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619 生き残った乗客 ③
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「エマちゃん、お姉ちゃんの髪で遊ばないでねー?」
「お姉ちゃんの髪の毛ふわふわしてるー!とっても気持ち良いの!」
「あははは、そんな事初めて言われたわー」
肩車しているエマに、髪の毛を揉まれたり撫でられたりして、ラクエルはくすぐったそうに笑っている。すっかり打ち解けた二人を見て、エマの母リリアはクスクスと笑った。
「うふふ、ラクエルさん、ありがとうございます。肩痛くないですか?」
「ん?あぁ、大丈夫大丈夫。てか、アタシ鍛えてるからさぁ、軽い軽い」
そう言ってラクエルは歯を見せて笑うと、自分の頭にしがみ付くエマの背中をポンポンと叩いた。
「ラクエルさんは、どうしてこの船に乗ったんですか?」
「ん?・・・あ~、別に~、なんとなくかなぁ。ママさんはなんで?」
「うふふ、なんとなくで船に乗るなんて、ラクエルさんは面白いですね。私は・・・エマと二人で、新しい人生のスタートするため・・・です」
少し表情に影を落とすリリアに、ラクエルはリリアとエマが、なぜ父親と一緒でなかったのかを感じ取った。この船の転覆で離れ離れになったのかと思っていたが、そうではないようだ。
「・・・ふ~ん、いいね、それ」
ラクエルは前を向いたまま、のんびりとした口調で言葉を返した。
「・・・いい、ですか?」
「うん。新しい人生始められるっていいじゃん?だって、どこにでも行けるよね?新しい場所で、新しい仕事して、今までの嫌な事全部無かった事にできるじゃん?羨ましいよ・・・」
「・・・ラクエルさん・・・」
自分には魔道剣士としての生き方しかできない。
ラクエルにとって、新しい生き方なんて考える事もできなかった。
リリアもまた、どこか寂し気に見えるラクエルに、なにかを抱えていると感じとったが、深く立ち入る事はしなかった。自分もまた抱えているものがある、それは口にする事も躊躇いがある。
だからラクエルの気持ちも考えられるし、軽々には踏み込まない。
「おい!貴様ら!何をくっちゃべっとるか!今がどういう状況か分かっとるのか!」
フランクが先頭を歩き、その後ろにはリリア達。そしてそれに続いてマイク達が歩いている。
「お、お姉ちゃん、こ、怖い・・・」
「あー、大丈夫だって、あんなデブ無視していいから」
ラクエルは自分達に向けられるマイクの怒声を、鼻で笑って流した。
さっき首にナイフを押し当てられたばかりなのに、この物言いは神経が太いと感心すらできる。
現在いる場所は転覆前の二階、二等客室のフロアである。
貴族ではないが、商売などである程度の成功を治めている、裕福な人間が入れる場所だった。
本来であれば、このフロアを歩くだけでも感動があったであろう。だが今は割れた窓ガラスの破片が散らばり、足元を優しく包むはずだった赤い絨毯は、投げ捨てられたように通路の端で裏返っていた。
足場の悪さに注意しているため、立ち止まる事もあったが、それでも進むペースは悪くない。
下から来る水にも追いつかれていないので、まだ時間に猶予はあった。
この状況下でのマイクの苛立ちは、さっき自分を脅したラクエルに対してのものが大きかった。
子爵家当主である自分が、小娘にナイフで斬られ脅されたのだ。
一旦は恐怖し委縮してしまったが、まるで遠足気分で子供とペチャクチャ話している姿を見て、マイクの怒りの導火線に再び火が付いたのだった。
「おい!貴様だ貴様!ちょっと腕がたつからと言って、この俺にそんな態度をとっていいと思ってるのか!?俺は貴族なんだぞ!貴様のような平民とは住む世界が違うんだ!そこの母親もさっきノロノロして俺の邪魔をしたんだからただですむと思うなよ!娘も同罪だ!分かったか!」
