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686 光と風

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「なんだと!?」

ダリル・パープルズは驚きを隠せなかった。
全力で放った闇の波動が、アラタの光の拳に止められているからだ。

船で戦った時に、光の強さを身をもって知る事になったが、それでも闇の波動と拮抗し、せめぎ合う程とは思えなかった。
光と闇の布達の力がぶつかり合う。その力の余波は強烈な衝撃波となった。
窓ガラスは砕け外へと飛び散り、花瓶は割れてテーブルやイスは吹き飛ばされる。
壁一面にヒビが入り出し、ミシミシと今にも崩壊しそうな音が響き渡る。

「オォォォォーーーッ!」

「ぐぅッ!」

アラタは残る全ての力をこの一撃に込めていた。
拳を纏う光は大きく強く輝き、それは闇の波動を受け止め、押し返す程に強い力を持っていた。
相反する二つの力は徐々に闇が押されだし、ダリルの顔に焦りが見え始めた。

「ば、馬鹿な!私の闇が押されているだと!光の力はこれほどまでに強大だと言うのか!?」

押し戻されてくる闇の波動にダリルは歯を食いしばり耐えるが、光の拳はその勢いをどんどん強め、あと一歩のところまでダリルを追い詰めた。

「これで最後だッ・・・!?」

勝った!あとはこの拳を振り抜くだけだ!
勝利を確信したその時、アラタの体に異変が起きた。

全身から急速に力が抜け落ちる。
腕一本どころか指先にすら力が入らず、糸の切れた操り人形のごとく、アラタはそのまま床へと落ちた。

時間切れだった。

気持ちだけではどうにもならない現実。
戦うために必要な力の源が底をついたのだ。
あと一歩というところまで追い込まれたダリルだが、眼前に迫った光の拳が突如勢いを無くし、その使い手は力無く落下していく。

何が起きたのか瞬時には把握できず、一瞬思考が止まってしまった。
だが、すぐに理解した。

帝国でデューク・サリバンを使って光の力を検証した時にも、同様の事があったからだ。

「時間切れか・・・最後に運に見放されたな!やはり生き残るのはこの私だーーーッ!」

再び両手に闇の瘴気を集め、落下するアラタに向けて闇の波動を撃ち放った!



・・・だめだ
もう、体が動かない・・・ここまでか・・・・・

体は全く動かないが、頭だけはハッキリ冴えていた。
生きる事を諦めるつもりはない。だが、この状況でなにができるのか?

アラタは目を閉じて、そして祈った。
困ったときの神頼みというのは日本人ならではだろう。
アラタもそれにもれず、動かない体でできる唯一の手段は、祈る事だけだった。

だが、アラタが祈ったのは神ではない。

クインズベリーを出た日から、肌身離さず持っていたお守りがある。
皮紐で結び、首から下げたソレは樹の欠片だった。

アラタが祈ったのは神ではない。アラタの人生最大の恩人であり、姉のように慕った女性。



それは時間にして一秒にも満たない、刹那の間だった。
宙に浮かぶダリルに向かって飛んだアラタが、光の力を使い果たし床に落下するまでの、ほんの一瞬だった。

闇の波動が無防備のアラタに向かって撃ち放たれたその時、突如アラタの全身から強い光が発せられ、それと同時に風が吹き荒れた。

「な、なにッ!?」

アラタに直撃する寸前だった闇の波動は、アラタの体から発せられる光でかき消され、そして暴風と言って過言ではない風がダリルの体を強く打ち付けた。

今自分の目の前で何が起こっているのか?己の理解を越えた出来事に、ダリルはただ驚愕する事しかできなかった。
確かにこの男は力を使い果たし、もう何一つ手が残っていない状態だったはず!
だが、渾身の闇の波動をあっさりとかき消し、さらに闇となった自分を押さえつける程のこの風はなんだ!?魔法では無い。魔法とは違うもっと別の特別な風だ!・・・まさか!?


無防備に体を床に打ち付けそうになったその時、アラタの体を風が優しく包み込んだ。

「・・・これは・・・」

さっきまで指一本動かなかった体がウソのように軽く、体の芯が熱くなり力が満ち溢れて来る。
首から下げた樹の欠片のお守り、かつて弥生が使った薙刀・・・新緑の欠片が淡い緑色に光っている事に気付き、アラタはそっと手に取った。


「・・・弥生さん・・・・・」

「き、貴様ぁぁぁーーーッ!それはなんだ!?精霊の風だと!?カエストゥスが滅びて200年!今更どうやって風の精霊の加護を受けたと言うのだ!ふざけるなぁぁぁーーーッ!」

ダリル・パープルズから発せられる闇が更に禍々しさを増していく。

「そんなもの俺は認めない!カエストゥスは滅びた!風の精霊ももう終わりだ!帝国こそが最強なんだぁぁぁーーーッ!」

絶叫とともに再び撃たれた闇の波動は、これまでより大きく強く、ダリルの全身全霊の一撃だった。


「・・・弥生さん、ありがとう」

アラタの全身を緑の風が纏い、そして右の拳が強く光輝いた。
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