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711 作戦とチャンス
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「・・・予想はしていたが、やはり届かないな」
アラタとバリオス、二人の戦いに目を向けながら、レイチェルは呟いた。
空は青く澄み渡っているが、少しだけ風が吹く。
前日までに降り積もった雪が、風に乗ってレイチェルの赤い髪を撫でると、寒さと一緒に雪の冷たさを感じる。
しかし視線の先のアラタは、そんな風の寒さ、雪の冷たさなど感じる余裕もないだろう。
何発撃っても当たらない。
最初に転ばされてから、アラタはバリオスへの認識を改めた。
レイチェルの言う通り、ただの魔法使いではない。
いや、魔法使いとか体力型とか、そんな区分けをするべきではない。
そういうところとは違う次元に、この人は・・・このウィッカー・バリオスという男はいる。
立ち上がって再び攻撃を仕掛けた時には、油断は微塵もなかった。
だが、アラタの拳は当てるどころか、かする事さえできなかった。
「オォォォォーーーッ!」
バテバテの体に鞭を打って声を張り上げる。
もう何度繰り出したか分からない左の拳を、バリオスに向かって撃ち放つ。
「・・・」
拳の軌道を冷静に見極め、バリオスはタイミングを合わせて一歩前に出た。
右の頬を通り過ぎるアラタの左ストレート、攻撃を紙一重で躱しているバリオスは、すでにアラタの左足に、自分の右足を合わせていた。
そしてそのまま蹴り払う。
もう何度目だろう・・・・・
体が逆さまになるくらい強烈に足を払われる。そして一瞬の空中浮遊を味わったのちに、受け身すらとれずに背中から地面に落とされる。
「ハァッ・・・ハァッ・・・ゼェ・・・・・」
呼吸は大きく乱れ、シャツが張り付くほどの汗が、アラタがどれだけ力を振り絞っていたかを物語っている。しかし、それでも届かない。
左ジャブからの右ストレート、そして左フックを躱されて足を払われた。
左フックから右のボディ、そして左のショートアッパーのコンビネーションも躱されて、膝裏を蹴られて転ばされた。
何をやってもバリオスは全て躱し、そしてアラタの足だけを徹底して蹴り払い続ける。
どんなに注意をしても、攻撃を意識が向いたタイミングで蹴られるため、なすすべもなくアラタは何度も何度も地面に背を打つ事となった。
「どうした?もう限界か?」
冬にも関わらず、汗で全身を濡らすアラタとは対照的に、バリオスは呼吸一つ乱れない涼しい顔で、倒れているアラタを見下ろした。
「ハァ・・・ハァ・・・いや、まだ、できます」
体を起こそうとすると、背中に酷く傷む。けれどそんな事で引き下がるわけにはいかない。
アラタは歯を食いしばりながら、膝を着いて立ち上がった。
基本的には温厚な性格だが、日本で三年間ボクシングをやっていたように、アラタも負けず嫌いで勝ちにこだわるところもある。
ここまで一方的に叩きのめされて、このまま引き下がるわけにはいかなかった。
「そうか、いい根性だ。だが、このままでは俺に一発も当てる事はできないぞ。そろそろお前の光の力を見せて見たらどうだ?」
「はぁ・・・ふぅ・・・分かってます」
額の汗を拭い、汗で下がってきた髪を手櫛で搔き上げる。
実力差はすでに痛い程思い知った。今の自分では到底敵わない。
だが、闘争心はまだまだ漲っている。
「よし、いい根性だ」
この戦いはバリオスがアラタの力を見るための、訓練の一環である。
だが、訓練だからと言って途中であきらめず、力が残っている限り向かってくる姿勢を、バリオスは評価していた。
「・・・ハァァァァァッ!」
気合と共にアラタの両手が光り出した。
その溢れ出る凄まじいエネルギーは、ビリビリと空気を震わせ、地面に残る雪は熱に当てられ溶けだして行く。周囲で見ていた兵士達は圧力に押され、後ろに下がらせられる程だった。
「・・・うん、確かにすごい力だ。黒渦にも通用するだろう。だが、黒渦までたどり着けるかと言ったら、今のままでは難しいだろうな」
アラタの光の拳を観察するように眺め、バリオスは自分なりの見解を口にした。
「アラタ、遠慮する事はない。それでかかってこい」
立ち会う前のアラタであれば、光の拳をバリオスに向ける事などとてもできなかっただろう。
だがここまで戦って、バリオスに対するある種の信頼がアラタの中に生まれていた。
光を纏ったからと言って、バリオスに攻撃が当たるかと言えばそうではない。
破壊力は増すが、攻撃は手段が変わらない以上、バリオスに当たる確率は非常に低い。
それゆえに全力で殴りかかってもおそらく当たらない。
戦っている相手に対して抱く感情ではないが、バリオスならば躱しきるだろうという信頼。
しかし、アラタもまだボクシングの全てを見せたわけではない。
それゆえに、バリオスにヒットさせる可能性を残しているし、当てる自信がゼロというわけでもない。
そしてもし当たったとしても、バリオス程の男ならばなんとかなるだろうという、理屈を抜きにした信頼があった。
「オラァァァーーーッ!」
両の拳を顔の前で構え、頭を下げてやや前傾姿勢になる、
右足で大地を強く蹴り抜き、アラタは体ごとぶつかるようにバリオスに突っ込んだ!
