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580 恩人へ

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「・・・もういいぞ。辛い事をよくそこまで話してくれたな。ありがとう。ディリアン」

背中から右手を回して、ディリアンの右肩を抱くようにすると、ビリージョーは労わるように優しく言葉をかけた。

ジェシカという名前から、それが女性だと分かる。
そしてこのディリアンの激昂を見るからに、よほど大切な人だったとも・・・・・

「お前が話してくれたおかげで、みんなラルス・ネイリーがどんな人間か知る事ができた。ありがとう」

本当はもう少し詳しい話しを聞く必要がある。
だが、この状態のディリアンに、これ以上の話しは負担が大きいと判断し、ビリージョーは話しを止めた。

「ディリアン、私も礼を言おう。キミの話してくれた情報は、敵を知る上で非常に大きなものだった。しかし、辛い事を思い出してしまっただろう。外の空気でも吸いに行くといい」

レイチェルが許可を求めるようにバルカルセルに顔を向けると、バルカルセルもその目を見て、黙って頷いた。

ディリアンはまだ口を開く気になれないらしく、俯いて無言のまま席を立つと、そのままふらふらと力無い足取りで、扉を開けて出て行った。

「・・・みんな、話しの途中で悪いが、私も行ってくるよ。ディリアンの抱えている問題は、私達が思っている以上に深刻のようだ」

「あぁ、こっちはまかせて行ってくれ。今は一人にしない方がいいと思う」

アラタはディリアンが出て行った扉を見ながら、レイチェルに早く行くように伝えた。

「話しは進めておいてくれ。私はあとでまとまった報告を聞くとしよう。頼んだよ」

みんなの顔を見てそう告げると、レイチェルはディリアンの後を追い、足早に執務室を出て行った。




「・・・面倒見の良い娘さんだな」

バルカルセルは、テーブルに置かれた紅茶のカップを取ると、誰に言うでもなく呟いた。

「はい、レイチェルには俺も助けられました。ズバズバ言うところがありますけど、困ってる人を放っておけないんです。実は俺・・・」

自分自身も助けられた経緯、そして日本からこの異世界プライズリング大陸に来た事を話す。
初めて事情を聞く者達は、荒唐無稽としか言い様のない話しに困惑を隠せずにいた。
だが、バルカルセルは驚きはしたが、なにか思うところがあるらしく、顎をつまんで低く唸った。

「ふぅ~む・・・アラタ殿、その話し、ワシは疑わない。ニホンと言う国は初めて聞いたし、異世界だなんて突拍子もない話しだ。だが、その光の力は知っておる。だから信じられる」

「え?それって・・・どういう事ですか?」


「もう一人・・・キミと同じ光の力を持った男を、知っているという事だ」


バルカルセルはアラタの目を真っ直ぐに見て、その男の名を口にした。

「ブロートン帝国、第七師団長、デューク・サリバン。数年前、突如帝国に現れたあの男は、拳一つで今の地位を勝ち取ったそうだ・・・その拳が光輝く時、何人もかの者の前に立つことは許されない・・・帝国では、こうまで言われる程の男だ」


デューク・サリバン・・・・・
その名を耳にした瞬間、アラタは心臓が跳ね上がる程の衝撃を体に感じた。


村戸修一は、今はデューク・サリバンと名乗っていると・・・

以前、マルコス・ゴンサレスから聞いたその言葉が、思い起こされる。



村戸修一は、アラタが日本にいた時に働いていたリサイクルショップ・ウイニングの店長だった男である。
その村戸修一がアラタと同じこの世界に来ている事は、マルコス・ゴンサレスから聞いていた。
そして現在は、ブロートン帝国の皇帝、ダスドリアン・ブルーナーの最側近として仕えているという事も。

