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621 小さな体の大きな勇気

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なんだ?
今、何を・・・された?

あの瞬間、レイチェルが投げたナイフを頭を振ってかわした。
そのためほんの僅かだが、レイチェルの胸を狙った突きが遅れた。

だが、レイチェルは武器を手放したのだから、それでも十分だと思った。
もし突きをかわされたとしても、自分の優位は動かない。
仕切り直してもレイチェルがナイフを失った分、くみし易くもなるだろう。

そう判断した・・・・・だが、その結果倒されたのは自分だった・・・・・

そして分からないのは、自分が何をされたのかだった。
疑問を言葉にしようとするが、声の代わりに出て来るのは、途切れ途切れの荒い呼吸だった。

右の手首を掴まれた事だけは確かだ。しかしそこから先が分からなかった。
身体がふわりと浮いたと思ったら、視界が周り、そして強烈な勢いで背中から落とされた。

投げ技の類だろう。だが、これほど鮮やかな投げは初めて受けた。


全身を駆け抜けた衝撃はラクエルの体を痺れさせ、まだ起き上がる事はできない。
大の字に倒れたまま、ラクエルはなんとか気力で口を開いた。

「な・・にを・・し・・・た?」


「ほぅ・・・もう話せるとは、やはり大した女だな。向かってくるお前の力を使い、手首を捻り投げ飛ばしたんだ。柔の技だよ」

かすれて聞こえるラクエルの声を耳にして、レイチェルは振り返った。


「投げ・・・・か、打撃、だけ・・・と、決めつけ、て・・・しまったな・・・・・」

肘を着き、痺れる体をゆっくり起こす。
ナイフで使ってきた事から、打撃主体と見ていた事が敗因につながったと分析する。

「あんた、強かったよ・・・」

投げ落としたナイフを拾うと、レイチェルは一歩一歩ゆっくり足を進め、ラクエルの前に立った。


「魔道剣士ラクエル、覚悟はできてるな?」


「・・・やりな」

この世界での戦いとは命のやり取り。
そして魔道剣士とレイチェル達は、国の命運を左右する戦いの敵同士。
勝者が敗者の命を取る事は当然だった。

ラクエルもそれは十分に分かっている。
そして戦いに身を置いている以上、覚悟はとうにできている。

片膝を立て、一つ大きく息を付くと、一度だけレイチェルを見上げた。


・・・まさか、アタシより強い女がいるなんてね

目を閉じて少しだけ頭を下げ、首を差し出した。

ラクエルの覚悟を見て、レイチェルは左手に握るナイフを振り上げる。
そして・・・


「だめー!お姉ちゃんを殺さないでー!」


振り下ろそうとして止めた。

金色の髪をした幼い少女が、涙目で二人の間に割って入って来たからだ。

「・・・エマ?」

「ラクエルお姉ちゃんを殺さないで!」

「・・・どういう事だ?この女は、キミ達乗客を襲ったのではないのか?」

なぜこんな幼子がラクエルを庇うのか?
さっき顔から血を流していた男がいたが、ラクエルがやったのはないのか?

ふと、周囲に目を向けると、ラクエルに敵意や怯えを見せている者はいなかった。

それどころか、命を絶たれようとしているラクエルは心配そうに見られ、ラクエルを攻撃したレイチェルは、まるで咎められるような視線を向けられている。


「・・・どうやら、認識の違いがあったようだ」

レイチェルはナイフを収めると、腰を下ろしてエマと目線を合わせた。

「怖がらせてしまったね。ラクエルはどういう人なのか、教えてもらえるかな?」

エマの目にはまだ、レイチェルへの警戒が残っているが、それでもナイフを収め自分と同じ目線で話しをするレイチェルに、これまでの事をぽつりぽつりと話し出した。



「・・・そうだったんだ。じゃあ、エマちゃんとラクエルはお友達なんだね?」

「うん!いっぱい助けてくれたの!ラクエルお姉ちゃんは悪い人じゃないの!」

「エマ・・・」

小さな体で、精一杯の勇気を振り絞って自分をかばうエマに、ラクエルの唇がかすかに震えた。

レイチェルはそんなエマとラクエルを見て、考えをあらためた。

・・・にわかには信じがたいが、この子が本心からラクエルを好いている事くらい分かる。
なにより、周囲の乗客から向けられる目・・・今の戦いを見て、うかつに声をかけられないのだろうが、目を見れば分かる。

私達は歓迎されていない。

その理由はラクエルと考えて間違いない。

このエマという子の言う通りなら、ラクエルはエマの母親を助けた。
それからは横暴な貴族に睨みを効かせ、ここまで仲良く一緒に来たという話しだ。

あの顔から血を流していた男が、件のマイクという貴族らしいな。
先に攻撃を仕掛けたのはいただけないが、浴びせられた言葉も問題だったようだし、なにより他の乗客もうんざりしてたんだな。誰もマイクの身を案じていない。よくやったと言わんばかりだ。

