604 / 1,319
603 凛とした声の死神
しおりを挟む
「・・・リコ、いけるか?」
ダリル・パープルズは、驚きを隠すように口元を手で押さえた。
こいつ・・・この戦い方は、まさか・・・?
ムラト・シュウイチ・・・・・現在は、デユーク・サリバンと名乗っているが、ヤツの戦い方によく似ている。
ネイリーは帝国に来てまだ一年程だ。デュークの戦いを見た事がないのだろう。だから、この男の構えを見ても、何も気づかなかったんだ。
デュークは皇帝のお気に入りだという事を除いても、帝国に来てほんの数年で、第七師団長まで登りつめた男だ。師団長になり、皇帝の側近として置かれるようになってからは、ほとんど戦いにでる事はなくなったから、新兵は知らないだろうが、ヤツの戦いを一度でも目にすれば、決して忘れられないだろう。
甲冑に身を包み、剣を、槍を、斧を持った戦士を、素手で蹂躙していく様は、人という枠を超えた強さであり、味方でさえ畏怖してしまうほどだった。
そのデュークの戦い方と、この男の姿が重なって見えるのだ・・・これは一体・・・?
ダリル・パープルズの傍らに立つ、もう一人の護衛リコ・ヴァリンは、大臣ダリルの動揺、心の機微を感じ取っていた。
冷静、沈着、そして時には大胆に、皇帝に代わり国の政を担う大臣ダリル・パープルズが、少なからず動揺している事だけでも、初めて見るものだった。
そしてそのダリルの動揺は、リコ・ヴァリンも共感できるものがあった。
ブロートン帝国で生まれ育ったリコ・ヴァリンは、デューク・サリバンの戦いを目にした事がある。
当然ダリルと同じく、アラタの構え、戦い方が、デュークとよく似ていると感じていたからだ。
そして戦い方だけでなく、ラルス・ネイリーの結界を、一撃で破壊した攻撃力も目を見張るものがあった。
ボディアッパーで、アラタの頭より高く打ち上げられたネイリーは、そのまま無防備に落下し、今は右脇腹を押さえて苦痛の声を漏らしている。おそらく右の肋骨は滅茶苦茶にへし折られているだろう。自力で立つ事はもはや不可能だ。
そうなると、ネイリーを倒したこの男と次に戦うのは、必然的にこの紫色の髪をした若き護衛となる。
ダリル・パープルズの問いかけに、リコ・ヴァリンは、二つ返事で答えた。
「いけます」
それは沢山の死体が転がり、そして血に濡れたこの場には不似合いな、凛とした涼音のような声色だった。
十分過ぎる手応えだった。
俺のボディアッパーは、ラルス・ネイリーの右の肋骨をほぼ全てへし折った。
目の前で倒れているこの男の顔を見れば分かる。顔は苦痛に歪み、汗にまみれ、血反吐を吐いている。
もはや戦闘不能だ。
しかし際どい勝利だった。結果だけを見れば、無傷の俺の圧勝と映るかもしれない。
だが、実際には紙一重だった。
このグローブを付けていたため拳が固められていた事。それにより威力が増したパンチを打てた。
ネイリーが俺の勝負に乗って正面から来た事。もしあの時針を引いて一歩でも後ろに下がられていたら、完璧なジョルト・ブローは入れられなかっただろう。
様々な不確定要素が合致した事で、かろうじて得られた勝利だと思う。
だが、その不確定要素を引き寄せたのは、これまでお互いが歩んだ道のりだと思う。
人を実験体としか見ないネイリーは、その戦い方も、最後まで俺を薬漬けにする事にこだわっていたように見えた。そんな濁った心で最後の最後、勝利の際で勝ちを掴めるはずなんてない。
俺にはレイジェスの皆がいる。
ユーリの回復薬が俺を動けるようにしてくれた。
カチュアの傷薬が血止めをして助けてくれた。
その薬を守ったのは、ジーンとケイトのポーチだ。
そしてジャレットさんとシルヴィアさんのグローブが、勝利の決め手になった。
「ラルス・ネイリー、お前の負けだ。その痛みはこれまでお前が弄んだ人達の恨みだと思え。少しでも人の痛みを知るんだな」
「ぐっ・・・うぐぁっ・・・はぁ、はぁ・・・お、おま、ぇぇぇ・・・」
自分を見下ろす男の言葉が聞こえたのか、息も絶え絶えになりながら、ネイリーは僅かに瞼を開けた。
この黒髪の男は、自分がピンポイントで、一点に集中させた結界をたった一発で打ち砕いた。
そしてその拳の威力は、人一人を頭上より高く打ち上げる程だった。
結界は砕かれたが、少なからず拳の威力を減少させてはいただろう。
もし結界を張らずにまともに受けていたら・・・
アラタを睨みつけるネイリーの目は、それまでの実験体を見るものとは違い、異質なものを見るような僅かながらの恐れもあった。
それは現在こうして、己の生命を危険に晒されている事もあるだろう。
