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579 魔法の師への恨み

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ラルス・ネイリーがベナビデス家に来たのは今から5年前、ディリアンが10歳の時だった。

落ちくぼんだ目、黒く短く縮れた髪の毛、口周りにも同様の縮れた黒い髭が生えている。
身長はあまり高くなく、170cm無いくらいに見えた。歳は40手前だと言う。


大陸を渡り歩く魔法使い。
人が立ち入らない辺境の山奥から、荒野の果てまで、プライズリング大陸を知り尽くした男は、その魔法にたいする深く広い知識を買われ、ベナビデス公爵家の魔法指南役として仕える事になった。


父も二人の兄もネイリーに対して一目を置き、敬意を持って接していたが、ディリアンだけは違った。

何を考えているか分からない不気味な男。
それがディリアンがネイリーに対して持つ、印象の全てだった。


ディリアンは兄二人とは半分しか血が繋がっていない。
ディリアンの母はベナビデス家の後妻であり、ディリアンが二人の兄と関わりが薄かった事は、これも大きな要因だった。

成長するにしたがって周囲から煙たがられ、いないものとして扱われるようになるディリアンだが、この時はまだ違っていた。ぶっきらぼうだが、すすんで周囲に迷惑をかける行いをする事はなく、付き合いづらいと思われてはいたが、疎んじられる程ではなかった。



「坊ちゃんは魔力の操作がお上手ですねぇ」

ある晴れた日、庭で魔法の練習をしていると、ふいに背中に声をかけられる。
ザラリとした妙に耳に残る声だった。


「・・・別に」

少しだけ振り返り、最低限の言葉だけを返す。
ネイリーが家に来て一か月。問題を起こす事もなく、魔法指南役としてベナビデス家の魔法使い達への教育も行い、ネイリーは着実に信頼を得ていた。

物知りで頼れる人。
それが周囲のネイリーに対する評価だった。


「坊ちゃん、天衣結界は層を厚く張る事を一番にお考えください。面ではなく点です。手の平ではなく指先です。指先に魔力を集中させてください。広範囲に展開するより、狭くても決して破られない強固な結界を意識するのですよぉ」

今し方練習していた魔法について、的確な助言を受ける。
天衣結界を形としては発動できていたが、強度不足で悩んでいたディリアンにとって、問題を解決させるその助言は無視できるものではなかった。

「・・・指先か・・・こうか?」

助言の通り、指先に魔力を集中させると、さっきとは比べ物にならない程の強い結界を出す事に成功した。

「やっぱり坊ちゃんは魔力の操作がお上手ですねぇ。それが天衣結界ですよぉ」

「・・・ありがとう。お前の助言があってこそだ」

「いえいえ、坊ちゃんの才能ですよぉ」


口の両端を三日月のように上げてニタリと笑うその顔は、昨日までのディリアンであれば不気味に感じていただろう。

だが、天衣結界を成功できたこの時は、精神の高揚、そしてネイリーの助言という確かな功績が、ディリアンの警戒を緩めていた。

裏に隠れたどす黒い本性が見えなくなり、当時10歳だった少年の目には、優しく頼りになる大人に映った。





「・・・それから、俺はラルス・ネイリーに師事した。実際、ヤツの手腕は本物だった。ヤツの教えを受けて、俺は殻を一つも二つも破ったからな。俺の魔法の師は誰かと問われたら、ラルス・ネイリーと答えるしかない」

一度話しを区切ると、ディリアンは自分の過去を悔いるかのように眉間に強くシワを寄せた。
視線の先に映るものは他の誰でもない、かつての自分自身だった。

「・・・ディリアン・・・」

自分の名を呼ぶアラタの声は、耳には入っているが、それだけだった。反応する事はない。

ビリージョーやガラハド、大臣のバルカルセルでさえ、尋常ではないディリアンの様子に、ただ口を閉ざして最後まで話しを聞く構えだった。


「・・・俺は・・・あの時の俺は、日々上達する魔法の腕に浮かれて、目が曇っていたんだ。ラルス・ネイリーは確かに俺を鍛えた。ベナビデス家の魔法兵達も、ネイリーの教えで確実に強くなった。だが、それはただの下準備だったんだ。ヤツの本当の目的は・・・・・」


その続きを言葉にした時のディリアンの表情は、とても忘れる事ができるものではなかった。

「・・・・・ベナビデス家の魔法兵が、新薬の実験体にされていた事を知ったのは、俺がヤツの教えを受けて半年を過ぎた頃だった・・・」

「・・・新薬?」

まともな薬ではない。ディリアンの話しからそれを察したビリージョーが眉を潜めると、ディリアンはゆっくりと顔を向け、目を合わせて頷いた。

「そうだ・・・あのクソ野郎は魔法を教えた。それによって魔法兵達は確かに強くなった。それによって得た信頼を利用し、魔法兵達に自分が作った薬を飲ませて人体実験をしてやがったんだよ!俺がそれに気づいた時にはもう手遅れだった・・・死人こそ出なかったが、大勢の魔法兵が体に異常をきたして、兵士としては再起不能になった。そして・・・・・あのクソ野郎のせいで・・・」

これまでで最も強い憎しみを込めて、ディリアンはその先の言葉を発した。


「あのクソ野郎のせいで・・・ジェシカはずっと眠ったままだ!俺はあのクソ野郎を許さねぇ・・・この手でぶっ殺してやる!」
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