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610 結界と犠牲

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カイレブ・プラット。
魔道剣士四人衆の一人であるこの男とは、ロンズデールの城で一度だけ会った事がある。
ほんの短い時間顔を合わせた相手なんて、普通は覚えていないものだが、ディリアンはその時にかなり軽く見られていたため、悪い意味でよく覚えていた。

言葉を選ばずに言えば、馬鹿にされてムカついたから覚えていたのである。


「いやぁ~、あの時の赤毛の姉ちゃん、あいつも狙ってたんだけど、全然見つからねぇんだよ。まぁ、船がこうなっちまったらもう死んでっかもな」

一人でペラペラと話し出すプラットに、ディリアンは警戒し左手に魔力を集めた。
いつでも結界を張れるようにするためである。本音を言えばすでに結界を張っておきたいところだが、結界は張り続けている限り魔力を消耗していく。先々を考えれば、魔力は少しでも節約しておきたいディリアンの考えは、当然と言えなくもなかった。


「お?なんだそのツラ?やる気?お前魔法使いだよな?黒か?それとも青か?まさか白じゃねぇよな?そんな挑戦的な態度とってんだから、よっぽどすげぇ魔道具でも持ってんのかよ?持ってんなら見せてみろよ?」

ヘラヘラと軽い調子のプラットに、ディリアンも苛立ちを感じ、ほんの少しだが魔力が乱れた。

「ディリアンッツ!」

後ろから鬼気迫ったビリージョーの声が飛んだ。
ディリアンがそれに反応し、結界を張る事が間に合ったのは、正に紙一重だった。


「・・・ん~、惜しい」

「て、てめぇ・・・!」

プラットの右手から振り下ろされた手斧を、ディリアンの左手が張った結界が受け止めていた。

体全体を覆うのではなく、左手から数十センチ程の範囲を、円状に張り巡らせた青く輝く結界が、軋むような音を立てて頭上の手斧を受け止めている。

コンマ数秒でも遅れていれば、プラットの手斧はディリアンの頭を割っていただろう。

プラットはヘラヘラとディリアンを煽り、苛立ちで集中が乱れたほんの一瞬の隙をついて、距離を詰め手斧で斬りかかっていたのだ。

「城で見た時はただの雑魚。赤毛の女の荷物持ちかなんかだと思ったけどよ。意外とやるじゃん?」

「てめぇっ!なめてんじゃねぇぞ!」

激昂したディリアンの右手が青い光を発する。

「おっ!?」

「ダラァッツ!」

ディリアンが右手を伸ばすと、指先から青く輝く魔力が、糸のように飛ばされた。

「おぉっ!?なんだよそれ!?」

五本の指先から放たれた魔力の糸は、プラットを捕まえようと伸びていく。
それぞれが独立した動きをする糸の動きは見切る事は用意ではない。
瞬時にそう判断したプラットは、紙一重で躱すのはではなく、大きく後ろに飛んで距離を取る事を選択した。未知の能力である以上、迂闊に触れる事も避けたい。

言動の軽さとは裏腹に、下調べは念入りに行う。
カイレブ・プラットは慎重な男だった。


「チッ、このクソ野郎が・・・」

「ディ、ディリ、アン・・・ま、待て!」

距離を取ったプラットに追撃をかけようとするディリアンを止めたのは、後ろで黒い灰に体を固められ、動きがとれなくなっていたビリージョーだった。
灰はただビリージョーの体を固めるだけでなく、何かしらの攻撃をしているようだった。
ビリージョーは苦痛に耐えるように、額から汗を流し歯を食い縛っている。