マイクの怒鳴り声を背中に浴びて、ラクエルは立ち止まった。
自分の肩に腰を下ろしているエマの脇を掴んでそっと下ろすと、その頭を優しく撫でる。
「お・・・お姉ちゃん・・・」
マイクの怒声ですっかり怯えてしまったエマを見て、ラクエルはリリアに、頼むね、とだけ告げた。
その時のラクエルの表情に、リリアは背筋が凍り付く思いだった。
殺す・・・
それは混じり気の無い純粋な殺気だった。
その目に睨まれれば動く事さえできずに命を絶たれる。
そう思わせる程に冷たい目と、研ぎ澄まされた殺気に、リリアは何も言えずただ黙ってその場に立ち尽くす事しかできなかった。
その場の誰もが、ラクエルから目を離しはしなかった。
だが、誰一人としてラクエルの動きを追う事はできなかった。
次にラクエルの姿を目にしたのは、ラクエルがマイクを後ろから組み伏せ、その頬にナイフの刃を当てているところだった。
「・・・アタシさぁ、黙ってろって言ったよね?聞く耳持たないんなら、これいらないよね?」
腹の底に響くような低い声は、マイクは震え上がらせるには十分だった。
「ひぃっ!」
鋭い痛みに体がビクリと反応する。
自分の右の頬を伝い、口の中に流れ込んでくる生暖かい液体がなにか分かり、マイクは体を強張らせた。
「でっけぇ耳たぶ・・・このまま落としてやろうか?」
「お、俺に、こ、こんな事して、た、ただですむと、お、思ってるのか!お、俺は子爵・・・」
「なんで自分は生きて帰れるって思ってんの?」
「ウ、ギャアアアアアアーーーーッツ!」
真っ赤な血と共に、マイクの右耳が宙に飛び散った。
強烈な痛みが脳天に突き刺さり、マイクの絶叫が響き渡る。
耳を切り取られ、マイクはようやく理解した。
自分がどれだけ危険な人間を相手に、からんでいたかという事を。
「ひ、ひぃぃ、だ、だずけ、て・・・」
脂汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で命の懇願をするが、ラクエルは眉一つ動かす事はなかった。
「じゃあね、次はマシな人間に生まれ変われるといいね・・・」
「待って!殺しちゃ駄目だラクエルさん!」
ナイフを逆手に持ち直し、マイクの首に押し当て、突き刺そうと力を込めた時、フランクが声を上げてラクエルを止めた。
「・・・なに?」
「う・・・ま、待ってくれ。ラクエルさん、殺しちゃ駄目だ・・・そりゃ、マイクさんの言い方は悪かったけど、殺しちゃいけない」
「なんで?こいつはエマとママさんに危害を加えると予告していた。将来に不安の種は残しておけないよね?あの時殺しておけばって後悔してからじゃ遅いんだよ?分かる?」
ラクエルに睨まれ、フランクは後ろに下がりたい欲求をこらえるのに精いっぱいだった。
フランクは船乗りとして体を鍛えていた。軍人でもない体力型としては、十分に強い部類に入る。
だが、目の前の金色の髪をした自分より年下の女性は、自分なんて足元にも及ばない程の戦闘力を持っている。
フランクは自分にできる事は、言葉を選んで話す事だけだと理解した。
「・・・エマちゃんとリリアさんのために怒ったのか・・・ラクエルさん、あなたはとても優しい人なんだね」
「あ?・・・優しい?アタシが?」
「うん。だってそうだろ?自分で言ったじゃないか?二人に危害を加えようとしたからって」
フランクが静かに笑うと、ラクエルは口を閉じてフランクを睨むように見つめた。
「ラクエルさん、どうかナイフを収めてくれないか?マイク様もさすがに懲りたろう・・・もう充分だよ。あなたは本当はとても優しい人なんだ。一緒に行こう・・・」
自分の言葉がラクエルに届いている。
悩むように俯き、眉根を寄せるラクエルを見て、フランクは説得が通じていると確信を持った。
