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710 稽古

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修練場に移動した、アラタ、レイチェル、バリオスの三人には、訓練をしていた兵士達の視線が集中していた。
マルコス・ゴンサレス、そして偽国王を倒したアラタと、ゴールド騎士のアルベルト・ジョシュアを倒したレイチェル、そして女王からの信頼が厚く、王宮仕えではないにも関わらず、国政にも深く関わっているバリオスの三人が一度に集まったからである。

ここに来て何をするのか?その興味が兵士達の手を止めさせていた。


「今日は天気が良いな・・・・・」

バリオスは空を見上げ、眩しそうに目を細めた。日差しは良いが、12月の寒さは肌に冷たく刺さり、口からはく白い息は空気に溶けていく。

白いシャツの上に、縁取りに暗めの茶色のパイピングをあしらった、フード付きの黒いローブを着ている。クインズベリー国の黒魔法使いの正統な装束である。


「店長、ここで何をするんですか?」

アラタは周囲を見回して問いかけた。
言われるままに付いて来たが、目的は聞かされていなかった。

ただ周囲の視線に、自分達がこの場に馴染まない事は感じ取れた。
そんなアラタの胸中を知ってか、バリオスは周囲を一瞥した後、軽い調子で口を開いた。

「あまり気にするな。キミは自分で思っている以上に有名なんだ。それにレイチェルと俺も揃っているとなれば、注目が集まって当然だ。これから先もこんな事は何度でもある。早く慣れたほうがいいぞ」

「そうだな。何度も言うが、マルコス・ゴンサレスを倒して注目され始めたところに、偽国王、そして今回のロンズデールの一件だ。城内にはあっという間に噂が広まったからな。私もキミも、これからは何をするにしても人目を引くだろう。アラタも割り切った方がいいぞ」

バリオスの言葉に同調するレイチェルは、自分が見られている事は特に気にも留めていないようだった。

「はぁ・・・しかたないか。確かにそうだよな、自分でもそうだと思う」

ジロジロ見られて落ち着かないが、アラタ自身も自分の功績を客観的に見ると、しかたないと思わざるを得ないところは自覚できた。

大きく溜息をついたアラタを見て、バリオスは笑って声をかけた。

「ははは、そう肩を落とすな。さて、それじゃあそろそろ始めるようか。アラタ、キミには今から俺と手合わせをしてもらおう」

「え!?店長と、ですか?」

風が吹き、バリオスの金色の髪が頬にかかり、ローブをはためかせる。

「そうだ。俺がお前を鍛えると言っただろ?まずは自分が力に振り回されている事を知るべきだ。このままでは長生きできないぞ」

それまでとは違いバリオスの声が一段低くなり、アラタの背筋にゾクリとした悪寒が背筋に走った。

「俺が実戦で教えよう。さぁ、どこからでもいいぞ」

ローブから右手を出してアラタに向けると、かかってこいと言うように指先を曲げて見せた。
挑発めいた仕草だが、アラタは不快に感じるどころか、バリオスの身を案じてためらってしまう。

「いや、でも、店長は魔法使いなんですよね?ここで俺とやって大丈夫なんですか?」

修練場は優に100人以上が訓練できる程の広さだが、自分達を囲むようにして見ている兵士達が壁になり、行動範囲がずいぶん制限されてしまう。周りを巻き込まないように考えれば、魔法使いにはかなり不利な状況のはずだ。
そしてアラタとバリオスの間は、ほんの数メートルしか離れていない。この程度の距離、今のアラタなら一歩で詰める事ができる。

そんなアラタの考えを見抜いたのか、一歩離れて成り行きを見ていたレイチェルが、まるで警告でもするかのようにいつになく厳しい声を出した。

「アラタ!店長をただの魔法使いだと考えるな。最初から全力でいけ」

鋭い視線を送られて、アラタも頭が冷えた。
店長は黒、白、青の三属性全てが仕える魔法使いだと聞いている。だが、レイチェルに戦い方を教えた師匠という話しだった。

体力型のレイチェルに戦い方を教えた魔法使い。

「・・・あぁ、そうだな」

アラタの表情が引き締まった事を見て、バリオスがもう一度アラタに声をかけた。

「やる気になったかな?」

「はい、では行きます」

ほぐすように両手首を振り、軽い跳躍でリズムを取ると、アラタは右半身を引いて左拳を顔の前に出し、やや前傾に構えた。

アラタが戦闘体勢をとっても、バリオスは構えらしい構えはとらない。手招きしていた右手を下ろし、ただ前方のアラタの目をじっと見つめていた。


構えさえとらないのか?
いや、三属性使えるのなら、結界で防ぐつもりかもしれない。
そうなったらやはり連打で破るしかないか。
それともスピードに自信があって、俺がしかけたら黒魔法でカウンターをとってくるのか?


「アラタ、俺は魔法は使わないよ。体術だけで相手をしよう」

「えっ!?」

すぐに仕掛けてこないアラタの思考を読んだように、バリオスは体力型のアラタの対して、魔法は使わないと告げる。

「だから早くかかって来い。いつまで睨み合うつもりだ?それとも俺からいこうか?」

「・・・分かりました」

レイチェルからも全力でいけとは言われたが、それでも魔法使いに対して全力で殴りかかる事は躊躇われていた。だが、バリオスの言葉に自分が相当舐められていると感じたアラタは、考えを改めた。

そこまで言うのなら、遠慮する必要もないだろう。


いくぞ!そう告げるように、バリオスを睨み付けると、右足で強く大地を蹴った。

鋭いステップイン、一歩で拳の射程内まで距離を詰めると、顔の前に出して構えていた左拳をそのまま真っすぐに突き出した。

狙いはバリオスの顎先、防御の構えさえとっていないバリオリに防ぐ事はできはしない。
必要最低限の攻撃、ジャブで脳を揺らして終わらせる。

当たると確信したその時、まるで天地が逆転したかのようにアラタの体はグルリと回り、次の瞬間には青い空が目に飛び込んで来た。背中を突き抜けた衝撃に、一瞬息が詰まる。

「・・・ッ、ガハッ!」

何をされたか分からない。だが自分の拳は届かずに、背中から地面に落とされた事は分かった。
すぐには起き上がれず咳き込むアラタを見下ろして、バリオスは優しく声をかけた。


「キミは優しいな。まだ俺を傷つけないようにと配慮している。でも、これで分かったろ?俺に手加減は必要ない。本気を出せ」
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