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601 アラタ 対 ネイリー

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左ジャブ。
ダメージを与える事よりも、スピードを追求したこの突き技は、格闘技における最速の攻撃と言っても過言ではないだろう。

三年間ボクシングに撃ち込み、異世界プライズリング大陸に来た事で、身体能力が飛躍的に上がったアラタの左ジャブは、魔法使いに見切れるものではなかった。

だが、そのアラタの左ジャブは、ネイリーに届く寸前で、まるで金属版でも打ち付けたような衝撃と共に止められていた。

「おぉ~、これはこれは、攻撃が全く見えませんでしたよぉ。それにしても初手から拳ですかぁ?体術は武器を無くした戦士が使うものだと思ってましたが、違うのですかねぇ?」

ラルス・ネイリーは青魔法使いである。
アラタが戦闘体勢に入り飛んだ瞬間、ネイリーは結界を発動させていた。

ラルス・ネイリーは自分をよく知っている男だった。
そして自分の能力を過大評価する事もなかった。

体力型と戦いになった場合、魔法使いのネイリーの身体能力では、防ぎ躱す事は難しい。
それがアラタ程の力量のある相手であれば、ネイリーにはその動きを捉える事さえ至難の業である。

そのためネイリーのとった策は至極単純であった。
終始結界を張り続ける事。

今、ネイリーの体を中心に、一メートル程の感覚で、青く輝く結界が張られ、アラタの拳を防いでいる。



「・・・結界ってのはよ、たしか張り続けてるだけで魔力を消耗するんだろ?そして打撃でも破壊可能だったよな?」

「よくご存じで?それがどうしましたぁ?」

体力型であるアラタは、自分が魔法使いと戦う場合になった事を常に想定していた。

黒魔法が相手であればどうするか?
火、風、氷、爆、どの魔法を使われても、躱しながらの戦いになるだろう。
ならばどう躱し、どう戦略を練るかがカギになるだろう。

そして青魔法使いが相手であればどうするか?

アラタの出した結論は、黒魔法使いを相手にするより簡単なものであった。

「ぶっ壊れるまで殴ってやるよ!」


連打!連打!連打!
サンドバックを打つように、至近距離で左右の拳を休まず打ち続ける。

このグローブはすごい!何発打ち込んでも全く拳が痛くならない・・・ジャレットさん、ありがとうございます。


【俺が作った。甲と拳頭の部分には、可能な限り薄くて柔らかく丈夫なプレートを入れて置いた。握りに問題はないはずだ。指の部分には鉄糸(てっし)って言う、鉄と同じ強度の糸が仕込んである。仮に剣で斬り付けられても耐えられるはずだ。まぁ、相手の力量にもよるから、過信はできないけどな。パンチスピードを殺さない、ギリギリの重さに仕上げたつもりだ】

今までは自分の拳を痛めないように、考えて戦ってたけれど、これなら遠慮する事はねぇ!
体力が尽きるまで殴り続けてやる!




「お、お、おぉぉ!?は、ははははは!あなたすごいですねぇ!拳ですか!?武器も持たずに魔法使い相手に拳でくるとは!しかも私の結界が壊れるまで殴るつもりですか!?面白い!実に面白い!あなたはいい実験体になりそうですねぇ!」

ネイリーの狂気に歪んだ笑みを浮かべ、歓喜の声を上げた。

今自分の前には、実にイキのいい獲物がいる。

こいつにはなんの薬を試そうか?体力型なら、今朝ロンズデール国王に渡した、身体能力を大幅に上げる薬も、こいつならば狂う事なく耐えられるだろうか?

それとも部分的に強化する薬はどうだ?
こいつならば、何倍まで耐えられるだろうか?
以前、腕の力を5倍にした男は、筋肉が膨らみ過ぎて破裂してしまったが、この男なら、5倍どころか、10倍まで耐えられるかもしれんなぁ。


「おーほほほほ!結界を通じて感じますよぉ!あなたずいぶん腕力がありますねぇ!このままでは本当にその拳で私の結界も破られてしまいそうですよぉ!さぁ、どうしましょう!?どうしましょう!?こうしましょう!」

「なっ!?」

数十発目の右拳が、結界を打ちつけようとしたその時、突然結界が消えてアラタの右拳は空を切った。

これまで同じリズム、同じ距離感で、同じ個所を殴り続けていたため、突然の結界解除でアラタの体のバランスが崩された。


おーほほほほ!どうです?単純ですが、効果的でしょう?まんまと私に背中を見せるはめになりましたねぇ?さて、あなたにはこれを打ってあげましょう。
なぁに、心配いりませんよ、一瞬で眠りに落ちますから、苦痛はありません。
ただ、目覚めた時に、あなたは私の命令にだけ従うお人形さんになっているでしょうがね。
その鍛え抜かれた肉体なら、きっと私の期待に応えてくれるでしょうねぇ!


ネイリーは結界を解くと同時に、ローブの内側から一本の細長い針を取り出していた。
針の中は空洞になっており、ネイリーが作った薬液が入っている。

「しゃぁぁぁぁッツ!」

右拳が流れた事で、体勢を崩したアラタの背中に、ネイリーの針が振り下ろされた。




やられた・・・こんな単純な手に引っかかるなんて、俺もまだまだあまい。

仕掛けて来たって事は、この次の一手も用意しているはずだ。
そしてそれは、おそらく俺に致命傷を与えるものだろう。

確認するためには、顔を上げなきゃならない。だけどこの体勢、この状況では、それは命取りだ。
その動作で、これ以上の遅れを取るわけにはいかない・・・今ならまだ、五分に持ち込めるからな!

俺は右足を、あえて一歩深く自分から踏み込んだ。

「なにッ!?」

ネイリーの懐に入り込むと、そのまま腰を右に捻り、左のボディアッパーをネイリーの腹目掛けて撃ち放った。

体勢を崩したにも関わらず、俺がより深くネイリーの懐に踏み込んだ事は、ネイリーに一瞬の動揺を与えたようだ。

これで五分だ!

「ラァァァッツ!」

「しゃぁぁぁぁぁー!」

ネイリーの振り下ろした針と、俺の左拳がぶつかり合った。
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