並みの動きができるってわけだ・・・あ!確かユーリって、シャクールの顎をアッパーで割ったって言ってたよね?」

偽国王との戦いの時、ユーリはジーンと一緒にシャクール・バルデスと戦い、アラタの教えたアッパーカットで、バルデスの顎を割って勝利したと話していた。
握り拳を見せながら、胸を張って話すユーリの姿が思い出される。

「あはは・・・バルデスさんやサリーさんと仲良くなったから、今その話し聞くと複雑な気持ちだね」

カチュアも眉根を寄せて困ったように笑う。

「そうだな・・・あれから連絡ないけどさ、サリーさんは女王陛下の養子って立場になったんだから、あの二人無事に一緒になれるといいね」

汗を拭いたタオルをテーブルに置く。
女王への謁見依頼、バルデスとサリーには会っていないが、あれだけお互いを必要としている二人なのだから、一緒になってほしいと思っていた。

「うん、私もね、バルデスさんとサリーさんには幸せになってほしいって思ってるよ」

そう言ってヒールをかけ終わったところで、事務所のドアが開いて、リカルドが死にそうな顔で入って来た。



「・・・・・」

「お、おう、リカルド。どうした?」

普段なら、さぼってねぇで売り場に出ろよ、くらいの軽口を叩くリカルドが、今は肩を落としてまるで覇気がない。
心配したアラタがイスから立って近づき、リカルドの両肩を掴んだ。

「お、おい!?大丈夫かよ!?具合でも悪いのか?拾ったパンでも食ったのか!?」

「・・・兄ちゃんよぉ、いくら俺だって拾い喰いは・・・しねぇぞ」

微妙な間があった事に、アラタは僅かに口澱(よど)んだ。

「お、おう・・・そ、そうか、じゃあどうしたんだよ?お前がそんなに落ち込んでるの見た事ないぞ」

「・・・今日も店長にボコられると思うとよぉ・・・はぁ~、兄ちゃんの次は俺の番なんだよ」

どんよりとした目をアラタに向けるリカルド。
どうやらリカルドは、連日のバリオスの稽古で心を病んできているようだ。

「・・・それかぁ。いや、俺も気持ちは分かるけど、強くなるには自分より格上に教えてもらわないとしかたないぞ。頑張ってこいよ」

「兄ちゃんだって今日も全然ダメだったんだろ?」

「そうだけど・・・でも、自分が強くなっていく感覚はあるんだ。だから俺は、このままバリオス店長の教えを受けたいと思ってるよ」

アラタが真っすぐな視線をリカルドに向けてそう話すと、リカルドは少しの間アラタの目を見て、小さく舌打ちをした。

「・・・チッ、俺が兄ちゃんをカッコ良いと思っちまうなんて・・・」

「お、おい!お前!そりゃないだろ!」

アラタの脇を抜けて外に出るドアノブに手をかけると、リカルドは顔半分振り向いて笑った。


「まぁよ、兄ちゃんが頑張ってんなら、俺も兄ちゃんにカッコ悪いとこ見せらんねぇよな?それに俺が店長をボコればいいだけなんだし、ちょっと行ってくるわ」


そう言って後ろ手にドアを閉めてリカルドは出て行った。

「おー、リカルドやる気になったみたいだな」

「うん、頑張る気になって良かったよ。リカルド君は前に店長に弓も習ってたし、本当はやる気あるんだよ。でも、自分も強くなってるはずなのに、店長との実力差が全然埋まらないから、ちょっとヘコんでたみたいなんだ」

そういう気持ちは理解できる。
自分が強くなればなるほどに、相手との力の差も見えて来る。
リカルドはバリオスになにもできずに倒され続け、気持ちが沈んでいたのだろう。
でも、アラタの真っ直ぐな目を見て、奮い立ったようだ。





「・・・・・兄ちゃん、カチュア・・・今日、メシ食いに行っていい?」


三十分程して、がっくりとうなだれたリカルドが店に戻って来た時、アラタとカチュアは何も言わずに頷いた。
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