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673 思い出の味

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「さぁ、答えるんだ。野菜か?薄切りの人参やキュウリに、マヨネーズをディップして食べるのか?それとも甘いものがいいか?シンプルにチョコもいいが、チョコならビターに限るぞ?カカオ率は55%がおすすめだ。77%以上は苦みが強くておすすめしない。クラッカーの塩気との相性を考えるんだ。さぁ、ファビアナ・・・お前はなにでクラッカーを食べる?」


これはなに?
いったい父になにがあったの?

人が変わったとした思えない父の豹変ぶりに、ファビアナは言葉を失った。

私が私でいるうちに・・・さっき父はそう言葉を口にした。
そしてその直後にここまで変わってしまった事を考えると、本当に別人になってしまったのかもしれない。

この状況はまだ飲み込めないが、それでもなんとか会話をしようと、父親の目を見て向き合って見る。

「ファビアナ~、どうした?なぜ父さんの質問に答えない?お前は私の娘だろう?ならば答えられるはずだ。さぁ言ってみろ。お前の好きなクラッカーはなんだ?」

「ク、クラッカー・・・ですか?わ、私の好きな、クラッカーは・・・・・」

ボートから身を乗り出して来た父の、その異様な雰囲気に気圧されて、尻もちをつきそうになる。

なんでクラッカーなの?単純に疑問に思った。
豹変した理由も謎だが、なぜクラッカーにこだわるのだろう?

「どうした?ファビアナ~、お前まさか・・・・・答えられないのか?」

父の体からドス黒い魔力が滲み出て、ファビアナに敵意を向けてきた。
白魔法使いで、戦闘用の魔道具を持たないファビアナには、父の魔力に対抗するすべが無い。
ここでこの魔力に押し潰されるとしても、逃げる事もできないのだ。


ふと視線を感じて顔を向けると、少し離れて、自分達とは別にボートの用意をしていた一般の乗客達。そこで一緒に作業をしていた魔道剣士四人衆の一人、ラクエル・エンリケスが、こちらに目を向けて様子を伺っていた。

国王の体から滲み出る、ドス黒い魔力に気が付いたのだろう。
睨むように厳しい目を向けている。
もしこのまま国王が攻撃の魔力を放てば、せっかく用意したボートが駄目になってしまうかもしれない。
そうなれば、ここにいる全ての人達が死ぬ事になってしまうかもしれない。

ラクエルはそれを許さないだろう。

国王がこれ以上の魔力を発するならば、ラクエルは国王を殺すはずだ。


ラクエルの金色の瞳は、これから先なにが起きようとも、一瞬たりとも見逃さない。
そう告げうように、刃のように鋭く国王を見据えていた。



・・・・・・答えを間違える事はできない。

精神の圧迫・・・緊張からくる焦りと動揺が、ファビアナの鼓動を早める。
額から流れる冷たい汗が目に入り、身に纏うローブが張り付く程の汗を背に掻いた。

もし、ここで父の質問に対する答えを間違えれば、おそらく・・・いえ、きっと父は怒り狂い魔力を放出する。

そうなればラクエルは父を殺す。

自分の答えに父の命までかかっていると理解し、ファビアナは心臓が跳ね上がる程のプレッシャーを感じた。



クラッカー・・・・・ファビアナ・・・はい、美味しいわよ・・・・・・


・・・・・これは

極限の緊張の中、ふいにファビアナの遠い記憶が呼び起こされる。

まだファビアナの物心がつくかどうかという、幼かったある日。
父と母との三人で、庭でお茶をした事があった。

あの日の母はとても機嫌が良かった。
母の好物を、父が用意して訪ねて来てくれたからだろう。

父と母が美味しいと言って食べていたソレを、私もちょうだいと言ってねだったのだ。


「ファビアナ!お前の好きなクラッカーをさっさと答えるんだ!」


・・・思い出した・・・あの日、母が笑顔で作ってくれたあの食べ物は・・・・・


「・・・生ハムと、チーズと・・・アボガドで食べます」



「・・・・・お・・・・・おぉ・・・・・」

私の答えに、父は目を大きく見開いて唇を震わせた。


「お父様・・・私はあの日、お母様が作ってくれた、生ハムとチーズとアボガドのクラッカーが、大好きです。三人で食べたあのクラッカーが・・・・・大好きです」


父の体から滲み出ていたドス黒い魔力は消えて、狂気に満ちていた両の眼にも光が宿った。

「・・・ファ、ファビアナ・・・お、お前・・・覚えて・・・覚えていたのか?」

「・・・はい、お父様、あの日は私の人生で一番大切な思い出です。家族三人で笑い合った、かけがえの無い日です」


「う・・・うぅ・・・ファ、ファビアナ・・・・うぅ・・・・ぅ・・・・・」


溢れ出る涙に顔をくしゃくしゃにしながら、父は私を強く抱きしめてくれた。
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