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699 カーンとヘイモン

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「最初に断っておくが、俺は元々ただの貧困家庭の子供だ。実はどこかの貴族の令息だったの、高貴な身分だったというオチはない。ただヘイモンは俺に会った時、お前もか、そう言っていた」

カーンとヘイモンの関係はどういうものか?
リンジーの質問に、カーンは静かに話し出した。

「お前もか?・・・どういう意味?」

「・・・その意味はすぐには教えてもらえなかった。ヘイモンは俺の両親に多額の金を渡して俺を引き取ると、俺を連れて大陸を渡り歩いた。ヘイモンに付いていく事に俺も不満は無かった。あのまま親元にいても何も変わらないのは、子供ながらに悟っていたからな。ヘイモンの弟子として付き従い、様々な武器の使い方を学び、体も鍛えられていくと、やがて世界が変わったように見えてきた。自信がついてきたんだな・・・・・言葉の意味が分かったのは、俺が15になった時の事だ・・・」

そこまで話した時、カーンの雰囲気が変わった。
独り言のように床を見つめて話していたが、顔を上げてリンジーの目を見据えると、口調が鋭さを帯びた。


「俺にも悪霊が付いているんだ」


「・・・え!?」


突然のカーンの告白に、リンジーは目を開いた。
リンジーは悪霊を見た事はない。だが、ヘイモンの悪霊の力を見たガラハドから、どれほど凄まじいものなのかは聞いていた。

「あぁ、心配するな。俺はこの力を使うつもりはない。使うなとヘイモンに言われているんだ」

「な、なんで・・・カーン、あなたそれ本当なの!?」

動揺するリンジーを他所に、カーンは落ち着き払った態度で言葉を続けた。

「信じられんのも無理はないだろうな。だが、事実だ。俺には悪霊が付いている。ヘイモンが言うには、俺は殺し過ぎたようだ」

「殺し?いつの話しよ?だってあなたがヘイモンと出会ったのは10歳の時で、その時にお前もかって言われたんでしょ?・・・・・ウソ、まさか・・・」

その可能性に気付き、リンジーは言葉を失った。
そしてその可能性が、答えを突いているとも感じ取っていた。

「その通りだ・・・俺が初めて人を殺したのは六つの時だ。貧困家庭と言っただろう?俺の両親は、俺に食事も与えなかった。生きるためには日々の糧を、自分でなんとかするしかなかったんだよ。パン一つのために殺しをやった事もある。そんな生活をヘイモンと会うまで4年も続けたんだ、ヘイモンの言う、恨みや憎しみ、人の怨念ってヤツが俺に獲り憑いていてもなんの不思議もない。話しを聞いた時には疑問も感じずに納得したくらいだぜ」

自嘲気味に笑うカーンに、リンジーはなんと言葉をかけていいか分からなかった。
カーンのやった事は許される事ではない。だがそんな小さな頃から、生きるために手を汚さなければならなかった環境だった事に、同情、そして衝撃を受けた。


「・・・カーン、あなたはなぜ悪霊を使わないの?悪霊の力はガラハドから聞いたわ。私との戦いで悪霊を使っていれば、あなたが勝っていたんじゃないの?」

「・・・・・あぁ、悪霊を使えば俺が勝っていただろう。だが、ヘイモンに止められていたんだ。俺も納得している。悪霊は使うつもりはない」

「だから、どうして?」

理由を口にしないカーンに、リンジーが少し苛立ったように眉を潜めると、カーンは考えるように少しの間をおいて答えた。

「・・・・・俺の場合、抵抗力が弱いらしい。この体はすでに悪霊に掴まれているんだ。俺を逃がさないように、いつでも地の底に連れて行けるように、悪霊はこの体をガッチリと掴んでいる。一度でも悪霊の力を使えば、俺は終わりだ。だから使うわけにはいかないんだよ」

「・・・そんな事が・・・カーン、あなたそれで大丈夫なの?」

「・・・ははは、俺の心配か?」

「ふざけないで!」

てきとうに返事をするカーンに、リンジーが厳しい口調で言葉を発するが、カーンの態度は変わらなかった。

「ふん、お前が気にする事ではないだろ?悪霊さえ押さえおけば何も問題はない。抵抗力は弱いようだが、不思議と悪霊のコントロールはできているんだ。ヘイモンも驚いていたよ。俺に憑いている悪霊はヘイモンの悪霊より強力らしい、それを完璧にコントロールできているんだからな」

カーンの態度に思うところはあったが、リンジーは言葉を挟まなかった。
態度はどうあれ話す気になっているのならば、これ以上話しのコシを折る事はしない方がいいと判断しての事だった。

「悪霊の存在を教えられてから、更に5年経った頃だ。この頃のヘイモンは俺の将来を考えるようになっていた。ヘイモンに聞いたたわけではないが・・・今思うと、ヘイモンは俺に色々なもの託していたんだ思う。どんなに頑張っても認められなかった過去、ずっと独り身だった事、だから俺を盛り上げて名前を売る事で、過去の自分を慰めていたのかもしれない。いつの間にか俺を魔道剣士の長にして、自分は部下のようにふるまってよ、正直複雑な気分だった・・・」

そう話すカーンの口調も、いつの間にか静かで穏やかなものになっていた。
話しが途切れた事で、リンジーはカーンの話しぶりから、一つ気になった事を尋ねた。

「・・・カーン、魔道剣士隊はあなたが作ったんじゃないの?」

「いや、俺が作ったって事になってるが、戦い方の考案はほとんどヘイモンだ。俺はヘイモンに担ぎ上げられただけだ。ヘイモンが望んだから従ったが、不思議なもんだよ、隊が大きくなって俺の発言力が増していくと、ヘイモンは本当に嬉しそうに笑うんだ。何を考えていたんだろうな・・・・・」

「カーン・・・ヘイモンは、あなたの事を息子のように想ってたんじゃないかな?」

話しを聞く限り、ヘイモンはカーンを大事に育てていた。そして自分が辛い経験をしてきただけに、カーンの人生はなんとかしようと、そう考えて行動していたように感じられた。

そうリンジーが呟くと、カーンは目を閉じて一つ息をついた。


「・・・そうかもしれないな・・・」


「カーン・・・」


これ以上は何も話す事がない。
そう告げるように口を閉ざすカーンに、リンジーは背を向けて独房の扉に手をかけた。


「ミゲール・ロット」

「え・・・?」

ふいに背中にかけられた言葉に、リンジーは振り返った。

「帝国の歴史研究者だ。ミゲール・ロット。俺は会った事はないが、ヘイモンが唯一の友として付き合っていた人物らしい。悪霊の事もミゲール・ロットから聞いたと言っていた。今の状況で帝国に入る事は厳しいだろうが、もし会う機会があれば、俺とヘイモンの名前を出せ。話しくらい聞いてもらえるだろう」


「カーン・・・えぇ、分かったわ・・・ありがとう」

「もう行け・・・」


今度こそ話しは終わりだと伝える様に、カーンは口を閉じてリンジーの目をじっと見つめた後に、顔を伏せた。

またね、という言葉が出そうになるが、リンジーは口を結んで飲み込んだ。
次があるか分からない。カーンがここを出る時は、戦争が始まった時だ。

再会の言葉はつかえない。だが、別れの言葉も口にしたくなかったリンジーは、黙って独房を出た。
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