そしてフランクはラクエルに歩み寄り、手を差し出した。
ラクエルは少しの間その手を見つめ、やがて手を重ねた。
「・・・まぁ、アタシも・・・ちょっとやりすぎたかなって思ってたし?このくらいで勘弁してやってもいいかなって・・・」
「うん、このくらいで許してあげてよ」
ラクエルの説得がスムーズにできた事に、フランクはほっと息を付いた。
「・・・でも、さ・・・」
しかし、説得が成功し安堵の表情を浮かべるフランクとは逆に、ラクエルの表情は雲り、陰を落としていた。
ラクエルのその金色の瞳は、フランクの背中に隠れているエマへと向けられていた。
しかし怯えているのか、ラクエルが呼びかけても、フランクの腰にしがみついて顔を見せようとしない。
「エマ・・・あ、ははは・・・そう、だよね・・・やっぱり、怖がらせた、よね・・・ははは、いいんだ。うん・・・そうだよね」
頭をかいて、ポツリポツリと冗談めかして言葉を口にするラクエル。
その表情にはあきらめと悲しみ、二つの感情が入り混じって見えた。
「あのさ、フランク・・・ここからはアタシ一人で行くよ・・・エマと、ママさんの事、頼んだね・・・」
ラクエルはフランクから手を離した。
「ま、待って!」
「待ってください!」
ラクエルはそう言い残し、フランクとリリアが呼び止めるのも聞かずに、足早にフランク達の横を通り抜けた。
その時・・・一陣の風と共に、なにかがラクエルの後を追うように駆け抜けた。
風切り音と共に、ラクエルの背中に振り下ろされるダガーナイフ。
しかし殺気を感じ取ったラクエルは不意打ちにも反応し、振り向き様に同じくナイフでその攻撃を受け止めた。
「・・・赤毛の女、久しぶりじゃん?・・・アタシ、今機嫌悪いから手加減できないよ?」
「城で会って以来だな?魔道剣士ラクエル・・・悪いが、一瞬で決めさせてもらうぞ」
レイチェルとラクエル、二人の視線が交差する。
突如冷たい空気がレイチェルの頬を撫でた・・・
そしてラクエルのナイフと攻めぎ合う、レイチェルのダガーナイフが氷漬けになった。
「お姉ちゃんの髪の毛ふわふわしてるー!とっても気持ち良いの!」
「あははは、そんな事初めて言われたわー」
肩車しているエマに、髪の毛を揉まれたり撫でられたりして、ラクエルはくすぐったそうに笑っている。すっかり打ち解けた二人を見て、エマの母リリアはクスクスと笑った。
「うふふ、ラクエルさん、ありがとうございます。肩痛くないですか?」
「ん?あぁ、大丈夫大丈夫。てか、アタシ鍛えてるからさぁ、軽い軽い」
そう言ってラクエルは歯を見せて笑うと、自分の頭にしがみ付くエマの背中をポンポンと叩いた。
「ラクエルさんは、どうしてこの船に乗ったんですか?」
「ん?・・・あ~、別に~、なんとなくかなぁ。ママさんはなんで?」
「うふふ、なんとなくで船に乗るなんて、ラクエルさんは面白いですね。私は・・・エマと二人で、新しい人生のスタートするため・・・です」
少し表情に影を落とすリリアに、ラクエルはリリアとエマが、なぜ父親と一緒でなかったのかを感じ取った。この船の転覆で離れ離れになったのかと思っていたが、そうではないようだ。
「・・・ふ~ん、いいね、それ」
ラクエルは前を向いたまま、のんびりとした口調で言葉を返した。
「・・・いい、ですか?」
「うん。新しい人生始められるっていいじゃん?だって、どこにでも行けるよね?新しい場所で、新しい仕事して、今までの嫌な事全部無かった事にできるじゃん?羨ましいよ・・・」
「・・・ラクエルさん・・・」
自分には魔道剣士としての生き方しかできない。
ラクエルにとって、新しい生き方なんて考える事もできなかった。
リリアもまた、どこか寂し気に見えるラクエルに、なにかを抱えていると感じとったが、深く立ち入る事はしなかった。自分もまた抱えているものがある、それは口にする事も躊躇いがある。
だからラクエルの気持ちも考えられるし、軽々には踏み込まない。
「おい!貴様ら!何をくっちゃべっとるか!今がどういう状況か分かっとるのか!」
フランクが先頭を歩き、その後ろにはリリア達。そしてそれに続いてマイク達が歩いている。
「お、お姉ちゃん、こ、怖い・・・」
「あー、大丈夫だって、あんなデブ無視していいから」
ラクエルは自分達に向けられるマイクの怒声を、鼻で笑って流した。
さっき首にナイフを押し当てられたばかりなのに、この物言いは神経が太いと感心すらできる。
現在いる場所は転覆前の二階、二等客室のフロアである。
貴族ではないが、商売などである程度の成功を治めている、裕福な人間が入れる場所だった。
本来であれば、このフロアを歩くだけでも感動があったであろう。だが今は割れた窓ガラスの破片が散らばり、足元を優しく包むはずだった赤い絨毯は、投げ捨てられたように通路の端で裏返っていた。
足場の悪さに注意しているため、立ち止まる事もあったが、それでも進むペースは悪くない。
下から来る水にも追いつかれていないので、まだ時間に猶予はあった。
この状況下でのマイクの苛立ちは、さっき自分を脅したラクエルに対してのものが大きかった。
子爵家当主である自分が、小娘にナイフで斬られ脅されたのだ。
一旦は恐怖し委縮してしまったが、まるで遠足気分で子供とペチャクチャ話している姿を見て、マイクの怒りの導火線に再び火が付いたのだった。
「おい!貴様だ貴様!ちょっと腕がたつからと言って、この俺にそんな態度をとっていいと思ってるのか!?俺は貴族なんだぞ!貴様のような平民とは住む世界が違うんだ!そこの母親もさっきノロノロして俺の邪魔をしたんだからただですむと思うなよ!娘も同罪だ!分かったか!」
マイクの怒鳴り声を背中に浴びて、ラクエルは立ち止まった。
自分の肩に腰を下ろしているエマの脇を掴んでそっと下ろすと、その頭を優しく撫でる。
「お・・・お姉ちゃん・・・」
マイクの怒声ですっかり怯えてしまったエマを見て、ラクエルはリリアに、頼むね、とだけ告げた。
その時のラクエルの表情に、リリアは背筋が凍り付く思いだった。
殺す・・・
それは混じり気の無い純粋な殺気だった。
その目に睨まれれば動く事さえできずに命を絶たれる。
そう思わせる程に冷たい目と、研ぎ澄まされた殺気に、リリアは何も言えずただ黙ってその場に立ち尽くす事しかできなかった。
その場の誰もが、ラクエルから目を離しはしなかった。
だが、誰一人としてラクエルの動きを追う事はできなかった。
次にラクエルの姿を目にしたのは、ラクエルがマイクを後ろから組み伏せ、その頬にナイフの刃を当てているところだった。
「・・・アタシさぁ、黙ってろって言ったよね?聞く耳持たないんなら、これいらないよね?」
腹の底に響くような低い声は、マイクは震え上がらせるには十分だった。
「ひぃっ!」
鋭い痛みに体がビクリと反応する。
自分の右の頬を伝い、口の中に流れ込んでくる生暖かい液体がなにか分かり、マイクは体を強張らせた。
「でっけぇ耳たぶ・・・このまま落としてやろうか?」
「お、俺に、こ、こんな事して、た、ただですむと、お、思ってるのか!お、俺は子爵・・・」
「なんで自分は生きて帰れるって思ってんの?」
「ウ、ギャアアアアアアーーーーッツ!」
真っ赤な血と共に、マイクの右耳が宙に飛び散った。
強烈な痛みが脳天に突き刺さり、マイクの絶叫が響き渡る。
耳を切り取られ、マイクはようやく理解した。
自分がどれだけ危険な人間を相手に、からんでいたかという事を。
「ひ、ひぃぃ、だ、だずけ、て・・・」
脂汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で命の懇願をするが、ラクエルは眉一つ動かす事はなかった。
「じゃあね、次はマシな人間に生まれ変われるといいね・・・」
