上 下
668 / 1,253

667 隠していたもの

しおりを挟む
首がねじ切れるかと思う程に殴り飛ばされる!
身体強化も闇の瘴気も意味を成さない。
鼻が潰され、粘着性のある真っ赤な血液が宙に飛び散らされる。

体勢を立て直す間さえなく、続けざまに右の脇腹に衝撃を受け、胃液を撒き散らしそうになる。
胃が逆流させられそうな程の衝撃、それは目の前の黒髪の男の、左拳のよる打撃だった。

左胸、心臓の位置が殴られ、一瞬だが意識が飛びそうになる。
足元がぐらつき、上半身が崩れ落ちそうになったところで、顎が撥ね上げられた!


な・・・ぜだ?
なぜ、突然、ここまで速く・・・なった!?
私の闇は、確かにコイツの攻撃を察知している・・・だが・・・


190cm、100キロを超える巨体が浮く程の衝撃!
ヘビー級の体躯を持つダリルが、自分よりはるかに小さいアラタの拳に圧倒されている。
光の拳はダリルの闇を確実に上回っていた。

ダリルは体から発する闇の瘴気に拳が触れた瞬間を察知し、肉体に拳が届く前に体を動かし躱していた。
瘴気に拳が触れてから肉体に届くまでの時間は極めて短い。
短いが、回避を前提とした動きをしているダリルには、一瞬の猶予があれば躱す事は可能だった。

しかしここに来て突然、回避が間に合わず、アラタの攻撃を一方的に食らい始めた。

なぜか?
アラタはダリルの回避方法を見破ったわけではない。
だが、届かないのならば、ダリルが躱すよりも早く動き、拳をあてればいい!

ダリルのパワーはアラタを大きく上回っているが、力任せに振るわれるだけの攻撃など、おそるるに足らず!アラタはフットワークを駆使し、攻撃時にはダリルが躱せない程の超接近戦を挑んでいた。
いかに闇が拳を察知しようが、それが意味をなさないくらいに迫り撃てばいい!

「ふ、ふざ・・・ふざけっ・・・!」

脇を閉めて両腕を盾に体を守る。
ガードの上からでもおかいまいなく撃ち続けるアラタの拳は、ダリルの上等な上着をズタボロにし、その腕が赤黒く変色する程の強打を浴びせていた。

「オォォォォーーーッ!」

左足を深く踏み込み、腰を回し、肩を入れて撃つ。
完全に防御の体勢に入った相手に対してならば、繰り出した拳を戻す事までは考えなくていい。
ただ倒すためだけに、この一撃をぶつける!!


「な、んだとぉぉぉッ!?」

アラタの右ストレートに、貝のように閉じていた両腕が弾かれた!!
無防備にさらけ出された体に、渾身の右が突き刺さる!

「ガッ・・・!」

筋肉の鎧のようなダリルの肉体だが、光の拳の前では用をなさない。
左胸に深く拳をめり込ませたまま、アラタは更に強く拳を振り抜いた!

殴られるままに背中から床に叩き付けられる。
恵まれた体を持つダリルにとって、これは初めての経験だった。
しかも自分に土を付けた相手は、頭半分は小さく、体付きも自分とは比べ物にならないくらい細いのだ。

一連の攻撃、特に最後の右ストレートで闇の力も大きく削られた。
カーンも倒れ、ギルバートも殺された。
護衛の二人もいなくなった今、ダリル・パープルズは敗北という現実を認めるしかなかった。

この黒髪の男サカキ・アラタにも、ここまで追いつめられている。
どう考えても、ロンズデール国王を奪取できる状況にはない。

「ゲホッ・・・フッ・・・ハハハハハ!認めるしか、ない、な・・・この場の勝利は、お前達の、ものだ。だが、あくまでこの場だけだ・・・」

言葉を口にすると左胸に突き刺さるような、酷く鋭い痛みが走る。
どうやら今の一撃で胸骨を砕かれたようだ。

ダリル・パープルズはゆっくりと上半身を起こすと、数歩程離れた場所で拳を構えているアラタに目を向けた。

「・・・私をここまで追い込んで・・・絶好機にも関わらず、まだ警戒するその用心深さは褒めてやろう。そうだ・・・貴様のその警戒は・・・正しい」

胸のダメージの大きい事は一目で分かった。
足にも力が入らないのだろう。膝に手を着きやっとの思いで立ち上がる。
もはや勝負は完全についていた。

だが、追い詰められたダリルの表情には、焦りも苛立ちもなく、ある種の覚悟を決めた者の余裕さえ浮かんでいた。


アラタに残された時間は、あと十数秒しかない。
しかし今のダリルならば、十秒あればノックアウトする事は可能である。
アラタの宣言通りの状況になっていた。

しかし、目に見えない部分で、両者の間には緊張感が漂い、アラタはダリルから放たれるプレッシャーに気圧されかけていた。


なんだ・・・?いったいなにを隠している?
勝負はもうついた。だが、コイツのこの自信はなんだ?
分からない・・・このまま殴り倒せばいいだろうが、今迂闊に近づくのは危険に感じる。
だが、俺にはもう時間が無い・・・行くしかない!


覚悟を決めたアラタの残り十秒。
それはダリルへ向かって大きく踏み込み、左のストレートを放とうとしたその時だった。

「私にとっても危険だが、お前らも無事に帰る事はできない」

ダリルの呟きは、とても小さなものだった。
その言葉をアラタが耳にした直後、ダリルの全身から闇が火山噴火の如く、勢いよく放出された。

「なに!?」

アラタの顔に動揺が走る。
闇は瞬く間にフロアを埋め尽くし、アラタ達は身動きが取れなくなってしまった。

「くっ、やはり切り札を持っていたか!」

完全なる暗闇はアラタ達を一瞬で閉じ込めた。

「この戦いは貴様らの勝利だ。だが、生き残り国へ帰れるのは私だけだ」

一寸先も見えない闇に囲まれた中、ダリルの声だけが空間に反射して、上に下に右に左と、あちこちから響き聞こえた。


そして闇の瘴気は船を食い破った
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

処理中です...