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645 海と国を愛する気持ち

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「・・・ウラジミール、なんで帝国なんかに国を売ったの?」

目の前で倒れている男にアタシは問いかけた。
右脇腹から左胸にかけて、袈裟懸けに体が切り裂かれていて、血の海ができていた。
青白くなった顔から生気は見えず、命の灯が消えかけている事が分かる。

「ウラジミール、大海の船団はロンズデールとともに、何百年も生きて来たんでしょ!なんでこんな馬鹿な事をしたのよ!」

声を荒げてもう一度問いただすと、ウラジミールはアタシに目を向けてかすかに口を動かした。


「・・・船団を・・・残す・・・ためだ・・・」

「・・・どういう事?」

虚ろだったウラジミールの目に、僅かに力が戻るように見えた。
しっかりとアタシと視線を合わせて言葉を紡いだ。


「シャノン・・・ロンズデールが帝国に吸収されるのは、時間の問題だ・・・そうなれば、船団も何もかも奪われる。それなら・・・自分達の力を見せた上で、自ら傘下に入った方が・・・待遇はいい。少なくとも・・・船団は生き残れる・・・・・俺は、船長として・・・・・部下を護る義務がある。何をしてでもな・・・・・」

「・・・だったら、こんな事をする前にアタシに言ってくれれば・・・海を、国を想う気持ちは一緒じゃない!」


この時、アタシはどんな顔をしていたんだろう

ウラジミールからは、大海の船団からは、ずっと嫌な思いをさせられ続けていた

相手にしないと決めていたけれど、それでも絡まれれば当然頭にくる

アタシはこの男が嫌いだったし、大海の船団も無くなればいいと思っていた

けれど自分で口に出して気付いた・・・・・


海を愛する気持ちは一緒なんだって
国を想う気持ちは変わらないんだって


もし、青の船団と大海の船団が協力できていたら・・・・・
もし、アタシがウラジミールとちゃんと話していたら・・・・・



「・・・涙の、似合わん女・・・だな・・・・・」


目元に触れる指先は冷たかった


「・・・なんだよ・・・それ」

最後の言葉がそれ?


フッと笑うと、力無く手が落ちて、それきりウラジミールが言葉を話す事はなかった






「・・・良かった、間に合ったわ」

アラタに充血剤を飲ませたサリーは、安堵の息をもらしその場に腰を下ろした。

ヒールをかけ、火魔法で暖めておいた事で、アラタの体力がまだ少しは持つ事は分かっていたが、それでも危険な状態であっただけに、気がかりだったからだ。

「こんな状態の人の前で戦えないし、脱出方法を知るためだったとは言っても、やっぱり心配だったから・・・本当に助かって良かった・・・」

役目を果たした事で緊張がゆるんでしまったのか、これまで意識てしていなかった疲労が思い出され、全身が水につかったように重くなる。

・・・いけない、まだ船から脱出できたわけではないのだから、こんなところで気を抜いては・・・

頭ではそう思っても、蓄積された疲労は隠しようがないほど積み重なって、サリーの背にのしかかって来る。


「・・・サリーさん、アラタはこれで助かるのか?」

白髪頭を後ろに撫でつけ、サリーの隣に腰を下ろしたのはガラハドである。
まだ意識の戻らないアラタに、じっと目をやりながらサリーに確認する。

「はい。なんとか充血剤を飲んでくれましたので、あとは血が増えるのを待つだけです。ガラハドさんはお身体大丈夫ですか?」

「あぁ、あんたのおかげだ。だけど、まだ違和感はあるな。痛みではないんだ。なんつうか、体に異物が入ってる感じだな・・・まぁ、最初よりはずっとマシになってるからいいんだけどよ。そのうち違和感もなくなるだろ」

笑うと、歳の数だけ刻んだシワがクシャっとなる。
50を数えるガラハドからすれば、サリーは娘と言っていい年齢だ。会話や接し方には年長者の余裕のようなものが見える。

ガラハドは、魔道剣士四人衆アロル・ヘイモンとの戦いで、悪霊の宿った槍で刺された両肩と胸に指して見せた。

サリーは観察するように目を細めて、ガラハドの体に目を向ける。

「・・・そのヘイモンというは男は、槍で付けたガラハドさんの傷は癒す事はできないと言っていたんですよね?けれど、私のヒールで治療が出来ました。推測ですが、ヘイモンが死んだ事、そして二本の内の一本とはいえ、悪霊の宿った槍が破壊された事が関係しているのかもしれませんね」


サリーはガラハドの傷を治療した時、その傷口からにじみ出る恐ろしい気配に身震いを禁じえなかった。

悪霊・・・それは話しだけなら聞いた事がある。

しかし悪霊に憑かれた者に会った事はないし、聞いた話しというのもバルデスからだけである。
そのバルデスも、昔実家の書庫にあった本で読んだというだけで、悪霊そのものを見たというわけではない。

ガラハドの傷口から感じた気配は、恐らくは残り香程度のものだろう。

しかし、サリーにはそれさえも恐怖の対象であり、本心を言えばその場から逃げ出したいとさえ思っていた。しかし、自分はシャクール・バルデスの侍女である。
役目を放棄して逃げる事は、主人であるバルデスの顔に泥を塗る事になる。
その気持ちがサリーを踏みとどまらせて、ガラハドの傷にヒールをかけさせた。

「・・・確かに、さっき私が治療した時と比べると、嫌な感じが無くなってきていますね。これなら大丈夫だと思いますよ」

「そりゃ何よりだ。さて、じゃあアラタを担いで行くか?」

床に横たわっているアラタの背中に手を回し抱き起す。
そのまま膝裏にも手を入れて持ち上げると、サリーも立ち上がった。

「はい。それでは私について来てください。急ぎますが、あまりアラタさんを揺さぶらないように注意してください。まだ意識が戻っていないのですから。その持ち方でしたら、首の後ろから後頭部を支える様に手を回すと、安定するかと思います」

「お前さん、けっこう細かいんだな?」

「当然の事を申し上げているだけです。では行きますよ」

軽口をたたくガラハドを少しだけ睨むと、サリーが前に立って歩き始めた。
その後ろをガラハドが付いて行こうと、一歩前に足を出したその時、背後からぶつけられた殺気に思わず振り返った。


「どこへ行こうと言うのだね?」


低いがよく通る声だった。

180cm程の背丈、トップを残しサイドを刈り上げた、黒に近いダークグレーの髪。
やや色黒で、鼻の下には丁寧に切りそろえられた髭。
顎の回りにも同様に揃えられた髭が、耳に向かって伸びている。

丸みのある肩当て、肘から手首にかけてのアームガード。胸当て。
腰から下にもしっかりと防具は付けられていて、全て銀製の装備である。

そして左腰に下げられている大振りの剣に手をかけて、こちらに強烈な殺気を放っているその男こそ、魔道剣士の長、ラミール・カーンだった。
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