これまで絶対的強者として、一方的に他人をいたぶって来たネイリーには、人生で初めての事だった。
屈辱を晴らそうにも、怒りをぶつけようにも、ネイリーはもう立てない。
アラタとネイリーの勝負がついたその時、背後から感じた殺気にアラタは反射的に振り返った。
同時に両腕を顎の下で盾のように構えて、防御の体勢をとったのは、まるで首筋に刃を当てられたような、冷たく研ぎ澄まされた殺気に対しての防御本能だった。
実際には何もされていない。
振り返ったアラタの視線の先、数メートルに佇みこちらを見ているのは、紫色の長い髪の小柄な女性だった。
そして髪と同じ紫色の瞳でアラタを見る。あまり感情が顔に出ないのだろう。
無表情で何を考えているのか読み取り辛い。
ただ、ほんの少しだが自分に対して興味を持っていると、アラタは感じ取った。
「・・・ほとんどの男は、今ので動けなくなるんだけど・・・キミは強いんだね」
耳に通りの良い、鈴のような声だった。
場所が違えば、草原に吹く一つ風のように涼やかで、聴く者を魅了する歌声のようだったろう。
しかしアラタの耳には、己の命を刈り取る、死神の宣告のように届いた。
ダリル・パープルズは、驚きを隠すように口元を手で押さえた。
こいつ・・・この戦い方は、まさか・・・?
ムラト・シュウイチ・・・・・現在は、デユーク・サリバンと名乗っているが、ヤツの戦い方によく似ている。
ネイリーは帝国に来てまだ一年程だ。デュークの戦いを見た事がないのだろう。だから、この男の構えを見ても、何も気づかなかったんだ。
デュークは皇帝のお気に入りだという事を除いても、帝国に来てほんの数年で、第七師団長まで登りつめた男だ。師団長になり、皇帝の側近として置かれるようになってからは、ほとんど戦いにでる事はなくなったから、新兵は知らないだろうが、ヤツの戦いを一度でも目にすれば、決して忘れられないだろう。
甲冑に身を包み、剣を、槍を、斧を持った戦士を、素手で蹂躙していく様は、人という枠を超えた強さであり、味方でさえ畏怖してしまうほどだった。
そのデュークの戦い方と、この男の姿が重なって見えるのだ・・・これは一体・・・?
ダリル・パープルズの傍らに立つ、もう一人の護衛リコ・ヴァリンは、大臣ダリルの動揺、心の機微を感じ取っていた。
冷静、沈着、そして時には大胆に、皇帝に代わり国の政を担う大臣ダリル・パープルズが、少なからず動揺している事だけでも、初めて見るものだった。
そしてそのダリルの動揺は、リコ・ヴァリンも共感できるものがあった。
ブロートン帝国で生まれ育ったリコ・ヴァリンは、デューク・サリバンの戦いを目にした事がある。
当然ダリルと同じく、アラタの構え、戦い方が、デュークとよく似ていると感じていたからだ。
そして戦い方だけでなく、ラルス・ネイリーの結界を、一撃で破壊した攻撃力も目を見張るものがあった。
ボディアッパーで、アラタの頭より高く打ち上げられたネイリーは、そのまま無防備に落下し、今は右脇腹を押さえて苦痛の声を漏らしている。おそらく右の肋骨は滅茶苦茶にへし折られているだろう。自力で立つ事はもはや不可能だ。
そうなると、ネイリーを倒したこの男と次に戦うのは、必然的にこの紫色の髪をした若き護衛となる。
ダリル・パープルズの問いかけに、リコ・ヴァリンは、二つ返事で答えた。
「いけます」
それは沢山の死体が転がり、そして血に濡れたこの場には不似合いな、凛とした涼音のような声色だった。
十分過ぎる手応えだった。
俺のボディアッパーは、ラルス・ネイリーの右の肋骨をほぼ全てへし折った。
目の前で倒れているこの男の顔を見れば分かる。顔は苦痛に歪み、汗にまみれ、血反吐を吐いている。
もはや戦闘不能だ。
しかし際どい勝利だった。結果だけを見れば、無傷の俺の圧勝と映るかもしれない。
だが、実際には紙一重だった。
このグローブを付けていたため拳が固められていた事。それにより威力が増したパンチを打てた。
ネイリーが俺の勝負に乗って正面から来た事。もしあの時針を引いて一歩でも後ろに下がられていたら、完璧なジョルト・ブローは入れられなかっただろう。
様々な不確定要素が合致した事で、かろうじて得られた勝利だと思う。
だが、その不確定要素を引き寄せたのは、これまでお互いが歩んだ道のりだと思う。
人を実験体としか見ないネイリーは、その戦い方も、最後まで俺を薬漬けにする事にこだわっていたように見えた。そんな濁った心で最後の最後、勝利の際で勝ちを掴めるはずなんてない。
