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602 信頼の武器

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一か八かの賭けだった事は確かだ。

腰を捻り体をネイリーに向けた時、俺の目にはまるでアイスピックのような、長い針を振り下ろしてくるネイリーの姿が映った。

相打ちになる・・・それが瞬時に俺が出した結論だった。
このままいけば、ネイリーが俺の胸に針を刺し、俺の左がネイリーの右脇腹をえぐるだろう。

ネイリーが薬物を使うと聞いていた俺は、この針が危険なものだというのは見た瞬間に理解した。
この針はかする事さえ許してはならない。

だが、体勢的にもはや躱す事は不可能・・・ならばどうするか?

俺は腰をより深く捻る事で、拳の軌道を変えて、ネイリーの針に狙いを合わせた。

普通に考えれば、拳で針を打つなんて馬鹿としか言えない行為だ。
なぜなら鋭く尖った針に拳をぶつけても、拳が刺し貫かれるのは目に見えているからだ。


だが、それでも俺は勝てると信じた。
賭けではある。だが、ジャレットさんは言っていた。このグローブには鉄糸(てっし)という、鉄と同じ強度の糸が仕込んであると・・・それならば勝てるはずだ。

ジャレットさんとシルヴィアさんが作ってくれたこのグローブが、こんな針一本に負けるはずがない!

「ラァァァッツ!」

俺の渾身の左がネイリーの針にぶつかった。





こいつ、まさかこの傀儡の針に、正面から拳をぶつける気ですかぁ!?

馬鹿な!?そんな事をしたら拳がどうなるかくらい、子供でも分かりますよ!
それとも、その拳によほどの自信があるという事ですか!?

私が結界を通して感じた攻撃力は、確かに目を見張るものがありました。
ですが、先の尖った針に正面から拳を打って、ただですむと思っているのですかぁ!?

いや・・・そのグローブですね?
それになにか仕掛けがあるからこそ、こうして迷いなく拳を打ってくる。
そう考えるべきですね。

そしてそれはこの傀儡の針に勝ると?
なるほど、そう考えるべきでしょう・・・お馬鹿ですねぇぇぇぇぇ!

仮にこの針を破壊したとして、中の薬液はどうします!?
体に打ち込むだけじゃないんですよ!目や口からでも体内に入ればそれでいいんです!

いいでしょう!その挑戦受けて立ちましょう!
あなたは針を破壊すれば勝ちだと思っているのでしょうが・・・・・

「残念でしたねぇぇぇぇーーーッツ!」

ネイリーの針がアラタの拳とぶつかった。


針はアラタの拳にぶつかった瞬間、乾いた音を響かせ、先端から真ん中辺りまで砕け散った。

そしてアラタの左は、そのままの勢いでネイリーの右脇腹へと突き進む。


おーほほほほ!
お馬鹿ですねぇぇぇぇ!私が青魔法使いだという事をお忘れですかぁ!
何の防御策も無く、ただ針をあなたの拳にぶつけたとでも!?


砕けた針の中からは、ネイリーの仕込んだ薬液が飛び出し宙に撒き散らかされた。


これであなたはお終いです!
ですが、私がこのままあなたの拳をくらうと思ってるんですか?
相打ち覚悟の勝利を甘んじて受け入れると?

そんなわけないでしょうぉぉぉ!
青魔法使いには結界があるのですよぉぉぉ!

私は結界であなたの拳を防ぎます!あなたはこの薬液を浴びます!
これでお終いです!

「私の勝ちですッツ!」




体ごと叩き付ける様に打つパンチがある。
ジョルト・ブローと言うこのパンチは、床から片足、または両足を離しながら、相手に踏み込むようにして打つ。
ボクシングにおいて基本的なパンチではあるが、身体中の力と体重を乗せて打ち放つこのパンチは、必殺の威力をほこる反面、躱された時の隙は大きく、カウンターの餌食になるリスクも高い。

アラタは予想していた。
針を破壊しても、おそらくネイリーは結界を使い攻撃を防ぐはず。
そしてこのまま左を振り抜いても、ネイリーの結界を打ち破る事はできない。
それは、さっきまでネイリーの結界に、数十発もの左右の連打を繰り出した事で、十分に理解していた。

この左のボディアッパーは、アラタの渾身の一撃である。
肩、腰、膝、足首、全てを回転させ放つこの一撃は、当然さっきまでのベタ足での連打とは、威力は段違いである。

だが、それでもネイリーの結界を一撃で破れるか?
ベタ足で腰の入っていない手打ちとはいえ、それでも数十発の拳を撃ち込んで破壊できなかったのだ。
ネイリーの結界の強度の一旦を感じたアラタには、そこに確信が持てなかった。

そして、たった今宙に撒き散らかされたこの液体・・・これはおそらくネイリーの薬だ。
ネイリーの結界を破ったとしても、この立ち位置では、このまま頭から浴びる事になる。

ならばどうするか?

もう一歩深く・・・そう体ごとネイリーにぶつかればいい!
アラタは右足で強く床を蹴って、ネイリーの懐深く踏み込んだ。
そして全身の力と体重を乗せて、頭から体当たりするように左拳を叩きこむ!

「な、にィッツ!?」

その直後、ネイリーは驚愕した。

ネイリーはアラタの左拳の前に、ピンポイントで結界を張った。
瞬間的に発動させたため、天衣結界を張る事はできなかったが、それでもピンポイントで張った結界は非常に堅く、物理攻撃でそうそう破壊できるものではない。

しかしアラタの左拳は、そのネイリーの結界をものともせず粉砕した。

ネイリーにとって、それは予想だにできない事だった。

ネイリーは自分を知っている。ネイリーは自分を過大評価はしない。
そのネイリーの判断は、ピンポイントで張った結界ならば、この男、アラタの拳は十分に防げるというものだった。

しかし、それがただの一発で破壊された。
そしてそれは魔法どころか、剣でも槍でもなく、拳での一発なのだ。

ネイリーの思考を奪うには十分な衝撃だった。

そしてネイリーが我を取り戻すよりも早く、アラタの左拳がネイリーの右脇腹を深く抉った。

「オラァァァッツ!」

肋骨をへし折る鈍く嫌な音が、体の内側から脳天に響く。ネイリーは声さえ出せずに殴り飛ばされた。
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