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637 ボート

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レイチェル達はラクエルとの戦いの後、上の階へと進みボートのある部屋へとたどり着いた。

楕円形で木製のボートは、一隻で20人以上乗れる大きさであり、その数も生き残りの乗客を乗せるだけなら十分に足りた。
レイチェル達はロンズデール国王を入れても全部で11人、ボートは一隻で間に合った。

レイチェル達がボートを一隻確保すると、その後に部屋に入ってきたのが、下の階で一戦やり合ったラクエル達であった。
数十人の集団の先頭には船員のフランクが立っており、レイチェル達に気が付くと少しだけ頭を下げて、反対方向にあるボートを指して乗客達を誘導した。
あえて一定の距離を取ったのは、余計な摩擦を生まないためだろう。

乗客達はラクエルに対して好感を持っている。ラクエルが魔道剣士であり、並々ならぬ力を持っている事など問題になっていない。
横暴な貴族を黙らせ、小さい女の子から好かれている。そのラクエルに突然斬りかかったのだ、レイチェルに対して良い感情など持てるはずもない。
現にこうして距離を取っていても、チラチラと睨んでくる者もいる。



「う~ん、アタシさぁ、あぁいうの嫌いなんだよね。言いたい事はハッキリ言えばいいじゃん?チラチラこっち見てさ、レイチェルの戦闘力を見てるから何も言えないんだろうけど、嫌な感じだよね・・・よし、準備オッケー、切っていいよ!」

並べられたボートは、船首部分が縄紐で、壁に取り付けられたフックに固定されている。

転覆したせいでひっくり返っていて、更に頭の上の高さでぶら下がっているボートは、なかなかシュールに見える。しかし、そのせいで縄紐をほどいて下ろす事には注意が必要だった。

ここで活躍したのはシャノンだった。
レイチェルがナイフで縄紐を切ると、ボートが落下しないように風魔法を使い、ボートをゆっくりと下ろして、少しだけ浮かせた。

「よっと・・・・・シャノン、私は気にしていないぞ。ラクエルと私達が敵対していた事を知らなければ、私なんて突然斬りかかった、危ない女にしか見えないだろうな」

ボートが無事に下ろせたのを見ると、レイチェルは天井から飛び降りて、ボートの真ん中辺りを掴むみ、シャノンの風の動きに合わせてバランスを取る。

「そう言うけどさ・・・うん、まぁ、レイチェルがそう言うんなら、アタシもこれ以上は言わないよ」

「私もあまり良い気持ちはしないけど、しかたないわね。まさか私達が一般人に文句を言うわけにもいかないし、なにかされるわけでもないでしょうし、睨まれるだけなら無視してればいいわ」

ボートを挟んでレイチェルの向かい側に立つリンジーも、シャノンの風の揺らぎに合わせて、ボートを掴んでいた。

「だ、大丈夫みたい、ですね・・・で、ではそのままこちらに、き、来てください」

レイチェル達三人から数歩程下がり、ファビアナがボートのバランスを見ながら誘導していた。

「よし、じゃあアタシの風に合わせて運んで。ゆっくりね」

シャノンが風を操るとボートが少し前に進む。両脇を支えるレイチェルとリンジーは、ボートが揺れて周りにぶつかったり、落ちたりしないように注意を払いながら足並みをそろえる。

「これだけ大きいと、やっぱり疲れるのかい?」

「そうだね、けっこう魔力は食うし、バランスを保つのに神経は使うよね」

単純に風で浮かしているだけに見えて、細かな魔力操作の技術が必要になる。
大きく質量のある物を持ち上げるには、それなりの魔力とセンスが必要だった。

「そ、そのまま、ま、真っ直ぐです・・・は、はい、ここで向きを、か、変えて・・・は、はい、そうです・・・はい、では、こ、このままこっちに、ちょ、ちょっとだけきて、ください」

ファビアナが室内を見ながら、ボートを誘導する。
シャノンはそれに従い風でボートを進ませる。レイチェルとリンジーはボートが風の操作から抜けないように、両脇から支える。四人はそれぞれの役割をこなし、息の合った連携でボートを定位置につけた。

「・・・船がずいぶん沈んできたからな、脱出するならここしかないだろう」

脱出の準備を終えたレイチェル達は、ボートの脱出口となるハッチの前で、体を休める事にした。



「・・・あっちも、手際よくボートを下ろしてるね」

シャノンが見つめる方に顔を向けると、フランク達が声を掛け合ってボートを一隻、二隻と下ろしている。天井まで上がって縄紐を切っているのはラクエルだった。
男達が力を合わせてボートを支え、ラクエルがボートを上がり縄紐を切る。
ラクエルとフランク以外は、それぞれ戦う力を持たない一般人だが、それぞれができる事で貢献して脱出のために力を尽くしている。

「・・・あっちにも黒魔法使いの一人や二人はいるでしょうに、なんでシャノンみたく風魔法を使わないのかな?」

数十人が乗れる程大きいボートを支える事は大変だ。ならばシャノンのように風魔法で浮かせた方が楽だろう。そう考えるリンジーの疑問に答えたのはファビアナだった。

「く、訓練を積んでない・・・い、一般の、人の魔力じゃ・・・あ、あんな大きいの、とても持ち上げ、られないです・・・」

ファビアナの答えを補足するように、シャノンも言葉を重ねた。

「そうだね、アタシは実践経験は少ないけど、魔道具を扱う店をやってるでしょ?それに、女が次のアラルコン商会の会長になるわけだから、舐められないようにするためにも、魔法の修行はしっかり積んできたからね。だからアタシはこれくらいなら浮かせられるのさ」

そう言って、右手の人差し指を立てて風を纏わせて見せる。

「そうなんだ、シャノンはすごいね。先の事をしっかり考えてるんだ」

「そう?小さい頃から当たり前にやってたから、アタシにはこれが普通だよ・・・ねぇ、話しは変わるけど、いつまで待つ?」

それは全員に向けられた言葉だった。
言葉の意味は確認するまでもない・・・ここにいない仲間をいつまで待つか?


「・・・フッ、シャノン・・・それは聞くまでもないだろ?なぁみんな」

レイチェルはおかしそうに笑うと、リンジーとファビアナに顔を向けた。

二人とも、レイチェルの言葉を受け止めて、同じ気持ちだと伝えるように頷いた。


「来るまでに決まってるだろ?みんな生きてるよ」

確信を持って話すレイチェルに、シャノンも目を閉じて微笑みを浮かべた。

「・・・馬鹿な事聞いちゃったね。うん、レイチェルの言う通りだ。みんな生きてるよ、来るまで待ってみんなで脱出だね」

チラリと、ボートの中で眠っているロンズデール国王に目を向ける。
まだ起きる気配は無い。

少なくとも、ロンズデール国王がいなければ、ロンズデールを帝国に売り払う話しは成立しないだろう。

帝国の大臣ダリル・パープルズ、そして二人の護衛。
魔道剣士ラミール・カーン・・・やつらは今どこだ?

そして、大海の船団のウラジミール・セルヒコ・・・・・ヤツは一体今・・・・・

シャノンの頭には、アラルコン商会の青の船団をいつも目の敵にしている、大海の船団の船長の顔が浮かんだ。

「・・・ウラジミール・・・おそらく船団の全てをかけたこのクルーズが、こんな形で駄目になってはもうお終いだろう・・・お前は今どこに・・・・・」


そう呟いたその時、部屋の外で突然の怒声が響いた。
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