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591 チャンスと拒絶
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姿こそ見えていないが、国王の特等船室には、すでにリンジー、ファビアナ、シャノンの三人が入っていた。
三人は部屋の壁際に並び立ち、成り行きを見守っていた。
三人が動かずに待機しているのは、すでに当初の計画、国王を説得するという事は不可能と判断したからだ。
レイチェルの挑戦的な態度に問題が無かったとは言えない。
しかし、自分を護衛する兵士に薬物を使い、正気を失わせて戦わせるという行為は、まともな精神状態とは思えなかった。
そしてその体から溢れ出るドス黒い魔力は、体力型であるリンジーにもハッキリと感じ取れる程の狂気を孕んでおり、国王がすでに自分達の知っている国王ではないと、あらためて認識させられた事が大きかった。
闇・・・・・
その言葉が三人の頭をよぎった。
カークランド国王もまた、闇に呑まれてしまったのではないだろうか?
一度その可能性が頭に浮かぶと、そうとしか思えなくなってしまう。
闇に呑まれてしまったクインズベリーのトレバーという男が、どのような末路を辿ったのか。
三人はそれを、レイチェルとアラタから聞いて知っていた。
アラタの光の拳で撃ち抜かれ、風に溶けるように消滅してしまったトレバー。
自国の王も闇に染まったのだとしたら、同じように滅びの道を歩むしかないのだろうか。
実の父である国王の行く末を案じ、ファビアナは悲しみの表情を浮かべて目を伏せた。
「この船には多くの貴族達が乗っているからな、火も爆発も使えん。となれば・・・」
国王の体から溢れ出た部屋中を覆う魔力が、急速に冷気を帯びていく。
「・・・まぁ、船に与えるダメージを考えれば、これが一番ってのは確かだね」
レイチェルは室内を見回し、腰に刺した二本のナイフを抜き取ると、右のナイフは順手に、左のナイフは逆手に持ち構えた。他人事のように言葉を口にするのは、自分にとって今の状態は脅威ではないと、暗に伝えているようなものである。
「余裕のつもりか!?氷漬けになるがいい!」
国王が手を振るうと、冷気を帯びた魔力は氷の刃となり、部屋中あらゆる場所からレイチェル目掛けて、一斉に撃ち放たれた。
「ハァァァァァッツ!」
四方八方から迫りくる無数の氷の刃を前にしても、レイチェルはまるで怯むことなく、気合と共に左右のナイフを振るう。
頭を狙ってくる上からの氷を打ち砕き、左右から刺し貫くように飛び出して来る、鋭く尖った氷を叩き落とす。
背後からの攻撃でさえ、まるで後ろが見えているかのように、身を捻り躱すその様は、攻撃を仕掛けている国王カークランドでさえ、感嘆の言葉を漏らす程だった。
「ほっほぅー!これだけの刺氷弾を全て防ぐとはな!赤毛、貴様一体何者だ?それだけの実力、殺すには惜しい!我が国で取り立ててやってもよいぞ。さっきの無礼も不問にしようではないか」
「お断りだね。私はレイジェスの副店長レイチェル・エリオット。帰るべき場所はレイジェスしかない!」
正面に来た氷の刃を右のナイフで粉砕すると、レイチェルはそのまま国王に飛び掛かった。
「説得は難しそうだから、しばらく眠っててもらうよ」
この時、レイチェルに油断があったわけではない。
しかし、危機感と緊張感が足りなかった事は否めない。
戦場が船の中。そして国王が言った通り、火魔法、爆発魔法は音の問題以上に、船を沈没させかねない危険性がある。
そのため使用できる魔法は、風魔法か氷魔法の二択になる。
そして上級氷魔法の竜氷瀑や、上級風魔法のトルネードバーストの使用もできないであろう状況から、レイチェルが導き出した答えは、この全方向から放たれる氷魔法の刺氷弾こそが、現時点で国王の使える最大魔法であろうと。
それゆえに、それを破ったレイチェルが、それ以上に何かを隠し持っていると考えなかった事は、止むを得ないと言えなくもない。
しかし、国王のドス黒い魔力の質、あきらかに異常をきたしている精神状態、そしてラルス・ネイリーが、薬を渡している事に気付けていたのならば、もう一つ上の警戒をすべきであったと言わざるを得ない。
的確に相手の戦力を分析する洞察力、そして自分への自信が今回は仇となってしまった。
魔法使いである国王を眠らせるために、最低限の力を振るう。
距離を詰めた体力型にとって、それは造作もない事だった。
だが、今まさに国王の首を、ナイフの柄で打ち付けようとしたレイチェルの目に飛び込んできたのは、罠にはまった獲物を見つめる、捕食者の笑みだった。
「バァァァァァーーーッツ!」
突然大きく空けられた国王の口からは、叫び声とともに、台風を思わせるような凄まじい風が放出され、飛び上がっていたレイチェルの体を天井まで吹き飛ばした。
「うぐぁッ!」
したたかに背中を打ち付けられ、痛みに顔をしかめる。そしてある違和感に気付いた。
いくら不意を突かれたといっても、自分がただ無防備に飛ばされる事などない。
防御の体勢をとろうとしたが、体が全く動かせなかった。なぜだ・・・?
