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670 差し込んだ光

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「ディリアン!」

押し寄せる水とともに飛び掛かった頬黒鮫の顎から、ディリアンを護ったのは重症のビリージョーだった。

「ぐ、おぉぉぉぉっ!」

なんとか歩ける程度には回復しているが、まだかいふくが十分ではなく、ダリルから受けたダメージも残っている。だが、ここまで一緒に戦って来た仲間であり、自分に心を開き始めているディリアンのため、ビリージョーはナイフを握り飛び出した!

ディリアンを突き飛ばして鮫の顎から逃がすと、食事を邪魔された鮫が怒り狂ったかのように、上顎と下顎を噛み鳴らし頭を振るう。

「セイッ!」

ビリージョーは鮫の背に跨ると、その頭に向けてナイフを全力で突き立てた!

吹き出す返り血を浴びながら、ナイフを動かして頭切り裂く。暴れる鮫の動きが止まり、絶命した事を確認すると、隣で座り込んでいるディリアンに手を伸ばした。

「はぁっ、はぁっ・・・立てるか?」

「ビ、ビリージョー・・・」

差し伸べられたその手を掴むと、力強く引き起こされる。
咄嗟の事で結界を張る事もできなかった。もしビリージョーが助けてくれなければ、今頃鮫の腹の中だっただろう。
暗闇でその姿は薄っすらとしか見えないが、足元には頭を割られた鮫の死骸が転がっている。
すでに足首が埋まる程に浸水し、サメの死骸から流れ出る血が足元を赤く染める。血の海の中に自分が立っている事を自覚して恐怖が遅れてやってきた。

「ディリアン?・・・震えているのか?」

「う・・・うるさい・・・」

魔道剣士四人衆の一人プラットには、死にそうな程殴られた。
下の階ですでに鮫には追いかけられている。
ついさっき、ラルス・ネイリーの命も絶った。

危ない場面は何度もあったし、実際に命も奪ったが、それとはまったく種類の違う恐怖だった。

自分が餌として食われるなど、想像もしていなかった。
あの瞬間に感じた恐怖は、本来人間が味わう事の無い恐怖だ。

だが、自分など一齧(かじ)りで捕食する、鮫の大口を目の当たりにして、ディリアンは悟った。
いまこの場においては、自分達が狩られる立場なんだと・・・・・

「ビリージョー、速く逃げよう・・・船は沈む。ここにいてもヤツらの餌になるだけだ!」

強く袖を掴まれ、危機感に満ちたディリアンの声を聞いて、ビリージョーは頷いた。

「・・・あぁ、その通りだ。早く逃げよう!だが、レイチェルとリンジーは?」

治療を続けるサリーに顔を向けると、サリーはまだ二人の間に腰を下ろし、ヒールを続けている。

「大丈夫・・・危険な状態は脱しています。でも、レイチェルの骨を完全に治すなら、もう少し続けたいところですね。それと・・・厳しいのはリンジーの方です。頭に相当なダメージを受けているわ。鼓膜も破れてたみたいだし。幸い早めにヒールをかけられたから、後遺症を残さずに治せるけど・・・しばらく意識は戻らないと思います」

そこまで話すとサリーは治療の手を止めて立ち上がった。

「・・・ここまでですね。本当は最後まで治療したのですが、もうこんなに水が来ています。脱出を優先しましょう」

「分かった。運ぶのは任せろ・・・よっと」

サリーが場所を開けると、ガラハドはレイチェルとサリーを、両脇に軽々と抱きかかえた。
女性とは言え人を二人抱えても平然としている姿は、齢50を数えても、190cmの大きな体に鍛え抜いた筋肉が伊達ではないと教えていた。

「みんな、準備はいいか!?下の階から水がどんどん流れてきている、鮫もすでに何匹か侵入してきたようだ!早く逃げよう!」

駆けよって来たのはビリージョー。その声には浸水と鮫、沈みゆく船に対しての焦りが見える。
サリーのヒールも終わった今、魔力による僅かな明かりも無い暗闇で、アラア達の話し声を頼りにしたようだ。

「だいたいの方向はさっき覚えた、倒れていたレイチェルの、頭が向いていた方だ。そっちに通路が見えた」

「そうか、ならあっちか?」

ビリージョーの言葉にガラハドが反応するが、やはり暗闇のため場所の特定が難しい。
顔を向けているようだが、ガラハドもすぐに見えていない事を理解して、小さくを舌を打つ。

「しかたねぇ、だいたいの方向は合ってるんだ、こっちに・・・」
「ん!ちょっと、待ってください。なにか、聞こえませんか?」

大まかな道筋で当たりを付け、先に進もうとしたガラハドに、待ったをかけたのはアラタだった。

それは何かを削るような音だった。
最初は遠く小さくて、気のせいかと思ったが、音は徐々に大きくなり、今はもうフロア全体から聞こえるようになっていた。

「な、なんだこの音は?」
「なにかを・・・壊している?」

ビリージョーもディリアンも、首を回し周囲の音を探るが、この暗闇では原因を見つける事ができない。しかし音は確実に大きさを増していき、それに伴って船も揺れ動き出し、足元が不安定になっていった。

「あ!おい、あれは!?」

その時、ガラハドは天井を指差した。
なぜなら亀裂が入り、僅かに陽の光が差し込んで来たからだ。

「え・・・!?」

ガラハドの声に反応してアラタも顔を上げ、そして気が付いた。
天井に広がっていく亀裂、その原因はこのフロアを覆う闇が膨張しているからだと。

「内側から膨れ上がっていく闇が、船内を圧迫して強い負荷を加えているのよ・・・」

壁が、天井が、足元の床もひび割れ、そして崩れ始めた。

「闇が、船を食い破るのか・・・?」

ボロボロと崩れ落下してくる石欠を顔に浴びて、アラタの頬を冷たい汗が流れ落ちる。

このまま船が崩れたらどうなる?
ただでさえ鮫まで迫ってきている。脱出は?俺達全員で出られるのか?

「・・・いや、大丈夫だ・・・」

フロアを覆う闇は膨れ上がり、崩壊した壁から漏れ出ている。しかし開いた穴からは光が差し込み、船内を明るく照らし出した。

「みんなチャンスだ!これなら道が見える!今なら行ける!」

アラタの一声で全員が顔を見合わせて頷いた。確かに水かさはどんどん増していき、鮫も次々とフロアに侵入して来る。しかしさっきまで暗闇に包まれていた事を考えれば、周りが見えるようになったこの状況は好機と言える。

「あっちです!バルデス様がいるはずです!」

先頭に立ったサリーに続いて、アラタ、ビリージョー、ディリアン、そしてレイチェルとリンジーを抱えたガラハドが続いた。

そしてその後ろからは、この場を走り去る気配を察知した沢山の鮫が、餌を求めて追跡を始めた。
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