なるほど・・・これならば、突然後ろから攻撃をしかけた私が悪者になって当然だ。

自分達がどう見られているか、冷静に理解できたところで、後ろに立つリンジー達に顔を向けた。
ラクエルを倒した後、リンジー達はすぐに駆け寄ってきたのだ。
シャノンの火魔法で右手の氷はすぐに溶かされ、今は両手が自由に使える。


「・・・レイチェル、言いたい事は分かるわ。私達も同じ考えよ」

自分達は邪魔だ。

エマの話し、それと周りの目を見て、リンジーの出した結論だった。
そしてそれは、シャノンとファビアナも同じ考えだった。

「あ、あの・・・レイチェル、さん?・・・でいいんですよね?エマの母リリアと言います」

もうここを離れよう。
四人がそう目を合わせて語った時、エマとよく似た金色の髪の女性が、遠慮がちに話しかけて来た。

「ん、あぁ、そうだ。安心してくれ、この子になにかするつもりはない。話しを聞いていただけだ。私達はすぐにここを離れるよ」

「い、いえ、違うんです。その・・・なんとなく、分かります。あなた方は悪人ではありません。でも、私達はラクエルさんに助けていただきました。だから、ラクエルさんの事は・・・」

両手を胸の前で握り合わせ、祈るようにうったえるリリアを見て、レイチェルは少しだけ目を伏せて微笑んだ。

「・・・心配しないでくれ。私の思い違いだったようだ。ここに私の敵はいなかった・・・」

レイチェルは最後に一度エマの頭に手を乗せると、その後ろのラクエルに目を向けた。

「・・・お前ならもう動けるだろ?ここの人達を護ってやれ」

「・・・いいのか?アタシは・・・」

ラクエルの言葉にかぶせるように、レイチェルは首を横に振った」

「言ったろ?私の思い違いだって・・・・・もし生き残ったら、またいつか・・・な」


みんな行こう、そう行ってラクエルに背を向け歩き出すと、リンジー達も後に続いて離れて行った。




やがてレイチェル達の姿が見えなくなると、ラクエルは自分を護るために、ずっと両手を広げて立っているエマの背に声をかけた。

「・・・エマ・・・ねぇ、エマ?」

声をかけてもなかなか反応しないエマに、ラクエルは首を傾げ、ポンと肩に手をかけた。
するとそれで緊張の糸が切れたのか、エマは振りかえるなり、ラクエルに抱き着いて泣き声を上げた。

「うぇぇぇーん!怖かったぁー!怖かったよー!うっ、うぅぅぅー!」

「あ、ちょっ、エ、エマ?」

「ラクエルさん・・・大丈夫ですか?」

力いっぱいに自分に抱き着き、泣きわめくエマにオロオロしていると、リリアが隣に腰を下ろしてきた。

「ママさん、これどうしよう?ってかアタシ、エマに怖がられてたんじゃないの?」

「そんな事ないですよ。さっきは、びっくりしちゃっただけなんです。エマはラクエルさんが大好きだから、こうして抱き着いてるんですよ」

そう言われて、ラクエルは自分に抱き着いて泣いている、小さな女の子をじっと見つめた。

恐がられていなかった。
それがとても嬉しくて、自然と顔がほころんだ。

「ラクエルさん、一緒に行きましょう。みんなも待ってますよ」

フランクもラクエルの前に来ると、スっと手を差し出した。

「今度こそ、一緒に・・・」

「・・・うん、そうだね」

ラクエルはその手を取って立ち上がった。

「エマ、そろそろ落ち着いた?また抱っこしようか?」

「・・・肩車がいい」

まだ自分に抱き着いているエマの頭を撫でると、エマは腰にしがみ付いたまま、ボソっと返事をする。

「・・・ぷっ、あはははは!エマは意外とわがままなんだなぁー!いいよ、ほら」

「わー!高ーい!」

「あらあら、良かったわね、エマ」

「あはは、すっかり仲良しですね」

エマを中心に、一時の団欒(だんらん)を見守る乗客達にも、穏やかな空気が流れる。


耳を斬り落とされたマイクは、ファビアナがヒールで治療をしていた。
切られたばかりだった事、ファビアナが耳くらいであれば、一人で接合できるレベルの魔力持ちだった事は、マイクにとって幸運だったと言える。

相当懲りたのか、マイクは借りて来た猫のように大人しくなり、乗客達の中で一人黙って俯いていた。
だが、受けた屈辱を忘れたわけではない。表に出さないだけで、怒りで腸は煮えくり返っていた。

今は大人しくしておいてやる。
だが、この恨みは忘れんぞ・・・・・


「さぁ、みなさん、それじゃあ先へ行きましょう!この上にボートがあります」

フランクの掛け声で、一行はまた歩き始めた。
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