「お、なにか考えたか?」
今まで左拳を中心に技を組み立てていたアラタだが、ここに来て体当たりのように突進をしてきた。
バリオスはアラタが勝負をかけてきたと感じとり、嬉しそうに表情を緩めた。
戦いの最中に笑うのか?大した余裕だ。
いや、ここまで俺を一方的に叩きのめしたんだ。そりゃ余裕だよな?
けど・・・これならどうだ!
左ジャブ!すでに何度も見せた、攻撃の起点となる基本技を撃つ。
素人が目で追える技ではない。だがバリオスは、踏み込み、肩、肘、視線、息遣いなど、アラタの見せる全ての情報から、どこに何が来るかを予測し対処していた。
当然この左ジャブも、アラタが撃った瞬間にはすでに身を引いていた。
拳一個分届かない位置まで下がっていたが、アラタはここでバリオスの予想を裏切った。
「!?」
フェイント!左ジャブを途中で止め、アラタは右足を前に出して、更に一歩深く踏み込んだ!
よし!入った!
ここで左ボディだッ!
戻した左を脇の下で構え、そのままコンパクトにバリオスの右脇腹に左のボディフックを放つ!
「そのパンチはすでに見たぞ」
角度を変えた左の二発、それはすでに使った技だった。
それゆえにバリオスは眉一つ動かさず、左足で前に出して、アラタの右足を払い飛ばした。
そうくる事は・・・!
「ん?」
今の自分の実力では、なにをやってもバリオスにあしらわれてしまう。
それはもう充分に理解していた。
だからアラタはたった一つ、たった一つだけに集中していた。
バリオスは片眉をあげて、わずかながらに怪訝な顔を見せた。
これまで足を払い飛ばせば、その体を浮かせて背中から落とせていた相手が、今回はバランスを崩しながらも踏みとどまった
足を払われても、絶対に体を残す事!それだけに集中し勝負を懸けていた!
左足一本で辛うじて地に体を残したアラタは、そのまま地面を蹴ってバリオスにしがみ付いた。
「そうくる事は分かってた!」
「ほぅ、いいバランス感覚だ。よく耐えたな?しかし、ここからどうする?お前は投げ技は使わないし、拳だけで戦うそうじゃないか?」
ボクシングを知らないバリオスには、自分の脇の下の両腕を回して体を預けてくるアラタには、何も攻撃手段がないように見える。
「・・・そうでもないスよ」
だがボクシングには、密着状態から10センチの隙間があれば倒せるパンチがある。
アラタは左腕だけバリオスの拘束を外すと、脇下で拳を構え、足首、膝、肩と腰を右へ回してそのまま左拳をバリオスの右脇腹へと叩きこんだ!
「ッぐ!」
当てて倒すのではない。なぎ倒す!
それほどの気合で放ったアラタのパンチは、バリオスの体を宙に浮かして後方へ殴り飛ばした。
「・・・よしッ!」
決まった!
ポイント重視のアマの試合じゃ使う機会なんてなかったから、実戦で使ったのは初めてだったけど、
完璧に入った!
左ジャブ、左ボディを躱されたのは予想通りだ。だが更に左ボディとは思わなかっただろ?
左の三連発に、密着したまま撃つワンインチパンチ!これならチャンスはあると思ったぜ!
