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636 気付き

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「あの~、今思い出したんですが、ウラジミール船長は、オーナーのメンドーサ様とご一緒ではないのですか?」

ボートのある部屋まで付いて行く事にしたバルデスとサリーは、ウラジミールの一歩後ろを歩いている。自分達を一般客だと思っているウラジミールから、サリーはできるだけ情報を得ようと話しかけた。

「ん?なんでそんな事を気にする?」

「いえ、深い意味はありません。ただ、乗船前のスピーチの時、ご一緒だった事を思い出しまして。ご一緒でないという事は、はぐれてしまわれたのですよね?ウラジミール船長のお立場を考えますと、きっとご心配されているかと思います。それなのに、私達のせいでご面倒をおかけして申し訳ありません・・・」

目を伏せて俯くと、サリーが心を痛めているように映ったのだろう。
ウラジミールはポリポリと顎をかいて、なんでもないと言うように口を開いた。

「まぁ、確かに転覆してからオーナーは見ていないが、カーンという腕の立つ者と一緒にいたはずだから無事だろう。心配をかけたようですまなかったな。無事に帰ったら、しっかりと賠償はさせてもらう」

「そうですか。ご無事ならなによりですね。ところで、完成したばかりの船が出航して一時間足らずで転覆なんて、そんな事がありえるのでしょうか?あ、失礼な物言いでしたらすみません」

疑問を口にしてから、慌てたように言葉を取り繕うサリーに、ウラジミールは足を止めた。


「・・・それは俺もおかしいと思っていた事だ」

探りを入れすぎたかと、サリーは口を結び僅かに体をこわばらせたが、ウラジミールは予想に反して同調し、自分の考えを話し始めた。

「安全には最新の注意を払っていたんだ。青魔法のサーチと同じ効果のある魔道具を使い、氷山や鮫の群れなどにあたらないように進んでいたんだ。それが突然・・・本当に突然だった。船底になにかぶつかったような衝撃があって、あっという間にひっくり返った・・・・・こんな事があるのか?俺は事故ではなく、人為的なものだと考えている」

「まぁ!そんな事があったのですか?ではやはり、先程おっしゃられていた侵入者が?」

わざとらしいくらいに、大きく驚いた声を出すサリーに、ウラジミールはチラリと目を向けた。

「・・・あぁ、俺はその可能性が高いと思っている。今回のクルーズは帝国の大臣を招待して、両国の関係を深めるためのものだった。前々から我が国と帝国の関係を不満に思っている、大臣派の連中なら動機は十分だ。それとアラルコン商会の一人娘、シャノン・アラルコン。大海の船団とライバル関係にあるあの女もこの船に乗っているという情報がある。シャノン・アラルコンがクルーズを阻止しようと、先導した可能性もある」

「・・・・・なるほど」

それが事実でない事は十分に分かっているが、今は話しを合わせようと、サリーは同意の言葉だけを短く口にした。

「・・・少し、話しすぎた。あんたは話しを引き出すのがうまいな?」

それまでの堅い表情を崩し、ウラジミールがサリーに少しだけ笑いかけると、サリーは小さく首を横に振った。

「ふふふ、そうかもしれませんね。彼がおしゃべりなので、自然と聞き役になる事が多いんです。ね?シャー君」

くるりと後ろに振り返り、なにやら思わせぶりな目を向けるサリーに、バルデスは少し苦笑いを浮かべる。


・・・サリーよ、本来の目的を忘れてはいないのだろうが、この状況を楽しんでるな?

「・・・あぁ、そうだな。つい俺が話し過ぎる時もあるか。サっちゃんが聞き上手だからついな」

「ふふふ、ありがとう。シャー君」

「ふっ、仲の良い事だな」

バルデスとサリーの会話を聞きながら、ウラジミールは小さく笑った。
二人の仲が良い事は分かるが、なんだか不思議な空気で話しをしている。
変わったカップルだと思ったが、ボートの置いてある部屋まで案内するだけなので、ウラジミールは深いところまで踏み込んで、話しをするつもりはなかった。




「さて、着いたぞ。この部屋だ」

客室のある通路を奥まで進んで行くと、やがて関係者以外立ち入り禁止と書かれた、頑丈そうな鉄の扉があった。転覆の衝撃が原因なのか、鉄の扉は開いていた。

ウラジミールは、何か引っかかったように少し考えるそぶりをみせたが、結局は何も口にせずに足を前に出して進んで行った。
そしてその先で、緊急用と書かれたプレートが張ってある扉の前に来た。

「ここまでありがとうございます。この部屋の中にボートがあるのですね?」

「あぁ、数は十分にあるし、一隻で十人以上乗れるから心配するな・・・ん?」

ひっくり返っているので、いつもと反対側にドアノブがある。
それを掴もうとして、ウラジミールは眉を寄せた。


・・・開いている?

ドアは閉まり切っておらず、ノブの鍵が縁に引っかかるようにして開いていた。

最初の鉄の扉が開いていた時ももしやと思ったが、ウラジミールは確信した。
誰かが先にここに来ていると。


誰だ?

この場所を知っているのは、船員だけだ。
ならば大海の船団の人間だけになるが、上に逃げて来た乗客の誰かが、辿り付いた可能性もある。
一般客ならば問題はない。だが、侵入者であればどうだ?
当然こっちの顔は知っているだろう?
俺が入った瞬間に、攻撃を仕掛けて来る可能性もゼロではない。


「ウラジミール船長、どうしたんですか?」


背中にかけられた声に、ウラジミールはなぜか少しだけ寒気がした。

少し・・・少しだけだが、これまでより高い声だった。

「・・・いや、なんでもない。だが、俺から少し離れていろ・・・」


前を向いたままそう指示を出してドアに手を伸ばす。

・・・なんだ?この何かを見落としているような感覚は。

胸にざわつきを感じながらもドアノブを掴んで・・・そして気が付いた。



そう言えば、こいつらはいつ傷薬を使った?
あの時この女は、男の怪我の手当をしたいから傷薬を探していたと言っていた。

そして傷薬をちょうど見つけたと言っていたが、見つけたのならなぜ使わん?
いくらボートに乗りたいと言っても、まずは俺に少し待ってもらうように話して、怪我の手当をしないか?
確かに男の服はボロボロだ。だが、ここまで歩いて来れたという事は、外傷はないのではないか?



振り返ったウラジミールの目に映ったのは、ハサミを持ち、自分を鋭く見据えるサリー。
そのサリーの隣で右手をむけて、魔法を撃つ体勢に入っていたバルデスだった。


・・・・・やはりな!俺がドアを開けたところを攻撃するつもりだったか!

ずいぶんと・・・・・

「なめられたものだなぁぁぁぁーーーッツ!」

獣の咆哮の如き叫びを上げて、ウラジミールは襲い掛かった。
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