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611 意地と執念

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結界を張る間もなく殴られ続けたが、奇しくもディリアンにとって最良の距離感になっていた。

身体能力の差は語るべくもない。
真正面から魔力の糸を飛ばしても、易々と交わされる事は立証済みだった。
なによりディリアンには戦闘経験が乏しく、相手の裏をかいたり、策を張り巡らせる事は未熟だった。

だが、ふと気が付いた。

拳が届くほどの距離感ならば外す事はないと。



・・・痛ぇ・・・もう感覚がよくわからねぇ

この野郎・・・しつけぇ・・・一体いつまで殴ってんだよ?

口ん中がジャリジャリする・・・・あぁ、俺の歯か・・・・・

近ぇな・・・このクソ野郎・・・へらへらしやがって・・・しゃべんじゃねぇよ・・・

くせぇ息を・・・・・かけんじゃねぇ!


「・・・ん?」

もたれかかるように、完全に体の力を無くし自分に倒れかかってきたディリアンを見て、プラットは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに鼻で笑った。

「あ~あ、死んじまったか。力入れ過ぎたか・・・なっ!?」


自分の胸に頭をもたれさせるディリアンを、引き離そうとして気が付く。

腕が動かないと・・・・・


「なにぃ!?こ、これは!?い、いつの間に!?」

全身に巻き付きのは青く輝く魔力の糸。
プラットの体の自由を奪うのは、ディリアンの魔道具、流動の石によるものである。
一瞬にして全身を縛り上げる魔力操作は、バルデスのしごきの賜物と言えよう。

ディリアンを押しのけようとした両手は、肘を少し曲げて前に出そうとした形で。
両足は少し開いた状態で、魔力の糸がグルグルと巻き付いていた。

腕を動かそうにも、強靭な糸の締め付けに、ブルブルと筋肉を震わせる事しかできなかった。

「お、お前ぇぇぇっ!」

軽薄な笑みが消え、予想外の反撃を受けた事に怒りに目を吊り上げる。
プラットの声から、焦りと同様を感じ取り、ディリアンは口の端を上げて笑った。


・・・馬鹿が!直接触れれば・・・外すなんて事はねぇんだよ!

声を上げて笑いたい気分だった。
愚かさを罵ってやりたかった。

だが、口を動かして話す事ができなかった。


軽く柔らかそうな白い髪は血にまみれ、女性的な印象の整った顔立ちも腫れあがっている。

だが、頭はハッキリとしていた。

今のディリアンの行動理念はただ一つ・・・この男は生かしておけない!

「くっそぉぉぉぉッツ!こんなものぉぉぉっつ!」

力任せに解こうともがくが、青く輝く魔力の糸を引き千切る事はできなかった。


無駄だ!あの姐さんだって押さえれる俺の魔力の糸だ!
てめぇなんかにどうこうできる物じゃねぇ!

てめぇのその球と同じ拘束系の魔道具だな?
けどよ・・・俺の方が応用が利くんだぜ。

見せてやる!
ディリアンの目に確かな力が漲った。

もはや立っている事が信じられない程ボロボロだった。
だが、そのボロボロの青魔法使いはまだ戦う意思を見せ、心は屈していない!

魔力の強さは心の強さ。

後ろにいるビリージョーを守ろうとする心が、ディリアンの魔力を引き上げた!


「・・・う、ぐあぁぁぁぁぁーッツ!」

ディリアンの全身から魔力が溢れだす。
それを右手に集中させて強く握り締めると、魔力の糸がプラットを急激に締め付けだした。
そのあまりに強烈な締め付けに、プラットは叫び声を上げた。
魔力の糸は肉に食い込み、このまま骨まで砕く勢いだ。


「あ、がぁぁ、ぐぅぅ!ご、ごの、野郎ッツ!ふ、ふざげだ、まね、じやがってぇぇぇッツ!」

糸は首にも巻き付いている。
プラットの顔は鬱血して真っ赤になり、大きく見開いた目も充血し赤々としている。
喉の奥底から声を絞り出し、ディリアンを睨みつけるプラット。
だが、そんな呪詛のようなプラットの声も、今のディリアンの耳には入らなかった。


・・・あぁ?こいつ口をパクパクさせて何か言ってんのか?
さっきからよ、耳鳴りが酷くて何も聞こえねぇんだよ?どうなってんだ。
まぁ、どうでもいいや・・・・・俺のやるべき事は一つだけだ。


ディリアンはゆっくりと顔を上げ、目の前のプラットを見た。


・・・このままこいつを絞め殺す!