「そっ!その・・・その男は・・・ど、どんな男、なんですか・・・?」

思わず席を立つアラタ。額には汗も浮かび、両の拳を握り締め、その目には好奇心以上に、戸惑いの色が見て取れる。

「・・・・・知り合いなのかね?」

「そう・・・なのかも、しれません・・・」

ただならぬ様子のアラタに、バルカルセルは一つ息を付くと、自分の知るデューク・サリバンについて話し出した。

「・・・ワシが会ったのは、もう何年も前だがな。帝国の前皇帝、ローレンス・ライアンが崩御し、その後に皇帝の座に着いたダスドリアン・ブルーナーの祝賀会の時だ。常に皇帝の傍らに立っていて、妙に存在感のある男で気になってな、周りの者に聞いたのだ。すると、ダスドリアンが拾った素性不明の男だという。当然帝国兵から不満は出たそうだ。なんせ突如現れたどこの馬の骨とも分からん男を、突然第七師団長に任命し、さらに皇帝の側近にあてがうというのだからな。だが、その全てをデューク・サリバンは力でねじ伏せ黙らせたそうだ。当時の第七師団長も含めてな・・・」

そこで言葉を区切ると、バルカルセルは何かを確認するように、アラタの目をじっと見つめた。

「・・・なんとなくだが、キミとデューク・サリバンは似ている気がする。背格好はまるで違うが、身に纏っている空気が我々とはどこか違う・・・・・デューク・サリバンは、歳は三十代後半から四十といったところだ。背丈はキミより少し高いが、体つきはまるで違う。デューク・サリバンは全身が筋肉の鎧のようなものだった。黒髪を無造作に後ろで束ねていたな。どうだ?デューク・サリバンはキミの知っている者にいるかね?」




直感だが、やはり村戸さんだと思った。
村戸さんが10年前にこの世界に来たという、マルゴンの説明通りなら現在の年齢は合う。
身長も俺より高い。全身筋肉の鎧というのは、俺の知っている村戸さんよりずいぶん鍛えられているようだが、こっちの世界に来てからそうとう鍛えたのだろう。
坊主頭だったが、今は伸ばしているようだ。

マルゴンの話しを疑ったわけではないが、やはりデューク・サリバンは、俺の知っている村戸さんだ。

「・・・はい。デューク・サリバンは、本名を村戸修一と言って、俺の元いた世界の上司です。俺と同じく、ボクシングという拳だけの戦闘技術を使います」

「そうか・・・キミの同郷の者だったのか。それで得心がいったよ。あやつはこの世界には異質過ぎる・・・皇帝が動かなければ、デューク・サリバンも動く事はない。あやつが今回のクルーズ船に来る事はないが、キミが戦い続ければ、いずれ相まみえる事はあるだろう・・・覚悟はしておいた方がいいぞ。キミの知るデューク・サリバンが、どのような人物だったからは知らないが、今のヤツは力で全てを解決する男だからな」

大臣から告げられた覚悟という言葉は、俺と村戸さんがいずれ戦うであろう事をさしたものだ。

俺が村戸さんと・・・・・戦う。
できるのか?

村戸さんは俺の恩人だ。
俺が日本でどれだけのものをもらったか・・・村戸さんがあの時声をかけてくれなかったら、俺は弥生さんとも会えなかったし、今も中途半端で何をやっても続かない死んだような毎日を送っていたはずだ。

村戸さんがいたから今の俺がいる。

そんな恩人に対して、この拳を向ける事が俺にできるのか?


「・・・アラタ殿。デューク・サリバンは、キミにとって相当恩深い人のようだ。顔を見れば分かる。ひどく困惑しているようだが、その人を信じたい。そんな顔をしているよ」

大臣は、年を重ねた者だからこその、優しい顔を俺に向けた。
人当たりの良いその笑顔に、俺は緊張が少し和らいだ感じがした。

「・・・気持ちを整理しておきます。俺、村戸さんとはできれば戦いたくないです。けど、そうも言ってられない状況もあるでしょうから」

「そうか・・・うむ、そうしておきなさい。心構えは作っておいたほうがいい。今回あやつが来ない事はキミにとって、良かったと思うぞ」

その言葉に俺は、はい、と頷いた。

そうだ・・・俺には今護るべき大切な人がいる。居場所もある。

村戸さんには返しきれない程の恩がある。けれど、カチュアを、レイジェスのみんなを護るためだったら、俺は村戸さんとだって戦ってみせる。

戦わなければならない・・・・・

そう自分に言い聞かせた。
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