最初に首の違和感に気付いた。
何かに首を絞めつけられており、ほとんど動かす事ができない。
それでも強引に顔を動かし、自分の体がどうなっているのか目にすると、両手首の周りの空気がぼやけている事が確認できた。
「・・・これは?」
自分の首を押さえつけるなにかと同じ、圧迫感のあるものが両手首、いや感覚から言えば、両足首と腹も同じものに押さえつけられている。そしてそれは天井と一体化しているように、張り付いているのだ。
「ふぁっふあっふあっ!あまく見たな女ぁ!これが私の魔道具、風の固砲(こほう)だ!貴様の体は私の風で封じたのだ!」
勝利を確信したように、歓喜に満ちた声を上げる国王カークランド。
風の固砲は、国王が体内に埋め込んだ魔道具である。
肺に入れた空気を台風の如く、大風として吐き出す事ができる。
そして吐き出した空気は固定する事ができる。
今レイチェルの首、腹、四肢を留め置いているのは、この能力によるものである。
「さぁ!赤毛の女よ!このまま首を締め上げて殺してやろうか?痛いだろうな?苦しいだろうな?だが、仕掛けてきたのは貴様だ。まさか恨みごとは言わんよなぁ?」
ニタニタと下卑た笑みを浮かべながら、自らの能力で天井に張り付けたレイチェルを見上げる国王。
レイチェルの首を押さえている空気が、自分の魔道具によるものである以上、操れることは言わずもがな。今この瞬間にでも、レイチェルの首を絞めつけて殺す事は可能である。
「・・・・・」
しかし追い詰められているはずのレイチェルは、眉一つ動かす事もなく、落ち着き払った様子で、天井からじっと国王を見つめている。
「ん~?どうした?命を握られた恐怖で言葉もでんのか?赤毛の女、貴様のやらかした事は大罪だ。国王の部屋に無断浸入だけでなく、護衛の兵士をも叩き潰したんだ。極刑は免れん。だが、しか~し、さっきも言ったように貴様の力は殺すには惜しい。そこで最後のチャンスをやろうではないか。これまでの非礼を詫びて忠誠を誓え。クラッカーにカレーをつける事を金輪際止めろ。そうすればその戒めを解いてやろうではないか」
相手の命運を握っている余裕からか、寛容な態度を見せる国王だったが、レイチェルはそれに対して表情を変える事はなかった。
動きを封じられている焦りも見せずに、ただ無表情に国王を見下ろしている。
時間にしてほんの数秒だろう。
国王と目を合わせた時間、それは睨み合いと言ってもいいだろう。
その時間の果てに口を開いたレイチェルの言葉は・・・・・
「私はクラッカーにカレー付けて食べると言っただろ?早く用意しろ。キーマカレーだぞ」
手首は押さえつけられているが、拳を握って親指だけ下に向けて見せる。
「・・・この・・・馬鹿女が・・・・・だったら望み通り死ね!」
額に青筋を浮かべて、怒りに目を吊り上げた国王。
そしてレイチェルの首を押さえる空気の輪が、一気に絞られた。
三人は部屋の壁際に並び立ち、成り行きを見守っていた。
三人が動かずに待機しているのは、すでに当初の計画、国王を説得するという事は不可能と判断したからだ。
レイチェルの挑戦的な態度に問題が無かったとは言えない。
しかし、自分を護衛する兵士に薬物を使い、正気を失わせて戦わせるという行為は、まともな精神状態とは思えなかった。
そしてその体から溢れ出るドス黒い魔力は、体力型であるリンジーにもハッキリと感じ取れる程の狂気を孕んでおり、国王がすでに自分達の知っている国王ではないと、あらためて認識させられた事が大きかった。
闇・・・・・
その言葉が三人の頭をよぎった。
カークランド国王もまた、闇に呑まれてしまったのではないだろうか?
一度その可能性が頭に浮かぶと、そうとしか思えなくなってしまう。
闇に呑まれてしまったクインズベリーのトレバーという男が、どのような末路を辿ったのか。
三人はそれを、レイチェルとアラタから聞いて知っていた。
アラタの光の拳で撃ち抜かれ、風に溶けるように消滅してしまったトレバー。
自国の王も闇に染まったのだとしたら、同じように滅びの道を歩むしかないのだろうか。
実の父である国王の行く末を案じ、ファビアナは悲しみの表情を浮かべて目を伏せた。
「この船には多くの貴族達が乗っているからな、火も爆発も使えん。となれば・・・」
国王の体から溢れ出た部屋中を覆う魔力が、急速に冷気を帯びていく。
「・・・まぁ、船に与えるダメージを考えれば、これが一番ってのは確かだね」
レイチェルは室内を見回し、腰に刺した二本のナイフを抜き取ると、右のナイフは順手に、左のナイフは逆手に持ち構えた。他人事のように言葉を口にするのは、自分にとって今の状態は脅威ではないと、暗に伝えているようなものである。
「余裕のつもりか!?氷漬けになるがいい!」
国王が手を振るうと、冷気を帯びた魔力は氷の刃となり、部屋中あらゆる場所からレイチェル目掛けて、一斉に撃ち放たれた。
「ハァァァァァッツ!」
四方八方から迫りくる無数の氷の刃を前にしても、レイチェルはまるで怯むことなく、気合と共に左右のナイフを振るう。
頭を狙ってくる上からの氷を打ち砕き、左右から刺し貫くように飛び出して来る、鋭く尖った氷を叩き落とす。
背後からの攻撃でさえ、まるで後ろが見えているかのように、身を捻り躱すその様は、攻撃を仕掛けている国王カークランドでさえ、感嘆の言葉を漏らす程だった。
「ほっほぅー!これだけの刺氷弾を全て防ぐとはな!赤毛、貴様一体何者だ?それだけの実力、殺すには惜しい!我が国で取り立ててやってもよいぞ。さっきの無礼も不問にしようではないか」
「お断りだね。私はレイジェスの副店長レイチェル・エリオット。帰るべき場所はレイジェスしかない!」
正面に来た氷の刃を右のナイフで粉砕すると、レイチェルはそのまま国王に飛び掛かった。
「説得は難しそうだから、しばらく眠っててもらうよ」
この時、レイチェルに油断があったわけではない。
しかし、危機感と緊張感が足りなかった事は否めない。
戦場が船の中。そして国王が言った通り、火魔法、爆発魔法は音の問題以上に、船を沈没させかねない危険性がある。
そのため使用できる魔法は、風魔法か氷魔法の二択になる。
そして上級氷魔法の竜氷瀑や、上級風魔法のトルネードバーストの使用もできないであろう状況から、レイチェルが導き出した答えは、この全方向から放たれる氷魔法の刺氷弾こそが、現時点で国王の使える最大魔法であろうと。
それゆえに、それを破ったレイチェルが、それ以上に何かを隠し持っていると考えなかった事は、止むを得ないと言えなくもない。
しかし、国王のドス黒い魔力の質、あきらかに異常をきたしている精神状態、そしてラルス・ネイリーが、薬を渡している事に気付けていたのならば、もう一つ上の警戒をすべきであったと言わざるを得ない。
的確に相手の戦力を分析する洞察力、そして自分への自信が今回は仇となってしまった。
魔法使いである国王を眠らせるために、最低限の力を振るう。
距離を詰めた体力型にとって、それは造作もない事だった。
だが、今まさに国王の首を、ナイフの柄で打ち付けようとしたレイチェルの目に飛び込んできたのは、罠にはまった獲物を見つめる、捕食者の笑みだった。
「バァァァァァーーーッツ!」
突然大きく空けられた国王の口からは、叫び声とともに、台風を思わせるような凄まじい風が放出され、飛び上がっていたレイチェルの体を天井まで吹き飛ばした。
「うぐぁッ!」
したたかに背中を打ち付けられ、痛みに顔をしかめる。そしてある違和感に気付いた。
いくら不意を突かれたといっても、自分がただ無防備に飛ばされる事などない。
防御の体勢をとろうとしたが、体が全く動かせなかった。なぜだ・・・?
最初に首の違和感に気付いた。
何かに首を絞めつけられており、ほとんど動かす事ができない。
それでも強引に顔を動かし、自分の体がどうなっているのか目にすると、両手首の周りの空気がぼやけている事が確認できた。
「・・・これは?」
自分の首を押さえつけるなにかと同じ、圧迫感のあるものが両手首、いや感覚から言えば、両足首と腹も同じものに押さえつけられている。そしてそれは天井と一体化しているように、張り付いているのだ。
「ふぁっふあっふあっ!あまく見たな女ぁ!これが私の魔道具、風の固砲(こほう)だ!貴様の体は私の風で封じたのだ!」
勝利を確信したように、歓喜に満ちた声を上げる国王カークランド。
風の固砲は、国王が体内に埋め込んだ魔道具である。
肺に入れた空気を台風の如く、大風として吐き出す事ができる。
そして吐き出した空気は固定する事ができる。
今レイチェルの首、腹、四肢を留め置いているのは、この能力によるものである。
「さぁ!赤毛の女よ!このまま首を締め上げて殺してやろうか?痛いだろうな?苦しいだろうな?だが、仕掛けてきたのは貴様だ。まさか恨みごとは言わんよなぁ?」
ニタニタと下卑た笑みを浮かべながら、自らの能力で天井に張り付けたレイチェルを見上げる国王。
レイチェルの首を押さえている空気が、自分の魔道具によるものである以上、操れることは言わずもがな。今この瞬間にでも、レイチェルの首を絞めつけて殺す事は可能である。
「・・・・・」
しかし追い詰められているはずのレイチェルは、眉一つ動かす事もなく、落ち着き払った様子で、天井からじっと国王を見つめている。
「ん~?どうした?命を握られた恐怖で言葉もでんのか?赤毛の女、貴様のやらかした事は大罪だ。国王の部屋に無断浸入だけでなく、護衛の兵士をも叩き潰したんだ。極刑は免れん。だが、しか~し、さっきも言ったように貴様の力は殺すには惜しい。そこで最後のチャンスをやろうではないか。これまでの非礼を詫びて忠誠を誓え。クラッカーにカレーをつける事を金輪際止めろ。そうすればその戒めを解いてやろうではないか」
相手の命運を握っている余裕からか、寛容な態度を見せる国王だったが、レイチェルはそれに対して表情を変える事はなかった。
動きを封じられている焦りも見せずに、ただ無表情に国王を見下ろしている。
時間にしてほんの数秒だろう。
国王と目を合わせた時間、それは睨み合いと言ってもいいだろう。
その時間の果てに口を開いたレイチェルの言葉は・・・・・
「私はクラッカーにカレー付けて食べると言っただろ?早く用意しろ。キーマカレーだぞ」
手首は押さえつけられているが、拳を握って親指だけ下に向けて見せる。
「・・・この・・・馬鹿女が・・・・・だったら望み通り死ね!」
額に青筋を浮かべて、怒りに目を吊り上げた国王。
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