確かな手応えも有り、アラタは勝利を確信し歓喜に拳を握り締めた。
だが・・・
「すごいな・・・そんな攻撃もあるのか」
宙に飛ばされたバリオスは、そのまま地面に落下すると思われた。
だが、くるりと縦に体を回転させると、ふわりと軽やかに両足で着地をして見せた。
「なにっ!?」
まるでダメージを感じさせないバリオスに、アラタは驚愕に目を開いた。
「いい攻撃だったぞ、キミの強さはよく分かった。ここまでにしよう」
サラリとした金色の髪を掻き上げて、バリオスは優し気に微笑んだ。
アラタとバリオス、二人の戦いに目を向けながら、レイチェルは呟いた。
空は青く澄み渡っているが、少しだけ風が吹く。
前日までに降り積もった雪が、風に乗ってレイチェルの赤い髪を撫でると、寒さと一緒に雪の冷たさを感じる。
しかし視線の先のアラタは、そんな風の寒さ、雪の冷たさなど感じる余裕もないだろう。
何発撃っても当たらない。
最初に転ばされてから、アラタはバリオスへの認識を改めた。
レイチェルの言う通り、ただの魔法使いではない。
いや、魔法使いとか体力型とか、そんな区分けをするべきではない。
そういうところとは違う次元に、この人は・・・このウィッカー・バリオスという男はいる。
立ち上がって再び攻撃を仕掛けた時には、油断は微塵もなかった。
だが、アラタの拳は当てるどころか、かする事さえできなかった。
「オォォォォーーーッ!」
バテバテの体に鞭を打って声を張り上げる。
もう何度繰り出したか分からない左の拳を、バリオスに向かって撃ち放つ。
「・・・」
拳の軌道を冷静に見極め、バリオスはタイミングを合わせて一歩前に出た。
右の頬を通り過ぎるアラタの左ストレート、攻撃を紙一重で躱しているバリオスは、すでにアラタの左足に、自分の右足を合わせていた。
そしてそのまま蹴り払う。
もう何度目だろう・・・・・
体が逆さまになるくらい強烈に足を払われる。そして一瞬の空中浮遊を味わったのちに、受け身すらとれずに背中から地面に落とされる。
「ハァッ・・・ハァッ・・・ゼェ・・・・・」
呼吸は大きく乱れ、シャツが張り付くほどの汗が、アラタがどれだけ力を振り絞っていたかを物語っている。しかし、それでも届かない。
左ジャブからの右ストレート、そして左フックを躱されて足を払われた。
左フックから右のボディ、そして左のショートアッパーのコンビネーションも躱されて、膝裏を蹴られて転ばされた。
何をやってもバリオスは全て躱し、そしてアラタの足だけを徹底して蹴り払い続ける。
どんなに注意をしても、攻撃を意識が向いたタイミングで蹴られるため、なすすべもなくアラタは何度も何度も地面に背を打つ事となった。
「どうした?もう限界か?」
冬にも関わらず、汗で全身を濡らすアラタとは対照的に、バリオスは呼吸一つ乱れない涼しい顔で、倒れているアラタを見下ろした。
「ハァ・・・ハァ・・・いや、まだ、できます」
体を起こそうとすると、背中に酷く傷む。けれどそんな事で引き下がるわけにはいかない。
アラタは歯を食いしばりながら、膝を着いて立ち上がった。
基本的には温厚な性格だが、日本で三年間ボクシングをやっていたように、アラタも負けず嫌いで勝ちにこだわるところもある。
ここまで一方的に叩きのめされて、このまま引き下がるわけにはいかなかった。
「そうか、いい根性だ。だが、このままでは俺に一発も当てる事はできないぞ。そろそろお前の光の力を見せて見たらどうだ?」
「はぁ・・・ふぅ・・・分かってます」
額の汗を拭い、汗で下がってきた髪を手櫛で搔き上げる。
実力差はすでに痛い程思い知った。今の自分では到底敵わない。
だが、闘争心はまだまだ漲っている。
「よし、いい根性だ」
この戦いはバリオスがアラタの力を見るための、訓練の一環である。
だが、訓練だからと言って途中であきらめず、力が残っている限り向かってくる姿勢を、バリオスは評価していた。
「・・・ハァァァァァッ!」
気合と共にアラタの両手が光り出した。
その溢れ出る凄まじいエネルギーは、ビリビリと空気を震わせ、地面に残る雪は熱に当てられ溶けだして行く。周囲で見ていた兵士達は圧力に押され、後ろに下がらせられる程だった。
「・・・うん、確かにすごい力だ。黒渦にも通用するだろう。だが、黒渦までたどり着けるかと言ったら、今のままでは難しいだろうな」
アラタの光の拳を観察するように眺め、バリオスは自分なりの見解を口にした。
「アラタ、遠慮する事はない。それでかかってこい」
立ち会う前のアラタであれば、光の拳をバリオスに向ける事などとてもできなかっただろう。
だがここまで戦って、バリオスに対するある種の信頼がアラタの中に生まれていた。
光を纏ったからと言って、バリオスに攻撃が当たるかと言えばそうではない。
破壊力は増すが、攻撃は手段が変わらない以上、バリオスに当たる確率は非常に低い。
それゆえに全力で殴りかかってもおそらく当たらない。
戦っている相手に対して抱く感情ではないが、バリオスならば躱しきるだろうという信頼。
しかし、アラタもまだボクシングの全てを見せたわけではない。
それゆえに、バリオスにヒットさせる可能性を残しているし、当てる自信がゼロというわけでもない。
そしてもし当たったとしても、バリオス程の男ならばなんとかなるだろうという、理屈を抜きにした信頼があった。
「オラァァァーーーッ!」
両の拳を顔の前で構え、頭を下げてやや前傾姿勢になる、
右足で大地を強く蹴り抜き、アラタは体ごとぶつかるようにバリオスに突っ込んだ!
