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700 レイジェスに帰ってきて

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クインズベリーに帰って来たのは、ロンズデールを出発してから三日後の夕方だった。
アラタ達6人を乗せた馬車が首都に入る。見慣れた景色に、国に帰って来たと言う実感が沸き、ほっと胸が落ち着いてくる。

帰り道、一日目は国境の町レフリに泊まり、二日目はビリージョーの住んでいるナック村に泊まった。

「まぁ、やっぱり俺も女王陛下に謁見しなきゃならないよな」

ビリージョーはそのままナック村に残りたそうにもしていたが、ビリージョーも翌日一緒にクインズベリー首都へと付いてくる事になった。

バルデスに、自分だけ逃げられると思うなよ。と睨みを利かせられ苦笑いをするビリージョーを見て、アラタはおかしくて笑ってしまった。

「あはは、ビリージョーさんも、堅苦しいのは苦手なんですね?」

「まぁな、王侯貴族相手の商売やってて矛盾してるかもしれないけどよ、城に入るのはまた違う窮屈感があるんだよ。自分の店で自分のペースでもてなすのはいいんだよ。けど、城で周りに気を使いながらもてなされるのは肩が凝るな」

そう言ってビリージョーは後ろ手で頭を掻く。
話しを聞いて、アラタもなんとなくビリージョーの言いたい事を理解できた。
つまり新入社員が歓迎会を開いてもらい、先輩達からありがたいお言葉をもらいながら、終始笑顔で食事をしなければならないような感じだろう。確かに疲れる。

「あー・・・ビリージョーさん、俺すっげぇ理解できました」

「おう、分かってくれたか?まぁしかたないな。事前に写しの鏡である程度は伝えてあるから、城じゃあパーティーの準備でもしてんだろ?貴族達も大勢集まるだろうから、けっこう気疲れすると思うぜ」

ビリージョーが肩をすくめると、隣に座るバルデスが、フッと笑って口を開いた。

「ビリージョーもそんな事を言うのだな?お前はもう少し優等生かと思っていたぞ」

「おいおい、俺を買い被り過ぎだって、俺だって息抜きをしたくなる事だってあるし、もっと気楽に生きたいって思ってんだよ?今すぐナック村に帰って飯食って寝たいぐらいだ」

両手を顔の横で上げてビリージョーが笑うと、つられるように周りからも笑いが起きた。




「やっと帰って来れたな。ロンズデールから来ると、クインズベリーの寒さが際立つよ。今年もずいぶん降ったな」

馬車を降りたレイチェルは、両手を腰に当てて、見慣れた横長のレンガ作りの建物、レイジェスを前に満面の笑顔を浮かべた。
海に囲まれたロンズデールには雪は降らなかったが、クインズベリーは膝の高さまで雪が積もっていた。話すたびに口から白い息がもれる。

「・・・うん、帰ってきたな・・・レイチェル、なんか感動しない?」

レイチェルのとなりに立ったアラタは、レイジェスを見て安心感に包まれていた。

家に帰ってきた。それがアラタの率直な感想である。
アラタが感じた安心感は、自宅に帰って来た時のホッとした感じと同じものだった。

ロンズデールに行き、死闘を繰り広げ、そして無事に帰って来た。
それが実感となって胸に広がり、アラタはようやく心から安堵して息をついた。
そして自分にとってレイジェスが、どれだけ大事な場所なのかを自覚する事もできた。

「あはは、うん・・・確かに感動するな。本当にここが自分の居場所なんだと実感するよ・・・」

一言一言を確認するように口にすると、レイチェルはくるりと振り返って、後ろに立っていたビリージョー、ディリアン、バルデス、サリーに声をかけた。

「お待たせしたね、みんな寒いだろう?入ってくれ」

歓迎するように大きな笑顔を見せて、レイチェルは従業員用の出入口に手を向けた。





「ん、おーーー!レイチーじゃねぇか!アラやんも!帰って来たか!」

事務所に直接入れる従業員用の裏口を開けると、机で書類をまとめていたジャレット・キャンベルが顔を上げた。

「ジャレット、ただいま。久しぶりだな」

レイチェルが顔の横で軽く手を振ると、ジャレットはイスから立ち、スタスタと近づいて来た。

「ほんの数週間だけど、なんだかずいぶん長く感じたぜ。でも、元気そうでなによりだな」

「ジャレットさん、戻りました」

「おう、アラやんも元気そうで良かったぜ!写しの鏡で連絡はもらってたからな、何もなければ今日帰ってくると思ってたんだ。予定通りだな」

レイチェルとアラタの変わらない顔を見て、ジャレットは嬉しそうに笑った。

「あ、悪い悪い、みんなも入ってくれ。昨日けっこう雪が降ってよ、今日はいつもより寒いんだ。事務所は魔道具であったけぇぞ」

出入り口で話してしまったので、後ろがつかえているのに気が付き、ジャレットは慌ててアラタとレイチェルを事務所の中に入れた。

「あ、アラやんはそのままカッちゃんのとこに行ってこいよ。ずっと待ってたぞ。」

ビリージョー、ディリアン、バルデス、サリーが事務所に入ると、ロッカーに荷物を入れているアラタに、ジャレットが声をかけた。

「え、いいんですか?ありがとうございます!」

「話しはレイチーやみんなから聞いておくから。ゆっくり話して来いよ」

ジャレットやレイチェル達、みんなが笑って、アラタに行ってこいと顔を向けている。
アラタははやる気持ちを抑えきれず、事務所のドアを開けて売り場へと走り出た。



時刻は16時を回り、夕陽の赤が窓から店の中に差し込まれてきた。
冬は夜の訪れが早い。陽も落ちて来てそろそろ日没である。

店内に残っていた客も、一人また一人と出口をぬけて行く。


「・・・アラタ君?」

カチュアは白魔法コーナーだろうと思い、小物や雑貨が並んでいる通路を歩いて行くと、不意に後ろから名前を呼ばれて足を止めた。

忘れもしないその声に、アラタが振り返る。

「・・・カチュア!」

外側に跳ねた少しクセのあるオレンジ色の髪は、今は肩より下まであって少し伸びたように見える。

赤と紺のチェック柄のロングスカートに、グレーの厚地のカーディガンを羽織っている。
ベロア素材の黒のショートブーツを履いていて、足も暖かそうだ。
パッチリとした薄茶色の瞳はアラタを見て、一瞬驚いたように開かれたが、すぐに嬉しそうに喜びの色を映した。

「アラタ君!」

品出しの途中だったようだが、手に持っていた商品はそのまま棚に置いて、カチュアはアラタにかけよった。

「カチュア!会いたかった!」

広げた腕の中に飛び込んでくるカチュアを、しっかりと受け止める。


「うん・・・私も会いたかった。アラタ君、お帰りなさい」


背中に回されるカチュアの両手、お互いの温もりを胸に感じ、アラタとカチュアはしばらくの間抱きしめ合った。
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