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594 ハサミ

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言葉にこそ出さなかったが、バルデスもサリーも、ララに対して一つの疑問を持ち、それによる警戒態勢をとっていた。

なぜ自分達が見える?

今バルデスとサリーは、シャノンの魔道具、明鏡の水によって姿が消えた状態である。
しかし、目の前の男、魔道剣士四人衆のエクスラルディ・ララは、極自然に声をかけてきたのである。

どうして分かった?
これがバルデスとサリーの持った疑問であり、ララの道の能力に対しての警戒であった。

魔道具によるものだというのは推測できる。
だが、その正体が分からない以上、強い警戒をしてしかるべきである。

あえて問いたださず、こちらの動揺を悟らせない。
消える能力が知られても、それが重要な事ではないと思わせる。
バルデスとサリーの意思は言葉に出さずとも一致していた。


「うぉぉぉぉぉぉぉーーーーッツ!」

ニメートルの長身をほこるララが、怒りに目を吊り上げ、大口を開けて飛び掛かって来た。



この二人がカーン様の言う侵入者か・・・カーン様の目的を邪魔する低俗な愚物め!

カーン様が今回帝国と結ぶ協定により、ロンズデールは事実上帝国に取り込まれる事になる。
それによって不自由は強いられるだろう。だが、いずれ武力によって侵略されるより、早いうちにこちらから協定を持ち込んだ方が、まだ立場を確保できるというものだ。

カーン様は今回の会談で、魔道剣士隊を帝国に売りむ。
それを足掛かりに、魔道剣士隊は帝国での立場も確保する。
大陸最大の軍事国家である帝国にも、われら魔道剣士隊の力が通用する事を知らしめるのだ。

そのためにはまず目の前で邪魔をするこの小うるさい女を・・・・・

「排除する!」

ララの振り上げた右拳の最高到達点は、実に三メートルに達する。
勢いをつけて飛び込んでくるスピードに加え、その高さから脳天目掛けて振り下ろされる拳の威力は、魔法使いで女性のサリーなど、一撃で殺しうるものだった、

「フン、下品な男ね」

自分の頭に向かって振り下ろされるララの拳を、サリーは避けようとさえしなかった。
落ち着いた動きで拳の軌道上にハサミを向けると、そのまま刃を開き閉じる。

「むっ!?」

それは直感だった。
サリーが向けたハサミは、ララの拳に触れていたわけではない。
ララの拳とサリーのハサミの間には、十分な開きがあり、サリーは何もない空間でハサミを開いて動かしただけにすぎない。

しかしララは己の直感、心の声に従った。
このまま拳を振るうのはまずい。
それはつい今し方、触れられてもいないのに、自分の頬を切り裂かれた事も影響していた。

咄嗟に腕を止めて引いた。
そしてその判断は正しかった。

「ぐッツ!?」

「あら、勘はいいのね?」

半分程斬り裂かれたララの右手首から、噴水のように真っ赤な鮮血が飛び散った。

「もう少し深ければ落とせたのに」

「こ、このメイド風情がッ!このララに何をした!?」

右手首を押さえる左手からは、ボタボタと大量の血が流れ落ちる。
その表情は痛みに歪み、メイド風情と見下していた女に深手を受けた事で、屈辱に歯を食いしばっている。

「何って、想像つかないのかしら?」

すまし顔で右手に持つハサミを、チョキチョキと鳴らして見せる。

「それで切ったというのですか!?しかし、このララに触れてもいないのにどうやって!?」

「・・・バルデス様、このハゲはどうやら頭が弱いようですね」

「うむ、自分で答えを口にしているのにな。サリーよ、魔道剣士とやらは大した事ないようだ。四人衆などと四勇士と似た名を名乗っているが、こっちが恥ずかしくなる。もう首を落としてやれ」

唾を飛ばし怒りに声を上げるララだが、それとは対照的にサリーとバルデスの表情は冷めたものだった。

「はぁ~・・・いいですか?ハゲ。触れなくても切れる。それだけの事ですよ。これが私の魔道具、イマジン・シザーです。理解できましたか?ハゲ」

大きく溜息をついて種を明かすと、サリーはララの首筋にハサミを向けて狙いを付けた。

「・・・ふっふっふ・・・それはそれは面白い魔道具をお持ちだったのですね。このララ、少々見くびっていたようです」

額から大粒の汗を流すララは、右手首を押さえる左手を離すと、懐に手を入れて手の平サイズの小瓶を取り出した。

「ふっふっふ、これは・・・」
「死ねハゲ」

ララが取り出しだ瓶を見せて説明をしようとするが、それよりも早くサリーは、ハサミの両刃をララの首に向けて閉じた。

「おっと!」

「む!?」

「・・・ほう」

しかし、サリーがハサミを閉じた瞬間、ララは右に大きく飛んで躱した。

「ふっふっふ、このララをあまり見くびらない事です。もうそのハサミは見切りましたよ。つまり、その刃の軌道にいなければいいのです。二度も見せるべきではありませんでしたね?」

ララはニヤリと口の端を上げると、左手にした小瓶の蓋を開けて中身の液体を右手にかけた。

「・・・ほぉ、サリーよ、こやつの評価を少し上方修正しようか。まぁまぁできるやもしれんぞ」

「・・・はい。不本意ですが、しかたありませんね」

ララに、サリーは不快そうに眉を潜め、バルデスは感心して両手を打ち鳴らした。

「余裕ですか?まぁいいでしょう。これで血止めはできました。さぁ、ここからは魔道剣士ララの恐ろしさを見せてあげましょう」

出血の止まった右手首を見せつけ、ララは不敵に笑った。
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