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658 託したもの

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右腕の肘から先が潰され、軌道上の右鎖骨と胸骨までも砕かれた。

一切の音も発せずに放つ真空の衝撃波。
更に周囲の音さえも消し、相手の感覚を惑わす空間を作り出すこの技は、まさにリコ・ヴァリン必殺の一撃だろう。

なにかを飛ばしてくる。そう思い右腕を前に出したが、ここまでの威力だとは・・・・・
腕一本犠牲にしていなければ、右半身を潰され確実に死んでいただろう。

だが・・・生き残った!

耳がおかしいせいか、血を流し過ぎたせいか、私の目にはリコ・ヴァリンの姿がぼやけて見える。

それでも・・・それでも影さえ見えれば問題ない!

リコ・ヴァリン!これが私の最後の一撃だ!受けてみろ!


右へ大きく首を振りぬいた。
くわえたダガーナイフを通して、確かに肉を切り裂く感触が伝わって来る。


・・・・・リコ・ヴァリン・・・あんた、強かったよ。


この一太刀で私は力尽きた。
受け身を考える余裕もなく、重力にまかせて落下する。

かろうじて頭から落ちる事だけは避けたが、背中をしたたかに打ち付けた。


だめだ・・・もう、動けない。
背中の出血・・・右腕は肘から先が潰されていて、指一本動かせない。
右の鎖骨も肋骨もへし折れているのが分かる、ピクリと動かすだけでも激痛が走る。

ここまでダメージを受けたのは初めてだ・・・・・死が・・・近く感じる。

瞼が重くなってきた。
だめだ・・・ここで目を閉じたら、本当に・・・・・


すぐ隣になにかが落ちて大きな音を立てた。

首だけなんとか動かして見ると、かすむ視界の中に映る紫色の髪が、たった今死闘を終えたリコ・ヴァリンだと分かる。

唇が赤く濡れているように見える。
おそらく血だろう。顎まで真っ赤に濡れているようだ。

その首はパックリと裂けていて、流れ出る血は横たわる床を赤く染めている。

目が合った。
視線を受けて、リコ・ヴァリンがまだ息絶えていない事を知る。

赤い唇が動く。何かを伝えようとしている。
しかし喉を斬られているから、言葉を発する事はできない。

だから、レイチェルは唇を読んだ。


・・・も・・・て・・・い・・・け・・・・

持って行け

「・・・・・どういう・・・意味だ?」


レイチェルの問いに、リコ・ヴァリンは答えなかった。


ただ、満足そうに口元に笑みを作ると、目を開けたまま息絶えた。



「・・・なん、だよ・・・そんな事、言われたら・・・」

レイチェルは左肘を着き、震える体を歯を食いしばって起こした。
とうに限界は超えている。だが、精神力、意思の力で無理やり体を動かした。


持って行け・・・・・


「私に・・・使えって、言う・・・のか?」

リコ・ヴァリンの右手に触れる。
すると、固く握られていた手が、まるで託すかのように開いた。

死しても最後まで離さなかった、リコ・ヴァリンのガラスの剣。
それは極限まで薄く鍛え上げられた不可視の剣。


・・・私はナイフ使いだ・・・剣なんて使った事もない・・・・・

けれど、お前が何を考えて私にこれを託したのか、それは分かる気がする。
自分を倒した相手に、覚えていて欲しいんだろ?
この剣を使った私が、どこまでいくのか見てみたいんだろ?


「・・・まだ、死ねない・・・な」

レイチェルは腰に下げた革の袋から回復薬を取り出すと、一息に喉に流し込んだ。

斬られた傷が塞がるわけではない。これほどの大怪我では気休め程度にしかならない。
けれど、それでも飲まないよりはマシだ。

リコ・ヴァリンの右手からガラスの剣を取ると、手の平でそっとリコ・ヴァリンの瞼を下ろした。


・・・私達は敵だ。けれど、お互いに持てる全てでぶつかった友と言えるだろう。
だから、お前が望むなら・・・お前の魂は連れて行く。


その安らかな死に顔に心で語りかけた。
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