上 下
626 / 1,253

625 アラタ 対 ヘイモン

しおりを挟む
「ヘイモン、キミに一つだけ忠告しておく事がある」

「あらたまってどうした?」

それは俺が、ブロートン帝国を離れる日の事だった。

30になりロットは少し老けたが、端正な大人の顔つきになった。
俺は50になり、頭髪もほとんどが白くなり、人生も後半に入ったと感じるようになった。

10年という時の流れは、外見から感じる事ができる。
お互いそれだけの時間を過ごしてきたんだなと、最後の日だからしみじみと感じ入った。

ロットの研究室で知り合ってからの10年を語り、またいつか会おうと言って玄関を出ようとしたその時だった。


「悪霊の力は使えば使う程に、地の底から亡者が引きずりこもうと手を伸ばしてくるらしい。キミはこの10年で相当悪霊をの力を使ったと思う。クラレッサ・アリームを基準に考えれば、とっくに地の底に引きずりこまれておかしくないだろう。だがキミの様子を見る限り、今のところそんな気配は感じられない」

「・・・地の底、ねぇ・・・まぁ、体調は良いし、おかしなところはねぇな」

そう言って、力こぶを作って見せる。実際、日々の鍛錬のおかげで、体はいつも調子がいい。

「そうだな、クラレッサとキミでは使っている魔道具も違うし、悪霊との付き合い方も違う。そういったところでなにかしらの原因はあるのだろう。残念ながらそれがなにかは今の私には分からない。だが、今が大丈夫だからと言って、この先どうなるかは分からない。だから、極力悪霊の力を使うのは控えたほうがいいだろう。乱用していれば、亡者は必ずキミの足元にやってくる。それを忘れるな」

「・・・あぁ、分かった。ありがとよ」

「・・・またいつか会おう」

「あぁ、また、いつかな・・・」


俺の生涯唯一の友との別れだった。
その後、再びロットと出会うのは、実に20年も経ってからである。

そして帝国を出た俺はロンズデールに流れ、当時10歳、そして今は主君のラミール・カーン様と出会う。




「ハァァァァッツ!」

「な・・・んだ・・・それは?」

目の前の黒髪の男の体が、突然眩い光を発した。
その光の強さに圧されるように、ワシの槍から滲み出る黒い気が僅かだが弱まった。

「なに!?まさか・・・」

「ラァッツ!」

一瞬だが悪霊が押された事に動揺し、男から注意を切ったところを狙われた。
黒髪の男サカキ・アラタは、床が砕ける程に強い踏み込みでワシの懐に入ると、右の拳をワシの腹目掛けて撃ち込んで来た。

速い!

受けれるか!?否!この拳は悪霊の気を纏ったワシの槍ですらヘシ折る!
避けるしかない!

一歩後ろに飛び退くと、黒髪の男の右拳がワシの腹スレスレを抉り抜いた。
空振りだが、その光輝く拳の圧に体が押されそうになり、僅かに体のバランスが崩れる。

「フッ!」

サカキ・アラタは短く鋭く息を吐き、それと同時に左の拳を撃ってきた。

「む!?」

突然拳が大きくなった。
それが率直な感想だった。

顎先で構えていた左拳が、次の瞬間には目の前にありワシの顔面を捉えた。

「ぐぅっ・・・!」

手にはめている黒いグローブの堅さから、やはり鉄板かなにかが仕込まれていると確信する。
拳を撃ち抜いてこない、この一発は倒す事を目的としておらず、おそらく攻撃の主導権を握るための一発だ。事実、拳を顔面に受けた事で、一瞬だが視界がふさがれる。

「うぐっ・・・!」

そして続く一撃に喉の奥からうめき声がもれた。
腹にめり込む固く重いものに呼吸が止まり、意識が飛びそうになる。

辛うじて視界に入った情報で、それがサカキ・アラタの右の拳だと理解する。

腹から右拳を引き抜かれると、ワシの体も前のめりに崩れ落ちる。
それに合わせるように、左拳がワシの顎を撃ち抜いた。


こ・・・この光は、このパワーは・・・なんだ!?
ワシの悪霊を・・・まるで恐れておらん!
こ、こんな事は・・・初めてだ!こやつは・・・サカキ・アラタとはいったい何者だ!?


老いたりとはいえ、物心付いた時より武に生きて来た。
そのワシが自分の半分も生きていない小僧に、いいように殴り飛ばされている。

アロル・ヘイモンともあろう者が、なんというざまだ・・・・・


「オラァッツ!」

右の拳でヘイモンの顔面を撃ち抜いた。

小柄なヘイモンは全く堪える事ができずにそのまま殴り飛ばされ、何度も背中を床に打ちつけながらやっと動きを止める。


「はぁ・・・はぁ・・・」

どうだ・・・?


この時、アラタの拳に手応えはあった。
だが、悪霊の邪悪な気を纏うヘイモンを、直に殴りつけて実感した。
威力は大きく削がれていると・・・・・



多分、あの黒い気は鎧の役割も果たしている。
俺の拳が黒い気に触れると、光と悪霊の両方の気がぶつかり合い、その結果光は大きく削がれてしまっている。

その上やっと拳を届かせても、体と拳の間に少なからず悪霊の気がクッションのように入っているから、どうしても威力が殺される。ヘッドギアを付けられてるみたいなもんだ。

派手に殴り飛ばす事はできているが、実際のダメージはそこまで大きくないはずだ。


光の力は許容時間3分。
それを超えれば、数日はまともに動けなくなる。

それを十分承知の上で最初から惜しみなく力を使ったのは、それだけヘイモンの悪霊を脅威に感じたからに他ならない。
闇に対抗できる光の力だからこそ、ヘイモンの悪霊にも呑まれる事なく真っ向から立ち向かう事ができる。アラタの判断はこの場において、最適解だった。

だがヘイモンの悪霊は、宿主であるヘイモンを、悪霊自らの意思で護っている。
アラタの拳はアラタの懸念した通り、大きなダメージは与えられていなかった。



「・・・ここまで、一方的に攻撃を受けたの初めてだ・・・」

ヘイモンは肘を着いてゆっくり上半身を起こすと、ぐるりと首を回して鳴らした。
両手に握られていた槍は殴り飛ばされた時に落としてしまい、アラタと自分の間程の場所に落ちていた。

「・・・やれやれ、大事な武器を手放してしまうとは・・・」

ヘイモンは座ったまま槍に向けて手を伸ばす。

すると二本の槍はまるで意思を持っているかのように小刻みに震え出し、そのままヘイモンに向かって飛び込んでいった。

「なっ!?」

驚く俺をよそに、ヘイモンは左右の手で一本づつ槍を掴み取ると、杖のように支えにしてゆっくりと立ち上がった。

「驚いたのか?考えてみろ。悪霊の取り憑いた槍だぞ?このくらいはできても不思議はなかろう?」

ヘイモンは口を動かすと、溜まった血を唾と共に吐き出した。
さっきまでとは雰囲気が違う事を感じ取り、アラタは拳を握り構えた。

「ワシは魔道剣士四人衆筆頭、アロル・ヘイモン。全身全霊を持ってお相手しよう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

処理中です...