「お、なにか考えたか?」
今まで左拳を中心に技を組み立てていたアラタだが、ここに来て体当たりのように突進をしてきた。
バリオスはアラタが勝負をかけてきたと感じとり、嬉しそうに表情を緩めた。
戦いの最中に笑うのか?大した余裕だ。
いや、ここまで俺を一方的に叩きのめしたんだ。そりゃ余裕だよな?
けど・・・これならどうだ!
左ジャブ!すでに何度も見せた、攻撃の起点となる基本技を撃つ。
素人が目で追える技ではない。だがバリオスは、踏み込み、肩、肘、視線、息遣いなど、アラタの見せる全ての情報から、どこに何が来るかを予測し対処していた。
当然この左ジャブも、アラタが撃った瞬間にはすでに身を引いていた。
拳一個分届かない位置まで下がっていたが、アラタはここでバリオスの予想を裏切った。
「!?」
フェイント!左ジャブを途中で止め、アラタは右足を前に出して、更に一歩深く踏み込んだ!
よし!入った!
ここで左ボディだッ!
戻した左を脇の下で構え、そのままコンパクトにバリオスの右脇腹に左のボディフックを放つ!
「そのパンチはすでに見たぞ」
角度を変えた左の二発、それはすでに使った技だった。
それゆえにバリオスは眉一つ動かさず、左足で前に出して、アラタの右足を払い飛ばした。
そうくる事は・・・!
「ん?」
今の自分の実力では、なにをやってもバリオスにあしらわれてしまう。
それはもう充分に理解していた。
だからアラタはたった一つ、たった一つだけに集中していた。
バリオスは片眉をあげて、わずかながらに怪訝な顔を見せた。
これまで足を払い飛ばせば、その体を浮かせて背中から落とせていた相手が、今回はバランスを崩しながらも踏みとどまった
足を払われても、絶対に体を残す事!それだけに集中し勝負を懸けていた!
左足一本で辛うじて地に体を残したアラタは、そのまま地面を蹴ってバリオスにしがみ付いた。
「そうくる事は分かってた!」
「ほぅ、いいバランス感覚だ。よく耐えたな?しかし、ここからどうする?お前は投げ技は使わないし、拳だけで戦うそうじゃないか?」
ボクシングを知らないバリオスには、自分の脇の下の両腕を回して体を預けてくるアラタには、何も攻撃手段がないように見える。
「・・・そうでもないスよ」
だがボクシングには、密着状態から10センチの隙間があれば倒せるパンチがある。
アラタは左腕だけバリオスの拘束を外すと、脇下で拳を構え、足首、膝、肩と腰を右へ回してそのまま左拳をバリオスの右脇腹へと叩きこんだ!
「ッぐ!」
当てて倒すのではない。なぎ倒す!
それほどの気合で放ったアラタのパンチは、バリオスの体を宙に浮かして後方へ殴り飛ばした。
「・・・よしッ!」
決まった!
ポイント重視のアマの試合じゃ使う機会なんてなかったから、実戦で使ったのは初めてだったけど、
完璧に入った!
左ジャブ、左ボディを躱されたのは予想通りだ。だが更に左ボディとは思わなかっただろ?
左の三連発に、密着したまま撃つワンインチパンチ!これならチャンスはあると思ったぜ!
確かな手応えも有り、アラタは勝利を確信し歓喜に拳を握り締めた。
だが・・・
「すごいな・・・そんな攻撃もあるのか」
宙に飛ばされたバリオスは、そのまま地面に落下すると思われた。
だが、くるりと縦に体を回転させると、ふわりと軽やかに両足で着地をして見せた。
「なにっ!?」
まるでダメージを感じさせないバリオスに、アラタは驚愕に目を開いた。
「いい攻撃だったぞ、キミの強さはよく分かった。ここまでにしよう」
サラリとした金色の髪を掻き上げて、バリオスは優し気に微笑んだ。
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