「待って!殺しちゃ駄目だラクエルさん!」
ナイフを逆手に持ち直し、マイクの首に押し当て、突き刺そうと力を込めた時、フランクが声を上げてラクエルを止めた。
「・・・なに?」
「う・・・ま、待ってくれ。ラクエルさん、殺しちゃ駄目だ・・・そりゃ、マイクさんの言い方は悪かったけど、殺しちゃいけない」
「なんで?こいつはエマとママさんに危害を加えると予告していた。将来に不安の種は残しておけないよね?あの時殺しておけばって後悔してからじゃ遅いんだよ?分かる?」
ラクエルに睨まれ、フランクは後ろに下がりたい欲求をこらえるのに精いっぱいだった。
フランクは船乗りとして体を鍛えていた。軍人でもない体力型としては、十分に強い部類に入る。
だが、目の前の金色の髪をした自分より年下の女性は、自分なんて足元にも及ばない程の戦闘力を持っている。
フランクは自分にできる事は、言葉を選んで話す事だけだと理解した。
「・・・エマちゃんとリリアさんのために怒ったのか・・・ラクエルさん、あなたはとても優しい人なんだね」
「あ?・・・優しい?アタシが?」
「うん。だってそうだろ?自分で言ったじゃないか?二人に危害を加えようとしたからって」
フランクが静かに笑うと、ラクエルは口を閉じてフランクを睨むように見つめた。
「ラクエルさん、どうかナイフを収めてくれないか?マイク様もさすがに懲りたろう・・・もう充分だよ。あなたは本当はとても優しい人なんだ。一緒に行こう・・・」
自分の言葉がラクエルに届いている。
悩むように俯き、眉根を寄せるラクエルを見て、フランクは説得が通じていると確信を持った。
そしてフランクはラクエルに歩み寄り、手を差し出した。
ラクエルは少しの間その手を見つめ、やがて手を重ねた。
「・・・まぁ、アタシも・・・ちょっとやりすぎたかなって思ってたし?このくらいで勘弁してやってもいいかなって・・・」
「うん、このくらいで許してあげてよ」
ラクエルの説得がスムーズにできた事に、フランクはほっと息を付いた。
「・・・でも、さ・・・」
しかし、説得が成功し安堵の表情を浮かべるフランクとは逆に、ラクエルの表情は雲り、陰を落としていた。
ラクエルのその金色の瞳は、フランクの背中に隠れているエマへと向けられていた。
しかし怯えているのか、ラクエルが呼びかけても、フランクの腰にしがみついて顔を見せようとしない。
「エマ・・・あ、ははは・・・そう、だよね・・・やっぱり、怖がらせた、よね・・・ははは、いいんだ。うん・・・そうだよね」
頭をかいて、ポツリポツリと冗談めかして言葉を口にするラクエル。
その表情にはあきらめと悲しみ、二つの感情が入り混じって見えた。
「あのさ、フランク・・・ここからはアタシ一人で行くよ・・・エマと、ママさんの事、頼んだね・・・」
ラクエルはフランクから手を離した。
「ま、待って!」
「待ってください!」
ラクエルはそう言い残し、フランクとリリアが呼び止めるのも聞かずに、足早にフランク達の横を通り抜けた。
その時・・・一陣の風と共に、なにかがラクエルの後を追うように駆け抜けた。
風切り音と共に、ラクエルの背中に振り下ろされるダガーナイフ。
しかし殺気を感じ取ったラクエルは不意打ちにも反応し、振り向き様に同じくナイフでその攻撃を受け止めた。
「・・・赤毛の女、久しぶりじゃん?・・・アタシ、今機嫌悪いから手加減できないよ?」
「城で会って以来だな?魔道剣士ラクエル・・・悪いが、一瞬で決めさせてもらうぞ」
レイチェルとラクエル、二人の視線が交差する。
突如冷たい空気がレイチェルの頬を撫でた・・・
そしてラクエルのナイフと攻めぎ合う、レイチェルのダガーナイフが氷漬けになった。
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