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584 思い込み

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「そういうわけだ。魔道剣士というものを軽く見ていたわけではないが、ラミール・カーンの一強かと思っていた。けれどそれは間違いだった。あの四人、特にあのヘイモンという老人は凄まじい力を感じたぞ」

「・・・レイチェルさん、ディリアン君、すみません。あとで話そうと思っていたのですが、私が早く説明しなかったために、危険な目に合わせてしまいました」

レイチェルが執務室の外での出来事を話し終えると、リンジーが頭を下げた。
魔道剣士四人衆については、クルーズ船の対策の後に話そうと思っていたが、結果としてそれを話す前にレイチェル達は顔を会わせてしまった。
無傷だったのは結果論であり、高い戦闘力を持つレイチェルだったからと言ってもいい。
ディリアン一人であったならば、命を刈られていた可能性もあった。


「いや、過ぎた事をどうこう言ってもしかたないだろう。それよりもあの連中もクルーズ船に乗るのであれば、戦いは避けられないと考えた方がいいだろう。連中は全員戦いが好きでしかたないという、危険な思考を持っていた。話し合いは無理だな」

自分を責める事もしないレイチェルに、リンジーはもう一度だけ頭を下げてから、自分の考えを話し始めた。

「はい。話し合いは不可能でしょう。私達は仲間になるよう何度もカーンに誘われました。ですがその度に断り続けたんです。お互いの道が交わる事はありません。カーンも私達が船に乗り込む事は想定しているでしょう・・・戦いは避けられないと思います」

「・・・へ、ヘイモンさんは、カーンさんと一緒に来たんです。さ、最初から、カーンさんの部下のようにしてて、すごく、強くて・・・王宮の兵士さん、みんな負けちゃったんです・・・そ、それで魔道剣士は強いってなって、人が増えていったんです」

ファビアナがリンジーの話しに繋げるように言葉を加える。

「・・・嬢ちゃん、カーンと魔道剣士四人衆、それ以外の平の剣士はどのくらい使えるんだ?」

クルーズ船には、カーン率いる魔道剣士隊、その大勢乗り込む事は間違いないだろう。
幹部以外の平隊員がどの程度の実力なのか、ビリージョーはそれ把握しておくべきと考えた。

「あ、えと・・・その・・・リ、リンジーさんより、ガラハドさんより、弱いです。ビ、ビリージョーさんなら、ま、負けません!」

「いい返事だ。つまり、カーン達五人以外は、脅威にはならないって事だな」

小さな拳を握り締め、ファビアナは精一杯の声を出した。
その気持ちに応えるように、ビリージョーは手の平に拳を打ち付け渇いた音を響かせると、ニヤリと笑って見せた。



「・・・そうすると俺達の相手は、ラミール・カーンと魔道剣士四人衆。大海の船団のウラジミール・セルヒコ。帝国の大臣ダリル・パープルズと二人の護衛って事になるんだな」

レイチェル達の話しを聞いて、俺は敵の勢力をまとめて言葉に出した。
目的は国王を説得して、帝国との談合を潰す事であり、できれば戦いは回避したい。
船という場所である以上、敵もそうそう馬鹿な真似をしてくるとは思わないが、それでも絶対とは言い切れない。もし船内での戦いになり、魔法なんて使われたら、あっという間に沈没してしまうのではないだろうか?
そんな事で命を落としたくはない。

「そうだな。アラタの言う通り、私達が特に警戒しなければならないのは、今名前を挙げたそいつらだ。だが、戦いは避けられないと言っておいて矛盾するかもしれないが、武力は最低限に留めるべきだ。国王の周りの連中を兵達を眠らせる程度にな。私達が本気で戦えばどうなるか分かるだろ?言うまでもないが場所が船の中だという事を忘れるな。乗船するのは他にも大勢いるんだ。巻き込んではならない」

「あぁ、もちろんだ。分かってるよ」

レイチェルに念を押されて、俺は素直に頷いた。
今回の戦いの舞台は船の中なのだ。マルゴンや偽国王の時のように、むやみに力を振るわけにはいかない。おそらく、これまでで一番難しい戦い方を強いられるだろう。

それから俺達はレイチェルとディリアンに、部屋を出ている間に話した事、まとめた事を伝えた。
各々が役割を再確認し、時間の許す限りクルーズ船での対策を話し合った。


「本当であれば七日後の決行日まで、もう一度くらいは集まっておきたいところだが、カーンらの目もある。その気になれば、本当に城でも攻撃をしかけてくるやもしれんし、あまり大勢でここに来る事は避けた方がいいだろう。決行日までの連絡は、写しの鏡を使うようにしよう」

バルカルセル大臣がそう締めくくり、その日の話し合いは終わった。




城に残るリンジーさん達と別れ、帰りの馬車ではレイチェルが腕を組んで、何事かを考えこんでいた。

「レイチェル、さっきから難しい顔してどうしたんだ?」

「・・・嫌な予感がしてね。考えてみたんだ。私達は出来る限り戦闘は避けようと考えている。沈没してはシャレにならないからな。それは向こうも同じだと思うんだ」

「あぁ、それはそうだと思うよ。帝国の大臣まで呼んでおいて、沈没させたらそれこそ戦争じゃないのか?」

それが事故であれば弁解はできる。
多額の賠償金は出さなければならないだろうが、戦争にはならないだろう。
だが、船の中で戦闘して、それが原因で沈没したというのであれば、話しは全く変わってくる。
他国の大臣を招待しておいて、自国内の争いが原因で沈没させるのだ。
そんなものに巻き込まれたとして、帝国からすれば、到底許せるはずはない。

「でもね、それってさ、私達だけの勝手な思い込みでもあるんだ」

「・・・思い込み?」

「そう、思い込みだ。もし向こうが、船がどうなろうと構わない・・・そう思っていたとしたらどうする?」

馬車の中の温度が一気に冷える感覚だった。

ビリージョーさんも、シャノンさんもディリアンも、思いもよらなかったのだろう。
まさか・・・と言うように目を開いて、レイチェルに顔を向け見つめている。

二人の世界に入っていたシャクールとサリーさんですら、話しを止めてレイチェルの次の言葉を待つように口を閉ざしている。


「私はその可能性が排除できない。カーン達がもし、自分達だけは助かる道を用意しているとしたらどうだい?邪魔者だけを船ごと冷たい海に沈めて、一網打尽ってわけさ。考えられない話しではないだろう?」
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