673 / 1,298
672 父の裏と表
しおりを挟む
「・・・う・・・うぅ・・・」
ボートの中で寝かせていたロンズデール国王リゴベルトが、僅かに身をよじり声を発すると、傍らで様子を見ていたファビアナは身をこわばらせた。
国王が、父が目を覚ます・・・
王宮仕えの魔法使いとして、リンジー達と謁見をした事はある。
だが娘として最後に話したのは、一体いつだろうか。
もう思い出せない程遠い昔だ。
本当は怖い。
何を話せばいいのか分からない。
自分の事をまだ娘と思ってくれているのだろうか?
不安が胸いっぱいに広がり、緊張からくる冷たい汗が頬を伝い、心臓が高鳴っていく。
だが、ラクエルに言われて気が付いた。自分は国王と向き合わなくてはならない。
だから決めたんだ。ちゃんと話しをすると。
「・・・う、ん・・・」
ファビアナが覚悟を決めた時、国王はゆっくりと目を開いた。
あの日、リンジーがファビアナ助けてくれた日以来、国王と二人で顔を合わせるのは初めてだった。
「・・・ファビアナ、か・・・」
自分を見ると、少しだけ驚いたようだったが、すぐに優しい声で名前を呼んでくれた。
「・・・は、はい・・・」
「怪我は、ないか?」
「え?は・・・はい、あ、ありま、せん」
国王が自分を気遣った・・・・・記憶を掘り返しても、そんな事はこれまで一度も無かった。
「そうか、良かった・・・」
疲れているのだろうか、弱々しい声だった。
けれど、自分と目を合わせてハッキリ言葉にしてくれた事がとても嬉しかった。
「私は・・・間違っていた、ようだな・・・国を護りたいからとカーンの言いなりになって、これまで尽力してくれた大臣を蔑ろにしてしまった。その結果がこれだ・・・・・今更、言い訳もできないが、私が謝っていたと、大臣に、バルカルセルに伝えてくれ・・・・・」
「え・・・ど、どうして、ですか?だ、脱出できるんです。帰って、直接大臣と・・・」
まるで死にゆく者の最後の言葉にように話す国王に、ファビアナは戸惑いを感じた。
「私にはもう、時間が、ないのだ・・・ファビアナ・・・お前には、辛い思い、寂しい思いばかりさせて、すまなかった・・・許してもらえないだろうが、せめて、最後は・・・父として謝らせてくれ・・・本当に、すまなかった・・・」
「お、お父様・・・そんな、最後だなんて・・・どうして・・・」
ファビアナの紫色の瞳が揺れる。
国王は、父は、なぜ突然そのような言葉を口にするのか?
目を覚ました父は、最初に自分の体を気遣ってくれた。
たったそれだけかもしれないが、これまで親子らしい会話をした事のないファビアナにとって、それはとても大きな事だった。これから父と少しづつでも分かり合っていけたら・・・・そう思った矢先の、信じられない言葉だった。
「ぐぅっ!う・・・に、逃げろ!わ、私は・・・いい、わ、私が・・・私で、いるうちに!は、早く、逃げろッ!」
突然頭を抱えて苦しみだした国王に、ファビアナは絶句した。
額から汗を流し、歯を食いしばって、必死に何かに耐えている。
一体何が国王を苦しめている!?
「お、お父様!いったいどうされたんですか!?どうしてそんなに苦しんでいるのです!?」
「い、いいからっ!は、早く・・・わ、私から離れるん・・・・・・・・・・・・・」
うずくまって震えている国王の肩を掴み、その苦しみの原因が何なのか懸命に呼びかける。
国王が娘の声に、かろうじて自分から離れろと伝えたその時、それまでもだえ苦しんでいた事が嘘のように、ピタリと震えが止まった。
「お、父様・・・?」
突然動きが止まった父親に、ファビアナは違和感を感じて、肩を掴んでいた手を離した。
しかし肩から手が離れたその瞬間、逃がさないとでも言うようにその手首を掴まれた。
「痛っ!」
突然強い力で掴まれた右手首に痛みが走り、思わず声を上げる。
そしてファビアナは驚愕した。
自分の手首を掴んでいるのは国王であり父親だった。
しかしその風貌は、さっきまで自分に優しい言葉をかけてくれた父親と、とても同じ人物とは思えない。
ぎょろりとして、底無し沼のように黒く淀んだ目。
口の端からは涎は一筋たれて、気味の悪い笑みを浮かべている。
そしてザラリと肌にまとわりつくような、気持ちの悪い声が耳に触れた。
「ファビアナ~、お前の好きなクラッカーを言ってみろ」
ボートの中で寝かせていたロンズデール国王リゴベルトが、僅かに身をよじり声を発すると、傍らで様子を見ていたファビアナは身をこわばらせた。
国王が、父が目を覚ます・・・
王宮仕えの魔法使いとして、リンジー達と謁見をした事はある。
だが娘として最後に話したのは、一体いつだろうか。
もう思い出せない程遠い昔だ。
本当は怖い。
何を話せばいいのか分からない。
自分の事をまだ娘と思ってくれているのだろうか?