「んだよビリージョー!?何で止めんだよ!?お前だってそのままじゃヤバイだろ!?時間がねぇんだぞ!」

「お、落ち着け・・・と、言って、いる、んだ・・・相手、をよく、見ろ・・・武器は、斧、だけじゃ・・・ない・・・」

「おぉー!そっちのオッサンは冷静じゃん?キミさぁ、ディリアン君って言うの?今俺を追いかけて突っ込んでたら、そこのオッサンみたくなってたよ?感謝しないとね」

パチパチと両手を打ち鳴らすと、プラットはベストのポケットから、手の中に隠れるくらいの小さな黒い玉を取り出した。

「魔道具、灰の球。こいつの効果はそこのオッサンを見れば分かるな?一見小さな球だけどよ、大人一人を固めるくらいの灰が圧縮されてんだよ。この灰は付着すると急速に固まるんだ。オッサンが動けねぇのは、頭から全身に灰を浴びた事で、関節が固められてるし、足だって床とくっ付いてっからだよ」

ヘラヘラと笑いながら手の内を明かすプラットに、ディリアンは再び魔力を込めて右手を向けた。

「そうかよ。それだけじゃねぇんだろ?なんでビリージョーはこんなに苦しんでんだよ?」

「おーおー、この距離でソレが当たると思ってんの?まぁいっか・・・教えてやるよ。その灰は魔力を帯びてるんだよ。そして灰は付着した相手の体力を吸うんだ・・・一粒一粒は大した量じゃない。だが、一球全ての灰を被っちまったら、オッサンみてぇな大男でも干からびちまうだろよ」


そう言う事か・・・

ディリアンはチラリと後ろのビリージョーに目を向けた。

あの苦しみかたは、体力・・・つまり生命力を奪われているからか。
どういう感覚なのかは分からねぇが、あの顔はかなり苦しいみたいだな。

「チッ、やっかいな魔道具じゃねぇか」

体力型のビリージョーが、腕力で脱出できねぇってんなら、よっぽど固く封じられてんだな。


「そうだろ?これ気に入ってんだよ。どんなにいばりくさったヤツでも、身動きが取れなくなるととたんに大人しくなるんだ。ギャーギャー喚き散らすヤツもいるけど、こうすると大人しくなるんだ・・・ぜ!」

プラットは掛け声とともに右手を振るい、手斧を投げつけた。

「ッ!?野郎ッツ!」

手斧の軌道から、狙いが自分ではなくその後ろのビリージョーだと気づき、ディリアンはビリージョーの前に結界を張った。

青く輝く結界が、ビリージョーの命を奪わんとする手斧を弾き飛ばす。



ビリージョーに向けて投げられた手斧の軌道を追う。
それはつまり、視線をプラットから切ったという事。

ディリアンがビリージョーに顔を向けたその隙を見逃す程、魔道剣士四人衆、カイレブ・プラットはあまくなかった。


「がっ・・・!」

腹にめり込む固く重いそれは、プラットの右膝。
呼吸が止まり、肺の中の空気を全て吐き出させられる程の強烈な衝撃に、ディリアンは気を失いそうになる。

「あまちゃんだねぇ~・・・オラッツ!」

プラットは膝を引くと、前のめりに倒れてくるディリアンの顔に狙いを付け、右の拳を下から上へ振り上げた。

骨と骨がぶつかる鈍く重い音が響き、真っ赤な血飛沫と共にディリアンの顔が跳ね上がる。


「ディリアーーーンッッツ!」

激しい苦痛に襲われながら、ビリージョーは声を振り絞って叫んだ。
全身に力を入れて、灰に固められた体を動かそうとするが、まるで体を石にされたかのようにビクともしない。
目の前では自分を庇ったばかりに、二十近くも離れた、息子と言ってもいいくらいの少年が痛めつけられている。

「きさまぁぁぁぁッツ!やめろぉぉぉぉッツ!」


棒立ちのディリアンを殴り、蹴り、一方的に痛ぶるプラットに向かって、ビリージョーは怒声を上げる。


「あーはっはっは!お前は最初に城で見た時から、気に入らなかったんだよ!大した力もねぇくせにプライドだけは高そうでよ!突っ張った目しやがって!その綺麗な顔を二度と見れねぇくらい、グチャグチャにしてやんぜぇ!」


何発、何十発と殴られた痛みが、ディリアンの脳に命の危機を知らせた時、ディリアンは自分を殴る男の軽薄な笑みをぼんやりと目に映し・・・そして笑った。


・・・・・俺の勝ちだ
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