俺にはレイジェスの皆がいる。
ユーリの回復薬が俺を動けるようにしてくれた。
カチュアの傷薬が血止めをして助けてくれた。
その薬を守ったのは、ジーンとケイトのポーチだ。
そしてジャレットさんとシルヴィアさんのグローブが、勝利の決め手になった。
「ラルス・ネイリー、お前の負けだ。その痛みはこれまでお前が弄んだ人達の恨みだと思え。少しでも人の痛みを知るんだな」
「ぐっ・・・うぐぁっ・・・はぁ、はぁ・・・お、おま、ぇぇぇ・・・」
自分を見下ろす男の言葉が聞こえたのか、息も絶え絶えになりながら、ネイリーは僅かに瞼を開けた。
この黒髪の男は、自分がピンポイントで、一点に集中させた結界をたった一発で打ち砕いた。
そしてその拳の威力は、人一人を頭上より高く打ち上げる程だった。
結界は砕かれたが、少なからず拳の威力を減少させてはいただろう。
もし結界を張らずにまともに受けていたら・・・
アラタを睨みつけるネイリーの目は、それまでの実験体を見るものとは違い、異質なものを見るような僅かながらの恐れもあった。
それは現在こうして、己の生命を危険に晒されている事もあるだろう。
これまで絶対的強者として、一方的に他人をいたぶって来たネイリーには、人生で初めての事だった。
屈辱を晴らそうにも、怒りをぶつけようにも、ネイリーはもう立てない。
アラタとネイリーの勝負がついたその時、背後から感じた殺気にアラタは反射的に振り返った。
同時に両腕を顎の下で盾のように構えて、防御の体勢をとったのは、まるで首筋に刃を当てられたような、冷たく研ぎ澄まされた殺気に対しての防御本能だった。
実際には何もされていない。
振り返ったアラタの視線の先、数メートルに佇みこちらを見ているのは、紫色の長い髪の小柄な女性だった。
そして髪と同じ紫色の瞳でアラタを見る。あまり感情が顔に出ないのだろう。
無表情で何を考えているのか読み取り辛い。
ただ、ほんの少しだが自分に対して興味を持っていると、アラタは感じ取った。
「・・・ほとんどの男は、今ので動けなくなるんだけど・・・キミは強いんだね」
耳に通りの良い、鈴のような声だった。
場所が違えば、草原に吹く一つ風のように涼やかで、聴く者を魅了する歌声のようだったろう。
しかしアラタの耳には、己の命を刈り取る、死神の宣告のように届いた。
0
お気に入りに追加
171
あなたにおすすめの小説
転生したのに何も出来ないから、、喫茶店を開いてみた(年始期間限定)
k
ファンタジー
新島 仁 30歳
俺には昔から小さな夢がある
まずはお金を貯めないと何も出来ないので高校を出て就職をした
グレーな企業で気付けば10年越え、ベテランサラリーマンだ
そりゃあ何度も、何度だって辞めようと思ったさ
けど、ここまでいると慣れるし多少役職が付く
それに世論や社会の中身だって分かって来るモノであって、そう簡単にもいかない訳で、、
久しぶりの連休前に友人達と居酒屋でバカ騒ぎをしていた
ハズ、だったのだが 記憶が無い
見た事の無い物体に襲われ
鬼に救われ
所謂異世界転生の中、まずはチート能力を探す一般人の物語である。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~
はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。
俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。
ある日の昼休み……高校で事は起こった。
俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。
しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。
……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。
お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)
いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。
---------
掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
お知らせ
カクヨム様でも掲載中です。
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる