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587 作戦開始

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12月12日 午前10時45分。

この日は大型客船ギルバート・メンドーサ号の、処女航海を祝福するかのように、雲一つない青空が街を明るく照らしていた。
一等船室に入る貴族達の乗船が終わると、次は二等船室に入る客の乗船が始まった。


「・・・すごいな。本当に誰も俺達に気付いていないようだ」

「お兄さん、気を抜いちゃダメだよ。明鏡の水は衝撃や風に弱いからさ。慎重に動いてね」

アラルコン商会の魔道具、明鏡の水を吹きかけた事により、アラタ達はその姿を消して船に侵入しようとしている。しかし明鏡の水は体を払ったり、強い風によって飛ばされると、その効果を失ってしまう。また、あくまで姿が見えなくなるだけなので、当然声は聞こえるし、音も出る。
便利だが注意すべき点は多々ある。


集まった観衆達は、みんなギルバート・メンドーサ号に見入っている。
タラップから距離があり、船尾から侵入しようとしているアラタ達に気付く者などいるはずがなかった。



「・・・よいしょっと、ありがとうお兄さん。シャノンとアラタ君よ。登ったわ」

フックの付いたロープを登り、まずアラタとシャノンがデッキに上がった。
シャノンはアラタの背中から降りると、自分達が無事に上ったと言葉にした。
お互いに姿が見えないため、名前を口にして確認しているのだ。

「ガラハドとバルデスだ。俺達も上がったぞ」

続いて上がった二人が名前を告げる。

「ありがとう。助かったぞガラハド」

「なに、お安い事だ。魔法使いにロープ登りは難しいだろ」

事前の話し合いで、筋力で劣る魔法使いは、体力型におぶられて乗船する事になった。
アラタはシャノンをおぶり、ガラハドはバルデスを背負って登っていた。

「ビリージョーとディリアンだ。無事に上がったぞ」

ガラハド程ではないが、アラタよりは背の高いビリージョーが、ディリアンをおぶってロープを乗りデッキに上がる。

「ふぅ、大丈夫だったか?ディリアン」

「あぁ、問題ない」

声をかけるビリージョーへの返事は、素っ気ないものだったが、それでも最初の頃よりは幾分口調が柔らかくなっていた。

「ふぅ、けっこう高いのね。リンジーとファビアナよ」

「あ、ああ・・・ありがとう、ご、ございます。お、重く、な、なかった、ですか?」

地上からの高さに目がくらんだのだろう。
ファビアナはいつも以上におどおどして、足も震えている。

「ふふ、ファビアナみたいな軽い子、全然負担じゃなかったわよ」

リンジーは落ち着かせようと、ファビアナを優しく抱き締めた。

「よっと・・・レイチェルとサリーだ。これで全員だと思うが、全員揃っているか?」

最後にデッキに降りたった二人の声を聞いて、アラタが返事をする。

「大丈夫だ。全部で10人、ちゃんと揃ってるよ」

「よし、じゃあビリージョーさん。指示をお願いします」

このメンバーを率いるリーダーはビリージョーである。
乗船してからの行動も打ち合わせしてあるが、リーダーの指示なく勝手に動く事はできない。

「・・・バルカルセル大臣の調べでは、今夜のディナーの後に、カーンが帝国と談合するという話しだ。それまでに国王を説得しなければならない。まずは国王の特等室に行くぞ。乗船したばかりで、船内には部屋に向かう客が溢れているだろうから、くれぐれも接触には気を付けてくれ」

「了解しました。打合せの通り、国王が部屋にいた場合は、ファビアナの魔蝶で兵士をおびき出し、室内に残った兵士は私が制圧します。それからの説得は、リンジー、ファビアナ、シャノン、頼んだよ」

「ええ、任せてちょうだい」

「レ、レイチェル・・・わ、私が、頑張るね」

「大丈夫だよ、レイチェル。絶対にやり遂げる」

この一週間で女性達は信頼を深め、お互いを呼び捨て合うようになっていた。
ファビアナも時間がかかったが、レイチェルやシャノンの少し強引な説得で、遠慮がちにではあるが、呼び捨てている。

「魔蝶に釣られて部屋を出てきた兵士は、俺とアラタで叩き伏せるって事でいいな?」

ガラハドが話しを引き取り、内容を確認する。

「そうだ。魔法よりも打撃の方が音もなくいいだろう。もっとも、瞬時に眠らせるだけの実力があればこそだが、ガラハドとアラタなら大丈夫だろ?」

「はい。任せてください」

「おう、たかだか一兵士程度、物の数ではねぇよ」

二人の返事を聞いて、頼もしいな。と言うように、ビリージョーは頷いた。

「私とサリーは、周囲の警戒と、万一の取りこぼしの始末でいいな?」

「あぁ、国王の入る特等室を出ると、通路は左右に分かれている。シャクール達は西側通路を頼む。俺とディリアンは東側を警戒する。万一アラタ達から逃れた兵士がいたら、俺達で制圧する。そして、不測の事態・・・つまり、国王の部屋に何者かが近づこうとしたら、それも俺達で止めるんだ」

「承知した。私とサリーが警戒するんだ。西側は何も心配いらん。自分の任務に集中する事だ」

「相変わらずすごい自信だな?まぁ今はその自信が頼もしいよ」

「ビリージョーさん、バルデス様の自信は実力に裏付けされたものです。ご安心ください」

「あぁ、もちろん疑ってるわけじゃないから、そう睨まないでくれ」

「私の目付きが悪いのは産まれつきです」

「あ~・・・なんて言うか、ごめんね」

ビリージョーがバツの悪そうな顔で頭を下げると、それを見ていたリンジーがクスクス笑いだした。

「あははは、あ、ごめんなさい。こんな時に笑ったりして・・・でも、私、このメンバーでチームが組めて良かったです。今日までの一週間、みんなで連携を確認したり、一緒にご飯を食べたりできて、とても楽しかったです。私、このチームが大好きです」

「おやおや、リンジー、まるでお別れみたいな言い方じゃないか?」

姿は見えない。けれどレイチェルの声色には、からかうような響きが含まれていた。

「レイチェルはこういう時、そういう言い方するよね・・・分かってるよ。大丈夫、私は死ぬつもりはないし、みんなにも死んでほしくない。私達10人、みんな絶対に生きて帰ろうね!」

リンジーの言葉に呼応して、全員が声を上げた。



12月12日 午前11時10分

大型客船 ギルバート・メンドーサ号、作戦開始。
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