不安が胸いっぱいに広がり、緊張からくる冷たい汗が頬を伝い、心臓が高鳴っていく。
だが、ラクエルに言われて気が付いた。自分は国王と向き合わなくてはならない。
だから決めたんだ。ちゃんと話しをすると。
「・・・う、ん・・・」
ファビアナが覚悟を決めた時、国王はゆっくりと目を開いた。
あの日、リンジーがファビアナ助けてくれた日以来、国王と二人で顔を合わせるのは初めてだった。
「・・・ファビアナ、か・・・」
自分を見ると、少しだけ驚いたようだったが、すぐに優しい声で名前を呼んでくれた。
「・・・は、はい・・・」
「怪我は、ないか?」
「え?は・・・はい、あ、ありま、せん」
国王が自分を気遣った・・・・・記憶を掘り返しても、そんな事はこれまで一度も無かった。
「そうか、良かった・・・」
疲れているのだろうか、弱々しい声だった。
けれど、自分と目を合わせてハッキリ言葉にしてくれた事がとても嬉しかった。
「私は・・・間違っていた、ようだな・・・国を護りたいからとカーンの言いなりになって、これまで尽力してくれた大臣を蔑ろにしてしまった。その結果がこれだ・・・・・今更、言い訳もできないが、私が謝っていたと、大臣に、バルカルセルに伝えてくれ・・・・・」
「え・・・ど、どうして、ですか?だ、脱出できるんです。帰って、直接大臣と・・・」
まるで死にゆく者の最後の言葉にように話す国王に、ファビアナは戸惑いを感じた。
「私にはもう、時間が、ないのだ・・・ファビアナ・・・お前には、辛い思い、寂しい思いばかりさせて、すまなかった・・・許してもらえないだろうが、せめて、最後は・・・父として謝らせてくれ・・・本当に、すまなかった・・・」
「お、お父様・・・そんな、最後だなんて・・・どうして・・・」
ファビアナの紫色の瞳が揺れる。
国王は、父は、なぜ突然そのような言葉を口にするのか?
目を覚ました父は、最初に自分の体を気遣ってくれた。
たったそれだけかもしれないが、これまで親子らしい会話をした事のないファビアナにとって、それはとても大きな事だった。これから父と少しづつでも分かり合っていけたら・・・・そう思った矢先の、信じられない言葉だった。
「ぐぅっ!う・・・に、逃げろ!わ、私は・・・いい、わ、私が・・・私で、いるうちに!は、早く、逃げろッ!」
突然頭を抱えて苦しみだした国王に、ファビアナは絶句した。
額から汗を流し、歯を食いしばって、必死に何かに耐えている。
一体何が国王を苦しめている!?
「お、お父様!いったいどうされたんですか!?どうしてそんなに苦しんでいるのです!?」
「い、いいからっ!は、早く・・・わ、私から離れるん・・・・・・・・・・・・・」
うずくまって震えている国王の肩を掴み、その苦しみの原因が何なのか懸命に呼びかける。
国王が娘の声に、かろうじて自分から離れろと伝えたその時、それまでもだえ苦しんでいた事が嘘のように、ピタリと震えが止まった。
「お、父様・・・?」
突然動きが止まった父親に、ファビアナは違和感を感じて、肩を掴んでいた手を離した。
しかし肩から手が離れたその瞬間、逃がさないとでも言うようにその手首を掴まれた。
「痛っ!」
突然強い力で掴まれた右手首に痛みが走り、思わず声を上げる。
そしてファビアナは驚愕した。
自分の手首を掴んでいるのは国王であり父親だった。
しかしその風貌は、さっきまで自分に優しい言葉をかけてくれた父親と、とても同じ人物とは思えない。
ぎょろりとして、底無し沼のように黒く淀んだ目。
口の端からは涎は一筋たれて、気味の悪い笑みを浮かべている。
そしてザラリと肌にまとわりつくような、気持ちの悪い声が耳に触れた。
「ファビアナ~、お前の好きなクラッカーを言ってみろ」
0
お気に入りに追加
152
あなたにおすすめの小説
異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。
ファンタスティック小説家
ファンタジー
科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。
実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。
無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。
辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) ~今日から地獄生物の飼育員ってマジっすか!?~
白那 又太
ファンタジー
とあるアパートの一室に住む安楽 喜一郎は仕事に忙殺されるあまり、癒しを求めてペットを購入した。ところがそのペットの様子がどうもおかしい。
日々成長していくペットに少し違和感を感じながらも(比較的)平和な毎日を過ごしていた喜一郎。
ところがある日その平和は地獄からの使者、魔王デボラ様によって粉々に打ち砕かれるのであった。
目指すは地獄の楽園ってなんじゃそりゃ!
大したスキルも無い! チートも無い! あるのは理不尽と不条理だけ!
箱庭から始まる俺の地獄(ヘル)どうぞお楽しみください。
【本作は小説家になろう様、カクヨム様でも同時更新中です】
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~
月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。
「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。
そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。
『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。
その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。
スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。
※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。)
※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる