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640 決意

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「ねぇ、あんたは行かなくていいの?」

肩まであるウェーブがかった濃い金髪を掻き揚げて、ラクエルは目の前で三角帽子を深くかぶるファビアナを見る。

レイチェル、リンジー、シャノンが部屋を出た後、一人残ったファビアナを見て、ラクエルが声をかけてきたのだ。

「あ、えっと・・・わ、私・・・その・・・」

国王が目を覚ました時、そばに誰かがいなければという事で、ファビアナは一人残った。
それを言えばいいだけだが、なかなか言葉が出てこない。

「・・・ねぇ、ファビアナちゃんさぁ、あんた初めて城に来た時からずっとそんなだよね?」

おどおどして、いつまでも答えが返ってこないファビアナに対して、露骨なまでに大きく溜息をつくと、ラクエルは腕を組んで、ファビアナを見下ろすようにして話し出した。

「あのさ、アタシもあんたの事情ってヤツは、ある程度知ってんだよね。それを知ってる上で言わせてもらうけどさ、もう何年経ってんだよ?って感じ。いつまでビクビクしてんの?アタシ普通に話しかけただけじゃん?」

「・・・す、すみま、せん・・・」

身を縮こまらせて、か細い声をやっと絞り出すと、ラクエルは眉を寄せてハッキリと不機嫌をあらわにして見せた。

「・・・なんで謝んの?アタシがいじめてるみたいじゃん?」

「・・・・・あ、その・・・」

ファビアナが言葉に詰まると、ラクエルは傍らのボートの中で眠る、ロンズデール国王に顔を向けた。

「・・・ファビアナちゃんさ、あんた一回でも本気で親にぶつかった事ある?」

「え・・・あの、それは・・・」

「国王が起きたら、文句でもなんでもいいからさ、今までずっと溜め込んでたのぶつけなよ。でなきゃ、あんたずっとそのままだよ」


それだけ言うとラクエルはファビアナに背を向けて、フランク達の元へ戻って行った。


「・・・ラクエルさん・・・」

自分から離れて行くその後ろ姿を見つめて、ファビアナの胸には言葉にできない複雑な気持ちが沸きあがった。

お姉ちゃん!と声を上げて、ラクエルに抱き着く小さな女の子。
その母親らしき人は、二人の様子を微笑ましく眺めている。
そして集団のリーダーらしき男性と、談笑しながらボートの用意をしている。
周りで作業している人からも、慕われている様子が伝わって来る。
この短時間で、乗客達とあれだけの信頼関係を築いた事が、ラクエルが人間としてどれほど魅力があるかを物語っている。


「・・・かっこいい・・・な・・・」

言葉が口を突いて出た。
そして一度言葉にすると、自分の中の閉ざしていた感情が次々と掘り起こされていく。


どうして私はいつまで経ってもこうなんだろう。
リンジーさんはずっと優しい。私は何年経ってもこうなのに、いつも嫌な顔をしないで私に合わせてくれてる。

私・・・甘えてたのかな・・・

ラクエルさんの言う通りだ。
今のままじゃ、私はきっといつまでもこのままだ。


ボートの中で横たわっている父親に顔を向ける。

この人は国王・・・けど、私の父親でもある。

親子らしい会話なんてした記憶はない。
私が母親にひどい事をされても助けてくれなかった。
お城で働くようになっても、私の事なんて気にかけてもくれなかった。

・・・父親だなんて思ってない・・・・・

だから私も見ないようにしていた。
近づかないようにして、謁見の時も目を見ないようにして、できる限り距離を取っていた。

けど・・・私が変わりたいと思うなら・・・・・

ファビアナは小さな手を強く握りしめた。それは決意の現れ。

「私も・・・私も変わりたい!」

幼い頃の呪縛から自分を解き放つために、ファビアナは生まれて初めて本気でぶつかる事を決めた。







「グハァァッ!」

身長ニメートル、鍛え上げた体躯を持つウラジミールが、三メートル以上はある天井まで吹き飛ばされ、全身を強く打ちつけられた。

背中から全身に走る強烈な痛みと、呼吸をする事さえ困難になる衝撃に意識が遠くなる。
体を打ちつけた場所には大きく亀裂が入り、パラパラと落ちる石片と共に、その巨体を無防備に落下させる。
そして地震を思わせる程に大きな音を立て、ウラジミールの体が大の字で床に横たわる。


「・・・ハァ・・・ハァ・・・」

右胸を抑えて、苦しそうに呼吸をするのはシャクール・バルデス。
左膝と左手を床に着き、前方で倒れているウラジミールを見据えている。

本来であれば、このまま止めを刺すところだが、今のバルデスにはそうできない理由があった。

「ウッ・・・ぐぅ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

魔力を練ろうとして、身体中に走る激痛に顔を歪めた。
右の肋骨が砕かれ、今はこうして膝を着いて体を起こしているだけでも、精一杯なのである。


あの時・・・私のサイクロン・プレッシャーは、ヤツの剣先にぶつかった。
そのまま圧縮した風は解放され、ウラジミールを飲み込んだ・・・ここまではいい。
だが私も同時に、衝撃波のようなものを胸に受けて吹き飛ばされた。

そして気が付いた。

おそらくヤツの武器、あの短剣の能力は・・・・・

そこまで考えたところで、再び強い痛みが胸を突き刺し、前のめりに倒れそうになる。
じっとしていても治まるどころか、痛みはどんどん強くなり、脳がしびれるような感覚に襲われる。
全身からべったりとした嫌な汗が流れ、血を失っている事も相まって、吐き気すらもよおしてきた。


・・・私は、シャクール・バルデスだぞ・・・こんな、事で・・・

自分自身を鼓舞して奮い立たせようとするが、どうしようもない程に体力が無くなっていた。

これ以上は動けない・・・

「サ・・・リー・・・・」


「・・・驚いた・・・俺のエアコートで防ぎきれんとは・・・」

手を付きながら、体の動きを確認するように上半身を起こすと、膝を着いてゆっくりと立ち上がる。

息使い、そしてふらついている足元、ウラジミールからは確かなダメージの痕は見て取れた。
だが、あれだけかき回され、天井に叩きつけられてさらに受け身すらとれずに落下をしたにしては、目立った外傷が無かった。

血の一滴も流れていないのだ。
正確には口の端から血は流れているのだが、それは口内を切ったからだろう。
外傷による出血や、痣が見えないのだ。

だが、その謎もバルデスは理解した。


そうか・・・空気だったのか。
こいつはコートを通して、全身を空気の層で護っているんだ。
そしてそれはとても防御力が高い。
少なくとも、俺の地氷走りと、サイクロン・プレッシャーに耐えきった。

そしてその空気は護るだけではなく、攻撃にも応用ができる。
躱した後に来る攻撃は、おそらくこの空気を圧縮するなりしてぶつけてきているんだ。

サイクロン・プレッシャーでだめならば、後は上級魔法しかなかろう。
しかし・・・

バルデスは自分の体に影を落とす巨体を見上げた。

「・・・大した強さだった。お前、最初から顔色が悪かったが、この転覆でダメージを受けていたんだな?もし万全の状態だったら、俺ももっと苦戦していただろう。せめて苦しまないように、殺してやろう」

ウラジミールが短剣を突き付ける。
束の根元から二つに分かれたその奇妙な形状も、今ならなぜその形なのか理解できる。

空気の球を撃つためだ。

おそらくコートとこの短剣は、合わせて使うように作られたのだ。
コートが空気を操り、その空気を剣の隙間、つまり発射口から飛ばすのだ。

それがウラジミールの魔道具の秘密だ。

謎は解けた。そして今の状態でこの男を倒すには・・・命を懸けるしかない。

「さらばだ」

そう言ってウラジミールの短剣、絶空剣に空気の球が込められていく。


フン・・・私を誰だと思っている?四勇士のシャクール・バルデスだぞ。
貴様如きに黙ってやられると思うか?
見せてやろう!覚悟を決めた男の強さを!

魔力を使おうとしただけで胸に痛みが走る。
しかしバルデスには、このまま大人しく殺されるつもりは毛頭ない。
むしろ、僅かでも生存の可能性がある道を選んだ。

今の状態で上級魔法を使えば、身体への負担が大き過ぎてどうなるか分からない。
しかし、助かる可能性もないわけではない。

ならばどうするか?・・・決まっている!

バルデスの体から放出された魔力が、この場の全てを凍り付かせる程に冷気を帯びていく。

「なに!?」

これまで感じた事の無い程の冷気に、ウラジミールがたじろいだ。

「氷の竜に食われるがいい」

バルデスの青い目が開かれ、凍てつく魔力が放たれようとしたその時・・・・・


「やはりバルデスか!いけ!シャノン!」

サイクロン・プレッシャーの余波で、巻き上げられた砂ぼこりを突き破って、赤毛の女、黒髪の魔法使い、灰色の髪の戦士が飛び込んで来た。

「ウラジミールッ!氷の彫像になりな!」

右手でウラジミールに狙いを付けると、シャノンは最大限まで高めた魔力を、全身から放出させるようにして一気に撃ち放った!

「シャノン!?ウ、オォォォォォォーーーーーッツ!」

冷気を帯びた魔力は氷の竜へと姿を変え、大きく顎を開けてウラジミールを飲み込んだ。
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