もう一度強く念じる。
残り全ての魔力を右手に集め、プラットを縛る糸に送り込んだ。

「ッヅあが・・・・・・・・!」

こいつさえ倒せばそれでいい!

プラットを締め上げる魔力の糸が、これまでで最大の力を発揮した。ディリアンは持てる全てを込めて、右手から放った魔力の糸を締め上げる。


ディリアンの意地が、実力で大きく上回るプラットを凌駕した。


限界を超えて締め上げられたプラットの体から、骨を砕く鈍い音がやけに大きく響いた。

もはや呻き声さえも出せない程に首を強く絞められ・・・・・そしてプラットは落ちた。




足場と言っても状態はかなり悪い。
壁に掛けられていた絵画、棚に置かれた高価な調度品の数々が、それら全てが破損し散らばっていた。
本来は頭上高くにあるべきガラス製の照明器具も、今は足元で粉々になっている。

そしてのそれらの上に、プラットは白目を剥いてうつ伏せに倒れている。
右手は関節が一つ増えたかのように、肘と手首の間が折れ曲がり、口の端には血が混じった赤い泡をが見える。内臓を痛めているのだろう。見た目には分からないが、肋骨も何本も折れていると思われる。
強く食い込んだ魔力の糸は衣服も切り裂き、肩に背中に腰に、全身いたるところから血を垂れ流している。

「ディ、ディリ、アン・・・だ、大丈夫、なのか?」

「・・・ハァ・・・ゼェ・・・」

ビリージョーは、その小さな背中に向かって声をかけるが、ディエリアンはただ荒く浅い呼吸をするだけで、振り向く事さえしなかった。
いや、そもそもビリージョーの言葉が聞こえているのかさえ分からない。


クソッ!こ、これさえ、これさえ外す事ができれば!
あの様子じゃディリアンはかなり危険な状態だ。回復薬だけでも早く飲ませないと!
立ったまま何一つ反応を見せないディリアンに、ビリージョーの焦りが強まった。

事実、この時ディリアンの意識は朦朧としており、いつ倒れてもおかしくなかった。
それは、プラットが倒れた事を見届けて緊張の糸が切れた事。
生命の危機に陥る程のダメージを受けている中、限界を超えた魔力を引き出した事で、魔力が枯渇寸前まで消費した事が理由である。


そしてついに、ディリアンは足元から崩れるように、その場に倒れ込んだ。

「うっ、ディ、リアン、くそ・・・こ、これさえ・・・!?」

一秒でも早くディリアンに回復薬を飲ませなければ!そう思い全身に力を込めて、灰の拘束を解こうともがいた時、ビリージョーは信じられないものを目にする。

「ば・・・ばか、な・・・」

「・・フゥ・・・フゥ・・・ヴァァァァァァァーーーーーッツ!」

全身を真っ赤に染めたカレイブ・プラットが立ち上がった!

へし折れた右手を振り上げ、左手には手斧を握り締め、焦点の定まらない目は、足元で倒れているディリアンを見ているようで、どこか全く違うところを見ているように見える。

口の端に溜まった血の混じった泡を飛ばしながら、プラットは獣のように咆哮を上げた。

「ヴァァァァァァーーーーーッツ!ゴロジデヤル!ゴロジデヤルゾォォォォッツ!」

喉を潰されてしまったのだろう。まるでノイズのような音を、無理やり言葉にして絞り出しているようだ。何本もの赤い線と、そこから滲む血がどれだけ強く締められたのかを物語っている。


憎悪の炎を燃やし、プラットは左手に持った手斧を、ディリアンの頭目掛けて振り下ろした。
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